軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 家族

一週間後、この冬初めての雪が降った。

白雪が薄く積もった庭園で、カテリーナ様が作っているのは雪うさぎ。

寒空の下、雪を集める手伝いしながら私は内心冷や汗をかいていた。

私たちの横にはレオナルド様が立ち、険しい顔で見下ろしていたからだ。

(気まずいわ……)

カテリーナ様に「雪遊びをしよう」と誘われ部屋を出たところ、廊下でレオナルド様にばったり会った。そしてあろうことか、カテリーナ様が「お父様も一緒にどう?」と誘ったのだ。

あの夜以来、レオナルド様と会うのは初めてだった。私がひどく緊張しているせいなのか……空気が明らかに張り詰めている。

カテリーナ様は、8歳という年齢に似つかわしくないほど洞察力の鋭いお方。

きっとこの重苦しい空気にも気づいているはずなのに。

なぜか真逆の、明るく無邪気な声をあげた。

「ねえ、ソフィア先生。私のお父様はとても格好良いでしょう?」

「カテリーナ、いきなり、どうした」

「お父様はちょっと黙っていてくれる?」

お嬢様は突然、何を言い出されるの?

全く脈絡のない話題だった。けれど聡明なカテリーナ様のこと。この会話には何か意図があるのかもしれない。

理由はよくわからないけれど、答えないわけにはいかない。

しかもレオナルド様ご本人を前にして。否定するわけにもいかないので……。

「はい。旦那様はとても格好良いですよね」

「そうでしょう? お父様はね、社交界でモテるのよ? 舞踏会ではいつも貴婦人やご令嬢の皆様に囲まれるの」

「はい。目に浮かびます。みなさん旦那様とダンスをしてみたいのでしょうね。きっと正装された旦那様は、ますます素敵でしょうし」

「そうなのよ。ふふふ」

私は2年前に、一度だけ王宮の舞踏会に行ったことがある。縁談が一向に来なかった私を、お父様が最後のチャンスだと送り込んでくれたのだ。

結局結婚相手どころか、ダンスをする相手すら見つからなかったものの……初めて訪れた王宮は、まるでおとぎ話の世界のように美しく。

感じていた虚しさを吹き飛ばすくらいに。

周りを眺めているだけで、私は幸せな気持ちになったことを思い出す。

あの煌びやかな舞踏会場は、華やかな容貌のレオナルド様にとてもよく似合うだろう。貴婦人やご令嬢たちが熱い視線を向けるのも納得だ。

一瞬そんな想像をして、はっと我にかえる。

カテリーナ様は私を見て、なぜかにやにやと意味深な笑みを浮かべていた。

そして突然、すくっと立ち上がると「あっ! 雪うさぎの目のナンテンの実を取りに行かなくちゃ!」と、走り去って行くではないか。

え?

ええと、どうしましょう……。

こんな会話の後に、レオナルド様と二人きりにするのはやめてほしいのですが。

「お待ちくださいカテリーナ様!」

あまりの気まずさに、お嬢様を追いかける 体(てい) でレオナルド様から離れようと立ち上がったところ。

「待て。追いかける必要はない。ここから見守ることはできるだろう」

「はい……」

レオナルド様に呼び止められ、私は固まる。

「カテリーナはあなたを独身だと思っている。まったく何を考えているんだか……心にもないことを言わせてしまってすまなかった」

「いえ、そのようなことは……」

目を合わせることができない私に向かって、レオナルド様は口を開く。

「この前の夜は、その……本当に申し訳なかった。家庭教師の職務とは関係ないのに、服を汚させたうえ、俺の看病までしてくれたこと、感謝する」

「そんな……。服、きれいにしていただいただけでなく新しいものまで贈っていただき、却って申し訳ないくらいでした」

突然お礼を言われて恐縮してしまう。

そんな私に向けて、レオナルド様は言葉を続けた。

「それに、額の傷の具合はどうだ? あの時の俺の行動は紳士としてあるまじき行為だった」

「どうかお気になさらないでください。もう結婚前の若い娘というわけでもありませんし」

「やはり痕が残ってしまったのだな……本当に申し訳ない」

レオナルド様は、言いにくそうに口を開く。

「母にあなたの名を聞いた。ヴェルディ家の夫人なのだな」

「はい。奥様には私が黙っていていただくようお願いしていたんです。本当のことをお伝えするのが遅くなり申し訳ありませんでした」

「いや……それは全く問題ない。だが、得られる情報が少なかったため、すまないがあなたのことを少々調べさせてもらった」

「調べる?」

私は背筋が冷たくなるのを感じた。

レオナルド様は王都の治安を守る衛兵隊を束ねる立場にいる。貴族の情報を得ることなど容易いことなのだろう。

ヴェルディ家にお金がないことも、もしかしたらご存じかもしれない。

「……ルチアーニ侯爵家には、私のような者を雇っていただき感謝してもしきれません」

「ヴェルディ家に嫁ぎ、何かと苦労は絶えないだろう。あなたには恩がある。今後も何かあれば、母だけではなく俺のことも頼ってくれ。力になる」

レオナルド様の言葉を意外に思った。家に問題のある使用人だとわかったのに。遠ざけるならまだしも、気にかけるような言葉をかけてもらえるとは思わなかったからだ。

「温かいお言葉をありがとうございます。家族が多かったので看病は慣れております。恩と言っていただけるほどのことをしたわけでは」

「俺のことだけではない。娘の――カテリーナのことだ」

「カテリーナ様の?」

私はレオナルド様の言葉の意味がよくわからなかった。

レオナルド様は、遠くで遊ぶカテリーナ様を見て目を細める。

「カテリーナは母親を失ってから、別人のように大人しい子になってしまった。俺は父親のくせして、娘の苦しみを取り除いてやることができなかった。だが最近、昔のカテリーナに戻ってきたんだ。笑ったり怒ったり。感情豊かな、母親が生きていた頃のあの子に」

そう言って、レオナルド様は私に視線をうつす。

「それは、ソフィア。あなたのおかげだと思う」

まっすぐ見つめられ、私は息が詰まった。

レオナルド様は、私を過大に評価しすぎている気がした。「私のおかげ」と言っていただけるほどの働きを、自分ができているようには到底思えない。

「それは、カテリーナ様ご自身が強く、聡明であったからのように思います。私はただ、傍にいただけで……」

「あの子にはあなたのような人が必要だったのだろう。俺にはできなかったことだ。ありがとうソフィア」

使用人としてお仕えしている私にとって、これ以上の嬉しい言葉があるだろうか。

お金を得るために、この家で働くことになった。

それなのに、こんなにも素敵な言葉までいただけるなんて。

「もしもそうなら、大変光栄に思います。お嬢様のお役に立つことができて」

「ああ。カテリーナもあなたに懐いている。ヴェルディ家は大変だろうが……これから先、たとえ何があろうと、我が家になるべく長くいてもらえたらありがたい」

カテリーナ様を見て、レオナルド様は笑みを浮かべていた。その優しい表情からは、カテリーナ様をどれだけ深く愛しているかが伝わってくるかのようだった。

――ルチアーニ家は、なんて素敵な家族なのかしら。

聡明で可愛らしいカテリーナ様。

思いやり深いおばあさまである奥様。

そして、娘を深く愛している父親のレオナルド様。

互いを愛し、思いやって。

傍にいるだけで幸せな気持ちになるような。

温かい家族。

「愛情にあふれたご家族に囲まれているから、カテリーナ様は、あのようにすばらしいご令嬢であらせられるのですね」

思わずそう口にすれば、レオナルド様が目を見開く。

そして、胸の奥から嬉しさがこぼれだすような、満面の笑みを浮かべた。

「そうだろう? カテリーナは自慢の娘なんだ」

レオナルド様の笑顔は眩しいほどだった。

私もつられて頬がゆるんでしまう。

けれど笑みを交わした後。

レオナルド様の纏う空気が少しだけ変わる。

私が不思議に思ううち、レオナルド様は少し俯き、緊張したように口を開いた。

「……ソフィア、君は以前、王宮に来たことがあっただろう?」

「え……? はい。2年ほど前に一度だけ、舞踏会に参りました」

「実はその時、俺はソフィアに会っている」

私は驚いて、思わず目を丸くした。

確かにあの日は、たくさんの殿方にご挨拶をしたけれど。その中にレオナルド様がいたの?

なんて失礼なことをしたのだろう。一度お会いした貴族の顔を忘れるなんて。

「申し訳ありません! 初対面のようにご挨拶をして」

「いや、覚えていないのも無理はない。お互い名乗らなかったし、俺はあの時妻を亡くしたばかりでだいぶ荒れていたんだ。恥ずかしいから、覚えていないならこのまま忘れておいてもらえたらありがたい」

改めて思い返してみても、やはりレオナルド様とお会いした記憶はなかった。

自分の物覚えの悪さが嫌になる。

「気を遣っていただきまして申し訳ありません」

「いや、本当に気にしないでくれ。俺はずっとあの時の令嬢を探していて、礼を言わなければと思っていたんだ……でもずっと見つけられなくて……これでやっと……」

レオナルド様が、何かを言いかけたその時。

その言葉に被せるように、カテリーナ様の呼ぶ声が聞こえた。

「ソフィア先生! お父様! 見て!」

そこでレオナルド様の言葉は途切れ、私もカテリーナ様に目を向けた。

大きく手を振るカテリーナ様のもとに、二人して雪を踏みしめ近づいていく。

(レオナルド様の言いかけた言葉は、なんだったのかしら?)

一瞬だけ、そんな思いがよぎったものの。

その後、聞けなかった言葉をお聞きすることすら忘れ。この日の会話は記憶の彼方へと押し流されていってしまったのだった。

その日は、まるで小春日和のような温かさに満ちた日だった。

けれど、私がソフィア・ヴェルディとして過ごす、最も幸せな日になるとは、夢にも思わなかったのだ。