軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ボーナストラック:ひなた荘の三姉妹 第一話 作・うみだおよぐ

ひなた荘の三姉妹

作:うみだおよぐ

第一話

ゲームのダンジョンみたいな駅の地下を延々とさまよった挙句、ようやくたどり着いた地上は、妙にごみごみしていてやけにせせこましい感じだった。

……あれ?

僕の思っていた都会とちょっと違うな。

そこは僕が想像していたより、何というか二十倍くらい狭くて、そしてそこに僕が想像していたより二十倍くらいたくさんの人が溢れていた。

実は都心っていうのはもうすでにいろいろと飽和状態で、こんな風に限られた狭い土地に人や建物が密集していて、僕のイメージしている“都会”の風景があるのはもっと土地に余裕のある郊外とか県庁所在地のある地方都市みたいな場所なんだということを、僕はだいぶ後になってから知った。

とにかくこの時の僕は、なんというか狭くて汚くて、猥雑なところに来てしまったなあ、と思ったのだった。 芙美子(ふみこ) おばさん、ごめんなさい。

僕の持つスーツケースは、めちゃくちゃかさばる上にめちゃくちゃ重かった。邪魔そうな顔で横目で睨んで通り過ぎていく人たちの多いこと多いこと。

あ。いま舌打ちされた。

早くも都会の洗礼を浴びて、僕は少し泣きそうになった。

やっぱり、必要最低限の物だけ持ってきて、あとは母さんに送ってもらえばよかったのかもしれない。

でも、スーツケースで来るっていうのがこれから新生活を始める大学生っぽいし、ちょっと憧れがあったから。

いまさら後悔しても遅い。とにかく、この中から芙美子おばさんを探さないと。

僕は駅の案内板を見る。

ここは東口。それは間違いない。

スマホを見ると、時刻は一時五十八分。芙美子おばさんとの待ち合わせは二時だ。

もうここにいる可能性が高いな。

僕はかさばるスーツケースをガラガラと引きながら、狭い駅前をあっちに行ったりこっちに行ったり、しばらくうろうろした。

おばさんはいなかった。

時刻はもう二時十五分。

……おかしい。

嫌な予感はしていたんだ。芙美子おばさん、携帯電話持ってないんだもん。

現代人には必須アイテムでしょ。

携帯無しでどうやって暮らしてるんだよ。

僕は今日から、芙美子おばさんが管理人を務めるアパートに下宿することになっている。

芙美子おばさんに会うのはおばあちゃんのお葬式以来だからもう五年ぶりくらいになる。おばさんの娘で、僕のいとこにあたるあの三姉妹に会うのも。

そのときの僕は中学生で、向こうは 葵(あおい) さんが高校生、 翠(みどり) が中学生、 朱美(あけみ) ちゃんが小学生だった。

今は三人とも、どんな風になってるんだろう。

実はそれがちょっと楽しみだったんだけど、僕の新生活はいきなり出だしからつまずいてしまった。

とりあえず母さんにメッセージを送ってみる。

『おばさん、東口にいないんだけど』

『えー? 本当に?』

しばらくして、母さんからメッセージ。

『家に電話してみたけど出ないよ そっちに行ってるんじゃない?』

ぐぬぬ。

だから、いないって言ってるじゃないか。

僕はスマホを握り締めたまま、思わず座り込んだ。

そのときだった。

「あのー……」

遠慮がちに声をかけられて顔を上げると、二十代半ばくらいのきれいな女の人が僕を覗き込んでいた。

「もしかして、迷ってますか?」

「あ、いえ」

僕は急いで立ち上がる。

「迷ってはいないです。親戚のおばさんと待ち合わせしてるんですけど、いなくて。そのおばさん、携帯持ってないから連絡もつかなくて」

「あー、それは大変……」

女の人は眉毛をハの字にして同情してくれた。

「電話がつながらないと困りますよね」

「はは……そうなんです」

「待ち合わせはどこ?」

その女の人の隣にいた、ちょっとガラの悪い感じの男の人が尋ねてくる。

「もしかして、東口とか?」

「あ、はい。そうです」

僕が頷くと、二人は顔を見合わせて苦笑いした。

「ほら、やっぱり」

「ほんとだ。あなたが言った通りだね」

女の人はなぜか恥ずかしそうに笑っている。

「え……?」

「少年。看板をよく見ろ」

男の人は駅の案内板を指さした。

「ここは東口じゃない。中央東口だ」

「は……?」

中央東口? 確かにそう書いてあるけど。だから、それって東口のことでしょ?

「中央東口って東口じゃないんですか……?」

「ああ、違う。この駅には東口、西口、北口、南口、中央東口、中央西口、西北口がある。全部別の場所だ」

「まじですか」

「ああ、まじだ。東口は向こうだ。ここをまっすぐ行くと案内板に東口っていう矢印が出てくるからそれに沿って進むといいぜ」

男の人は慣れた口調でてきぱきと道を案内してくれた。

「あ、ありがとうございます」

「この人がね、きっとあの子、他の出口と間違えてるんじゃないかって言うから」

と女の人。

「それで声をかけてみたの」

「ああ……」

僕、お上りさん丸出しだったのだろうか。

「私もよく間違えるんです、待ち合わせのときに」

女の人は照れたように言った。

「だから彼があなたを見てすぐに気づいて」

「恥ずかしいです……」

「そんなことないよ。私なんて、初めてこっちに来たとき、出口どころか降りる駅間違えたんだから。だけど迷ってたら彼が助けてくれて」

「いいって、俺たちのことは」

男の人がちょっと困ったように言う。

「おばさん待ってるんだろ。早く行った方がいいぜ」

「はい。ありがとうございます」

冷たい都会の洗礼を浴びたばかりだったけど、やっぱりいい人たちもいるんだ。そりゃそうだよな。同じ日本だもん。

「じゃ、行きます」

「ああ。気を付けて」

二人は手を振ってくれた。

ほんと、初日からこれじゃあ先が思いやられるな。

僕はスーツケースを引いて走り出した。