軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それからの俺

さて、それからの俺はというと。

今までとまるで変わらない、いつも通りの日々を送っている。

拍子抜けするほど、いつも通りの日々を。

いるかさんサワーをがぶ飲みした次の日は、夜からの仕事だったってのにまだ酒臭くてA太を呆れさせたが、まあ影響と言えばそれだけだった。

仕事はいつも通りこなして、俺たちはいつも通りこっぴどく振られた。

梨夏ちゃんの物語の作者さんから何らかのクレームが来ることは覚悟していた。

闇堕ち検査試薬を持った職員がいきなりアポなしで訪ねてくることも。

だけど、俺がいつも通りの日々を過ごしているってことは、つまりそういうことだ。

結局、何もなかったんだ。

クレームも、検査試薬を持った職員も、誰も来なかった。

来るのはいつも通り、ナンパモブの仕事の依頼だけ。

あれだけモブから逸脱した行動をとったのに、どうして何もお咎めがないのか。それもまるで分からないけど。

ビビりの俺は、自分から寺井君に「この前の仕事ってどうだったの」なんて聞くこともできず。

それでまあ、何というか。一言で言うと。

別に、何も起きなかった。

あの日の梨夏ちゃんとヒロキ君がその後どうなったのかは分からない。そこは想像すると泣けてくるから、あんまり考えないようにしている。

いずれにせよ、俺には何もなかったんだ。

平凡な代り映えのしない日常の中に身を置くと、あの夜の自分の決意がひどく滑稽に思えてくる。

公園のベンチで泣きながら「さつきさん」と呼んでくれた梨夏ちゃん。

彼女に歩み寄りその名前を呼ぶとき、俺は確かに俺の人生を賭けた。

取るに足らないモブの、取るに足らない人生ではあるけれど、それでも俺にとっては一つだけの人生を、あの時俺は確かに捨てる覚悟をしたんだ。

この子のためなら闇に堕ちても仕方ないと、そう思った。

その結果はといえば。

B介さん、ナイスアシスト。

みたいな感じだろうか。

いや、ナイスなのかどうかも分からない。

あの日はすっかり自分に酔って、俺のおかげで二人がくっ付いたんだ、くらいに考えていたが、よく考えてみれば、梨夏ちゃんがヒロキ君のメールを見さえすれば、あるいはヒロキ君がどこかで梨夏ちゃんを捕まえさえすれば(家の前で張ってれば簡単だったはずだ)、誤解なんてすぐに解けたはずだ。

だから俺がやったことは、梨夏ちゃんを途中でインターセプトして安酒を飲ませたこと、だけだったのかもしれない。

それでも、あの日の俺の行動には意味があったんだと信じたい。

それで梨夏ちゃんが幸せになってくれるなら、物語がきちんと前に進んでくれるのなら、俺にはもう何も言うことはない。

いや、ごめん。本当は言いたいことはいっぱいある。全部泣き言だけど。

あんなに近くで梨夏ちゃんの可憐な顔を見たもんだから、何気ない時に襲ってくるフラッシュバックがヤバい。

まあ今まで物語の根幹に関わってこなかった(こられなかった)人間には刺激が強すぎたってことなんだろうな。

そういう耐性がまるでないんだ。

それにしても、物語の主要登場人物ってあんなに感情を動かしてるんだな。

マジですげえな。

それは、俺の偽らざる感想だ。

モブとしていくつもの物語に関わってきたけれど、それにいちいち感情を動かされることはなかった。

なぜなら、それが仕事だったからだ。

物語における自分の与えられた役割を、主要人物の邪魔をしないようにきっちりとこなし、速やかに退場する。それがモブだ。

そこには演技と計算はあるけれど、感情の動きはない。

だけど今回、初めて物語の根幹に近い部分に触れたことで、分かった。

彼らは、すごく大変だ。

俺たちと違って、仕事じゃない。本当に泣いて笑って、苦しんで、喜んでいる。

それがどれだけきついことか。

初めて彼らの凄さが分かったと言ってもいい。

モブの俺には、とても無理だ。

彼らにしてみたらストーリーの途中の一場面。それにちょっと出ただけで、こんな半分人事不省になるくらいのダメージを受けたんだから。

身の程、という言葉をこんなにしみじみと噛み締めたことはない。

スポットライトに当たることだけが幸せじゃないんだな。

そんなことは理屈では分かっていたつもりだったけれど、やっぱり実際の経験が伴うと、重みが違う。

目立つ人間は、目立てるようにできている。

そうじゃない人間が無理に目立とうとしたら、早晩ぶっ壊れる。

それが俺の生々しい実感だ。

まあそんなわけで、俺は梨夏ちゃんへの未練をだらだらと情けなく垂れ流しながら、それでも自分の身の丈に合ったモブのお仕事を真面目に一生懸命やっていこうと、そう志を新たにしたわけだ。

やりますよ、モブを! 汚れ仕事でも何でも回してください!

仕事に打ち込んでつらいことなんて忘れよう。

そんな前向きな気持ちだったから、ベテラン社員の森井さんにその話を持ち掛けられた時、

「いいっすよ。他にやりたがるやつがそんなにいないんでしょ?」

なんて言ってしまったのだ。

今は激しく後悔している。

やめときゃよかった。

心からそう思っている。

あんな安請け合いしなけりゃ、今頃いつもの駅前でA太と一緒にいつもの冴えないナンパしてられたのに。

どうしてこうなった?

「忙しいところ、集まってもらってすまない」

電気工事の作業員みたいなグレーの作業着を着た森井さんは、集まった俺たち四人のモブを前に、そう言った。

「時間をかければかけるほど、状況は悪くなる。速やかに処理を行うので、手順をよく聞いてくれ」

頷く俺たち四人も、森井さんと同じグレーの作業着。

……に見えるが、これはただの作業着ではない。

通称、 現実着(げんじつぎ) 。

俺がこの服に袖を通すことはもうないだろうな、と前回そう思ったはずなのに。

俺はまたこの服を着ている。

これを着ることによって、俺たちは物語世界の干渉を一切受けないモブとなる。

物語の方でも、俺たちの存在に関知しない。

そう。

俺たちがこれからやろうとしているのは。

闇落ちしたモブの、物語世界からの強制排除。

通称、闇堕ちハントだ。