軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

待つわ

太陽が黄色い。

自宅を出たリコは、昇っていた日を見つめて目を細めた。

これで二日の残業続きだ。早く帰れる日がほとんどない職人たちの中でも、特に遅くまで残っていた彼女は、いつものように起きた朝に寝不足を感じた。

外の眩しさに瞼が開かない。視界の端がぼやけている。幾度目を擦っても晴れない霞目を、背伸びをして誤魔化した。

「おはようございます」

これもいつも通り。一番に職場に出るわけではない。

誰にともいわず、呟いて自分の席に着く。遠くで適当に誰かが応える声が響いたが、目を合わせ会釈をしてリコも改めて応えた。

支給されている机、その天板の端に並ぶ缶、立てられた定規や白墨類を眺めてつつと撫でるように触る。今日も存分に働いてもらうことになる。

机の端に重ねられて積まれているのは、型紙に沿って切り取られた生地。型紙を待ち針で留められたままの生地は、昨日の残業で裁断を終えたもの。

この礼服の納入先は一番街の資産家の男性だ。もともと男性ものは女性ものよりは単純で、更に意匠を求められたものではなく『麗人の家』の職人作という箔付けのためだけに依頼されたもの。生地は良質で寸法も依頼人に合わせた特注品だが、作りは量産品とあまり変わらない。きっと今日午前中に終わるだろう。

引き出しから取り出した糸の束。

色を見て、型紙の印と確認して一つを選び取る。針の頭に糸を通し、金属製の指貫きを中指にはめて一息つく。最初の一刺しが重要だ、とリコは考え、そしていつも緊張する。

まだここは単純な波縫いで。きっと表には出ないだろう。それでも手は抜けずに。

一つ、二つ、と針を通す。縫い目は予定の線に沿い、均等に並んでいく。

だが、やはり。

(もうちょっと綺麗に出来ないかなぁ)

いつも思うのは、まだ足りない、ということ。

素人目には見えない線の曲がり、糸のよれ、まだ完璧ではない。

だがそれでも、これは仕事だ。完璧でなくとも見られる仕事を。不完全ながらも完全に見える仕事を。

作らなければいけないのは作品ではなく製品。

満足出来ずとも納得しなければいけない。自分の仕事を待っている顧客がいる。納期を引き受けた自分がいる。ならば。

リコは無言でちくちくと針を刺し続ける。

満ち足りずに、それでも納得のいく仕事を。

『私たちの仕事はね、満足なんてしちゃいけないの』

この工房に引き抜かれて、最初の頃。

親方からの訓示はそのようなものだった。

『何かものを作るでしょ、でもなかなか作れなくて苦しいのよ。もっと上手く出来ればいいのに、もっと手早く出来ればいいのにってね』

親方は金と、染めきれなかった黒の混じる髪の先を捻りながら溜息をつく。

艶やかな口紅に、目の端や瞼に乗せられた影。目の前の親方が男性か女性か、最初はリコも戸惑ったものだ。

『それでようやく完成させたら、今度はその出来が気に入らないのよ。もっと上手く出来たらよかったのに。この程度ならもっと手早く出来ただろうに、って』

当時のリコにはまだその意味がわからなかった。話半分に聞いていた、とも思う。

しかし、今リコは、その言葉を噛みしめている。

『でもね、それでいいの。作ってる最中に苦しいんだったら、成長する余地があるってことよ。自分が作ったものが気に入らないなら、それだけ作り終えた自分が成長したってことよ。自分で自分の仕事に満足なんてしてご覧なさい、もうその子の成長はそこで終わりよ』

親方は唇を横に広げるように歪め、笑うよう目を細めた。

その目の先には、リコが親方に刺せと指示された花の刺繍。それに並んだ、親方の刺した刺繍。

極短時間で作れる手慰みのような小さな絵柄。同じような生地、同じような糸で作られたにも関わらず、出来上がりが一目瞭然とかけ離れた代物になった物体。

リコとて下手なわけではない。むしろ、その時点で製品として問題のないものだったにも関わらず。

基本を学び、そこそこの練習をしただけで。自分は上手くやれる、もしかして自分には才能があるのではないかと自惚れていた頃の話。

親方はそれ以上に何も言わなかった。ただ隣で同じように刺繍を刺し、最後に並べて見せただけで。

しかし、リコにとっては厳しく叱られた思いだった。

愕然とした。刺繍を構成する糸の一本一本に意味がある気がした。適当な糸など一つも無く、その向きも、ねじれも、刺された位置にも全てに意味があり、『見事』というべき印象に繋がっている気がした。

今日も満足のいく仕事ではない。

ちくちくと布を針で刺し、糸で繋ぎ合わせ、満足いかない服を仕立てる。

永遠に続く満ち足りない日々。まだ思い通りに針は動かせないけれど。

止まらない手。周囲の同僚の話し声も気にせず、ただ自分の手の先だけに向けていた意識。

昼前に、最後の糸が切られた。

ふう、と詰めていた息を吐けば、ようやくその『ツケ』が来る。

「あ、痛ててて……」

凝り固まった姿勢に肩や首が痛む。乾燥した目がじんじんと熱くなる。喉の渇きと、そろそろの空腹がいっぺんに沸き立ってくる。

肩を竦めるように首筋を縮め、パキパキと鳴らしてから力を抜く。じんわりと温かさが肩に広がるが、しかし凝り全ては抜けていかない。

「……とりあえずこれは終わって……」

そして休んでいる暇はない。次の製品を作らなければ。

礼服と机に残る糸屑を小さな箒で払い、簡単に畳んで、完成品の下げ札を釦穴にくくりつける。それから後の仕上げの清掃と包装を係の当番に頼むために席を立った。

「先輩、大丈夫なんですか?」

「うん?」

席に戻ったリコに後輩が声をかけてくる。

布地の裁断から行うため、彼らの個人に与えられた机の天板は大きく、隣の机といっても遠くだ。だがその遠くからでも、リコの顔色の悪さは後輩にはよく見えていた。

「昨日も一昨日も遅くまで残って。大分大変そうですけど……」

「平気平気。もうすぐちょっと休みもらうから、その分頑張らないと」

後輩の心配をリコは明るく笑い飛ばす。

たしかに、大変だ。いつもよりも多く働き、そして急いでいる。

だが、無理をしているわけではない、というのもリコの主張だった。

「何か手伝えることがあったら言ってくださいね」

「大丈夫大丈夫」

軽く手を上げて、それ以上の心配をさせないためにリコは話を打ち切った。

無理をしているわけではない。

確かに今は急いでいる。仕事を詰め込んでいる。通常は二着の服を作るだけの時間で三着を作り、さらにいつもより長く働いているだけで。

だが、無理ではない。出来ないことをしてはいない。いつも使わない余力を、今は使っているだけだ。

友人への祝い。それが出来るのならば、その程度苦ではない。

弾みを付けるため、手に取ったのはすぐに終わる仕事。

透かし模様の布を手に取り、編むようにして縫って留める。

細い帯状の織物が、まるで花のように盛り上がり形を変えてゆく。小さな 飾り(ワンポイント) が付いただけの 首飾り(チョーカー) も、わざわざリコに注文があったものだ。

それくらい作るのに……、と横にいた後輩はもどかしさに手を泳がせたが、真剣な目で自分の手先を見つめているリコにそれ以上何も言えずに自分の仕事に戻った。

工房で作られた商品は大抵の場合、一定の時間が訪れるか、もしくは一定の量が溜まれば出荷される。リコの工房の場合は、量産品は夕にまとめて出荷され、特注品は注文主の使いが受け取りに来るか、もしくはその都度配達に出されることになった。

昼過ぎに首飾りを受け取りに来た女性に、工房内はほんの僅かに俄に色めきだった。

正門から取り次ぎを頼み、事務所に通され工房の横を通りかかる一瞬のことだ。

職人たち……殊に男たちの目が、受け取りに来た女性に行く。見とれてしまい針で指を刺した少年は、叫び声を押し殺して涙目になった。

有名人というわけではない。だが、その馬車から自ら軽やかに降りてきたという旅装の女性は、金の髪が輝いて見えた。

やがて、対応していた親方が、リコを呼ぶ。

何となく嫌な予感がしつつ、リコは立ち上がり事務所へと向かった。幾人かの少年の羨望の目を受けながら。

「失礼します」

「ごきげんよう」

商品片手に扉を開き、頭を下げたリコに合わせて、女性も上品に頭を下げる。

「お忙しいところ無理に申し訳ありません。一度、作った方と直接顔を合わせておきたかったもので」

ユスティティア、と女性は名乗った。

くすくすと笑う顔は美しいとリコですらもそう思う。

『美しい』と『愛らしい』は相反することが多いものだが、しかし彼女はそれが共存する。リコよりも少しだけ年下だろう女性。自分が男性ならば、たしかに見とれてしまうかもしれない、とすらも。

注文書の写しと共に、代金を、と銀貨を詰めた袋を差し出され、リコは恭しくそれを受け取る。

大抵の場合、特注品の受け取りには注文主の使いが来る。だが、今回の者は違う。顔を合わせたことはないが、これは注文主その人だろう、と思いつつ。

白い布で包んだ小さな木箱をリコは差し出す。

既に仕上げも済んだ小さな首飾り。

結婚式に使うらしい。花嫁の赤と白、それに不吉な黒を避け、大まかな色は白い肌に紛れるような青。広く首を覆うような幅広い布は首輪にも似ていて、そこに小さな橙の花が咲く。

リコは作りながら不思議に思っていた。

花の意匠は珍しくもない。けれども、結婚式の日、髪に花を飾るのは多くの国で花嫁の特権だ。参列する人間が付けて良いものではなく、付けるとすればせめて胸元。首元も避けるべきではないかと。

「ありがとうございます」

木箱から首飾りをするりと取り出した女性は、外套の首元を緩め、肩に引っかける。それから留め具の位置に気をつけながら首の後ろへと両手を回し、事務所の机の上にあった小さな鏡に自らの身を晒した。

「いい出来ですね」

さすが、と呟きながら女性はリコを見た。

女性も噂は知っていた。最近名が売れている仕立屋。どこから来たのか、どこで研鑽を積んだのか。ある日突然この街に現れ、ある日突然頭角を現したとされる謎のお針子。

…… お針子(女性) 、というのは今日本人を目の前にして初めて知ったことでもあるのだが。

「では、確かに受け渡しも完了したということで」

おほほ、と口元に手をやり、笑いながら親方は女性を促す。早く帰ってほしい。リコにはまだ、山積みになった仕事があるのだから。

しかしリコの方も、何故だか女性から目を離せなかった。熱に浮かされたように、もしくは何かの引力を女性が発しているかのように。

情愛のようなものではない。悍ましさなどの否定的なものではない。

「何か?」

女性がリコに問いかける。

観察するかのようなリコの視線に。

羨望のようなリコの視線に。

問いかけられたリコは言葉に詰まり、それからまた思わず口をついて言葉を発した。

「その、それ、結婚式に付けていくというのは間違いではありませんか?」

口にしてから、何を言っているのだろう、とリコは内心自分を叱った。

違和感はある。だがそれを口にするのは詮無きことで、自分が気にする必要もないのに。

やはり今日はもう疲れているのだろうか。先ほど後輩に心配されたが、やはりそれほど、と額に汗が垂れた。

気を悪くしたのではないだろうか。そうリコは女性の顔色を窺うが、女性はまた嫋やかに笑って答えた。

「間違いではありませんよ」

「……でしたら、今からでも変更の検討をした方がよろしいかと思います。髪に付けないのでしたら許されるかもしれませんが、その、それは……」

「花嫁への宣戦布告、とまではならないと思います」

リコの言葉を予想し、女性は継いだ。留めていない首飾りを片手でだらりと持ち、口元へと持っていく。

「いいえ、ならないように努めます、というのが正しい表現ですね。私はまだ、あの人を奪うなんて考えていませんから」

「…………」

あ、とリコは絶句した。自分が始めた話題、とはいえ、それで聞きたい言葉ではなかった。

赤の他人とはいえ、刺激が強すぎた。

そして理解した。自分がそのような話題を出した理由。自分が先ほどから、何となく目が離せなかった理由。

齟齬があった。

今目の前にいる女性は旅装。即ち、これから野外にでも出るかのような出で立ち。

けれども、その他の支度はそうではない。

手入れされたさらさらの髪。垢じみたところなど何もない肌。綺麗な指先。どれも富裕層の特徴かとも思っていたが、それ以外の『何か』をリコに予感させた。

あまりにも、『女性』すぎたのだ。

まるで旅装を解けば、すぐさま家庭にでも入れるような。旅装、ではあるが、しかし今から舞踏会にでも出られるような身体の手入れの仕方。

娼婦のような類いのものではない。それはやはり富裕層や、貴族のもの。上品で、かつ男性の目を引く装い。

そしてその上で、『弱さ』も見えない。

リコも荒事を行えるような女性ではないが、貧民街で生まれ育った故の嗅覚が存在する。

即ち、対象の価値と危険性を測る能力。

資産家とも貴族ともリコは何度も顔を合わせている。しかし、成人男性ならばまだしも、通常の女性相手に力負けをするとは思えなかったし、事実そういった『お嬢様』相手ならば見た目の印象に齟齬を感じることはなかった。

だが今目の前の女性は違う。

金持ちだ。資産家のお嬢様、というのは家名からもわかるし服以外の見た目からもその通りだ。

けれどもその実、身を守る術に長けている。きっと自分が隙を突いて襲いかかろうとも、簡単に返り討ちにされることは目に見えている。

そのような能力がある、ということはあるだろう。

きっと彼女には戦う術がある。カラスのような、といえるほどでは絶対にないが、成人男性程度ならば負けはしない。

しかしそれ以上に、感じさせる要因はきっと。

「まるで戦いにでも行くみたいですね」

「あらそう見えてしまいましたか? お恥ずかしい」

指先に髪の毛を絡めつつ、恥ずかしげに女性は笑う。

その様子にリコは確信する。

彼女はこれから戦いに赴くのだ。

荒事ではない。しかし、荒事にすらなり得るその『用事』のために。

「やめたほうがいいですよ、そういうの」

「リコちゃん」

「わかっています。だから、私も争う気も奪う気もありません」

今はね、と女性は内心付け足した。

今は何もしない。だから、奪うこともないし、ましてや争うことにもならないだろう。

「作っていただいた首飾りは、私の決意の証です。正直、横恋慕なのはわかっています。あの 男(ひと) の奥様は、私もいい人だと思っていますし祝福する気もありますから」

でもそれ以上に、この心は消せはしない。今は、まだ。

「少しくらい、いいじゃないですか。結婚式に花飾りを付けて出席する。そんな少しばかりの楽しみくらいは」

首飾りを木箱に収めつつ、くしゃりと女性は笑う。

女性の笑みに、リコは何となくの『女』を感じた。

きっと彼女は結婚式に出る花婿に恋をしているのだろう。そしてその決着が付いても、まだ諦め切れていない。

だから、儀礼的に花嫁にしか許されていない頭部への花飾りを、首元に。

「…………」

「きっと仕立屋さんも恋をすればわかります、なんて勝手なお世話でしょうか」

「さあ? その予定はないので」

リコは絶句した後、自分もそうなるだろう、というような女性の勝手な予想に、少しばかり腹も立った。

自分がそうなると決めつけるものでもないし、それにそうなりたいわけでもない。

男性に恋をするのは大抵の場合女性だろう。そして自分は女性では……。

リコの語尾に苛立ちが混じったことに気がついた親方が、まずい、と鼻から息を吐く。

彼女の機嫌の問題ではない。客商売である仕立屋の重要な仕事の一つ。顧客との折衝。リコがそこまで未熟だとは思っていなかったけれども。

挑発じみた言葉を終えて、リコをまじまじと観察し、それからにっこりと笑って女性は席を立つ。

「では、私はこの辺でお暇いたします。ごきげんよう」

「お気を悪くされたのでしたら申し訳ありません。こちらの監督不行き届きです」

「いいえ。貴重なご意見でした」

両手を腹の下で組み、親方がぺこりと頭を下げる。

リコも慌てて合わせて頭を下げたが、その内心に謝意はなかった。後で親方に叱られるだろうことを考えても。

頭を下げる二人の頭上から、リコに向け、女性は「またお会いしましょう」と一言声をかけて部屋を出た。

女性は工房から外へ出て、馬車へと登る。

誰の手も借りずに、段に足をかけて身を翻して。

「人をからかうのも大概にした方がいいぞ」

内から扉を閉めると同時に、中で待っていた別の女性が苦笑しつつ言葉を発した。

「あら……出してください」

御者に声をかけて、女性は座り直して窓の外を見る。喧噪、子供たちの笑い声、金槌を叩く音。

「からかってなどおりませんが。オトフシさんは私のことをどう思っているのやら」

言われたオトフシは、クツクツと笑う。黒革の細身の鎧。まるで婦人服に似た陰影の。

「しかしあの娘を試したのだろう?」

「そうですね。女性だとわかったからには、私の障害にならないかと思って」

「あの様子ではならないだろうに」

「どうだか。わかりませんよ」

リコも、同じ結婚式に呼ばれていることは知っていた。

『彼』と親しい仲にあった一人。腕の良い仕立て屋ということで、この首飾りを依頼したのはそれだけのためだったのだが。

だが、目にした相手は女性だった。将来的に敵になるかもしれない相手、試しておくのには絶好の機会だ。試し、そして牽制しておくには。

「なにせ、彼は魅力的ですから」

「そんなに、かな」

ふむ、とオトフシは眉を寄せた。

見目麗しいのは納得がいく。稼得能力も申し分ない。魔法使いという希少性も理解出来る。

けれども魅力的、というのが頷けない。魅力的ではない、とは言わないまでも、目の前の女性をそこまで虜にするほどだろうか。

「恋というのは理屈じゃないのですよ。相も変わらず、私の目には彼は一番の男性です」

「その一番の男性には、既に相手がいるようだが?」

「それが何か?」

は、と女性は笑い飛ばす。

「彼は結婚するのです。つまり、人を愛せる男性だった。運悪く今は私ではありませんが、しかしそれがなんだというのです」

むしろ、運が開けたというものだ。

自分の求婚を断った理由が、彼が誰も愛せない孤独な男性だったから、ではないという証明なのだから。

「当主にはなれないぞ?」

「ユスティティア家の伝統は、最高の伴侶を連れてきた者に家督を継がせるというもの。しかし、自分が相手の二番目になってはいけないという決まりはありません」

たしかに、自分が結婚相手に求めるのは、優れた伴侶であるということ。だが、それは家の掟であって自分の掟ではない。

当主になれない。それがどうした。ユスティティアの家の財産などちっぽけなものだ。そんなものなくてもどうにでもなるし、財産がほしいのであれば今までの伴侶捜しの旅で身を立てる道筋も出来ている。

「奪う気はない、と?」

「そうですね。奥様が生きている限りは」

「殺すのか?」

「いいえ?」

馬鹿なことを、とオルガは笑う。

そのようなことをしては彼に嫌われてしまう。そのような恐れがある行為は、可能性すら浮かべることもない。

そんなことをするよりも、もっと穏当で、もっと確実な手段がある。

「気長に待ちましょう。私の寿命は永いのですから」

若くして闘気を身につけた自分と、常人のルル・ザブロック。

寿命の差は明らかで、若い時間の長さも同様だ。

自分は彼女が年老いるまで待てばいい。そのときに、隣にいれば、きっと。

まずは家政婦としてでもいい、近づかなければ。

この結婚式に呼ばれたこと。それを口実にでも、なんでもして。

袂から取り出した小瓶。

蓋を開けて、中の粉を小指に付けて、唇へと伸ばす。

その橙の混じる紅を引くのは、彼の名を呼ぶための唇。

「オルガ。そういうのは、女性に嫌われる態度らしいぞ」

「それがどうかいたしましたか?」

女性というのは、『彼』ではない。

それよりも、次の街からは二人旅。御者を交代で行うのだ。

どちらが先か決めようと金貨を示し、オルガは不敵に笑って親指で跳ね上げた。