軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

闇堕ちの件とか

「で、お前の方はあの日どうだったんだ。急な仕事入ってたろ、深夜のナンパ」

A太が思い出したように俺に尋ねる。

……もうその話、やめない?

そう言いたかったが、何も知らないA太に言うわけにもいかない。

仕方なく俺は曖昧に頷いた。

「ああ、あれな。別に普通の仕事だったよ。ただ女の子に声かけて、いつもみたいに振られただけ」

いくら気心の知れたA太とはいえ、物語のヒロインにがしっと両手を握られて朝までやってるお店に行きましょうと言われた、なんてことは言えなかった。

「ふうん、急ぎの仕事の割に何も変わったことは無しか」

A太は肩をすくめる。

「ま、モブの仕事って普通はそんなもんだよな。あーあ、俺がそっちに行けばよかったな」

それに関しては、俺は何も言えない。

仕事を割り振ったのは入社二年目の寺井君だ。だから俺が冒険者ギルドの酒場で消し飛んでた可能性だって十分にあった。

――そうなんだよな。

俺同様、さして特徴のないヤカラ顔のA太を見ながら、ぼんやりと考える。

梨夏ちゃんに初めて出会ったあの日、本当は駅前広場に単独でナンパに行くはずだったのはA太だ。

A太に別件があったから、代わりに俺が行っただけだ。

もしも俺じゃなくてA太がナンパに現れたら、梨夏ちゃんはどうしてただろうか。

それでもやっぱり断らず、ついていくと言っただろうか。

言ったかもしれない。あの子は天然だから。

いや、言っただろう。

まさか、俺だからこそ梨夏ちゃんがついてきてくれた、とでも自惚れてたわけじゃないだろう、B介。

別にA太が悪いわけでもないし、梨夏ちゃんが悪いわけでもない。

なのに、胸がもやもやする。

勝手に自分で想像を膨らませて、嫉妬している。

名無しのモブだってのに。

もう二度と会うこともない女の子のことで。

「そういやB介、お前は聞いてるか」

A太が不意に話題を変えた。

「俺が消し飛んじまったあの日にちょうど、闇堕ちが一件あったらしいじゃねえか」

「……ああ。らしいな」

そうだ。

あの日、ただでさえキャパの少ない寺井君が、なおさらテンパっていたのはそのせいだった。

連続で発生したさまざまなトラブルのだめ押しで入ってきたのが、闇堕ち案件だったのだ。

寺井君が当直の日に闇堕ち案件が入るなんて、ファミコンの本体に無理やりスーパーファミコンのソフトをぶっ差すようなもんだ。完全にキャパオーバー。処理できるはずがない。

おかげでそのしわ寄せを食ったA太は、アポなし消滅の憂き目にあった。

「そいつ、B介の知り合いか?」

「いや」

俺は首を振る。

「俺の知ってるやつじゃなかった」

処理を担当したベテラン社員の森井さんから後で聞いた話では、闇堕ちしたモブは仲間内でスゴイくんと呼ばれる青年だった。

「スゴイくん?」

A太はちらりと眉をひそめて、それから納得したように頷く。

「ああ。称賛系モブか」

「そうらしい」

スゴイ君は中肉中背、特徴のない顔立ちの至って平均的なモブ青年で、主な活躍の場は学園もの。

制服に身を包んだ彼は、いつもヒーローやヒロインのモブ離れした(モブじゃないんだから当たり前だが)容姿や才能を目の当たりにして「すげえ!」と叫ぶ役割をこなしていた。

え? それってナンパ野郎以上にストーリーに関係ない存在じゃないかって?

いいや。断じてそんなことはない。

ヒーローやヒロインに寄せられる称賛。

全体として見ればそれは「学園のスター」とか「学校のアイドル」とかという言葉に集約されるわけだが、その実態は名もなきモブの一つひとつの賞賛の声の集合体だ。

ことあるごとにスゴイくんたちみたいなモブが「すげえ!」「マジかよ!」「あれで高一? ありえねえ……」「おい見ろよ。この学校で一番の美男美女カップルのお出ましだぜ」などと口にしてあげなければ、読者の中でヒーローやヒロインの設定がどんどん薄れていってしまう。

読者も忙しいのだ。その物語だけを読んでいるわけではない。

ほかにも日々、色々なメディアの色々な物語に触れている。だからこそ、モブがきちんとそうやってごく自然な台詞で設定を思い出させてあげるのだ。

そんなわけだから、設定てんこ盛りのライバルキャラを目の当たりにしたときなどは、

「おい、あれってまさか、去年の鳳凰杯決勝で現最強王者イケブクロに惜敗した後忽然と姿を消していたはずの、BKR世代最強と言われたヌマブクロじゃないか。見ろよ、全身のあの無数の傷を。外国ですげえ特訓をしてるって噂だったけど……まさかシマブクロと戦うために日本に戻ってきたっていうのか。ちくしょう、ヌマブクロまでシマブクロの実力を認めたってことかよ……!」

などとモブらしからぬ長台詞を吐くこともある。

解説系のメインキャラたちと違ってこっちは称賛がメインなので、その後の物語にはもちろんもう登場しない。

そんなアゲ系モブの一人であるスゴイくんは、あの日突然「僕の方ができる!」と叫んで主人公とライバルのゲーム対決に乱入し、得意のゲームで二人を倒してしまうというモブにあるまじき蛮行に出たらしい。

「これからは僕の時代だ!」と叫んでヒロインに告白しようとしたところを、通報を受けて駆け付けた森井さんたちによって処理されたということだ。

彼の存在などなかったことになった物語は、その後元通りに展開した。

「深度1ってところか」

A太は呟く。

「その程度なら」

「ああ。不幸中の幸いってところだな」

スゴイくんは、モブではあるけれどゲームが好きで(モブにしては)得意だったらしい。物語でのヒーローとライバルはどちらもゲームが苦手で、ゲーム対決は低レベルの争いに終始する、というコメディ展開だったのだがそれがスゴイくんを刺激してしまったようだ。

自分だっておいしい場面が欲しい。

心に残るような台詞を言いたい。

メインキャラクターにもっと関わりたい。

物語の根幹を支えたい。

それらはみな、モブとして許されざる願いだ。けれど、モブだって同じキャラクターである以上は、抱いても仕方ない感情でもある。

だから俺たちはみんな、その願いを呑み込んで、自分を納得させて物語の裏方に徹しているのだ。

物語の歯車としてのモブに、己の役割を見出して。

だけど、どんなによくできたゲームでもバグがあるように、ときにその許されざる願いを暴走させてしまうモブも現れる。

それが闇堕ちモブだ。

願いが深ければ深いほど、思いが強ければ強いほど、闇に捕らわれたその存在は物語にがっしりと絡みつく。たとえて言うなら、そうだな、道端で踏んづけちまったチューインガムみたいに。物語にこびりついて離れない存在になるんだ。

そうすると物語に歪みが生まれる。

最初は小さな歪みだったとしても、物語の進展とともにそれは大きくなる。

だから放ってはおけない。

堕ちた闇の深さで示される闇堕ちモブの「深度」。

1ならまだ大したことはない。一場面での暴走。やり過ぎちまったけど物語は十分にリカバリーが可能。

闇を漂白して再教育を受ければ、いつかまたモブの仕事ができるようになるかもしれない。

2以上はだめだ。場面じゃなくて物語を貫くメインストーリーそのものに絡みつき始める。

そして最大深度の4ともなれば、物語自体を支配してしまうとも言われている。

だから闇堕ちモブの芽は早めに摘まなければならない。

今回のスゴイくんみたいにあからさまなやつばかりじゃない。もっと陰湿な分かりづらい絡み方をするやつだっている。

深度1の闇堕ちを見過ごせば、深度2、深度3、と物語への危険度は加速度的に高まっていく。

「B介は闇堕ちモブのハントには行ったことあったっけ」

A太の問いに、俺は思わず顔を曇らせる。

「あるよ」

闇堕ちモブのハント。

社員だけでは手が足りない時に回ってくる汚れ仕事。

それは俺にとっては思い出したくない記憶だ。

モブの中には誇らしげに、「俺はハント経験6件あるんだぜ」なんてまるで戦闘機パイロットの撃墜記録みたいな言い方をするやつもいる。だけど俺はそういう気持ちにはなれない。

次は我が身。

いつもどこかにそういう気持ちがあるから。

「俺もあるけどよ」

A太はコーラをちびりと飲んだ。

「ハントに付き合わされるくらいなら、アポなしで消し飛ばされてたほうがましだな」

全く同感だった。

「さ」

俺は時間を確かめると、缶コーヒーを飲み干して立ち上がる。

「そろそろ仕事に行きましょうかね、相棒」

「あいよ」

A太はコーラを飲み干すと、人目もはばからずに大きなげっぷをした。