軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

これからのこととか

彼と彼女の姿がすっかり見えなくなり、もういいだろう、というところで俺たちは足を止めた。

後ろから警察官姿のジュンさんが追い付いてきたが、もう警笛は吹いていない。

それどころかはっきりと分かるほどの笑顔だ。

「ジュンさん、ちーっす」

俺とA太が挨拶すると、ジュンさんは

「おうおう、まさかこんなところでお前らに会うとはよ」

と言いながら立ち止まった。

「相変わらずだっせえナンパしてんなあ。いいよ、最高にモブだよ」

そう言って制帽を脱いで額の汗を拭う。

「あー、疲れた」

「ジュンさん、今日も巡査ですか」

にやにやしながらA太が尋ねる。

「たまには巡査部長とかになってくださいよ」

「いいんだよ、俺は」

ジュンさんは口元を緩めてニヒルに笑った。

「生涯一巡査でよ」

「おおー」

生涯一巡査。

かっこいい。

断っておくが、別にこの人は警察官でも何でもない。ただの警察官のモブを生業にしてるだけの一般人だ。

だからよく考えるともうすでに生涯一巡査でも何でもないわけだが、その響きに俺はやられた。

何て言うか、ずっと日の当たらないところでも腐らずに縁の下を支え続けるっていうか、誰にも認められなくても頑張り続けるっていうか。

そんな感じが俺たちモブの心境とマッチしていて、ぐっと来たのだ。

「ところでその拳銃、撃てるんすか」

だけどA太は俺ほど感銘を受けなかったみたいで、ジュンさんの腰の拳銃に手を伸ばしている。

「ばか、触るんじゃねえ」

ジュンさんはA太の手を払いのけた後でまたにやりと笑う。

「弾なんか入ってるわけねえだろ。こっちはモブだぞ」

「そっすよねえ」

心なしか残念そうなA太。

「あ、だけどよ」

ジュンさんがちょっと得意げに腕を組んだ。

「俺、こないだの物語で名前もらったぜ」

「マジすか!」

それは聞き捨てならない。俺たちは食いついた。

「何て名前っすか」

「山田巡査」

「うおおー!」

俺たちはなぜか意味もなくハイタッチした。

「すげえ。ジュンさんすげえ」

「弾も撃ったぜ」

「うおおー!」

またハイタッチ。

「何すか、それもうモブじゃないじゃないすか」

「メインストリームっすよ、拳銃ぶっ放したら。どんな役だったんすか」

「あー、あれだ、ほら。最近はやりの」

ジュンさんは指でぽりぽりと頬を掻く。

「ゾンビもの」

「……あー」

なんとなく察しがついた俺たちのテンションはしゅるるっと下がる。

「ゾンビものっすかー……」

「あれはなー……」

痛いのが嫌だから異世界系の盗賊モブを断ったのに、現実世界系でまで好き好んで痛い思いをさせられたくない。

そういう俺のようなモブにとって、ゾンビものは鬼門だ。

ゾンビものって、モブはだいたい死ぬからね。

「一番最初にゾンビに襲われる交番に俺が詰めててよ。テンパってゾンビにバンバン銃撃つんだけど、全然効かねえの」

ジュンさんは遠い目をした。

「それで真っ先にゾンビに食われちまったんだけど、その時に同僚の巡査部長さんが『やまだー!』って叫んでくれるのよ」

「おー」

「じゃあもう間違いなく山田巡査っすねえ」

「まあどうせなら、銃の効く相手に撃ってみたかったけどよ」

ジュンさんは遠い目をしたまま苦く微笑む。

「モブだからそうもいかねえよな」

「いや、大健闘っす」

「マジリスペクトっす」

俺とA太は心からの賛辞を込めてそう言った。

「そうか?」

照れくさそうな顔のジュンさんは、ふと時計を見る。

「あ、やべえ。次の現場行かねえと」

「また警察官っすか」

「いや、次は警備員」

ジュンさんは指でくるくると制帽を回す。

「制服交換しなきゃいけねえからめんどくせえんだよ」

「制服系モブの人って、そういうとこ大変ですよね」

「さらっと書きやがるからな、作者も」

ジュンさんは苦々しげに言った。

「濃紺に茶色のラインの入った制服を着た警備員、とか。こっちはそのたびに着替えだよ」

「お疲れさまっす」

「まあお前らも、いつまでもナンパ野郎ってわけにもいかねえだろうから」

ジュンさんは去り際に俺たちの肩をぽんぽんと叩いた。

「もし興味があるなら、制服モブの仕事も紹介するぜ」

「いやー、俺たちは。なあ」

A太が俺を見る。俺も頷く。

「組織に属してる人間とか、できねえっすから」

「食わず嫌いしねえで、やってみると案外いけたりするもんだぜ?」

ジュンさんはそう言うと、びしりと敬礼した。

「それでは山田巡査、職務に戻ります」

ジュンさんと別れた俺たちは、夕方までぶらぶらと時間を潰した後で、もう待ちきれずに行きつけの居酒屋に飛び込んだ。

ジュンさんとの追いかけっこのおかげで、適度に喉が渇いている。

最初の一杯は生中。二人で喉を鳴らして飲んだ。

「くあー、うめえ」

「最高だな。このために生きてるな」

今日はA太のおごりとは言っても、お互いの懐具合はよく分かっている。

俺たちは唐揚げと厚揚げを一皿ずつ頼むと、後は一番安いハイボールとおかわり自由のキャベツだけで済ませることにした。

「すみません、ハイボールくださーい」

「あ、ハイボールもう一つ」

A太の注文に便乗して、俺はジョッキに残った生ビールを飲み干す。

久しぶりの酒が臓腑に染み渡る。

俺たちは最近の仕事の愚痴やらモブ仲間の噂話やら、気の向くままに気楽な居酒屋トークを楽しんだ。

「こないだ出た物語が、結構ヘイト強めの作風でよ」

A太がキャベツをぱりりと噛んでグラスを持ち上げる。

「こっちの去り際にヒーローがわざわざ“失せろ、モブが”とか言ってくんのな」

「モブのことをモブって言われてもなあ」

「なー。お前に言われんでも俺たちゃモブだっつーの」

そんな話から、自然と今後のことに話が及んだのは、やっぱりさっきのジュンさんの言葉があったからだろう。

「いつまでもナンパ野郎もできねえもんなー……」

A太がため息をつく。

「おっさんになる前に身の振り方考えねえとなー」

そうだ。A太の言う通り、ナンパ野郎のモブとしていられるのは、せいぜい二十代いっぱいというところだろう。それ以上の年齢になったらさすがに無理だ。

ナンパしてきたのがいい年こいたおっさんだったら、これって何かの伏線だろうか、と読者に勘繰られてしまう。それは、物語を歪ませることになる。

「そういや知ってるか? 会社の事務所でよく会うE子さん」

「ああ」

俺はごく平凡な顔立ちのE子さんの顔を思い出す。事務員系のモブをやっている人だ。

「E子さんがどうかしたか」

「あの人って子供の時“ねえあの人”の子やってたらしいぜ、お母さんと一緒に」

「へー、意外」

“ねえあの人”は、公園や街中にいる親子モブだ。

ヒーローが奇抜な格好をしていたりカップルが人目もはばからずにイチャイチャしたりしていた時に、それを指差して「ねえお母さん、あの人」と言う子供と「見ちゃいけません!」とたしなめるお母さんのペアで仕事をする。

「やっぱり年とともに仕事も変えていかねえとな」

俺が言うと、A太は声を潜めた。

「俺、こないだチャーリーさんに相談に行ったんだよ」

「チャーリーさんって、C級冒険者の?」

「そうそう」

A太は頷いてグラスを空けた。目の周りがすっかり赤い。

「ギルド受付前の仕事、一回やってみようと思ってさ」

「受付前か、確かにありかもな」

C級冒険者モブのチャーリーさん(いつもC級なのでそう呼ばれている)は、冒険者ギルドに初めて訪れた主人公に絡んでけちょんけちょんにされるのが仕事だ。

「異世界系ってすぐ死ぬけど、受付前ならぼこられるくらいで済むもんな」

「だろ? しかも聞いたら仕事中に酒飲めることも結構あるらしくってさ」

「酔っぱらって絡むパターンね」

「ただ、本気でやりたいならスキンヘッドにしてもらうって言ってたんだよな、チャーリーさん」

A太は下品なパーマのかかった自分の頭を撫でる。

「スキンヘッドはまだちょっと決心つかねえわ」

「まあ、どのモブもそんなに簡単じゃねえってことだよな」

モブといっても、そこに生きてる人間になるわけだからな。

何の苦労もなくただそこに存在してる人間なんていないのだ。そこにはやっぱり何かしら、傍目には分からなくても大変なことがある。

俺たちはもう一杯ずつハイボールを頼み、それでわけもなく乾杯してから店を出た。

A太が会計するのを店の外で待っていると、俺のスマホがぶるりと震えた。

「……あれ」

「どうした、B介」

会計を終えたA太が下品な長財布を手に出てきた。

「おう、A太ごっつぉさんでした」

「いいってことよ」

そう言いながら、A太は俺のスマホを覗き込む。

「誰から?」

「いや、会社から」

俺はスマホの画面をA太に見せる。

「これから単独で仕事入れるかって」

「これから? 酔っぱらいケンカモブかな」

「いや、ナンパだってよ」

「この時間からナンパぁ?」

A太は眉間にしわを寄せて俺のスマホを覗き込む。

「あ、酒気帯び可って書いてあるじゃん。ちょうどいいじゃん、行って来いよ」

A太は笑顔で俺の肩を叩いた。

「そんでいい仕事だったら、俺にも教えて」

「そうだなー……」

この時間から仕事とか、正直だるいけど梨夏ちゃんとのデート(らしきもの)のおかげで金がない俺にはありがたいっちゃありがたい。

「じゃあちょっと行ってみるわ」

「おう」

俺はA太と別れ、一人で駅前広場に戻る。

その道すがら、今日の失態を思い出して反省する。

ジュンさんもA太もみんな、ちゃんとこれからのことを考えて動いてるんだよな。

梨夏ちゃんのことなんて思い出して浮ついていた自分が恥ずかしい。

イレギュラーで一回ナンパが成功したもんだから、おかしな夢を見ていたみたいだ。

モブはモブ。勘違いするな。

梨夏ちゃんは梨夏ちゃんで、今頃ちゃんと本当の相手と仲良くやってるさ。俺のことなんてもう覚えてもいないだろう。

分を弁えないといけないよな。こっちは名前もないモブだぞ。

……スキンヘッドか。

俺は根元の黒くなった茶髪を手で梳いた。

俺もやってみようかな、C級冒険者モブ。

女の子に絡んで心がざわざわするより、しばらくはそっちの方がいいかもしれない。

そんなことを考えているうちに、駅前広場に到着する。

さ、仕事仕事。

今度は単独だ。A太もいないし、ちゃんとやらないとな。

ターゲットは……

すぐに見つかった。

だけど俺はその場で凍り付いた。

その子を知っていたからだ。

梨夏ちゃん。

広場に一人立っていたのは間違いなく、この前俺が駅でナンパして半日一緒に遊びまわり、それから駅まで送り届けたあの女の子だった。