軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

先に進む魔法

「この街での灰血病の罹患者の死因は灰血病じゃない。必ずそれとは別の病だった。灰血病はただ単に血液の人を介した汎用性を高めるための薬剤か何かによるもの」

恐らく免疫系統の働きも弱くするのだろう。

故に感染症に罹りやすくなったが、それに気をつければ自然治癒するものだったのだし。

「死体の再構成は、単なる再構成の失敗。本来は損壊した遺体を修復して遺族と再会させるための」

蘇った死体は不完全に動いてしまっていたし、蘇った顔は生前のものとかけ離れてしまったようだがそれこそ単なる失敗だろう。

……もしくは今思ったが、あれ切断された腕なんかを再生させる用途に使えないだろうか。

「不死の首は人体の生命力を高める加工で、今現在患者が苦しんでいるのはそれとは別の外部の影響によるもの」

最初に見つかった罪人は苦痛に喘いでいるという。鎮痛剤の効き目も弱まり、全身の幻肢痛が常に襲う。その他、乾燥にも、窒息にも。再生能力を見るために切り取られた耳の端の傷は塞がらない。

けれども、それは全て『不死の首』の症状ではない。

事実、何人か確認されているのだ。

どういう風に感染したかわからないが、知らぬ間に『不死の首』と同じ状態になっている人間たちも。そしてそんな中、たとえばその一人の子供は草で切った腕の傷が普通に治癒している。

「その他、渇望症には偏食が確認されて……はいませんでしたが、多分そうじゃないかと僕は資料を見て思いました。特定の栄養素を求めて食欲が喚起される病じゃないですか? あれは」

他の病にも、きっと何かがあるのだろう。僕には考えもつかず、きっと有効活用すれば何かの役に立つ作用が。

何より、先ほどエウリューケは言っていた。

『自分がばらまいたのは、研究成果』だと。

「きっと他にも、病には有効活用法がある。いえ、きっと治療法の副作用が、今現在皆が『病』と呼んでいるもの」

だから、ソラリックの立てた仮説の中にはあった。

『増殖人面疽は、異所性の妊娠を招いているだけ。それがたまたま皮膚で起きているだけなのではないか』と。

もともと、血液が混じり合って発生する病、というところから怪しかったのだとソラリックは話していた。

患者と別の人間の血液を瓶の中で混和させたら同じようなものが生まれるのではないか、との実験は失敗したようだが。

多分あれは生育環境の問題だろうと僕は思う。栄養か、温度か、その辺りを順次調整して行えば成功するのではないだろうか。

まあ、それが出来たとことで『それ』には魂が宿っていないわけだし、移植なども考えなければ彼女らにはそれ以上の恩恵はないだろうけれども。

「ふーん。そんな子がねぇ……」

感心するように目を細めて、エウリューケが呟く。

「僕には……いいえ、僕らには出来ないことでも、きっとみんなは出来るんですよね」

僕はエウリューケの隣に並ぶ。

先ほどまでのエウリューケのように、少しだけ下がりつつある夕日の子供を眺めつつ。

すれ違うように身体を並べたエウリューケは、首だけ向けてこちらを見ていた。

改めて思う。

あの戦争中、ソラリックを殺さないでよかった。

やはり、釣り合ってなどいない。彼女には価値がある。僕のちっぽけな技能なんかよりも、比較にならないほどの価値がある。

「きっと聖教会の研究は進みます。エウリューケさんの作ったものから貪欲に学んで吸収して、追いつこうと並ぼうとしている人たちがいる」

今日、あそこにいた十数人は少なくともそう思える人間たちだろう。

聖教会が変わるかはわからないし、変えられるとも思えないけれども。

でも、きっと同じように思うのは、あそこにいる人間たちだけじゃない。

満足せずに前に進む。そう願う者がいる。

お前はここにいろ、と聖典に記されているのにも関わらず。

「だからいつかはエウリューケさんの研究に役立つ『何か』を考えてくれる人間が出てくるかもしれない……というのは単なる希望的観測でしょうか?」

その『何か』がどういうものかはわからない。研究なのか、思想なのか、閃きなのか、助言なのか。

だがその『何か』が生まれるかもしれない以上、まだ終わってない。まだ諦めるのには早い。

そしてそれが、多分エウリューケがこの騒動で求めていた全てだ。

「まあ、燃えてしまえば全て終わるんですけどね」

僕は先ほどエウリューケが出した論文の束を手の先で燃やす。綺麗に燃え上がったそれは、火がついたまま風に乗って散っていった。

ソラリックたちがいくら研究しようとも、期限が延びようとも、いつかこの街は焼かれるだろう。病がなくなることはあり得ない。あり得ない……のだが。

「僕が一つ思いついたんですけど」

「なに?」

「末端崩壊症……エウリューケさんはまた別の名前をつけているかもしれませんが、あれ死体にも感染しませんか?」

「するよ」

「ですよね」

エウリューケは恐らくキャリアとして死体を使っている。

先ほど言っていた『工夫』がそうだろう。人間たちもそうだが、死体が運搬する『汚染された肉』は蝿や鼠や野犬などを介してまたどこかに感染する。

今現在渇望症が死体に主に感染しているため、歩く死体が問題になっているのだろうし、死体にも問題なく他の病は感染するのだ。……不死の首は少し困ってしまうけれども。

でも別の致死的な病なら。

「つまり封じ込めてしばらく置いておけば、感染拡大は収まりませんか?」

「ウィヒヒヒヒヒ、そうだよ、とりあえずはね、とりあえずはね」

末端崩壊症も境界融解症も、徐々に身体の性状自体が変化して死亡する病。

キャリア自体は長生き出来ないのだ。死体が長生きというのはちょっとおかしな話だが。

つまりたしかに火は有効かもしれないが、そもそも封じ込めが出来るならばそれで充分なはずなのだ。

というかそもそも、エウリューケは元聖教会の人間。

最終的な火を使っての消毒は知っているはずで。

「それにまさか、……火にも対策を取っていたり?」

するかもしれない、ということはするだろう。彼女ならば。

そう思いつつエウリューケを見れば、僕と並んでから、にんまりと意地悪く笑っていた。

「カラス君は知ってる? 焼いた握り飯の食中毒」

「……どういうことです?」

「とある患者が腹痛で治療院に担ぎ込まれてきましたー。何か悪いものを食べたのだろうと聞き取りをしましたが、しかしおかしなものは見当たりません。朝ご飯は食欲無いから食べてなくて、夕ご飯には握り飯と 玉米(とうもろこし) ! 変わったことといえば、その日の夕ご飯は焼いた握り飯だったってことかな? では何に中ったんだと思う?」

「それはもう答えを言ってしまっているのでは」

「ええ? 本当だ!!」

まじで!? と心底から驚いた表情で、細い三つ編みをぴょんぴょんと揺らす。

しかし、何の問題にもなっていないのだが。

「中ったのはその握り飯。いつもと違って焼いた、というのは理由がいくつか考えられます。玉米を焼いたときについでに焼いたとか」

まあきっとそうではないだろう。エウリューケの言いたいことは。

「玉米ということは季節は夏に近いはず。食欲がない朝に食べなかった握り飯を夜食べることにした。けれども一日放置したわけですし、一応瘴気が残っていないか心配になって、焼いて食べた」

一応聖教会だけではなく、民間にもそういうことは浸透している。

少し悪くなった肉でも、焼けばなんとかなる。そもそも生肉もあまり食べられてないけれども、それこそ火を通さなければお腹を壊すことがあるから、ということで。

「カラス君風にいえば、握り飯からはお腹を壊す微生物とやらがいなくなってるはずなんだよね。だって焼いてるんだもん」

「でも中った」

エウリューケはこくりと頷く。

それはたしか、食中毒の原因の一つ。掌にあった細菌が毒素を産生するもので、その毒素が熱でも失活しないからということだったはずだが。

つまりは。

「もし焼いても、王都の毒は消えませーん!」

病気ではなく毒が残る。そんな街ということに。

「それにね、カラス君から聞いて、小さな生き物について調べたんだけど、あいつらなかなか面白いこともするんだよね」

「面白いこと?」

「藁から取り出した奴で発見したんだけど、熱湯で煮ると動き出す奴らもいる」

……芽胞への熱刺激による活性化。

納豆菌とか顕著だったっけ。

くー!、っとまるで暑い日に何か冷たいものを飲んだときのように、気持ちよさげに声を上げながらエウリューケは全身でそれを表現する。

「そもそも焼いてどうにか出来ると思ってんのが奴らの馬鹿なところ!! 本当見てみたかった! 焼け野原になったところでバッタバッタと人が倒れてくの! 自分たちがやったことがどんだけ無駄だったのか理解した顔!! うわー! 超見てええ!!」

「それはそれは……見てみたかった?」

僕もちょっと見たい。そう思って同意しようとしたが、またエウリューケの言葉に引っかかった。

見てみたかった。それはまるで、見られないことが確定しているような。

動きを止めて、に、とエウリューケは口角を上げる。

「もう一つ見たいもんも出来たんだよね。それはね……」

「それは?」

「それわぁ……聞きたい? 聞きたい?」

「あ、じゃあいいです」

「聞きたがれやこのぼけなす!!」

唾を飛ばすように横から吠えられて、更に肩で脇腹を叩かれる。

少しうざったい、が、それもいつものことと何となく僕は嬉しく思う。

「それで?」

「しゃーねえ、そこまで気になるなら見せてやるよぉ」

見せたかったのだろう。もしくは自慢したかったのだろう。

その両方が混じり合う声を上げて、エウリューケは僕に向けて手を差し出す。

そこには小枝。

先ほどエウリューケが炎の剣と鳥を作り出したもの……かな?

「これは、魔道具……だったらエウリューケさんは使えないので、何かの触媒ですか?」

「これはね、神器。聖教会の奥に安置されてるやつ」

固まる僕。うふふ、と笑いながらエウリューケは小枝を地面に投げ出し踏み折る。

「神器〈生き残りの枝〉の分体。治療院に対して一つあるからまだまだあるよ」

そして折った枝に向かい、両手をかざすとぶちまけるようにしてざらざらと小枝が落ちる。

それぞれ形は違うが数十本もある小枝。まさか、これが全て。

「今聖教会に安置されているのは、あたしが作った模造品。炎の結界以外にゃ何も出来んよ」

「まさか、もう焼却処理は出来ない?」

「出来るわけねーじゃん! なはははは!!」

笑い転げるようにエウリューケはばんばんと自分の腿を叩き、吐ききった息を吸えずに苦しみ出す。

「見たいっしょ? 見たいっしょ!? こうさ、仰々しい意味ねえ儀式みたいのやってさ、みんなが感動しながらそれ見ててさ、それやるぞ! ってなったらなーんも起きないの! 我ながら思いついたときには天才だって思ったね! 徹夜で五十本以上作ってさ! 昼までかかって取り替え終わったの!!」

「それは、また……」

技術の無駄遣い。そう思えてしまうのは僕だけだろうか。

神器と同じような挙動をするもの。魔力を通せば同じように結界を張り、同じように使えるのならば。それはつまり、神器ということで。

分体ということは本体とは違うもので、何かしら本体に従属したなにかなのだろう。しかしその模造品は故に分体とは違うもの。それ自体が本体だ。

つまり今聖教会に安置されているのは、それ一つで国が作れるかもしれない宝物だ。

「ねえカラス君、どうなると思う? みんなポカーンって馬鹿みたいな面晒すのかな? それとも『何してんだよ』って怒り出すのかな、どうなるんだろ、どうなるんだろうね!?」

「それはまた、楽しみで」

「でしょ!?」

同意しつつ、エウリューケはぴょんと跳ねる。

それからまた一歩踏み出し、屋根の縁に足を乗せて呟く。

「……本当、どうなるのかなぁ」

愉悦ではない、高揚が宿る声で。

「エウリューケさん」

「どうしたの改まって」

「この騒動が一段落したら、一緒に来ませんか?」

振り返ったエウリューケに向けて、僕は手を差し出す。

彼女はきょとんとして、その手と僕の顔に視線を往復させた。

「何? 求婚? やっぱり子作りする?」

「違いますね」

今僕が言おうとしたことを全て忘れてしまおうか。

そう思ったが、苦笑してそれをなんとか堪えた。

「ムジカルに土地をもらったんですけど、広すぎるんですよね」

返してもいい、とグラーヴェは言っていたが、しかし返すのも何となく癪だ。

もらって驚いた。僕が与えられた土地は、この王都が二つほど入る大きな場所。もはやちょっとした領地といえるほどの。砂賊などに住み着かれても困るし、野生動物が入り込むこともあるだろうしで定期的に誰かの巡回が必要なほどの。

管理、というほどのことではないがせめて、信頼出来る誰かにしばらく占有してもらいたいほどの。

「空にしておくのも問題ですし、僕らが空けている間住んでおいてもらえませんか。それと砂漠だと妻が住みづらいので、緑化しておいてもらえると助かります」

「なんじゃその変な理由!!」

地団駄を踏むようにして、エウリューケは僕の手を払いのける。

まあ変な理由だし、それに冗談だ。

頬を膨らませるエウリューケを見て僕は笑いながら、また手を差し出す。

「変なのはお互い様で……それに、そこにいてもらえれば、僕は心配しなくて済むので」

「なんだいその勝手な理由は」

「そうですね」

今度は払いのけずに、エウリューケは腕を組んでぷいと外を向く。

僕は腕を下ろす。

これだけ元気が出ているのならば、きっと大丈夫だろうと安心しつつ。

烏も鳴かない静かな空を、僕らは二人で並んで眺める。

「カラス君さ、でっかくなった?」

「そうですか?」

「前にこの王都で会ったときは、子供みたいに小っちゃかったのにね」

「それは言い過ぎでは」

僕はそうかな、と思いつつも外套を伸ばして見る。

丈はあまり変わっていないようにも見えたが……成長期だ。変わっているかもしれない。

「伸びる年頃ですし、伸びててもおかしくはないですね」

そもそも僕の肉体年齢は十代中盤から後半。まだまだ伸び盛りだ。……今は多少低い方に入っていても。

「カラス君は、成長しちゃうんだね。そのうちお爺ちゃんになっちゃうかも」

「そうなりますかね」

僕は隣を見る。

エウリューケが何歳かは詳しく知らないが、今のところは少し年上に見えるだろうか。

……いや、今のところでも大分わからない。多分二十前後の年上にも年下にも見える不思議な女性。

彼女はたとえば十年後、どのような見た目なのだろうか。今と変わらない女性なのだろうか。わからないけれども。

僕は老人になれるかどうかはわからない。僕は魔法使いだ。成長曲線が大分歪な。

だがもしも、そうなったときには。

僕が大人になれたときには。

きっと目の前には、同じ年頃の女性がいるはずだ。いてほしい。

「だから今日の日はお別れ。永遠の美少女のあたしとは」

エウリューケは屋根の縁に足をかける。勇ましく、前屈みに。

「やい! 全ての人間ども!! 耳かっぽじってよく聞けよ!!」

誰も聞いていないだろうに。木霊すらせずに大きな声が消えてゆく

「今日が終わりじゃないからな! あたしは必ずやってくる! もっとやばいもん持って戻ってくっからな!!」

まるで誰かの代弁をするように。

この静かな王都に似つかわしくないよく響く声で。

「言い訳は聞かねーからな! 参りましたも許さないからな!!! 待ってろよ!!!」

誰も答えない街。遠くで野犬が返事をするように代わりに吠えた。

エウリューケはくるりと回ってこちらを見る。

「じゃあね、カラス君。また会お。次見たとき身長変わってなかったら笑ってやるわいな」

「では二倍ぐらいに伸ばしときます」

「やれるもんならやってみろって」

うぃひひひ、と一声忍び笑いをして、エウリューケは透き通るように消える。

夕日に紛れるように。雲の隙間に入ったように。

もうここにはいないだろう。彼女の転移魔術は僕の感知範囲を軽く超える。

それを見送り、僕は深呼吸をしてから街を見た。

死体の歩く街。きっとしばらくをすればここには人間がまた戻ってくるだろうことを予感しつつ。

病などに負けはしない。災害などに負けはしない。

人間たちは必ずそれに対し何かしらを考えて、自らの身を守るべく工夫を重ねてしまう。

予感する。

ソラリックたちはエウリューケに勝利するだろう。

彼らの創意工夫はいつかはこの街から病を追い払う。

まるで一個の命のように、力を合わせて生き残る。

エウリューケ一人ではきっと敵わない。僕一人でも同じこと。きっと滅ぼせることはない。

それほどまでに人間は強い。

創意工夫は彼らの武器。魔法使いの魔法に勝る唯一の武器。

しぶとく厄介で、賢しいものだ。

それが僕と、エウリューケが目を眩ませる強さ。

「……終わったことだし、帰るかな」

夕日が眩しい。

呟くと同時に、先ほど燃やした論文の残骸が舞い上がり、僕は目を瞑った。