軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

記念SS ハロウィンにナンパ

十月三十一日。

世間はハロウィンだ。

都会の大きな駅前では、仮装というのかコスプレというのか、ゾンビや吸血鬼やカボチャのお化けに扮した若者たちが大挙して集まって大騒ぎをする日だ。

仮装っていうのは普通は目立つためにやるもんだが、ハロウィンはちょっと事情が違う。

何でもない日にぽつんと一人だけカボチャのお化けの仮装をしたやつがいたら、そいつは絶対にモブではないが、街の人たち全員が多様なテイストの仮装をしてしまったら、それはもうみんな立派なモブだ。

逆に、ゾンビやジャックオーランタンの群れの中を突っ切って来る普通のスーツ姿の男とかいたら、それがモブっていうことはあり得ない。

結局、モブであるかそうでないかは格好で決まるわけじゃない。周囲の状況次第ということだ。

幸せ、というやつに似ているのかもしれない。

人間は、周りの不幸と比べることで自分の幸せを確かめる生き物なのだから。

そんなわけで、ハロウィンの日に街でモブの仕事をこなすには、仮装は欠かせない。

あんまり気合の入った仮装だと、「こいつらは純粋にハロウィンを楽しみに来たんだな」と読者に余計な感想を抱かせてしまうかもしれない。

俺たちはナンパモブ。ハロウィンなんてのはナンパのチャンスなだけで、イベント自体は別にどうだっていい。女の子がいっぱい集まる場所だから来てるだけだ。そういう下劣な狙いを揺るがせてはいけない。

だから、一応アリバイ程度に仮装の真似事をしておくのがベストだ。

ナンパ野郎の清々しい割り切った思考を体現するために、俺はちょっと破れた服と口や目の端から赤い血を流すだけという、実にお手軽で気合の入っていない仮装で仕事の始まる時間を待っていた。

今日は、とにかく人が多い。

相棒のA太はまだ来ていない。

もしかして、コスプレに手こずってるんだろうか。それとも、この人ごみのせいで遅れているのか。

そんな心配をし始めた頃、

「おう、B介。悪い悪い」

とA太の声がした。

「遅かったな、混雑に巻き込まれ」

たのか。

そう言おうとしたが、思わずぽかんと口を開けてしまった。

A太はゾンビだった。

仮装が、ということじゃない。A太はもう完全にゾンビだった。

皮膚が腐っている。目玉が片方落ちそうになっている。右腕の骨が露出している。

そして何よりも、臭え。ひでえにおいだ。

「おい、A太。お前それって」

「いやー、前の仕事が長引いちまってよ」

A太はきまり悪そうに笑った。

「間に合ってよかったぜ」

「やめろ、笑うな。お前がどの表情筋動かしてるのか全部ダイレクトに見えるから」

「次の仕事もゾンビだからちょうどいいかと思ってそのまま来たんだけどよ」

「A太、お前はものすごい勘違いをしてるぞ」

俺は言った。

「ゾンビのコスプレをすることと、本当のゾンビになることとの間には、深い深い溝が横たわってるんだ」

「まあ、ナンパしちまえば一緒だろ」

A太はそう言って、くけけけ、と笑う。

「ほら。笑い方もなんとなく邪悪になってる」

俺が指摘すると、A太は顔をぐちゃりと歪めた。

「仕方ねえだろ。ほっときゃ治るけど、さすがにここまでがっちりゾンビ化しちまうと時間がかかるんだよ」

「全治二、三時間はかかるんじゃねえか」

俺は時計を見た。

「どうすんだよ。次のナンパ、もうあと十分で始まるぞ。お前が近付いたら、その格好と臭いだけで声かける前に逃げられちまうぞ」

「臭いはこれでどうにかなると思うんだよな」

A太はぼろぼろのズボンから、消臭剤のスプレーを取り出す。

「生ごみの臭いも消すっていう強力なやつだからよ。ほんとは人体には使わねえほうがいいんだけど」

「じゃあやめとけよ」

「大丈夫だよ。人体じゃなくてゾンビ体だから」

「そういうもんか?」

消臭成分だか消毒成分だかがゾンビには良くないのか、A太は、

「ああ、皮膚に沁みる皮膚に沁みる」

と言いながらスプレーを全身に振りかける。そうか、沁みるのか。ゾンビを倒すのに聖水を使うようなものだろうか。

だけどまあこれで、臭いはかなり近づかなければ分からなくなった。

あとは、そのグロい顔だ。

「さすがに片目ぽろりはやべえだろ」

「そう思って、これ持ってきたんだよ。じゃーん」

A太はでかいカボチャを取り出した。

「頭にかぶる用のカボチャ」

中がくり抜かれたカボチャをかぶると、なんとか仮装集団に紛れ込んでも大丈夫なくらいの格好にはなった。

時間の経過とともに嗅覚が多少戻ってきたのか、A太はしきりに、

「くさっ。自分がくさっ」

と言っている。カボチャの密閉空間だから臭いも籠るんだろう。

「それじゃ行くか」

ちょうど時間には間に合った。俺たちは指定された駅前へ向かう。

そこにいたのは。

「お……」

思わず足を止めた。

「かっわいいな」

黒い衣装の魔女コスプレをした女の子が立っていた。ほっぺたに描かれた金色の星も可愛い。

「よし。じゃあ行くか」

「え? あっ」

俺が止めるよりも早く、A太がよたよたと、明らかにゾンビかそうでなければうんこを漏らしてしまった人しかしないであろう膝を曲げない歩き方で、女の子に近付いていってしまった。

「ねえねえ、そこの真っ赤なリボンがチャーミングな魔女のおねえさーん。俺と一緒に今夜はサバトでとことんフィーバーしようぜー」

「待て、お前が先陣切るんじゃねえ! 脳みそがまだ腐ってるから、ナンパもおかしなことになってるって!」

そう言ったときには、もう遅かった。女の子が悲鳴を上げ、そして周りのモブが一斉にA太を取り押さえる。ナンパ野郎に対する扱いではない。これは完全に犯罪者に対する扱いだ。

「ちょ、待っ……! B介、助け……」

ごめん、A太。この仕事は失敗だ。

俺はそっとその場を後にした。