軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ ただいまを言える場所

「ただいま帰りました〜」

「遅かったな。待ちくたびれたぞ」

神域に帰ると、掘り炬燵の方から声が聞こえてくる。

食神様だ。

私が作った赤い半纏を愛用する彼は、遠目からだと普通の子供にしか見えない。とはいえ、2年前に比べれば大きくはなっているのだが。

「切り上げようと思ったタイミングで、ちょうど爆釣れタイムが始まっちゃいまして。おやつにはちょっと遅れちゃいましたけど、しばらく魚には困りませんよ」

話しながら、肩にかけたボックスの中身を生け簀に移す。

クーラーボックスのような見た目だが、これはれっきとした魔法道具。中に生きた魚を50匹ほど入れられる、釣りに特化させたマジックボックスである。

ガチャで獲得して以降、生け簀と合わせて愛用している。

「ところで他のみんなは?」

辺りをキョロキョロと見回す。普段ならお出迎えしてくれる仲間達の姿が一向に見えない。

クレイグは作業中だとしても、にゃん太郎が魚の水音に反応しないはずがないのに……。

「クレイグとにゃん太郎は大福の散歩に行った。今のうちに散歩ルートを確認しておきたいから遅くなるそうだ。マンドラゴラーズとコケちゃんは昼寝中だ」

身体は大きくなったが、大福はまだまだ子供。魔物を見つけるとすぐに飛んでいってしまう。それがいい運動にもなっているのだが、一人で突っ走ってしまうのが難点だ。

普通の犬のようにリードやハーネスをつけておくわけにもいかない。今はお散歩中の『待て』と『いいよ』を覚えさせている途中だった。

「すみません。次は早めに切り上げるようにします」

「ロゼが頻繁に顔を出せる日もあと少しなのだ。今のうちに散歩に慣れておいて損はあるまい」

「私もできる限りの準備はしていきますから」

乙女ゲームの舞台でもある王立学園に入学するまであと2ヶ月。

学園在学中は一部の例外を除き、学園所有のダンジョン以外潜れない規則となっている。

どこのダンジョンに潜っても神域に入ることはできるのだが、学園所有のダンジョンでは大福を満足に散歩させることはできない。学園側も許可してくれないだろう。

とはいえ在学期間中、大福の散歩をクレイグに任せきりにするつもりはない。

彼は好きなだけ鍛治をするために食神信者になってくれたのだ。好意に甘えて、鍛冶の時間を削るようなことはしたくない。神様の食事のこともある。

なんとか理由を付けて、早めに『例外』をもぎ取らなければ……。

そんな思いが顔に出ていたのだろう。

「あまり無理して周りを困らせるでないぞ?」

「分かってますって」

私の心配ではなく、周りを心配するところがなんとも神様らしい。

会ったばかりの頃は無表情に近かった顔もやや呆れの表情が浮かんでいる。そして今度は違う表情へと変わる。

「ところで今日のデイリークエストがまだ達成されておらんのだが」

「ちゃんとジュースの材料も取ってきましたよ」

「今日はりんごの気分だ!」

「はいはい。すぐに用意しますから、ちょっと待っててくださいね」

神様の顔に笑みが浮かぶ。といっても普通の子供のような無邪気な笑みではなく、うっすらと口角が上がる程度だが。

ウキウキ感は伝わって来ているので問題ない。

それにハッキリと意思表示ができるようになったのも、いい変化と言える。

「ところで神様、ちゃんとお水飲んでます?」

「お散歩前の水分補給の時に入れてもらったぞ」

神様は目の前の銅製カップに視線を落とす。

先日、クレイグがお揃いで作ってくれたカップだ。

中を確認すると、すっかり乾いてしまっている。飲み終わってからそこそこの時間が経過しているのだろ。

「クレイグ達が散歩に行ったのはいつですか?」

「ロゼが出てから帰ってくるまでの、ちょうど真ん中くらいだったか」

「結構経ってますね。なら先にお水飲んでください。長時間こたつ入ったまま、お水もお茶も飲まないんじゃ脱水になっちゃいますから」

炬燵のすぐ脇に置いた棚を開く。中から自分用のカップとカゴ網付きの麦茶ポットを取り出す。

網部分に入っているのは麦茶のパックではなく水魔石。

ポットを両手で持って軽く横に振ると、魔石から水が出てくる。半分ほど溜まったら再びポットを振る。

溜まった水を2つのカップに注ぐ。そして神様の分は彼の前に戻す。

「神は脱水になどならんがな」

神様はボソッと溢しながらも、ゴクゴクと飲み干していく。やはり喉は渇いていたらしい。

神は脱水にはならないかもしれない。だが乾きや飢えはある。以前本人が言っていたから間違いない。

私も水を半分だけ飲み、水差しを手に小屋に入る。

入ってすぐのキッチンに立ち、帰りがけに収穫したりんごの皮を剥く。芯と種を取って、適当な大きさにカット。あとは水とレモンの搾り汁と一緒にミキサーにかけるだけ。

ちなみにミキサーもクレイグに作ってもらった。彼はまだまだだと言うが、これだけできれば十分。

少し前までは、すりおろしたリンゴを頑張って絞っていたのだから。やはり文明の力があるのとないのとではまるで違う。

クレイグが食神信者になってくれて本当によかった。今後も素材提供面で協力させてもらおう。

完成したリンゴジュースをカップに移す。冷蔵庫で冷やしていたプリンも一緒にトレイに載せる。

「神様、今日の供物です」

「うむ。確かに受け取ったぞ」

掘り炬燵でくつろぐ神様におやつセットを提供する。彼が頷いたと同時に、頭の中でピコンと音が鳴る。

この2年ですっかり聞き慣れた、クエスト達成通知である。