軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

妖精はすぐ側に

「……心を込めても何も変わらない、か」

細々とした仕事に午後をあて、リコの仕事は残すは靴と花嫁衣装だけとなった。

皆が帰っていく中、いつものようにリコは工房に残る。

親方の言葉を考えつつ、暗くなった工房の中で明かりを見つめた。

傍らには未だに残る作りかけの花嫁衣装。

親方の話では、たしかに自分が何を思おうとも出来は変わりないのだろう。作られた服から、それを作った人間の心など読めるわけがない。

それは何も難しい話ではないだろう。たとえば精緻な縫い目は、会心の出来なのか、それとも丁寧さからなのか、技術の高さからなのか。もしくは荒れた縫い目が作者の苛つきからか、体調不良からか、腕前の不足からか、など全てを判別することは不可能だ。

だから、烏滸がましさを感じることなどないのだ、と親方は言った。

リコの悩みが身体と振る舞いの性的な違和にあると親方は思い、そのための言葉をかけた。

リコはその言葉に一定の理解を示してはいた。

そうだ。自分は女が嫌いだ。もしかすると一定の属性を持つ男もそうだ。だがしかしそうやって男女の『何か』を嫌っている自分が、男女の結びつきを示す結婚を祝っていいものだろうか。そう思っているのも間違いではない。

『何か』とは、男女の情のこと。そのことを意識してしまえば更に。

そしてそんな自分でも、誰かの幸せを願えないということなんてない。

願っていいのだ。不幸から生まれ、穢れを抱き育った自分でも、大事な友人の幸せを。

しかし、ならばと作りかけの衣装に手を伸ばしても、やはりそんな気になれない。

友人の伴侶の門出を祝う服。

それは友人のための服と同義で、だから彼のために願いを込めて指を動かせるはずなのに。

その原因に、リコは思い至ってぞっとした。もしかしたらと思えば思うほど、胸の中で信憑性が増してゆく。

唐突に浮かんだその『原因』。

(どういえばいいんだろう)

だがその原因も言葉に出来ない。

何なのだろう、この感情は。この思考は。

仮に。

仮に、彼に好意を抱いている、もしくは愛しているとするならば。

ならば納得は出来る。もしもそうであれば、きっと今の自分と同じように忌避感を覚えるだろう。

それでも、それは違う、と心の中で誰かが言う。

好きなのかもしれない。愛している、というのはまだよくわからないけれども。

けれどもその『好き』は、男女のものではない……と思う。

仮にハイロやモスクが結婚するとしたら、自分は素直に祝福出来ただろうか。

いいや、もっと簡単に。花嫁衣装など作らず、ただ招待をされただけであれば、自分は彼を祝福出来ただろうか。

そして、それは、やはり。

(嫌なのかな、俺は)

彼が結婚する。そのこと自体が。

幸せになってほしい。それは間違いなくそう言える。

傷つかないでほしい。それも間違いなくそう言える。

けれどもその幸せの象徴の式を、自分は嫌だと思っているのだろうか。

やはり花嫁衣装は作れる気がしない。

進める手が伸びない。道具もある、必要な材料も揃っている、指先の怪我は仕事に影響はない。邪魔するものもなく、あとは自分が進めるだけ、なのに。

何故だろうか。

これを着るだろう花嫁が憎らしい。それが嫌悪からなのだろうとリコは思っていた。けれども、それも少しだけ違う気がしてきた。

もしかして自分は羨ましいのだろうか。花嫁衣装ならば今までに何度も作っている。しかしそこでは感じたことのない感情。それは、その花嫁の相手が知っている人物だからだろうか。

ちらりと座っている横に目を向ければ、木箱に入ってまとめられた革の材料。

こちらは革靴の材料だ。自分が結婚祝いに送ろうと、自発的に作ろうと決めた品。

こちらを作る方がよっぽど気が楽な気がする。事実、気が楽だ、とリコは思う。こちらなら作れる。何も考えずに、ただ彼へと贈るために。

人に作れと言われたわけではない。だからそこに忌避感がないのだ、と思っていた。

しかし。けれど。だが。

否定する言葉がリコの脳裏に幾度となく浮かぶ。

自分が考えていることは、きっと道理に適っていない。だから、そうなるのだろう。一度そう思えばもうそうとしか思えない。

もしもこれが恋と呼ぶべきものだとしたら、なんと幼いものだろう。

リコはそう思い、溜息をつく。

子供の癇癪と変わらない。納得が出来ていないのだ。

彼の幸せを願いたい。けれども、願うことが出来ないこの感情。

これこそ、自分が嫌う最たるものの一つだというのに。

気持ちが悪い。

自身を客観視して、リコはそう自嘲する。

自分が女性だと思いたくない。けれども、きっとこの心は女性だからこそなのだろう。

今まで、恋と呼べるものをしたことはない。したことはなく、故に女性相手にそのようなことを思ったことはない。

だからこれこそ男女の情。自身が最も嫌い、考えたくないもの。

せめて、自分が男ならよかった。

男性ならば、このようなことで悩まずに済んだ。

ならば、もっと幸せに生まれてくればよかった。両親に祝福され、まともに育っていれば。

花嫁衣装を見れば、何となく、『憎い』という感情がうっすら浮かんだ気がする。

そうだ、憎いのだ。自分は。

自分と違い、真っ当に育ち、真っ当に人に愛されることが出来る花嫁が。

貴族なのだという。ならばきっと、孤児の自分とは隔絶した清く正しい女性なのだろう。

幸せに生まれ、幸せに育った。だからこそ掴める真っ当な幸せ。

まともな暮らしを経て、自分が掴めるはずのない幸せを、掴む資格を持つに至った人間が。

……そうだ、とリコは手を伸ばす。

伸ばす先は花嫁衣装ではなく、靴。素直に祝福出来る友人のための。もしかしたら、友人以上になりたかった彼のための。

心を込めても何も変わらない。

だから、思いきり心を込めよう。靴にも、花嫁衣装にも。

リコは決意し、作りかけの靴の材料が入った木箱を引き寄せた。

完成は明日中になるだろう。けれども、今ここで。今自分が思っている彼への気持ちを全て込めよう。

彼のために。友人のために。

自分の思う綺麗な心を、全て、全て。

形になってすらいない恋心を仕舞い込むように。

その全てを託すように。

彼には、綺麗な自分を見せたいから。

事前に銀の染料で印をつけた革に、錐のような道具を打ち付けてゆく。

本来頑丈な魔物のものだが、加工中の処理された柔らかい革。印と寸分違わぬ位置に打ち込まれた穴は小さく、しかし真円に近い綺麗なもの。

包丁や錐や金槌を使う工程。

革製品の製作は、裁縫というよりは大工仕事に近い。だがそれすらも仕立屋の仕事の一部だと、リコは誠心誠意こなしてゆく。若く細い、しかし熟練の指先は、緻密に正確に革を加工してゆく。

(もうこれが痛むようなことはしないでくれるといいんだけど)

靴とは消耗品だ。

普段使うとすれば徐々に壊れてゆくものだし、更に過酷な環境で使用する彼のような職業の者にとっては尚のこと。

砂は水分を奪い表面を削り取る。血や汗や雨は表面をふやかして脆弱にする。草木すらも擦れれば傷をつけるし、靴底は簡単に摩耗してゆく。縫い糸が切れることも大いにある。

だから、リコはその靴を頑丈に作る。

足首を覆うほどの長さの靴。特注の魔物の革を使って強度を高めることは勿論のこと。革の端を漉くのも厳密に、薄すぎず厚すぎず、美観も損なわない限界を狙って。

かつての戦で、竜鱗の外套は彼の命を守れなかった。正確には、その体を守ることは出来なかった。胸の中央を貫かれ、更に引き裂くように横に伸びていた傷。きっとあれは本当は致命傷で、しかし何かの奇跡で助かっただけなのだろう。

帰ってきた彼の外套に刻まれていたその傷を見て、リコは気を失いそうになった。

竜の鱗というものは頑丈だ。仮にその外套を身に纏った彼を、刺し貫こうとしても常人には不可能だ。それでも『こと』は起こってしまった。起こってしまう領域に彼はいるのだ。

だからこの程度、いらない心配なのかもしれない、とリコは思う。

いらないのではない。意味の無いことなのかもしれない、と思う。

仮にリコが緋々色金で鎧を作ろうとも、きっと彼のいる場所ではそれは万全の備えではない。焦熱鬼の髪で作った下着でも無駄だろう。

彼はリコの手が届かないところにいる。彼が遭う危険は、きっと常に自分の想像の範疇を超え、自分がどんなに手を尽くしても守ることなどできないのだろう。

だから、この革靴をどんなに頑丈にしても、きっと意味が無い。

彼のいる場所は、その服に自分がどんなに対策をしたところで傷がつく。それは仮に自分がこの世界で一番の職人であっても変わらない。

守るということは、傷つけるよりもずっと大変だ。

リコはそのことについては、既に知っている。

しかし、だからといって手は緩めない。

革の端を折りたたみ、強度を高めてゆく。

重なりが出っ張らないように、また何かが溜まるようなへこみもないように。

リコには親しい友人などそうはいない。

貧民街で生まれ育った彼女にとって、大事なのは数人程度。いつの間にか一緒にいた幼なじみのハイロ。途中から入ってきたカラス。そのカラスが他の街からよりにもよって貧民街へと導いたモスク。同年代ではその程度。

あとは工房で世話になっている親方。それに先輩や後輩数人ずつ。

人間が嫌いというわけではない。

だが、信用出来ない。それは幼少期から貧民街で暮らしてきた者にとってほとんど共通する意識だ。

大事なのは本当は自分だけ。隣にいる人間すらも信用出来なかった幼少期、きっと信用出来る人間が二人もいたのは僥倖なのだろう、とリコは思っていて、そしてそれは真実だ。

だから、彼女にとって『大事な人』は一人一人が『大事な人』だ。

友人たちが日々を笑って暮らせるように。

不幸がどうか遠ざかりますように。幸せが訪れますように。

そう願うのはいつものこと。

無駄でもいいのだ。

だからこそ今日も手は抜けない。

思いを込めて、その指を動かし続ける。

あの気難しい友人が、どうか日々を笑って暮らせますように。

不幸がどうか遠ざかり、幸せが彼の家の扉を叩きますように。

傷つかないように。どうか、どうか。

そんな願いを込めるのは、彼女の自己満足。

そこに見返りは求めない。だから、無駄でも構わない。

革に開けた穴を絡めるように、仮縫いの紐を通してゆく。

本縫いで使うのはネルグの中に住む蜘蛛の糸を焼成し編んだものの予定だ。リコが引っ張る程度の力ではもちろん切れず、切断するには専用の鋸と屈強な職人が二人必要な強度を持つ。

机にのせた木型を包むように出来上がった形は、まだ靴の上半分の更に表面のみ。だがそれでも気に入らず、リコは白墨でいくつか印を打つ。調整が必要な場所、もしくはまた革の裁断から必要な場所を定めていった。

友人への結婚祝い。

ならば妥協など出来るはずがない。

リコの指先に込めるのは、思いと、これまでの職人としての経験と技術。つまり人生。

いつでもリコはその日、今、最高のものを作ると決めている。今日作ったものが今までの最高傑作。そう信じて練り上げてきた技術を込めた生涯最高の品。

最高のものではなかったことはあれども、適当なものを作ったことは一度としてない。

今日は最高のものを、今日こそは最高のものを。そうして繰り返してきた今日作るこの品が、最高でないわけがない。

無意識に指が動く。

思考を放棄したわけでも、無責任になったわけでもない。

動かしているのはこれまでの職人としての経験と技術。端的に言えば、勘。

どうしようと悩む前に。どうすればいいと考える前に。

リコに意思に反するように、リコの意のままに指が動く。

魔法のような指先に力がこもる。

リコの意思と感情と願いを乗せて。

彼女の願いのままに、革が折りたたまれてゆく。縫われ、裁たれ、形を変えて。

平坦な一枚の革が、素晴らしい靴に変わってゆく。

真夜中の工房。けれどもリコの手は緩まない。

見ているのは光る石に照らされた目の前の靴だけ。真夜中になり、どこかで犬の遠吠えが聞こえ、少しばかり肌寒くなっても。

乾燥に目が痛み、瞬きをする度に時間が過ぎてゆく。

しかしそれでもリコは手を止めない。

内心湧き上がる衝動のままに、心のままに動き続ける自分の指を。

目の前の景色すらも朧気に、それでも心を込めたまま。

時たま止まる手すらもリコの意識によるものではない。意思すらももはや消えて、指先に宿るのはその心と経験と願いだけで。

どうか、この靴を履く彼がより良い未来へと歩めますように。

どうか、この靴を履く彼が笑顔でいられますように。

魔法使いというのは、その想像を現実化させる者たちだ。

想像を形にする彼らの手にかかれば、現実はいとも簡単にねじ曲げられる。

触れずにものを動かし、地に縛り付けられた者を空へと羽ばたかせ、遠くの人間と会話をし、過去の事象を閲覧する。彼らの起こした物事は人の感情を動かして、笑顔を作り、眉間に皺を寄せさせ、また議論を巻き起こす。

願いという魔法を込めて、彼らは現実を変成させる。

だから、子供はみんな魔法使いだ。

その想像のままに、自分の周囲の全てを塗り替える。

空き地に置かれたがらくたの山は魔王城。勇者の外套を翻し、駆け上がる彼らが手に持つのはこの世で最も輝く勇者の剣。たとえ他の誰かには、それがただの木の枝に見えようとも。

仕立屋というものは糸と自らの尊い業で、一枚の布を素晴らしいものに変化させる。

絹の生地を華やかで綺麗な花嫁衣装に変え、革の生地を頑強で無骨で美しい革靴へと。

魔法使いは、自らの意思で現実を変成させる者。

ならば誰かのためにただの一枚の布を素晴らしいものに変える彼ら仕立屋も。

きっと魔法使いと呼べるのではないだろうか。

「……うん……」

片足が組み上がり、出来上がりに文句はない。

それを確認したリコが、ふと力を抜く。あと一足分。

積まれた革を探り、無意識のままにその革の加工にかかる。

そして無意識のままに、リコは目の前、机の上をトコトコ走る誰かを目で追った。

ああ、夢を見ているのだ。そう、自覚しようとした声が、頭の中でかろうじて形を作った

朝になり、窓から差し込む光にリコは目を覚ました。

いつの間に寝ていたのだろう。作業をしていたのは覚えているのに。そう、まだ握りしめたままの定規を手放して、指についた跡に笑ってリコは目を擦る。

そして、また目の前にある靴を見て首を傾げた。

記憶に残っているのは、片足を組み立てる最終工程まで。

そこまで進めて、気が抜けて睡気に負けたのだろう。そう自分では思っていたのだが、しかし目の前にはそれ以上に進んだ光景がある。

目の前にあるのは、木型に履かせられた一揃えの革靴。

朝の柔らかい日差しの中で、伸ばした影が灰色に見える。

完成品と思しきその靴は、もはや手を加える場所すらも見つからない。

手元にある材料は使い切ってあるらしい。机の上に乱雑に積まれた革にも未使用の部品はなく、切り屑は机の端にまとめてあった。

「…………?」

これは、自分がやったのだろうか。いや、この工房にいたのは自分だけだし、この出来上がりは、切り口も縫い方も自分のやったようなものに違いないのだが。

だがそこまでやった記憶はない。出来上がりをこの目で見た記憶も。

そこまで集中していた、ということだろうか。

考えてみれば、もう片足に取りかかった記憶はある。革を切る感触も、縫い針の感触も何となく手に残っている気がする。ならば、まあ自分がやったのだろう。

そう納得しようとしてまた首を捻った。

だが、綺麗すぎる。この出来は、間違いなく今までで最高の出来だ。

まるで自分が作ったとは思えないほどに。

今までは、出来上がった作品は常に不満が残ったものなのに。それこそ親方の言葉通りに。

しかしまあ、これはきっと自分の作だ。そうリコは自らを落ち着かせる。

疑いようがない。自分の机の上に手を出されればきっと必ず気付くだろう。そう思い、そして貧民街出身者にとってはそれは真実であるはずだ。

だがリコは、一つだけ思い出した。

意識を失う直前のこと。きっと寝入りばな、夢が幻覚となって視界に入ったか、それとも視界自体がもはや夢の一部だったのか、そういうことだろうと思うのだが。

一部の地域で伝わる 妖精(レプラコーン) の話。

彼らは人間よりも大分小さな身体を持つ。帽子を被り、髭を生やし、革の前掛けを身に纏う。彼らは人目を避けて通り、しかし夜中職人がいない工房で、片方だけの靴を仕立てていくのだという。

これを渡す彼に、この話をしてみようか。

この靴は妖精の手を借りて作ったものなのだ、と鼻高々に冗談として。

馬鹿な話と笑うだろうか。それとも気味が悪いと眉を顰めるだろうか。

多分、笑ってくれるだろう。

そうリコは思い、その顔を想像して同じような笑みを浮かべる。

それから、固まった身体をパキパキとほぐして息を吐く。

さて、あと一踏ん張りだ。

心は靴に込め終わった。彼に通じなくとも、しかし気が済むまで。

あとはこの靴は本縫いと、革の強度を本来のものに戻す処理を残すばかり。

残す単純な作業は、ほとんどが待つだけの退屈なものだ。だから、靴はもう終わったものと思っていいのだろう。

ならばあとは挑戦だ。

残すは花嫁衣装だけ。

リコは机の横に置かれた木像に着せた作りかけの衣装を見る。袖は半端、上着もなく、まだ腕を振るえる余地がある。

リコは決意する。

これにだって心を込める。気持ちを込めて、作れる。

彼への靴に、綺麗な心を全て注ぎ終わった今なら。嫉妬や憎悪、残るこの認めたくない心を花嫁衣装に、今ならば。

素晴らしいものを作ろうと思う。

誰の目にも見事で、誰の心にも残る素晴らしい衣装を。

これからこの花嫁衣装に全部込めよう。今までの仕立屋人生で培ってきた全てを。

これを着る花嫁をリコは知らない。知らないが、きっと『彼』が選んだ相手だ。きっと彼に負けない素敵な女性なのだろう。自分には思いもよらない良い生まれをして、良い人生を歩んできた良き人なのだろう。

ならば負けてたまるものか。溝鼠だって意地がある。

まだ知らぬ彼女のための衣装を作ろう。彼女を素晴らしく彩るような、その魅力を更に増すような。

誰もが花嫁を見て目を釘付けにするような。

リドニックで開かれる結婚式。

きっと質素なものではないだろう。豪華かどうかはわからないし、形式も定かではないが。

呼ばれた出席者は何人いるのだろうか。友達として呼ばれているのが自分たちだけではないかもしれないし、きっと自分の知らない誰かもそこにいるだろう。

彼らの中を、花婿を伴った花嫁が歩く。

誰もがそれを見て感嘆の息を漏らす。自分もあのように幸せになれるように、と願うように。

彼ら出席者の記憶に残る光景は、花婿と花嫁と、そして花嫁を包む自分の作った服。

そんな素晴らしいものを作ろう。

そして、その衣装に花嫁が負けてしまうようなら。

花嫁自身の魅力が服如きに負けて霞んでしまうようならば。

そのときは。

「……そのときは、俺に衣装を頼んだことを後悔するんだね、カラス君」

とりあえず朝ご飯を食べて、一度身体でも拭きたいところだ。

家に戻ったらそれだけをして、続きをやろう。

「うーん」と悩ましげな声を上げて、深呼吸をして、リコは立ち上がる。

花嫁衣装は今日中に終わるだろう。その予感だけで肩の荷が下りた気がする。

工房の鍵をかけて、リコは扉を背に歩き出す。

外は蜂蜜色。既に昇った太陽が眩しい。さすがに工房に泊まったのは初めてだが、案外悪くはない気分だ。……どうか親方に怒られませんように。

少しだけ冷えた空気が鼻に触れ、リコは一つくしゃみをする。

花壇に咲く黄色い花がそれを聞いて、彼女を笑ってから瑞々しい頭を垂れてお辞儀をした。

彼女の仕立ての腕は、きっとこの日一つ壁を乗り越え、階段を上がった。

今日は最高のものを、今日こそは最高のものを。そう願ってきた彼女だからこそ。

そうして繰り返してきた者が明日作る品は、きっと素晴らしいものとなるのだから。

だがそれは。

いつか微笑みと共にこの日を振り返って、そのとき初めて知る話だ。