軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

管理権を奪わせないぞー、おー

朝の班拠点には、弁当の匂いがしていた。

真凛が持ってきた重箱のふたが開いている。白飯の上には、細く刻んだ海苔が少しだけ散っていた。端には梅干し。隣の段には、卵焼きと、甘辛く照った鶏の照り焼き、青菜の胡麻和え、浅漬けがきっちり詰まっている。

それを、霧島が妙に真剣な顔で食べていた。

「おいし~。やっぱ久我さん、おかあさんみたいです」

真凛の箸が、ぴたりと止まった。

「霧島さん」

「はい」

「褒めているのか、年上扱いしているのか、どちらですか」

「褒めてます。九割くらい」

「残り一割は」

「安心感です」

真凛は無表情のまま、ふたの裏についた水滴を布巾で拭いた。

「……褒め言葉として受け取っておきます」

「やった」

霧島は小さく拳を握ってから、また卵焼きを口に運んだ。いつもの勢いはある。だが、目の下の隈はまだ薄く残っている。昨日のあれで平気な顔をしていられるほど、体はできていないらしい。

「作りすぎただけです」

真凛が、俺の視線に気づいて言った。

「最近、分量の感覚が少しずれていまして」

「それで弁当を?」

「捨てるよりはましですから」

「助かる。うまい」

そう言うと、真凛は一拍だけこちらを見た。

「……それなら、よかったです」

俺も箸を取った。鶏の照り焼きは、冷めても硬くなっていない。甘辛いタレが白飯に少し染みていて、それだけで飯が進む。

霧島の件については、昨日の夜のうちに安藤さんから少し聞いていた。

霧島は、安藤さんから頼まれていたそうだ。こちらの管理権が奪われないように、対策室の中から動いていた。だが、表立って俺たちに協力する姿勢を見せるのは、上司である園城大臣の方針と正面からぶつかる。だから、言えなかった。

納得はした。全部を飲み込んだわけではないが。前よりかはずっと、彼女のことを信用できるようになった。

「霧島」

「はい?」

霧島が箸を止めた。

「昨日の件、助かった」

霧島の目が、少しだけ丸くなった。

「……聞きました?」

「聞いた」

「じゃあ、怒られる前に言っておきますけど、言えなかったんです。言ったら、私の立場も、篠塚さんたちの立場も、たぶん変に見えちゃうので」

俺は卵焼きを飲み込んだ。

「礼は言う。だが次は、先に言えよ」

霧島は、箸を持ったまま固まった。それから、少しだけ笑った。

「篠塚さん、そういうところ、ずるいですよねぇ」

工房側の扉が開いたのは、そのすぐあとだった。

園田が工具を持ったまま顔を出した。髪に金属粉のようなものがついている。

「園田、真凛が弁当作ってくれてる。お前も食べないか?」

「いや~、まだお腹へっていないんですよ。あと二十分したら食べます」

こういうところは、かなりマイペースだ。

真凛はため息をつくでもなく、園田の分の弁当だけふたを閉じた。

園田が本当に二十分後に戻ってきて、弁当を食べ始めたころ、霧島がタブレットを机に置いた。

画面には、やたら文章の列が続いている。

「高危険度ダンジョン安全管理適正化法案。通称、適正化法案です」

「名前だけは、まともそうだな」

霧島が指で画面を送る。

「中身は、高危険度ダンジョンの管理権を、個人探索者や小規模管理組織から、大企業、公営主体、共同管理法人へ寄せやすくするものです」

真凛の表情が変わった。

「つまり、一定条件を満たすと、現管理者から管理権を外せる」

「はい。表向きは安全管理の強化です。実際、高危険度ダンジョンを誰でも持てるようにするのは危ない。それ自体は間違っていません」

霧島は、そこで一枚の写真を開いた。

料亭の前らしい。黒い車。暗い入口。黒沢常務と、園城大臣より年上の男が並んでいる。写真は粗いが、顔は分かる。

「園城議員です。園城大臣のお父さん」

「黒沢と、会ってるのか」

「会食だそうです。別に、政治家と企業の人間が食事をしただけなら違法でも何でもありません。問題は、そのあとにスフィア法務部名義の政策提言書が出ていることです」

次の画面には、表紙だけの資料があった。高危険度ダンジョン管理の民間連携に関する提言。きれいな言葉が並んでいる。

「このまま進めば、C-087はスフィア・コーポレーションが管理することになるでしょうね」

園田の箸が止まった。

「スフィアですか」

「はい」

「昨日、あんなに崩れたのに」

「だから、昨日の件だけでは足りないんです。スフィアは大企業です。失敗した隊があっても、組織としての安全管理能力を主張できます」

俺は写真を見た。

黒沢の顔には、見覚えのある嫌な冷徹さがあった。人を現場ではなく、使える部品として見ている時の顔だ。だが……。

「きちんと管理されるなら、俺は別に、管理権にしがみつく気はない」

真凛がこちらを見た。

霧島は、笑わなかった。

「篠塚さんなら、そう言うと思いました」

「なら話は早いだろ」

「早くないです。ダンジョンC-087を、今のスフィアに任せるのは危険です」

霧島の声が、少し低くなった。

「篠塚さんが一番理解しているはずです。スフィア近距離専門部隊、歴代最強と呼ばれた篠塚さんなら」

その呼び方は、久しぶりに聞いた。

「誰から聞いた?」

「ちょっと調べてみたんです。詳しくはわからなかったですけど。でも、篠塚さんがスフィアのやり方を知っていることは、分かります」

「昔の話だ」

「昔のやり方が、今も残っていないと言い切れますか」

言い返せなかった。

霧島はタブレットを伏せた。

「そこで、篠塚さんにお願いがあります」

「嫌な予感しかしない」

「C-087の深層へ、もう少し潜ってください。配信込みで」

「配信?」

「はい。世の中に見せます。C-087を大企業に移す方が安全だ、という前提を崩すんです。篠塚さんたちを外す方が危険だと、映像とログで分かる形にします」

「配信で世の中がそんなに変わるか」

「配信だけでは変わりません。だから、管理局許可、原本ログ、対策室記録、全部つけます」

真凛が、静かに頷いた。

「私は賛成です」

「真凛」

「管理権に固執する必要はありません。ですが、移管先が現在のスフィアであるなら話は別です。C-087の特性を理解していない組織へ渡す方が危険です」

園田も、弁当のふたを閉じた。

「僕も、技術的には反対です。C-087は、外から見た危険度だけで扱える場所じゃありません」

俺はしばらく黙った。

配信は面倒だ。全国に見られるのも面倒だ。できれば、飯を食って、装備を直して、普通に潜るだけで済ませたい。

だが、C-087をスフィアに渡す方が、もっと面倒になる。

「……分かった。霧島の案に乗ろう」

「本当ですか!」

霧島は立ち上がった。

「では、いきましょう。管理権を奪わせないぞー、おー!」

片腕を上げている。

誰も続かなかった。

「あれ。どうして皆さんやらないんですか」

「急にやるな」

「ノリです、ノリ」

「お、おー」

仕方なく、少しだけ腕を上げた。真凛はため息をついて、無表情で手首だけ上げた。園田は状況が分からない顔で、半分だけ手を上げた。

霧島だけが満足げだった。

「で、そもそもC-087の深層配信、管理局の許可がいるだろ」

「はい」

「通るのか」

霧島はにこっと笑った。

「私に、いい案がありますからぁ」

その笑顔は、ニヤニヤとしていた。