軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

忘年会は賑やかに進んで。

最初は割と穏やかな感じで進んでいた忘年会も、時間が進むにつれてだんだんと賑やかになり、席によってはだいぶ乱れ始めていた。

酔っ払いサラリーマンモブのトノさんが、さっそく額にネクタイを巻いている。

リアルであれやってる人って見たことないけど、サラリーマンの象徴であるネクタイを額に巻いちゃうというもはや伝統芸に近い技術で、読者に一発で「あのサラリーマンは酔っ払いだな」と理解させてしまうその手腕はさすがだ。

トノさんっていうのは、時代劇とかの病気で伏せてるお殿様が額にあんな感じの細い布っぽいものを巻かれてるのと似てるってことでついたあだ名だ。

「トノさん、今日は嬉しそうだな」

そう言いながら、三十代半ばくらいの特徴のない兄ちゃんが俺の隣に腰を下ろした。さっきまでそこに座ってたミロさんはもうあっちで別のモブと馬鹿笑いしている。

えーと、この人は、多分。

「あ、ジュンさんちーっす」

「誰がジュンさんだよ」

兄ちゃんは嫌な顔をして、顎をしゃくる。

「ジュンさんならあそこで馬鹿笑いしてるだろうが」

そう言われて俺もそっちに顔を向けてみたが、馬鹿笑いしているモブばかりで、どれがジュンさんなのかは分からなかった。

「あ、そっすね」

俺は適当に頷く。

「えーと、すんません、あの」

「忘れるんじゃねえよ、失礼なやつだな。ほら、俺だよ」

そう言って、顎の下に両手の指でハートみたいな形を作る。

「えーと、ラブラブキュンキュン……」

「なんだ、そりゃ」

兄ちゃんは呆れたようにそのハートマークを横に広げる。

「ほら、思い出せ、ほら」

あ。この形はもしかして。蝶ネクタイか。ってことは。

「羊さんっすか」

「おう、やっと思い出したか」

「分かりませんって。羊さん、仕事の時とキャラが違いすぎますもん」

「オンオフははっきりさせたいタイプなんだよ」

羊さんはそう言って、何か茶色の液体が入ったグラスを傾ける。中で丸くなった氷がかちゃりと音を立てる。

羊さんは、ジュンさんと同じ専門職モブの一人で、執事を専門にしている。

もちろん、ここ最近は執事というのはかなり人気の高いキャラなので、モブじゃない執事さんもたくさんいるのだが、羊さんは本当にモブ執事。

たとえば主人公の通う学校に財閥の超金持ちお嬢様が黒塗りの外車とかで登校してくるときとかに、さらりと背景に目を伏せて立っている。

もしくは、主人公が金持ちの友達の家に遊びに行ったときに、玄関でずらりと並んでお出迎えする。

そういう「このキャラはお金持ちですよ」という情報を補強するモブなのだ。

だから仕事中は、今はだらしなく適当に縛っているこの髪もぴしりとオールバックで固めるし、喋り方も「ですます」口調になるし、一人称も「わたくし」になる。まあ、そうは言っても所詮はモブなのでそんなに台詞ないけどね。

名前の由来は……説明するまでもないと思うけど一応言っとくと、みんな最初は「しつじさん」「しつじさん」って呼んでたんだけど、「しつじ」って言いづらいからそのうちにだんだん「ひつじさん」って呼ぶようになっちゃったっていう、ただそれだけの話。ほら、「七」のことを「しち」じゃなくて「ひち」って数えるみたいな。

もちろんそんな由来だから、ふかふかの羊毛が生えてたりくるくるした角が生えてたり瞳孔が細い横線だったり、そういう羊っぽい特徴は一切ない。

「ったく。この前の現場でも俺のこと覚えてなかったよな」

羊さんは俺をじろりと睨む。

「え? そうでしたっけ」

現場、現場。現場ってどこだ。

「現場すら覚えてねえのか」

「いや、ええと」

「学園もので会っただろ、くるくる巻き毛のお嬢様の出てる」

え?

「いや、多分それ俺じゃないっす」

「は? お前D郎だろ?」

「B介でございます……」

「……」

俺たちはしばらくお互いの顔を見つめ合って、それからどちらともなく笑顔で乾杯した。

ま、モブなんてこんなもんだ。

「そういや、寺井君はどうした?」

ひとくさり近況などを報告し合った後で、羊さんが言った。

「俺、あいつに言っとかなきゃならないことがあるんだよな」

「何かあったんすか」

「落命漏れだよ。落命ありませんって言われてたのに、いきなり屋敷にテロリストが踏み込んできやがった。お嬢様を人質に取られて鉛玉を五発くらい食らったぞ」

「あー……」

執事モブでもそんな展開になることがあるのかぁ……。

「寺井君なら忘れそうですよね」

「大事なことなんだから、ちゃんとやってもらわねえとさ」

羊さんは鬱憤が溜まってるようだった。

「社員はさ、モブのその日の配置だけ付けられればそれで、ああよかったって満足して仕事終了だと思ってるだろ? それが若手の寺井君にも伝わってるんだよ。だからそういういいかげんな仕事をする。だけどそれじゃだめなんだよ。現場に行くこっちからしてみたら、社員から聞く断片的な情報だけを唯一の手がかりに仕事してんだから」

「羊さん、結構たまってますね」

「一年分ためてきたんだよ、こっちは」

羊さんは髪を掻き上げる。

「がっちり言ってやろうと思ってたのに、来てやしねえ」

「危険を察知して、来るのやめたんじゃないですか?」

「そんな察しの良さがあったら、もっといい仕事してるよ」

おっしゃる通り。

それにしても、寺井君は来なかった。倉井さんも来ていない。これはいよいよ、何かあったのだろうか。

「森井さんに聞いて来ましょうか。寺井君どうしたんすかって」

「あそこに割り込んでか?」

羊さんが顎をしゃくった先で、森井さんは社長と何か真剣な顔で話をしていた。

「あ、だめっすね」

社長は社長だけあって話が長いので、森井さんは少なくともあと三十分はあそこから動けない。

「こういうのは年跨ぎたくねえんだよなあ」

羊さんが顔をしかめて酒を飲む。

「仕方ねえなあ。……あっ」

急に羊さんがグラスを置いて座り直した。

「お疲れ様です」

俺の背後に向かって頭を下げる。振り返ると、そこにゾークさんがいた。

「あ、ゾークさん」

俺も慌てて姿勢を正す。

「お疲れ様です」

モブ界の大物、異世界盗賊モブのゾークさんは、

「おう、いいよいいよ。そんなにかしこまんなよ」

と鷹揚に言いながら、俺たちの横に腰を下ろした。