軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十一話 名乗らぬ老女

祠は、思っていたよりも小さかった。

城下町から少し外れた郊外にぽつんと建っているそれは、祠というより、石を積んだ小さな休み場のようにも見えた。道から少し外れた低い丘の斜面にあり、周囲には背の低い草と灌木が広がっている。古い石畳はところどころ欠け、踏み固められた土には馬や人の足跡がいくつも重なっていた。

夕刻にはまだ早い。

けれど、陽はもう少し傾き始めていて、祠の影は細く長く伸びていた。風が草を撫でるたび、ざわりと低い音が走る。城下町の喧騒はここまで届かない。遠くで鳥が鳴き、どこかの畑から土と草の匂いが流れてくるくらいで、妙に静かだった。

その静けさの中に、魔力の気配がいくつか沈んでいる。

騎士だ。

祠の周りに数人。完全に隠れているつもりなのだろうが、こちらからすれば輪郭まではっきり見えるわけではないにしても、いること自体は分かる。伏兵か護衛か、その両方か。まあ、どちらでもいい。こちらも赤布で顔を隠した十人だ。相手だけ丸腰で来いという方が無理な話だろう。

ギルは歩みを緩めなかった。

隣ではセバスチャンが、いつもの凶悪な顔を赤布の上からでも分かるほど楽しそうに歪めている。こういう場が好きなのだろう。罠かもしれない会談。周囲に潜む騎士。名乗らぬ相手。どう転んでも面倒な状況なのに、このクソじじいは血が騒いでいるように見える。

やれやれ、頼もしいんだか危ないんだか。

「若様」

セバスチャンが低く言った。

「分かってる」

ギルは小さく返す。

祠の入り口には、アバルディア家の護衛らしき男が二人立っていた。どちらも騎士だ。魔力は強くないが、立ち方に乱れはない。こちらの赤布姿を見ても表情を変えず、入口を塞ぐでもなく、ただ軽く頭を下げた。

招かれている。

少なくとも今すぐ斬りかかるつもりはなさそうだ。

もちろん、今すぐでないだけかもしれないが。

祠の中へ入ると、空気が少し変わった。

外より冷えている。古い石壁に囲まれているせいか、風は弱く、代わりに乾いた石と古い香のような匂いが残っていた。中は広くない。中央に古びた祭壇めいた台があり、その左右に灯りが置かれている。火は小さいが、壁に揺れる影は妙に濃かった。

その中に、エレオノーラ殿がいた。

旅装ではなく、城に戻った者らしい整えた装いをしている。けれど、華美ではない。ここが表向きの会談の場ではないことを、衣装の選び方からも感じる。彼女の背後には護衛が数人。皆、こちらを見ているが、視線は決して荒くない。警戒している。だが、挑発する気はない。

そして、もう一人。

老女がいた。

年の頃は、セバスチャンと同じくらいだろうか。白に近い髪をきっちりとまとめ、濃い色の衣をまとっている。背筋は伸びているが、若い者のような力ではなく、長年曲がらずに残った芯のようなものがあった。顔には深い皺が刻まれている。だが、目は衰えていない。むしろ、その目だけで人を黙らせるような強さがある。

エレオノーラ殿の態度で分かった。

ただの付き添いではない。

護衛たちも同じだ。彼らは老女を守る位置にいる。だが、それだけではなく、老女の言葉を待っている。場の中心はエレオノーラ殿ではなく、明らかにこの老女だった。

ふむ。

いくらなんでも、アバルディアの当主本人ではないよな。

アバルディア家の当主は老女だと聞いている。だが、ここへ本人が来るのは危険すぎる。敵国である王国の辺境伯家、その三男坊と、こんな郊外の祠で向かい合うなど正気ではない。俺の魔力容量も魔力強度も、エレオノーラ殿から報告されているはずだ。襲うつもりがあっても、逆に襲われたら守り切れるか分からない。

いや、もちろん俺は普段からかなり抑えている。

相手を無駄に刺激する必要はない。今も並み程度に見えるくらいまで落としているつもりだ。だが、エレオノーラ殿は俺が抑えていることも知っている。報告しないわけがない。

つまり、この距離へ出てきた時点で、相当腹が据わっているか、もしくは本人ではない。

ギルは頭を下げた。

山賊の礼としては丁寧すぎる。

貴族の礼としては軽すぎる。

今の俺たちには、そのくらいがちょうどいい。

「お招きいただき、恐れ入ります」

エレオノーラ殿がわずかに視線を動かす。

老女はギルをじっと見ていた。

しばらく、何も言わない。

値踏みされている。

そんな感覚があった。

魔力ではない。目だ。歳を重ね、家を見て、人を見て、何度も裏切りや失敗や死を見てきた者の目。たぶん、この人は俺の顔そのものではなく、姿勢や声や沈黙の置き方を見ている。そう思える目だった。

「孫娘がお世話になりました」

老女が言った。

声は思ったより低く、乾いていた。

その一言で、ギルは少しだけ内心で眉を上げた。

孫娘。

エレオノーラ殿の祖母。

なるほど、そう来たか。

ただ、当主との関係はまだ分からない。当主本人ではないが、当主の姉妹かもしれない。あるいは、家内でそれに近い権限を持つ者か。いずれにしても、エレオノーラ殿の祖母であり、アバルディア家の中枢にいる人物なのは間違いない。

名乗らない。

こちらも聞かない。

そういう場だ。

「こちらこそ、道中は色々と助けられました」

ギルが返すと、老女の目がわずかに細くなった。

「助けた覚えはございません」

「では、たまたま同じ道を進んでいた者として、良い道を見せていただいたということで」

「それならば、偶然でございましょう」

「ええ。偶然でした」

エレオノーラ殿の口元が、ほんの少しだけ動いた気がした。

笑ったのか、困ったのかは分からない。

老女は祭壇の前に置かれた低い椅子へ腰を下ろしていた。ギルにも座るように示されたが、ギルは一度だけ周囲を見てから座った。セバスチャンは少し後ろに立つ。オルドとジノもその左右へ控えた。祠の中は狭く、全員は入れない。残りは外で待機だ。

赤布を巻いたままの会談。

まともではない。

だが、今はそのまともではなさが必要だった。

「この地には、近ごろ山賊が出るようでございます」

老女が淡々と言った。

「物騒ですね」

ギルも淡々と返す。

「旅人が困りましょう」

「ええ、困るでしょうね」

「商人も怯えます」

「それはよくありませんね」

「騎士たちも見回りを強めねばなりません」

「ご苦労なことです」

セバスチャンが後ろで笑いをこらえた気配がした。

笑うな、クソじじい。

いや、気持ちは分かる。

なんだこの会話。

だが、こうするしかない。アバルディア家はマバール家と表立って手を組めない。マバール家としても帝国の皇帝継承に絡んでいるなど、王国内で知られたらかなり危うい。王国への忠誠を疑われる材料になりかねない。こちらは辺境伯家だ。裁量は大きい。だが、だからこそ一線は越えられない。

だから、ここにいるのはマバール家の三男ではない。

上品な山賊だ。

アバルディア家はその山賊を雇わない。

命じない。

頼まない。

ただ、止めもしない。

老女は細い指を膝の上で重ねた。

「山賊がどこへ行くのか、アバルディア家が知るところではございません」

「もちろん」

「山賊がどこで暴れるのかも、こちらが決めることではございません」

「山賊は気まぐれですからね」

「ええ。困ったものです」

会話は柔らかい。

だが、中身はかなり冷たい。

アバルディア家は俺たちを止めない。メガレス領やザザント領で暴れることを止めない。ただし、進めるわけでもない。依頼もしない。文書も交わさない。後で何が起きても、あれは山賊が勝手にやったことになる。

実に現実的だ。

しかも、かなりの好条件に見える。

「ただ」

老女の声が少しだけ低くなった。

「山賊にも、道を間違える者はおります」

「まあ、山賊ですからね」

「帝国の道は複雑です。どの村がどの家に近く、どの街道がどの勢力の息を受けているか、外から来た者には分かりにくいでしょう」

「それは困りますね」

「ええ。困ります。間違って、余計な場所を荒らされても困ります」

ギルは内心で頷いた。

そこだ。

こちらから見れば、帝国の勢力図は複雑すぎる。メガレス家、ザザント家、アバルディア家、フリージア家。その直轄地だけではなく、影響下にある領地、親戚筋、婚姻関係、商人の結びつき、騎士家の派閥、何もかもが絡み合っている。地図を見れば分かるような単純なものではないはずだ。

俺たちが適当に荒らせば、アバルディア家に近い場所を焼く可能性もある。

それは向こうも困る。

こちらも本意ではない。

だが、だからといってアバルディア家が案内役を正式に出すわけにはいかない。

老女は視線を横へ動かした。

「そこで、一人、道に詳しい者を山賊に紛れ込ませましょう」

祠の中の空気が少し動いた。

護衛の一人が前へ出る。

いや、護衛だと思っていた人物だ。

長身だった。

痩せている。だが、弱々しい細さではない。革のように締まった体つきで、立ち方には隙が少ない。褐色の肌に、灰色の髪。髪は短くまとめられ、顔立ちは整っている。目元は涼しく、鼻筋も通っていて、薄い唇はほとんど動かない。

女か?

最初にそう思った。

だが、胸が全然ない。

服の上からでは分かりにくいにしても、線が薄い。男と言われれば男にも見える。女と言われれば女にも見える。中性的というより、余分な柔らかさを意図的に削ぎ落としたような姿だった。

その人物が、ギルの前で膝をつかず、ただ静かに頭を下げた。

「ダリアと申します」

声で分かった。

女だ。

低く抑えた声だが、女の声だった。

名前も女名に聞こえる。少なくとも、この国や王国の感覚ではたぶんそうだろう。異世界なので絶対ではないが。

「ダリア、か」

「はい」

短い返事。

迷いがない。

ギルは老女を見る。

「この者を?」

「山賊の新しい仲間として扱えばよろしいかと」

「なるほど」

なるほど、ではある。

だが、問題がないわけではない。

「あー、俺たちは山賊だ」

「はい」

「上品だけどな」

「はい」

「男しかいないのだが?」

「構いません」

即答だった。

あまりにも迷いがなくて、ギルは少しだけ言葉に詰まった。

構わないのか。

まあ、構わないのだろう。

そういう役目の人間だ。

ギルは薄く感知魔法を触れさせる。

ダリアから魔力は感じない。

平民か。

いや、少し違う気がする。

魔力がないだけで、立ち方や所作が平民のそれではない。騎士や貴族に仕える者としての訓練を受けている。護衛たちの中に自然に混ざっていたのも、そのためだろう。生まれは騎士家かもしれない。騎士同士の間でも、魔力のない子は一定数生まれる。貴族ほど魔力の継承が強くないからだ。

たいていは文官寄りの仕事に回る。

家に残って事務を手伝う者もいるし、降家して商人や管理役になる者もいる。魔力がない以上、戦力としては騎士に劣る。魔法が飛び交う場で正面から戦うのは無理がある。

ただ、全く使えないわけではない。

魔力がないからこそ、使い道もある。

汚れ仕事。

襲撃。

潜入。

暗殺。

貴族の暗殺はほぼ不可能だろう。魔力が体に溢れている貴族は、基本的に非常識なほどしぶとい。もちろん殺せないわけではないが、平民が普通の刃でどうにかできる相手ではない。都市伝説レベルでは、首だけになっても数日生きていた貴族がいたとか何とか聞いたことすらある。

そんなわけあるか、と思いたい。

だが、この世界の貴族なら、うーん、絶対ないとも言い切れないのが嫌だ。

俺なら本当に首だけでも数日くらい生きるのだろうか。

いや、絶対に確認したくないけど。

騎士なら話は別だ。

貴族ほど魔力が強くない騎士なら、隙を突けば殺せる可能性はある。寝込み、食事、移動中、混乱の中。魔力がない者は感知魔法に引っかからない。そこを利用できる。もちろん、目で見られれば終わりだし、騎士の身体能力も普通ではない。それでも、使いどころはある。

ダリアはたぶん、その種の人間だ。

危ない仕事に慣れている。

そして、それを当然として受け入れている。

ギルはダリアを見た。

彼女は視線を逸らさない。こちらを値踏みしているというより、命令を待っているように見える。だが、空っぽではない。感情を殺しているだけだ。こういう女は厄介だな。いや、女だから厄介というより、役割に徹している人間が厄介なのか。

「道は分かるのか」

「必要な範囲は」

「アバルディア家に近い場所と、そうでない場所の見分けは?」

「目印、商人の流れ、宿場の顔ぶれ、騎士家の紋、言葉の癖。分かるものは多くあります」

「全部ではない?」

「全部を知る者はいません」

「いい答えだ」

全部分かると言われるより信用できる。

ギルは少しだけ笑った。

ダリアは表情を変えない。

「俺たちは表向き山賊だ。お前もそう扱うことになる」

「承知しております」

「雑な扱いになるぞ」

「問題ありません」

「男ばかりだ」

「問題ありません」

「危険だぞ」

「承知しております」

「逃げたい時は?」

「命じられれば逃げます」

「命じなければ?」

「残ります」

うーん。

これはなかなか。

ギルは老女へ視線を戻した。

「よろしいのですか?」

「山賊に新しい仲間が増えただけでしょう」

「そういうことにしておきます」

「ええ。そういうことです」

老女の声は少しも揺れない。

この人は、ダリアを差し出すことにためらいがない。もちろん、使い捨てるという意味ではないのかもしれない。貴重な人材だからこそ出すのだろう。だが、それでも必要なら出す。アバルディア家が本気であることを示すには十分だった。

「この山賊が、どこかで勝手に暴れたとして」

ギルはゆっくりと言葉を置いた。

「アバルディア家は困りますか?」

老女はすぐには答えなかった。

沈黙が落ちる。

祠の外で風が草を揺らす音がした。

「困る場所もあれば、困らぬ場所もございます」

「では、困らぬ場所を通ることにしましょう」

「山賊とは、道を選ぶものなのでしょうか」

「上品な山賊ですので」

大丈夫だ。ちゃんと相手は選ぶ。たぶん。

「止めますか?」

「止める理由があれば」

「進めますか?」

「進める理由はございません」

「依頼は?」

「何をでしょう」

「そうですね。何も」

ギルは小さく頷いた。

成立した。

言葉の上では何も成立していない。

だが、成立した。

アバルディア家は依頼しない。文書もない。約束もない。マバール家とは手を組まない。ギルバート・マバールとも、表向きは何の関係もない。ただ、山賊が勝手に動く。その山賊に、なぜか道に詳しい女が混ざっている。それだけだ。

かなり危うい。

だが、今の状況では最も使いやすい。

「敵対は?」

ギルは聞いた。

老女の目がこちらを見る。

「今は望みません」

「永遠ではない?」

「家と家の関係に、永遠などございません」

「それはそうだ」

ギルは素直に笑った。

いい。

嘘臭い友好よりずっといい。

永遠の友好などと言われたら、逆に信用できない。今は敵対しない。利用できる間は利用する。不要になれば離れる。場合によっては敵になる。それでいい。貴族の関係など、その程度のものだ。血と婚姻で縛っても裏切る時は裏切るのだから、言葉だけで永遠を語る方がよほど薄い。

「こちらも、今は敵対するつもりはありません」

ギルは答えた。

「ただし、こちらを殺そうとするなら別です」

エレオノーラ殿の顔がわずかに強張った気がした。

老女は変わらない。

「山賊とは恐ろしいものですね」

「ええ。上品ですが」

「そのようで」

セバスチャンがまた笑いそうになっている。

本当にやめろ。

老女は最後まで名乗らなかった。

こちらも聞かなかった。

そのまま、短い確認がいくつか続いた。ダリアが知る範囲、今後の接触の仕方、城下町へ戻る経路、ダリアをいつ合流させるか。どれも直接的な言葉を避けながらだったが、意味は通じた。面倒な会話だが、こういう面倒さが命綱になる。

やがて老女が立ち上がった。

護衛がすぐに動く。

エレオノーラ殿も一歩下がる。

「孫娘は、あなたを高く買っております」

老女が言った。

ギルはエレオノーラ殿を見ないまま答える。

「過大評価でなければいいのですが」

「過小評価も危ういものです」

「それは確かに」

「山賊には山賊の道がありましょう。どうか、お好きなように」

「では、好きに歩かせていただきます」

「道を誤らぬことを祈っております」

老女はそれだけ言い、祠の奥へ視線を向けた。

会談は終わりだ。

ギルは立ち上がる。

エレオノーラ殿と視線が合った。

彼女は何も言わない。

言えない。

ただ、その目にはわずかな緊張と、少しの安堵があったように見えた。もちろん、俺の推測だ。彼女の心の中までは分からない。けれど、少なくとも完全に諦めた顔ではなかった。

祠の外へ出ると、風が冷たく感じた。

中の空気が濃かったせいかもしれない。

外で待っていた直属騎士たちがこちらを見る。ギルが軽く頷くと、彼らもすぐに警戒を戻した。ダリアは何も言わず、ギルたちの後ろへついた。アバルディア家の護衛たちは、それを当然のように見送る。

山賊の仲間が一人増えた。

ただそれだけ。

いや、女が増えた。

上品な山賊団に女が一人。

これはこれで面倒な気がする。

帰り道、しばらくは誰も喋らなかった。

祠から城下町へ戻る道は、来た時と同じはずなのに少し違って見えた。陽はさらに傾き、畑の縁に伸びる影が長くなっている。草むらの中で虫が鳴き始め、遠くの城壁は薄い赤に染まっていた。城下町へ近づくにつれ、人の声や荷車の音が戻ってくる。

ギルは横目でダリアを見た。

歩き方が静かだ。

魔力がないため、感知魔法では拾えない。目で見るしかない。だが、だからこそ目で見ると分かる。足音を抑え、視線を散らし、周囲の物陰を自然に確認している。騎士のような堂々とした歩き方ではない。兵のように集団で動く歩き方でもない。もっと細い。隙間を抜ける者の歩き方だった。

「ダリア」

「はい」

「ダリアと呼べばいいのか?」

「はい。他の方と同じ扱いで構いません」

「他の方と同じ?」

「はい」

「俺の部下は男ばかりだぞ」

「承知しております」

「女扱いしなくていいという意味か?」

「必要ありません」

「なるほど」

即答だ。

うーん、女扱いするなよってことなのか。

それとも、部下として何でもしますって意味なのか。

いや、今そこで考えることではない。ないのだが、考えてしまう。褐色肌、灰色の髪、長身痩躯、中性的な顔。胸はない。だが、顔は整っている。動きも悪くない。無表情で淡々としているのも、それはそれで何かこう、独特の良さがある。

いや、駄目だ。

レティシアに知られたら、たぶんものすごく静かな目を向けられる。

ギルは咳払いした。

「役目は理解しているな」

「はい。道、家、旗、紋、商人の流れ、宿場の噂。必要なものを見分けます」

「戦闘は?」

「正面からは足手まといになります」

「はっきり言うな」

「魔力がありませんので」

「では、正面以外なら?」

「必要であれば」

やはりそういう人間か。

ギルは少しだけ口元を緩めた。

「分かった。無理に前へ出るな。必要な時に必要なことをしろ」

「承知しました」

「あと、俺たちは一応山賊なので、あまり礼儀正しくしすぎるなよ」

「承知しました」

「それも固いな」

「努力します」

「まあいいか」

セバスチャンが横でにやにやしている。

「若様、ずいぶん楽しそうですな」

「楽しくはない」

「そうですかい」

「新しい道案内が来たから安心しているだけだ」

「へえ」

「なんだ、その顔は」

「いえいえ、何も」

絶対に何か思っている顔だ。

このクソじじい、あとで余計なことを言いそうだな。

ギルは無視することにした。

城下町の門が見えてくる。

赤布を巻いた十人と、新たに加わった一人。周囲の平民たちはちらりとこちらを見るが、すぐに視線を逸らす。ダリアはその中に自然に紛れていた。アバルディア家の者だと気づく者はいないだろう。少なくとも、今すぐ気づくような姿ではない。

宿へ戻る頃には、空は夕焼けの色を濃くしていた。

通りには夕食の匂いが漂い、仕事を終えた平民たちが家路へ急いでいる。宿の主人は、ダリアが増えているのを見て一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに何も見なかった顔をした。賢い。実に賢い。こういう主人は長生きする。

部屋へ戻ると、ギルは赤布を外した。

息がしやすくなる。

ダリアは部屋の入口近くで立ったままだった。座れとも言われていないので立っている、という雰囲気だ。セバスチャンは遠慮なく椅子へ座り、オルドとジノは壁際に控える。

ギルはダリアを見た。

「座ればいい」

「はい」

ダリアは短く答え、空いている椅子の端へ腰を下ろした。座り方にも無駄がない。すぐ立てる座り方だ。

本当に、危ない仕事に慣れている。

ギルは机の上に置かれた冷めた茶を見て、少しだけ顔をしかめた。

レティシアがいれば温かいものを出してくれるのに。

いや、またそれか。

いないものは仕方ない。

「さて」

ギルは椅子に座り直した。

「山賊団に新入りが入ったわけだが」

セバスチャンが笑う。

ダリアは無表情。

オルドとジノは微妙な顔。

「まずは道を聞こう。アバルディア家が困らない場所と、困る場所。メガレス家、ザザント家、それから帝都へ向かう道。分かる範囲でいい」

「承知しました」

ダリアが答える。

その声は相変わらず平らだった。

けれど、ギルは少しだけ気分が軽くなった。

これで、ただ闇雲に帝国を歩く必要はなくなった。もちろん完全ではない。ダリアをどこまで信用できるかもこれからだ。アバルディア家の意向を背負っている以上、こちらに都合の悪い情報を隠す可能性もある。

だが、何もないよりずっといい。

アバルディア家は本気でこちらを使う気がある。

少なくとも、そう見えるだけの札を切った。

ギルは赤布を机に置き、指先で軽く押さえた。

名乗らぬ老女。

言葉にならない合意。

新しい山賊の仲間。

いや、本当に何をやっているんだろうな、俺は。

お気楽な三男坊でいたいだけなのに。

そう思いながらも、ギルは少し笑った。

面倒ではある。

かなり面倒だ。

けれど、駒は揃い始めている。

なら、そろそろ山賊らしく動くとしよう。