作品タイトル不明
第八十八話 欲しいものの扱い
数日ほど、何事もない時間が続いた。
何事もない、と言うと少し違うかもしれない。城の中では文官が書類を運び、武官が訓練場で声を張り、使用人たちは朝から晩まで足音を絶やさない。国境の報告は毎日届くし、王都からの書状に目を通す者たちの顔は相変わらず硬い。俺も完全に暇を持て余していたわけではなく、直属騎士たちの様子を見たり、生産拠点の報告を聞いたり、父上不在の城内で回ってくる細かな判断に頷いたり首を傾げたりしていた。
それでも、少なくとも馬を潰しかねない勢いで夜の街道を駆ける必要はなく、赤布で顔を隠して誰かを始末しに行く予定もない。朝、普通に目を覚まし、温かい茶を飲み、レティシアとダリアが部屋の中を整えているのを眺め、レアに指をつつかれる程度には平和だった。
つまり、かなり良い。
机の端では、白い綿毛の塊が書類の山を横目で見ながら歩いていた。レアは以前より少しだけ足取りがしっかりしてきた気がする。身体が大きくなったのか、単に態度が大きくなったのかは分からない。少なくとも、俺の指をつつく勢いだけは成長している。
「それをつついたら本当に焼くぞ」
紙の端へ嘴を近づけた瞬間に言うと、レアはぴたりと止まった。
丸い目がこちらをじっと見上げる。
数拍ほど見つめ合ったあと、レアは何事もなかったように首を傾げ、書類から離れてレティシアの方へ歩き出した。レティシアが茶器を置いた手を少しだけ止め、苦笑に近い柔らかな表情でその小さな頭を撫でる。レアは嬉しそうに羽をわずかに膨らませた。
俺にはああいう態度はしない。
生意気な鳥だ。やはり、焼くか。
「若様、拗ねておられますか」
「拗ねてなどいない」
レティシアはそれ以上追及しなかったが、顔には完全に分かっていると書いてあった。こちらの内心を読む精度が日に日に上がっている気がする。いや、昔から高かったのかもしれない。俺が分かりやすくなっただけか。
ダリアは棚の前で布を畳みながら、声を殺して笑っていた。
「ギル様、レアはレティシア様に懐いていらっしゃいますから」
「拾ったのは俺だぞ」
「それは何度も聞きました」
「何度でも言う。俺が拾った」
ダリアは布を棚へ収め、こちらを振り返った。帝国から来た頃の硬さは、少しずつ薄れている。もちろん、まだ完全に気を抜いているわけではない。彼女は平民で、帝国出身で、マバール城では外から来た人間だ。その立場を忘れるほど迂闊ではない。
それでも、こうして俺に軽く言い返せる程度には、この部屋の空気へ馴染んでいた。
「では、レアにもっと好かれるよう努力なさるしかありませんね」
「俺は十分努力している。指を提供している」
「それは努力なのでしょうか」
レティシアが茶を淹れながら、静かに言った。
「献身だ」
「若様がそう仰るのでしたら」
その返事は従順に聞こえるのに、どこか笑っている。昔はもう少し真面目に受け取ってくれていた気がするのだが、最近のレティシアは俺の扱いが上手すぎる。嬉しいような、悔しいような、少し複雑な気分だった。
平和な数日の間に、やるべきことはいくつか済ませた。
クレインの姉夫婦とも会った。
これが思ったより有意義だった。クレインの姉は、こちらが身構えていたほど弱々しい人ではなく、城下で暮らす者らしい慎重さと芯の強さを持っていた。夫の方も、最初こそ顔を青くしていたが、話してみれば変に卑屈ではなかった。俺が貴族であることに緊張はしていたが、妻のこととなると目を伏せたままでも言うべきことは言った。
悪くない。
貴族の前で平民があれだけ口を開くのは、勇気がいる。クレインが姉を気にしていた理由も少し分かったし、城下の人間がマバール家をどう見ているかも、書類とは違う形で触れられた。何をどうするかは、まだ決めきっていない。だが、会ってよかったとは思う。
直属騎士たちには、褒美と休暇を与えた。
全員を一斉に休ませるわけにはいかないが、順番に身体を休める時間は必要だ。夜の街道を駆け、ヴォス要塞へ向かい、帰ってきたのだ。俺やセバスチャンならともかく、他の騎士たちまで無理に使い続ける理由はない。いや、俺だって休みたい。休みたいが、若様という立場は意外と逃げ場がない。
オルドは褒美を受け取る時、妙に力強く笑っていた。ジノは静かに頭を下げ、クレインは相変わらず整った礼をし、トールは褒美の中身をちらりと見てから目だけで計算していた。あいつは本当に利に敏い。悪いことではない。むしろ、そういう騎士が一人いると何かと助かる。
リエリエールとノエルも、少しずつ城に慣れてきているようだった。
少なくとも、最初の夜に見た張り詰めた空気は少し薄れた。リエリエールは魔力封印を受け入れたまま、与えられた部屋で静かに過ごしている。ノエルはダリアから城内の動き方を教わり、レティシアとも必要なやり取りを始めている。帝国貴族とその専属使用人が、王国の辺境伯家の城で落ち着くには時間がいる。それでも、破綻はしていない。
問題があるとすれば、一つだけだった。
「三人で楽しむのは、もう少し後にいたしましょう」
数日前、レティシアにそう言われた。
言葉は柔らかかった。声も穏やかだった。だが、答えとしてはしっかり断られていた。
ダリアも横で、申し訳なさそうな顔をしながら頷いていた。
「ギル様、翌日の仕事がございますので……」
その時の俺は、かなり真剣に食い下がろうとした。
かなり真剣にだ。
だが、二人の顔を見てやめた。レティシアは俺付きとして常に部屋と俺の生活を支えているし、ダリアも専属使用人として覚えることが多い。二人が翌日まともに動けなくなると、困るのは誰か。
主に俺だ。
茶が出ない。書類が片づかない。部屋が回らない。リエリエールやノエルの件にも支障が出る。俺が欲望のままに突っ走った結果、翌日の俺が困る。それはあまりに馬鹿らしい。
だから我慢した。
偉い。
俺はかなり偉い。
そう思わなければ少し悔しい。
そんな、平和と少しの不満が混じる時間の中で、俺の頭には別の問題が引っかかり始めていた。
リエリエールだ。
レティシアが淹れた茶を飲みながら、俺は窓布の隙間から差す光をぼんやり眺めた。机の上には報告書がある。内容は頭に入っている。だが、目は紙の上にありながら、考えているのは別のことだった。
リエリエールを、どう扱うか。
上層部は、俺のものにしても問題ないという空気だった。セバスチャンも似たようなものだ。あのクソじじいは、俺がリエリエールへ手を出しても、たぶん止めない。
むしろ、当然のような顔をする気がする。
保護した貴族女性。
後ろ盾の弱い名門血統。
帝国側に戻せない存在。
俺が引き受けた女。
並べれば、答えは簡単に見える。
だが、本当にいいのか。
一応、父上に聞いてからの方がいいような気もする。父上は王都にいる。今すぐ確認できるわけではないが、書状で問いを投げることはできる。リエリエールほどの女をどう扱うかは、マバール家全体に関わる。俺が勝手に抱いて、後から父上が別の使い道を考えていたと知るのは、さすがにまずい。
まずい。
まずいのだが。
リエリエールは美人なんだよな。
俺は杯を口元へ運びながら、あの白っぽい金髪と碧い目を思い出していた。
レティシアは柔らかく、凛として、俺にとって帰る場所みたいな美しさがある。ダリアはしなやかで、実用の中に色気があり、帝国の裏を知る女の強さが身体に残っている。
リエリエールは、そのどちらとも違う。
名門貴族の女だ。
立っているだけで、衣服や姿勢や視線の置き方に、長く積み上げられたものが見える。保護される側になってなお、崩れきらない芯がある。あれは、これまで俺の近くにいなかったタイプの美人だ。
渡したくない。
そう思った瞬間、胸の奥で何かが少し重くなった。
まだ手を出していない。
正式に俺のものと決めたわけでもない。
それなのに、もう渡したくないと思っている。
自分でも分かりやすい。
あまりに分かりやすくて、少し嫌になる。
だが、リエリエールの価値を冷静に考えれば考えるほど、俺の中の嫌な予感は強くなった。
彼女は血統確かな貴族女性だ。しかも、煩わしい実家はほとんど機能しない。実家の後ろ盾が弱いということは、本来なら不安定要素だが、保護した側から見れば扱いやすいという意味にもなる。
かなり露骨に言えば、繁殖用の母体。
もっと下品に言えば、繁殖用奴隷のように扱うこともできる立場だ。
言葉にすると最低だ。
だが、この世界の貴族社会では、血統と子の価値はそれだけ重い。誰の子を産むか。どの家の血を残すか。女の扱いはそこへ直結する。綺麗事だけで回っているわけではない。
もちろん、今のマバール家に大きな血統問題があるわけではない。
父上には三人の貴族男子がいる。
ダル兄さんは長兄として文句なしだ。正室も娶っているし、子もいる。今のところ女児だけという点は多少気になるが、年齢を考えれば今後男子が生まれる可能性は十分にある。父上も上層部も、そこを深刻に見てはいないはずだ。
問題は、アル兄さんだ。
能力にも人格にも、まったく問題はない。むしろ俺は尊敬している。実務能力が高く、迷宮管理を任され、父上からの期待も厚い。アル兄さんの事を考えると、俺の方が気楽な三男坊で申し訳なくなる時すらある。
だが、アル兄さんには消せないものがある。
平民の母から生まれたという事実。
側室の子であること自体は珍しくない。だが、母が平民となると話は別だ。魔力、血統、家格、婚姻。貴族社会で重視されるものを並べるほど、そこは瑕疵として見られる。本人の能力で覆せる部分もある。だが、プロフィールだけで娘を出すか判断する貴族家にとっては、かなり大きい。
側室ぐらいはいるのかもしれない。
いや、いてもおかしくない。
だが、正室はまだいない。
会ってしまえば、アル兄さんに惚れ込む貴族女性もいそうなんだけどな。
あの人は、静かに積み上げる強さがある。派手ではないが、頼れる。俺が女ならどうかは分からない。いや、考えるのはやめよう。だが、ちゃんと見れば、分かる女には分かるはずだ。
しかし貴族の婚姻は、本人同士だけで決まらない。
父上は顔にも態度にも出さないが、アル兄さんにかなり期待している。だからこそ、正室選びは難しいだろう。下手な家の娘を入れれば、アル兄さんの価値を軽く見ることになる。かといって格の高い家ほど、平民母の子という点を気にする。
そこでリエリエールだ。
血統は確か。
礼儀作法も問題ない。
知恵も度胸もある。
煩わしい実家はほぼない。
帝国出身という問題はあるが、そこは扱い方次第だ。どこかの王国貴族の養女という形にすれば、表向きは整えられるかもしれない。マバール家と繋がれるなら、それぐらい喜んで受け入れる家もあるだろう。もちろん、メガレア家に連なる血筋は危険でもある。だが、今の状況なら逆に利用価値でもある。
父上がリエリエールのことを知れば。
もしかしたら、アル兄さんの正室にと考えるかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥がはっきりと嫌な重さを持った。
アル兄さんは好きだ。
尊敬している。
大好きだと言ってもいい。
だが、リエリエールを譲るというのは。
「……うーん」
思わず声が漏れた。
机の端でレアが首を傾げる。レティシアが茶器を片づける手を止め、ダリアが棚の前からこちらを見た。
「若様?」
「なんでもない」
そう返したが、レティシアは信じなかった。
当然だ。
俺の声は、明らかに何でもない声ではなかった。
レティシアは静かに近づき、机の脇へ立った。ダリアも少し遅れてこちらへ来る。二人とも、急かすような顔はしていない。ただ、俺が何かを考え込んでいることだけは察している。
「何か、お悩みでしょうか」
レティシアの声は柔らかい。
俺はしばらく黙った。
言うべきか迷う。リエリエールの扱いは、レティシアとダリアにとっても微妙な話だ。俺の女が増えるかもしれない。しかも相手は名門貴族女性だ。レティシアは騎士家出身で紋章を受けた俺の女。ダリアは帝国出身の平民で専属使用人。そこへリエリエールが加わるとなれば、部屋の中の均衡も変わる。
だが、隠しておく方が不自然だ。
どうせレティシアには見抜かれる。
「リエリエールのことだ」
その名を出すと、レティシアの目元がわずかに引き締まった。ダリアも表情を整える。二人とも、驚きはしなかった。
やはり、ある程度は察していたのだろう。
「リエリエール様でございますか」
「ああ。どう扱うべきかと思ってな」
俺は杯を机に置き、指先で縁を軽くなぞった。レアがその指を狙って近づいてきたので、反対の手で軽く押し返す。レアは不満そうに嘴を開いたが、鳴きはしなかった。
「上層部もセバスチャンも、俺が自分のものにしても問題ないという感じだった。だが、父上に確認する前に決めていいのか、少し引っかかる」
レティシアはすぐには答えなかった。
その沈黙は、困っているというより、言葉を選んでいるように見えた。ダリアも口を挟まない。彼女は帝国側の事情を知っているが、今はまずレティシアの言葉を待つつもりらしい。
やがて、レティシアは静かに言った。
「若様がそこまで気にしておられる時点で、答えは出ているのではございませんか」
「どういう意味だ」
「本当に不要な方であれば、若様はお館様のご判断を待つだけになさると思います」
痛いところを突かれた。
俺は少しだけ顔をしかめる。
「欲しいから悩んでいると?」
「違いますか」
否定できない。
レティシアはこういう時、決して強く責めない。責めないのに逃げ道を塞ぐ。俺が自分で気づいていることを、そっと目の前に置くような言い方をする。
ずるい。
いや、俺が分かりやすすぎるのか。
「……リエリエールは価値が高い」
「はい」
「父上が、アル兄さんの正室候補にする可能性もある」
レティシアの眉が、ほんのわずかに動いた。
その発想は完全に予想外ではなかったのだろう。だが、改めて俺の口から聞くと重さが変わる。ダリアは少しだけ視線を落とし、何かを計算するような顔をした。
「あり得るか?」
俺が尋ねると、レティシアは慎重に答えた。
「お館様がどうお考えになるかは、わたくしには分かりません。ただ、リエリエール様の血統と振る舞いを考えれば、まったく有り得ないとは申し上げられません」
だよな。
聞きたくなかった答えだが、予想通りだった。
ダリアがそこで口を開いた。
「帝国側の感覚で申し上げても、リエリエール様の価値はかなり高いと思います」
「だよな」
「はい。実家の後ろ盾が弱くなっていることは、本来なら危うさです。ですが、保護する側にとっては、扱いを決めやすいという意味にもなります。血統を重んじる家なら、欲しがる者はいるかと」
ダリアの言葉は現実的だった。
平民でありながら、帝国貴族の近くで動いていた彼女らしい。綺麗に包みすぎない。だからこそ聞きやすいし、少し胸に刺さる。
「アル兄さんに渡すのは、嫌だ」
言ってしまった。
レティシアもダリアも、黙って俺を見ている。
言葉にした瞬間、自分の中の感情が形を持った。兄への敬意と、女への所有欲が並んでいる。どちらも本物だ。だから気持ち悪い。どちらかが嘘なら、もっと楽だった。
「アル兄さんは尊敬している。大事な兄だ。だが、リエリエールを譲れと言われたら、たぶん嫌だと思う。まだ手を出してもいないのに、そう思ってる」
「若様」
レティシアが少しだけ近づいた。
「雑に扱いたいわけではないのでしょう?」
「ああ」
そこは即答できた。
欲しい。
だが、雑に扱いたいわけではない。
保護した女を、弱っているところへ押し切るように奪いたいわけではない。いや、貴族として命じれば成立するのかもしれない。リエリエールの立場なら、拒めない可能性が高い。だが、それをやると、何かが違う。
レティシアの時とは違う。
ダリアの時とも違う。
リエリエールは保護対象としてここにいる。魔力封印まで受け入れさせている。その状態で手を伸ばすなら、かなり慎重に扱うべきだ。
「急ぎすぎれば、保護ではなく奪取に見えるかもしれません」
ダリアが静かに言った。
俺は顔を上げた。
ダリアは俺の視線を受けても、目を逸らさなかった。少し緊張しているように見えるが、言葉を引っ込める気はなさそうだった。
「帝国では、負けた側の女がそう扱われることもあります。リエリエール様は、当然それをご存知だと思います」
その言葉で、胸の重さが少し変わった。
リエリエールが何を知っているか。
何を覚悟しているか。
俺はまだ、本人の口から十分に聞いていない。エレオノーラから託され、城へ連れ帰り、魔力封印をして、部屋を与えた。保護した。だが、彼女自身がこの先をどう見ているのか、どこまで受け入れているのかは、まだ分からない。
俺はリエリエールを欲しいと思っている。
だが、見ているのは本当にリエリエール本人か。
血統か。
美貌か。
失いたくない価値か。
それを混ぜたまま手を伸ばせば、たぶん後悔する。
俺は息を吐き、椅子の背へ身体を預けた。
「面倒だな」
「はい」
レティシアが即答した。
俺は少し目を細める。
「そこは否定してくれてもいいんだぞ」
「若様が面倒なことを考えておられるのは事実ですので」
「ひどいな」
「ですが、悪いことではないと思います」
レティシアの声は穏やかだった。
「若様が欲しいだけで動かれるなら、もう結論は出ております。ですが、リエリエール様ご本人のことも、お館様のご判断も、アルディス様のことも考えておられる。だから悩んでいるのでしょう」
そう言われると、少しだけ救われる気がした。
欲望だけなら簡単だ。
だが、欲望だけで動けないから面倒なのだ。
俺はレアに近づいてきた指をまたつつかれ、小さな衝撃を受けた。痛くはない。だが、存在感はある。レアは俺の悩みなど知らない顔で、満足そうに嘴を引いた。
「まず、本人と話すか」
口にすると、二人の空気が少しだけ和らいだ。
「リエリエール様と、でございますね」
「ああ。茶でも飲みながら話す。父上に聞く前に、まず本人を見ないと駄目だ」
「見るだけで済みますか?」
ダリアが小さく言った。
俺は思わず黙った。
レティシアが横で、ほんの少しだけ目を伏せている。笑いを堪えているのかもしれない。
「……済ませる努力はする」
「努力なのですね」
「努力は大事だ」
そう言いながら、自分でもあまり信用できなかった。
リエリエールと二人で茶を飲む。
あの白い金髪を近くで見て、碧い目に見られて、貴族女性らしい声で何かを言われる。
見るだけで済むか。
済まない気がする。
かなり、済まない気がする。
それでも、まずは話すしかない。
俺は机の上の書類を一枚脇へ寄せ、レティシアを見た。
「リエリエールに、都合の良い時間を聞いてくれ。急がせなくていい。落ち着いて話せる時でいい」
「かしこまりました」
「ノエルにも無理はさせるな。リエリエールが一人を嫌がるなら同席させてもいい」
「そのようにお伝えいたします」
レティシアが静かに頭を下げる。ダリアもすぐに、必要な準備を考え始めたように視線を動かした。茶器、部屋、席順、ノエルの扱い。二人なら、俺が言わなくても整えるだろう。
俺は窓の外へ目を向けた。
昼の光はまだ明るい。
城の中では、いつも通り誰かが動いている。平和な日常の音が、石壁の向こうから微かに届く。
欲しい。
だが、雑には扱いたくない。
父上に聞く前に、まず本人を見る。
いや、本人と話す。
そう心の中で言い直したが、すぐに別の声が浮かんだ。
見るだけで済むか?
俺は茶の残りを飲み干し、指を狙って近づいてきたレアの嘴を軽く避けた。
済まない気がする。
かなり、済まない気がする。