軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15. 隣を歩くために

「私は、セシリアさんをあの場所から連れ出した時から、ずっと気にかけていました」

と、王太子は話す。

「最初は、責任だと思っていました。あの場所から連れ出した以上、セシリアさんが安心して過ごせる場所を用意するのは、私が果たすべきことだと」

セシリアは黙って聞いていた。王太子は、白い花へ一度だけ視線を落としてから、またセシリアを見る。

「私は、貴女がこの国で少しずつ元気になっていくのを見るたびに、安心しました。朝に窓を開けるようになったこと。花を飾るようになったこと。香水を作り始めたこと。普通のパンを美味しいと言ってくださったこと。その一つ一つを聞くたびに、よかったと思っていました」

彼がそんなふうに見ていたとは、思っていなかった。自分にとっては小さな変化だったのだが、彼はその小さな変化を一つずつ覚えていた。

「実を申し上げると、貴女と王都へ出かけた理由も、貴女と話す時間が、楽しみだったからです」

セシリアは小さく息を呑んだ。

「香料店に行けば、貴女がどんな香りを選ぶのか分かると思いました。花屋に行けば、きっと足を止めるだろうと。パン屋を入れたのは……貴女が、普通のパンを好きだと言っていたからです」

そこまで言って、王太子は少しだけ困ったように笑った。

「少し、口実めいていましたね」

セシリアは何も言えなかった。あの日の外出が、ただの親切な案内ではなかったのだと、今になって分かってしまった。

「私は、聖女だから貴女を大切にしたいわけではありません。救い出した責任があるからでもない。貴女が今日の花を見て、私に話そうとしてくれることが嬉しい。普通のパンを美味しいと言う貴女の隣に、また座りたいと思う。そういう小さなことを、これからも一緒に重ねたいと思っています」

中庭は静かで、セシリアの鼓動だけがやけにはっきりしていた。

「セシリアさん。私は、貴女が好きです。どうか、これからも私に、貴女の隣を歩かせてください」

その言葉を聞いた瞬間、セシリアの目に涙が滲んだ。

「……どうして」

震えた声が、ようやく唇から落ちる。

「どうして、そんなふうに言ってくださるのですか。私は、まだ何も返せません。殿下の隣に立つことがどういうことなのかも、殿下のお気持ちにどう答えればいいのかも、分からないのです」

声が震える。

「嬉しいのに、怖いのです。殿下にそう言っていただけて、本当は……本当は、とても嬉しいのに」

「中に入りましょう」

王太子はそう言って、セシリアへ手を差し出した。

セシリアはその手を見つめる。まだ涙の跡は残っていたし、胸も落ち着いていない。けれど、差し出された手を見ても、もう逃げたいとは思わなかった。

「殿下」

王城へ向かって歩き出しかけたところで、セシリアは足を止めた。王太子もそれに気づき、振り返る。

「返事を、今ここでしてもよろしいでしょうか」

近づきすぎだと、頭のどこかで思った。けれど、王太子は動かなかった。驚いたように目を瞬かせながらも、セシリアが自分で選んだ選択を、受け止めるように立っていた。

セシリアは少しだけ背伸びをした。

そして、王太子の頬へ、そっと口づけた。

触れたのは、ほんの一瞬だった。

離れた瞬間、セシリアは自分のしたことに気づき、顔が一気に熱くなる。

「……これが、今の私の返事です」

次の瞬間、王太子は我を忘れたかのようにセシリアを抱きしめた。強く、二度と離さないように。

セシリアは驚きに息を呑んだ。王太子の胸元に頬が寄り、先ほどまで遠くにあったはずの鼓動が、すぐそばで聞こえる。いつも落ち着いていて、どこか余裕すら感じさせる人の心臓が、今ははっきりと速く鳴っていた。

王太子の腕の中で、彼女はゆっくりと目を伏せる。そして、彼女は恐る恐る、王太子の背に手を添える。抱きしめる腕に、ほんの少しだけ力がこもった。

白い花の香りが、夜の中庭に淡く残っていた。

やがて二人は、王城の灯りへ向かって歩き出した。繋いだ手は、もう離れていない。

セシリアはその温度を確かめながら、自分で選んだ一歩は、思っていたよりもずっと温かいのだと思った。