おこりんぼ聖女を召喚したら
作者: あんど もあ
本文
王宮の大議事堂には主だった貴族が勢ぞろいしていた。
一段高くなった正面中央には議長席。その左には国王陛下と王妃様。右には王太子と、その妻の私・三年前に召喚された聖女マユリの席があった。
そして、貴族席の最前列の中央には、金色のドレスを纏った今日の主役の公爵令嬢が勝ち誇った顔で座っている。
議長が最初から分かり切っている事を重々しく宣言する。
「王太子が聖女マユリと婚姻して三年経過した。お二人の間に未だに子が出来ない事から、国の存続のため第二王太子妃として公爵令嬢を迎えるとする。そのため、国家の一大祭典として結婚式の予定と予算の検討を」
「ちょっと待って!」
私は立ち上がる。
「この国は、正妻の意見も聞かずに愛人を宛てがうの? 野蛮だこと」
貴族たちが驚いた顔をしている。私が反対すると思っていなかったのだろう。
「私は、魔王が復活しそうだから封印しろってこの世界に誘拐されて来たのよ。それだけでも迷惑してるのに、今度は夫に愛人を 斡旋(あっせん) するの? この国って犯罪集団?」
皆にムッとした表情が浮かぶが、議長はそれを押し殺して優しく言い聞かせるように言う。
「聖女様、公爵令嬢は元々王太子の婚約者でした。召喚されてこの世界に来た聖女様が王太子と結婚して何不自由無い生活を送れるように、三年前に婚約破棄をされて身を引かれたのです」
そんな事言われたら納得すると思ってんだろうか。
「それって、私に関係ないですよね? 私が婚約破棄しろと言ったわけじゃないですし、そもそも私は王太子と結婚したいなんて全く思って無かったんですから!」
貴族たちどころか王太子まで固まったが、知らん顔で続ける。
「それに、『何不自由無い生活』? そこの金ぴか女が率先して私をこの国のマナーも歴史も知らない女っていちいち馬鹿にして笑いものにしてつまはじきにしてくれるから、城中の使用人も金ぴか女に 倣(なら) って私を見下してネチネチネチネチ嫌がらせをしてくれて、不自由だらけの生活ですけど? それがこの国のマナーなら、覚えたくも無いわ」
私は公爵令嬢を見据えて言う。
「そんなに王太子を取られたのが悔しいなら、婚約破棄しなければ良かったでしょう。何で誰も私に『王太子と結婚したいか』って聞かなかったの? 一言確認すれば三年も待たずにすんだのに」
女の子の三年は大きいぞ。
「お、王太子と結婚したくないわけ無いでしょう! そんな嘘」
「私には、向こうの世界に大好きな彼がいたのよ!」
間髪を容れずに言い返す。大議事室の空気が沈んだ。
向こうの世界で女子高生だった私には、大好きな彼がいた。初カレだったから、それはもう舞い上がっていた。彼と過ごす毎日が楽しかった。彼に何かしてあげるのが嬉しかった。明日も明後日もずーっと彼と一緒に楽しい日々を送るのだろうと思っていた。
だけど、彼は突然別れを告げたのだ。
「好きな子がOKしてくれたから、付き合えるようになったんだ」
はあ?
王太子に会った時に思った。「こいつは彼と同じタイプだ」と。
容姿と経済力に恵まれて育ったため、人から好意を与えられるのを当然と思っている男。笑顔で人を傷つけ、踏みつけにしても踏みつけている事に気づかない傲慢な男。(そんな尊大さをステキと思っていた私は若かった!)
ちなみに彼の発言をLINEで友人たちに拡散した所でこちらに召喚されたので、向こうの世界で彼が「大原繭里失踪事件」の犯人と疑われてるといいな、と思う程度には今でも怒っている。
「……私と結婚したくないのなら、なぜそう言わなかった」
あら、浮気男が被害者ぶって何か言ってる。
「魔王城から戻って来たら結婚式の準備が出来ていて、ここにいる人たちや町の人たちが心から『おめでとう』『お幸せに』と言っているのを、『いや私は王太子が嫌いだからキャンセルして』と言えます? あ、この国のマナーでは言えるんですね。私には無理だわー」
この世界では、魔王の封印が解け始めると魔王城が実体化してこの世界の何処かに現れるのだそうだ。魔王の復活は魔獣を活性化させて、人間に甚大な被害をもたらす。マジ人類絶滅の危機だ。
今回はこの国の外れに魔王城が現れたので、この国が聖女を召喚した。異世界から来た聖女なら、再び魔王を百年封印できるのだとか。
召喚された私は、有無を言わさず王子と 煌(きら) びやかな騎士たちに囲まれて魔王城に行かされたのだった。
「私に確認せず誘拐して、魔王城に行かせて、結婚させて。一度くらい私の意思を確認するという事をしたらどうですか? まあ、掃除の水を窓から捨てて下を歩いていた私を水浸しにしたり、出したお茶に虫をトッピングしたりするレベルの国ですからそんな高度な配慮なんて無理ですよね」
やれやれという顔をすると、皆が目を逸らす。皆、私を幸せを満喫してる王太子妃だと思ってたんだろうな。
公爵令嬢だけは睨みつけているけど。
「今までご迷惑をおかけした事は謝罪いたします」
議長が口を開いた。さすが貴族を取りまとめる人は人間が出来てる。
「しかし、王太子に後継者が出来ない事は国家の問題なのです。どうか第二王太子妃をお認めください」
「こんな男、私は要らないから愛人にくれてあげる」
ああ、初めて私の意見を聞かれた。
「でもね、子供が出来ないのは私のせいじゃなく、私の食事に避妊効果のあるキグナスの実が混ぜてあるからなのよ。高貴な王家に異種族の血を混ぜたくないからですって」
議長を始め議事堂の貴族たちが驚愕の表情になる。
「な、なぜキグナスの実を知っている! お前の世界に無いはずだ」
驚いた王太子が私の言った事を肯定してくれた。
貴族たちの王太子を見る目が目が冷たくなったのに気づいてない。
「三年前、魔王さんに教えてもらいました。あの人、自分が封印されている間に何があったか、ちゃんと調べているんですよ」
魔王は、予想と違って、血に飢えた魔物じゃなくて、知的で冷静な人(?)だった。
三年前、魔王城の近くまで行った私たちだが、近づくにつれて魔獣が増えて、王子と騎士たちは私一人で魔王城に行かせたのだ。
異世界から来た私は、魔獣に敵とも食糧とも認識されないのだからと。あんたたち、私の護衛でしょ?
強制的に魔獣の中に放り込まれた私は、泣きたい思いでビクビクと魔王城に向かって進んだ。
実際、魔獣たちには私は見えていても興味は無いようで目の前を歩いていてもスルーされる。
おっかなびっくりヨタヨタと歩いていた私でも、無事に魔王城に辿り着けた。
逃げ込むように魔王城の大きなドアを開けて中に飛び込むと、目の前に魔王がいて悲鳴をあげそうになった。
「お、お邪魔します……?」
何と挨拶するのが正しいんだろう。
「魔王さん……ですよね」
「そうだ」
長い黒い髪に黒い瞳、黒ずくめの服。人型だけど年齢不詳で、体の半分は透き通って闇に溶け込んでいる。これが「封印が解けかけ」という状態か。
「な、何で玄関にいるんです。普通、一番奥の大きな部屋でおっきな椅子に座って待っているものじゃない?」
「人間は皆ここから入ってくる」
タイパ重視ですか。
「魔王城に行った時、魔王さんが教えてくれたんです。歴代の聖女の末路を。毎日キグナスの実を摂取させられて、子供が出来ないまま三年経ったら血筋のいい第二夫人を迎える。聖女は舞台裏へ追いやられ、やがて病気として始末される、って」
王太子や公爵令嬢、国王夫妻も顔色が真っ青だ。
「私が王太子を何とも思ってないようだから教えたそうです。今までの聖女は、王子や護衛騎士に骨抜きにされてたので言うだけ無駄だと教えなかったのだとか」
「な、なぜ今まで黙っていた」
「会ったばかりの魔王を簡単に信じるわけ無いでしょう。本当かどうか様子を見てたの」
万が一、王太子と愛が芽生えたりするかも、なんて馬鹿な事を考えたり。
あの王太子の様子じゃあ、冷遇に耐えてる私を自分に恋する愚かな女と思って笑ってたんだろうな。
「キグナスの実のおかげで、食事だけは嫌がらせされずに三食食べられたから助かったわ。あなたの子供なんて欲しく無いし」
「欲しく無いのか……?」
「何で好きでもない人の子を? そう言えば、子供が欲しいかの確認もされた事無かったですね」
私は皆を見渡して告げる。
「考えてみたら、一番大事な事を誰も確認しませんでしたね。『魔王を封印したのか?』と」
大議事堂が声も無く静まりかえる。
「ま、魔王城は消えたぞ」
「はい。『王太子たちの様子を見たいから、三年くらい昼寝をしてて』ってお願いしたんです。魔王さん、面白がって了承してくれました」
「……」
「三年後にまた魔王が目覚める事が分かってたから、私は不愉快な城の生活に耐えられました」
大議事堂が暗くなる。心理描写じゃなくて実際に。
窓辺に行くと、王宮の上に出現した魔王城が太陽の光を遮っていた。
「魔王さーん、お久しぶりですー」
見えてるかどうか分からないけど、まずは手を振ってご挨拶だ。この国の人と違って、日本人の私は礼節を守るぞ。
一瞬、私の横を風が通った、と思ったら足に公爵令嬢を捕らえた翼竜みたいな魔獣が後ろの窓から飛び去る所だった。
悲鳴をあげる間も無く連れ去られた公爵令嬢がキラキラと遠くなって行く。
魔獣を見送った私は吹き出した。
「ぷっ。カラスは金ピカが好きだけど、魔獣も金ピカが好きだなんて」
「君は人の心が無いのか!」
王太子の剣幕にびっくりした。
「へ……? あなた、本気で言ってる? 攫(さら) って食い散らかして殺す、ってあなたたちと同じじゃない」
あ、ショックを受けてる。無自覚だったのかー。
議長や国王たちも気まずそうだ。
そのうち、城の中や窓の外から魔獣の雄叫びや人の悲鳴、逃げ惑う足音や何かが壊れる地響きが聞こえてきた。
大議事堂が恐怖に包まれる。
会議は終わったと私が部屋を出て行こうとすると、
「待て! 今度こそ魔王を封印しろ!」
と、切羽詰まった声の王太子に肩を掴まれた。
「……何のために?」
この世界には、守りたい物も守る価値のある物も無い。
むしろ、この世界が滅んで二度と聖女を召喚しないようになって欲しい。
私の疑問に誰も答えられなかった。
王都は数日で廃墟となった。
「魔王さんの魔獣たち、仕事が早いわー」
人がいなくなった街を、壊れたお店から失敬したパンを齧りながら歩く。このペースなら、100年後は人が死に絶えて、聖女を召喚する事は無いだろう。
道端で、犬くらいのサイズの魔獣が人の内臓に貪りついていた。
「美味しい?」
私の声に、魔獣は私を見るが、興味無さそうにまた食事に戻る。
「あーあ、話し相手がいなくなっちゃった」
責任を取って、魔王さんに話し相手になってもらおう。
私は、ゆっくりと西の空を移動している魔王城へと歩き出した。