作品タイトル不明
探索班、回り始める
管理局との報告体制が動き始めた。真凛が交渉した結果、超深層への事前申請は三営業日に短縮された。月次報告は全データではなく要約のみ。管理局側の担当は村瀬で、やりとりは基本メールと書面。真凛がすべて処理している。
園田が十一階層の壁面紋様を整理したデータを管理局に提出した。研究チームからの問い合わせは真凛が窓口を一本化して、直接の接触は断っている。データの提供は管理局経由に統一した。
スフィアからの内容証明には、真凛が法的反論を添えて回答書を送った。ダンジョン管理法第十七条の二は、譲渡後の発見物には適用されない。過去の判例を三件引いて、条文解釈を正面から潰している。黒沢常務からの返事はまだない。
朝。アパートの台所で、真凛がスプレッドシートを見せてくれた。
問い合わせの一覧表。赤が三件に減っていた。二週間前は五件だった。黄色も八件に減った。
「赤が減ったな」
「管理局との報告体制ができたことで、メディアの緊急度が落ちました。大学からの依頼も管理局経由に回したので、こちらに直接来る件数が減っています」
「真凛がいなかったら、全部俺のところに来てたのか」
「はい」
「……怖い話だな」
真凛が少しだけ笑った。口元だけの笑い。
「仕事です」
*
配信は週三回のペースで続けていた。月曜、水曜、金曜。超深層への潜行は水曜と金曜。月曜は五階層までの通常探索。
園田が配信の機材を更新した。ヘルメットカメラの画質が上がった。音声もクリアになった。マイクを別に付けたから、剣を振った時の音が視聴者にも聞こえるようになった。
「園田、この音拾う必要あるか」
「ファンが求めています。切っ先が空気を切る音に、技術水準が出ると」
「そうか」
掲示板で「おっさんの剣音ASMR」というスレッドが立っていた。見なかったことにした。
水曜日。十一階層への潜行。事前申請は月曜に出してある。三営業日で許可が降りた。
十一階層の台座のある空間を通り過ぎて、さらに奥へ進んだ。通路は続いていた。壁の結晶質の素材が、奥に行くほど透明度を増している。紫色の光が強くなって、ヘッドライトなしでも歩ける。
通路の先に、新しい空間があった。
狭い。八畳ほどの部屋。壁面すべてに文字が刻まれている。天井にも。床にも。部屋全体が一冊の書物のページのようだった。
部屋の奥に、棚があった。石造りの棚。三段。棚板の上には何もないが、載っていた痕がある。円形の圧痕が三つ。台座と同じサイズだ。
「園田」
「見えてます。台座と同じ圧痕です。三つ。ここにも何か置いてあった」
「全部持ち去られてるのか」
「そうだと思います。棚板の摩耗パターンから見て、置かれていたのは長期間。取り除かれたのは、紋様が刻まれた後です」
真凛がスマホで記録を取りながら言った。
「篠塚さん。この遺跡は、誰かが使っていたものを、別の誰かが回収した。つまり——」
「ここに二回以上来た存在がいる」
「はい」
十一階層の奥には、まだ何かがある。だが今日は時間がない。装備の限界も近い。
「帰るぞ」
帰り道、五階層を歩きながら考えた。
台座、棚、圧痕。何が置いてあったのか分からない。だが、この空間に意図があるのは確かだ。誰かがここに何かを保管して、後に回収した。計画的に使われた空間。
掲示板ではもう「古代文明の遺跡説」が定着している。研究者も同じ見解に傾いている。
だが、俺が気になるのはもっと単純なことだ。
持ち去ったやつは、どこに行ったんだ。
*
吉田食堂。
引き戸を開けた。今日の取材組はいなかった。真凛が配信で「食堂への取材はご遠慮ください」と言ってから、めっきり減った。ファン層の自浄効果。真凛が読んだ通りだ。
焼き鮭。味噌汁。白飯。漬物。
いつもの定食だ。鮭の塩気が白飯に合う。味噌汁のわかめが柔らかい。
真凛がスマホから顔を上げずに言った。
「広告収入の振込がありました。先月分で十八万円です。今の視聴者数の伸びが続けば、生活費は配信収入だけでも回ります」
「そうか、もらった収益は二人で半分に分けておいてくれ」
これまでの二人の頑張りを見ていると、飯代しかおごっていないのは少し罪悪感があった。まだまだ正当な報酬とは言えないが、少しは彼らの足しになってくれるだろう。
「えっいいんですか?」
園田がこちらを見上げる。
「いいんだよ、真凛頼む」
「わかりました」
真凛がスマホの画面から一瞬だけ目を上げた。それから、いつもの口調で続けた。
「あとダンジョン素材の買取が月に三万ほど。五階層までの通常探索で出る分です。探索者協会の窓口で換金しています」
「知らなかった」
「園田さんが毎回持ち帰って処理しています」
園田が焼き鮭の皮を箸でつまみながら頷いた。
「素材は捨てるものだと思っていたので。でも、換金できるなら経費の足しにはなります」
「ありがとうな、園田」
園田が焼き鮭をほぐす。
「それに篠塚さん、配信のフォロワーが二十万を超えました!」
「そうか」
「リアルタイム視聴の最高は昨日の五万三千ですよ」
「そうか」
「……そこは興味なさそうですね」
「飯がうまいからいいよ」
園田が苦笑した。真凛は味噌汁を啜りながら、スマホでメールを処理している。食事中でも手は止まらない。
三人のルーティンが回っている。俺が潜る。園田が記録する。真凛が守る。吉田食堂で飯を食う。
いつの間にか、そうなっていた。