軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そういえば、あいつの名前は。

ユキシマ事件。

現実世界系では最悪の闇堕ち事件として知られる、その事件の首謀者ユキシマの闇堕ち深度は4。

もともとあった深度は3までで、4という深度自体がユキシマの深度を他と区別するために作られたって話もある。

それくらい、ほかの闇堕ちとは隔絶した事件だったんだそうだ。

ただ、俺もその事件のことは詳しくは知らない。

なにせもう十五年以上も前の話だ。その頃の俺はまだこの仕事を始めていなかったから、ユキシマ事件についてもニュースで報道された以上のことは詳しくは知らない。

駆けつけたほかの社員たちにM山を引き渡し、森井さんたちが電話でM山の収容を依頼している間に、ジュンさんがユキシマ事件のことを話してくれた。

「あのときは、俺もまだ駆け出しの巡査だった」

懐かしそうに、ジュンさんは言った。

いや、ジュンさん今でも巡査ですけど。俺とA太は顔を見合わせる。っていうか、そもそもあなたは本物の警察官じゃないです。

「ユキシマの厄介なところは、ヒーロー以上の力を持つキャラクターでありながら、モブでもあったって点だな」

ジュンさんは言う。

「あいつが一つの物語の主要キャラクターだったなら、ほかの物語にまで被害が及ぶことはない。普通の物語の悪役ってのは、そういう存在だ。どんな巨大な悪だろうと、その物語の中で完結した存在なんだ。だけど、ユキシマは違った。あいつは強大な悪役になった上に、複数の物語を渡り歩くモブとしての力も持っていた」

物語の中では取るに足らない存在だからこそ、一つの物語に縛られることのない存在。

モブ。

ユキシマは、それを逆手に取った。

「だから、ユキシマは勝手にモブとして物語の中に入り込むと、しばらくは静かに潜伏する。そして、物語が盛り上がったところで突然その力を解放して、全部ぶっ壊すんだ。いきなり物語を台無しにされた作者さんたちが、何人も筆を折ったって話は俺も聞いてる」

「ひでえやつですね」

A太が吐き捨てる。

「物語の敵は、世界の敵だ」

俺も同感だ。

「でも、もう死んだんですよね」

俺の問いに、ジュンさんは頷く。

「ああ。大手のモブ派遣会社が編成した討伐隊に追い詰められてな。最後は複数の物語に同時に自分を存在させようとして、身体がそれに耐えられずにばらばらに吹っ飛んだんだ」

「うへ」

A太が顔をしかめる。

ジュンさんはその頃のことを思い出すように遠い目をした。

「俺もそれからしばらくの間は、事件の後始末っつうか、ユキシマの残党探しみたいなことをやらされたよ。ユキシマの傍若無人な振る舞いは、不満を溜めこんでたモブにとっては自分たちの欲望をストレートに実現してくれるヒーローっていう側面もあったからな。あいつの信奉者、結構いたんだ」

「そうなんですか」

「ああ。でもみんな、闇堕ちしてたよ。そりゃそうだよな。その欲望ってのは結局のところ、自分たちが物語を支配したいってことなんだから。苦労してそいつらを捕まえて排除して、モブの規律強化と待遇改善が行われて、それでやっとユキシマ事件は終結したんだが……」

ジュンさんはそこまで話したとき、何かを思い出したように口を閉じた。急に黙ってしまったジュンさんに、俺とA太は顔を見合わせる。

「ど、どうしたんすか、ジュンさん」

A太が言ったとき、ちょうど連絡を終えた森井さんと寺井君が戻ってきた。

「間もなく収容の車が来るよ」

森井さんが言った。

「突発闇堕ち対処で、三人には手当を付けておくから」

「おお」

「やったぜ」

俺とA太は歓声を上げたが、ジュンさんは難しい顔をしていた。

「どうしました、ジュンさん」

寺井君に尋ねられたジュンさんは、「ああ」とやっと笑顔を見せて、寺井君の肩を叩くと森井さんに顔を向けた。

「森井さん、今こいつらにユキシマ事件のことを話してたんですけどね」

「ユキシマ事件」

森井さんも厳しい顔になる。

「さっきの話の続きだね。ヒロキとかいう」

「そうそう」

ジュンさんは小さく頷き、それから言った。

「ユキシマ事件の残党で、最後まで捕まらなかったやつがいたんだよ。残党の中じゃ小物で、大したモブじゃなかったから、結局見つからないままうやむやになっちまったんだけど」

その言葉に、森井さんも何かに気付いたように、目を見張った。

「そいつは、ヒーローに憧れてて、いつもヒーローっぽい行動をとろうとするんだけど、実力が全然それに追いついてない。で、結局間抜けな結果に終わっちまう。そんなピエロ役のモブ」

「ジュンさん、そうか」

森井さんが口を挟んだ。

「そういえば、あいつの名前は」

「ああ」

ジュンさんは頷いた。

「ヒーロー気取りのヒロキ。それがそいつの名前だった」