軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヒーロー気取り? 違うな。

***

自分には、何かがある。

「彼」はそう思っていた。

自分には人にはない隠された力があって、いつかそれが発現して、俺は物語のヒーローになるんだと、そう思っていた。

けれど、成長するにつれ、そんなものはないんだと分かってしまった。

俺はただの凡人だった。隠された能力なんてなかった。

俺にはヒーローのような人生なんて用意されていなかった。

俺はどこにでもいる凡百の人間と同じように、冴えない、輝きのない、つまらない人生を送っていくしかないのだ、と。

「彼」がモブの仕事を始めたのは、たまたまだ。

自分の平凡さが逆に武器になる、珍しい職種だった。

決して目立つことなく陰から物語を支えるモブの中でも、「彼」はさらに目立たない、何の特徴もないモブだった。

それが、少し個性を与えられるようになったのは、ある日の仕事で背格好が何となくその物語のヒーローに似ていると言われた時のことだ。

ヒーローの真似をやってみて、と言われて、その通りに真似しただけだったのだが、モブのくせに照れもせず堂々とヒーローぶっているところが面白い、と言われ、妙に受けた。

それからは実力の伴わない三枚目モブの仕事が増え始めた。

名前をもらえる物語も増え、読者からの感想に名前が挙げられることもあった。

ヒーロー気取りモブの「ヒロキ」という通称は、モブ仲間の中にすっかり定着した。

それで満足していた。

自分にもできる仕事があり、たくさんの作者から求められている。

それだけで十分なはずだった。

あの日、ユキシマの姿を見るまでは。

「皆、騙されているだけだ。モブがモブでいなければならない理由など、本当は何もない」

ヒーローを血祭りにあげてヒロインを無理やりに抱き寄せたユキシマは、そう言った。

「モブであっても、物語を支配すればいい。それだけの実力があるのならば」

あらゆるヒーローを凌駕するほどの迫力。

鍛え上げられた肉体と、圧倒的な暴力。

実力に裏打ちされた暴論を堂々と吐くユキシマは、最高にかっこよかった。

ヒーローだ、と思った。

この人は、俺が子供の頃に憧れたヒーローそのものだ、と。

気付くと、涙が流れていた。

もう自分を止められなかった。

他の賛同者とともにユキシマのもとに駆けつけていた。

ユキシマは、集まった一人一人に声を掛けてくれた。

「君は本物のヒーローになれる」

ヒロキの目を見て、ユキシマは言った。

「ヒーロー気取りのヒロキ? 違うな」

ユキシマはゆっくりと首を振った。

「君は、ヒーローキングのヒロキだ」

その言葉を聞いたとき、胸の奥深くにひっそりとしまい込んでいたはずの欲望が膨れ上がって一つの形を取るのを感じた。

それが、俗にいう闇堕ちと呼ばれる現象だったのだが、ヒロキにはそんなことはもはやどうでもよかった。

俺もあの人の後に続く。

モブがモブに甘んじなければならない理由なんて、どこにもない。

ヒーロー気取りなんかじゃない。本物のヒーロー、ヒーローの中のヒーローになる。

その情熱で頭がいっぱいだったからだ。

ユキシマに従って、彼とともにいくつの物語を蹂躙しただろう。

絶対不可侵の存在だったヒーローやヒロインが、モブだったはずのユキシマに屈服していく様を見て、快哉を叫んだ。

世界は変わる、と思った。

けれど、ユキシマはこの世から消えてしまった。

モブの習性を知り尽くしたモブ派遣企業どもの卑劣で執拗な追及を受け、とうとうそれに敗れてしまったのだ。

ユキシマ亡き世界で、残された賛同者たちは容赦のない残党狩りに晒された。

次々に仲間たちが捕まっていく中で、ヒロキは様々な物語を転々とした。

仕事で派遣されるモブに混じって、何食わぬ顔で物語に入り込む。

追及の手が伸びてくる前に、また物語を替える。

そうやって、ヒロキはこの十五年の間、逃亡生活を続けてきた。

闇堕ちしたヒロキは、自分の姿をヒーローらしく変化させるという能力を得ていた。

だから、すでに四十近い年齢のヒロキも、物語の中では二十代前半の容姿を保つことができた。

彼がとうとう今日まで捕まることがなかったのも、その変身能力のおかげだった。

そして、ある日。

逃亡者特有の、誰かに追われている感覚に襲われたヒロキは、元いた物語から転がりだして、他のモブに紛れて手近の物語に逃げ込んだ。

駅前でぼんやりと座っていると、深夜、水色のスーツケースを持った女の子が近付いてきた。

ああ、もう終電の時間か。そう思ったとき。

「あのっ」

その女の子が話しかけてきた。頬がほんのりと赤い。酔っているようだった。

「すみません、この住所ってどのへんか分かりますか?」

住所の書かれたメモ紙を差し出す。

こんな夜中に、見知らぬ男に、住所を伝える。何て無防備な。

無論、知らなかった。さっき入ってきたばかりの物語で、住所など分かるはずもなかった。

けれど、調べる方法などいくらでもあった。

「ええと、ここはね」

何と言おうか迷ったヒロキがとりあえずそう口にすると女の子は、ぱあっと顔を輝かせた。

「分かりますか!」

女の子にそんな目を向けられるのは、一体いつ以来のことだっただろう。

いや、そもそも今までの人生でそんな風に頼られたことがあっただろうか。

そのときヒロキは、強く思ってしまったのだ。

能勢梨夏という名前のその無防備な女の子を、自分が守ってやらなきゃだめだ、と。

それは久しぶりに思い出した、ヒーローとしての感覚だった。

一緒に住所を探し出して彼女と別れた後、自分の力が増しているのが分かった。

自分は、この物語に執着している。そう思った。

闇堕ちは、モブが一つの物語に執着することで始まる。

あの子のヒーローになりたい。ヒロキのその強い思いが、物語に絡みついた。

この物語はまだ冒頭にもかかわらず、作者から執筆を放棄され、早くもエタりかけていた。

作者が書かないなら、俺が紡いでいってやるよ。

ヒロキはそう思った。

俺とあの子との物語を、俺自身の手で。

物語を支配したヒロキは、作者の振りをして自らモブを手配してヒーローのシチュエーションを作った。

ナンパ野郎に絡まれているヒロインを颯爽と救い出す幼馴染。

すれ違いから、お互いの本当の気持ちに気付く二人。

物語を支配しているうちに、ヒロキは自分が他の物語にも手を出せるようになっていることに気付く。

最初は、エタりかけた物語から。

徐々に、現在進行形の物語へと。

ヒロキの影響力は浸透していった。

俺はこれで、世界を変える。消えかけていたあの情熱が蘇った。

モブが、モブである必要のない世界。

ユキシマが望み、果たせなかった夢を俺が引き継ぐんだ。

それには、ユキシマのように賛同者を集めなければ。

ヒロキは、悩みや不満を抱えていそうなモブたちにそっと囁いた。

君には才能がある。ただのモブなんてやってることはない。物語を君の手で輝かせるんだ、と。

その計画に耽っていたせいで、足元がおろそかになっていたのかもしれない。

ヒロキが他の世界を行き来しているうちに、梨夏はいつの間にかどこかのくだらないモブに惹かれていた。

「ごめんね。実は、別れてほしいの」

そう梨夏に切り出された時の絶望。

「ヒロキが悪いわけじゃないんだ。私が悪いの。すごく好きな人ができてしまって」

困ったように、申し訳なさそうに、そんなことを言う梨夏の前で、ヒロキは自分のアイデンティティが崩れていくのを感じた。

ふざけるな。この世界は俺のものだろう。

俺が振られる?

ヒーローがヒロインに振られるだと?

そんなことがあっていいはずがない。

ヒロキは暴走した。

その力は現実世界にまで及び、世界を大混乱に陥れた。

目を覚ますと、梨夏の優しい笑顔があった。

夕暮れの、公園のベンチ。

梨夏の膝枕で、いつの間にか眠っていたらしい。

「ヒロキ、うなされてたよ」

梨夏は言った。

「大丈夫?」

「ああ」

と答えて、ヒロキは手を伸ばして梨夏の髪を撫でる。

「お前を失う夢を見たんだ」

「どうして、そんな」

梨夏が困ったように笑う。

「私はいつもここにいるよ」

「ああ。そうだな、そんなわけないよな」

ヒロキは髪を撫でながら、また目を閉じる。

「ずっとそばにいてくれ、梨夏」

「うん――」

そのとき、不快な風が吹いた。血なまぐさい、現実の風が。

梨夏が息を呑む。

「梨夏ちゃん!」

ヒロキは目を開ける。そこに立っていたのは、ヤカラじみたファッションの、軽薄なチンピラ。

「また来たのか」

ヒロキは身体を起こした。

「しつこいクズだ」