軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ナンパ成功…?

「すみませーん、ありがとうございましたー!」

彼女が帰ってきた。満面の笑顔。かわいい。

水色のかわいらしいスーツケースの持ち手を握ってぼんやりとたたずむヤカラ風の男の姿は、さぞかしシュールだったことだろう。

いいのか、作者さん。こんな展開で。

俺に割くページ、もったいないだろ。

そこまで考えて我に返る。

いかんいかん。この子のペースに呑まれたらだめだ。

俺はモブマニュアルの、主人公タイプ一覧のページを思い起こす。

そうか、この子はあれだ。

天然ってやつだ。

人の悪意を感じ取る能力に著しく欠けた、ぽやんとした感じの女の子なんだ。鈍くさくて空気が読めないけど、そこが魅力でもあるタイプの子。

それが分かったので、俺は自分のペースを取り戻した。

危ない危ない。親御さん、俺だったらこんな子一人で都会に出さないぜ。

きっと天然な子には天然な子なりのヒーローが用意されているのだろう。普段は不愛想なくせに、やれやれまったくお前は、とか言いながらかいがいしくお世話を焼いてくれるツンデレタイプみたいな感じの。知らんけど。

だが、彼女が天然タイプと分かれば話は早い。

俺とのこのちょっと間抜けなやり取りは、彼女の天然さを強調するためのエピソードだったに違いない。

ナンパクズにも警戒しないで大事な荷物を預けてしまううっかり天然さん、みたいな。こえーよ。

とはいえ、そうならそうと会社の人も前もって言っといてくれよな。俺としたことが、ちょっと焦っちゃったじゃん。

「あの地図見てきたけど、全然分かりませんでした」

そんなことを言って、てへへと笑う女の子を前に、俺は己の役割を全うすることにした。

「行く場所が分かんないんならさ、俺と一緒に遊びに行こうよ」

にやにやと下心丸出しの笑顔で、俺は言った。

「今日出会った記念におごってあげるからさあ。楽しいよー?」

絶対こんな奴についてっちゃだめだ、というお手本のようなナンパ。

我ながらいい仕事をしている。

「えっ、いいんですか」

彼女の顔がぱっと輝いた。

「私、行ってみたいところたくさんあるんです!」

「おう、いいよいいよ。どこでも行こうよ」

ほら、天然の無防備な子が、たちの悪いナンパ男に連れ去られようとしている。

連れ去られようとしていますよ!

この物語のヒーローさん!

そろそろ助けに来ないと、本当に連れ去っちゃいますよ!

「じゃあさ、とりあえず眺めのいいお店にでも行こっか」

俺はそう言って、手を伸ばして彼女のスーツケースの持ち手を握る。

荷物を確保して、逃げられなくしちゃう戦法。

まあ、なんてたちが悪い。

ほら。たちが悪い男ですよ。

だめ押しで、彼女に見えないようにこっそりと下品に笑ってみる。

こりゃついてるぜ。今日はこの子に、あんなことやこんなことをたっぷりしてやるぜ。げへへ。

……まだ来ない。

今回の作者さんはずいぶんぎりぎりまで引き付けるタイプだな。

「やったー、すごい!」

彼女が両手をあげてばんざいした。

「いいんですか!?」

いや、俺が聞きたいよ。いいんですか!?

そう思ったが、彼女はきらきらしたおめめで俺を見上げてくる。

うっ……可愛い。

これはあれか。店に行く途中でヒーローにインターセプトされるパターンか。

「じゃあこっちこっち。絶対退屈させないからさあ」

えーい。こうなったらヒーローが来るまでは俺がこの子を連れて歩くしかない。

覚悟を決めて、俺は歩き出した。

おしゃれなカフェで、彼女が一度食べてみたかったというパンケーキを食べさせた後で、二人でボウリングに行った。

俺はモブなので、ボウリングも別にうまくはない。かといって笑いが取れるほどに下手でもない。

三回に一回くらい地味にスペアを取って、合間に一回くらいストライクを挟む。一般人として可もなく不可もなくのスコアだ。

彼女はというと、これはもうびっくりするくらいに下手だった。

こっちが見てらんなくて、2ゲーム目は子供用のガーター防止柵を立ててもらった。

そのおかげで彼女は、人生で初めてストライクを取れた、と飛び上がって喜んでいた。

いや、ピンに届く前に柵に二回当たってるわけだが。まあ、ストライクといえばストライクか。うん。

で、その間ずっと俺は下心ありのいやらしい顔をしていた。

ボウリングの球を投げるたびにスカートから覗く生足がたまらん。じゅるり。

だが。

……来ない。

来ないぞ、ヒーロー。

もうすっかり日も落ちて、夜景の見える居酒屋で乾杯しながら、俺は内心焦っていた。

これって外形的にはナンパ成功してませんか?

いや、俺はモブだからね?

モブはナンパ成功しちゃだめなの。成功して本当にいやらしいことするのは、ちゃんと名前のある人たちの役目なの。

名前がない人たちがいやらしいことする物語は、18禁なの。そっちは俺の契約外なの。

だが、俺の混乱をよそに、彼女は順調に杯を重ね、ろれつも徐々に怪しくなっていく。

これはまずい……これはまずいこれはまずいコレハマズイ。

「そろそろ出ようか」

彼女の足元がおぼつかなくなる前に、俺は居酒屋を切り上げた。

ここまでの会計はもちろん全部俺持ち。

おいおい、今日一日でナンパモブ七回分くらいの金使ってるぞ俺。

「あー、楽しかった」

心から愉しそうに彼女が言う。

それはよかった。それはよかったけれども。

「次はどこ行こうか」

もう一軒くらい行っちゃったら、あとはホテル行くしかないぞ。マジでどうすんだ、これ。

「お兄さん。あの、実は」

彼女が手をびしりと挙げた。

「私、行かなきゃならないところがあるんです」

それはそうだろう。何の用もなくスーツケース持って都会に出てこないだろ。

「おう。どこ行きたいのよ」

「駅前のアパート。今日から住み始めるんですけど」

そう言って彼女は鍵とメモ紙をポケットから取り出す。

「駅前にそのアパートがなくってですね」

「えー?」

アパートがないって、んなバカな。

メモ紙に住所が書いてあった。最寄り駅の名前も。

「これ、駅が違うよ」

「ほえ?」

「一個先の駅じゃん」

「えー?」

彼女は目を丸くしている。

「ここって水無月駅じゃないんですかー?」

「違うよ、ここは皐月駅。水無月駅はもう一個先だよ」

「そんなあ」

電車、まだ間に合うかな。

「よし、駅行こう、駅」

なるほど、ようやく分かったぞ。

つまり、これはあれだな。

この子が天然過ぎて降りる駅を間違えちゃったから、本来降りるはずの駅で出会うべきヒーローと出会えてないと、そういう事態なのか。

だからそれならそうと作者が言えって! モブに察せるわけないだろ、そんなこと!

とにかくリカバリーだ。物語をあるべき方向に戻さないと。

俺はスーツケースを担ぎ、ちょっとふらふらしてる彼女の手を引いて駅へと急いだ。

駅の券売機で切符を買ってやり、スーツケースと一緒に彼女に手渡す。

「ほら、これ。次の電車、五分後だから急いでホーム上がって」

「お兄さん、ありがとう」

彼女は何だかぽーっとしたような顔で俺を見ていた。

「全部おごってくれて、切符まで。すごく親切……都会の人は冷たいって聞いてたのに」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。ほら、急げって。ホーム間違えんなよ」

ヤカラに追い立てられる可愛い女の子。通りすがる人たちも珍しそうに見ている。

「待って、お兄さん」

急に彼女が俺の手を握った。

「私、 能勢梨夏(のせりか) っていいます」

そう言って、何だか潤んだ目で俺を見上げる。

「お兄さんの名前教えてください」

「え?」

俺の名前。

俺は思わず彼女の目を見つめた。

お酒でピンクに染まったほっぺたが可愛い。でも目は真剣そのもので、真っ直ぐに俺を見つめている。

「お願いです。今日出会った記念に」

昼間に俺の言った適当な台詞。まさかそれを彼女に使われるとは。

だけど。

俺は、モブだ。

名前なんてない。

「突然降ってきたんだよ、俺の名前が頭ん中に。あなたの名前はゾークですって声がしてさ。嬉しかったぜ」

名前をもらった盗賊モブの有名人ゾークさんは、自分が名付けられた瞬間のことについて、そう語っていた。聞いていた俺たちは「ほー」とか「へー」とか言いながら羨ましがっていた。

だから、もしもこの物語で俺に名前があるのなら。

俺は、誰かの声が聞こえてくるのを待った。

誰かが俺の名前を告げてくれるのを。

だけど、何も降っては来なかった。

彼女が俺の答えを待っている。

でも、俺は名無しのモブのままだった。

やっぱりただのナンパ野郎でしかなかった。

……だよな。

俺は微笑む。

そりゃそうだよ。

「名乗るほどの者じゃねえよ」

そう言って彼女の手を振り払う。

「ほら、急げよ。電車来るぞ」

そう言って改札を指差すと、俺は身を翻した。

「じゃあな、楽しかったぜ。新生活頑張れよ」

何言ってんだ、俺。

でもナンパモブの俺がこの場を締める台詞なんて、もうそれくらいしかないじゃないか。

彼女は、梨夏ちゃんは、こっちが切なくなるような目で俺を見送っていた。

ごめんな、君の物語に割り込んじゃって。

その目を避けるようにして、俺は雑踏の人ごみの中に身を隠す。

俺、ただの名無しのモブだから。

君とこんなに喋っちゃいけない存在だったんだよ。

次の駅で降りて、本当の君の物語を始めてくれよな。

さよなら、梨夏ちゃん。

今まで殴られたことも蹴られたこともビンタされたことも、数えきれないほどあった。

恥も外聞もなく悲鳴をあげたり腰を抜かしたりしたことだって。

でも、モブの仕事を始めて、こんなに心が苦しかったのは初めてだった。