軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

駄々

「あっれぇ~? おっひさーっ!」

「どうも」

街一つを死者の街に変える。そんな大それたことをしたのだから、何か変わっているのかと思ったが、そうではなかったようだ。

エウリューケは街をただ歩いていた。まるで散歩をするように。

そして僕を見ると、元気に腕を大きく振った。

削れて傷んだ石畳の街。

近くにはうーうーと涎を垂らしながら歩く腐乱死体。また、食物のあった『痕』を嗅ぎ回って鼻先で地面をぐりぐりと擦っているような野犬の死体。感染している鼠もいたかな。

火の消えたような街には人っ子一人おらず、その代わりに嫌な臭いがする。

血の臭いはまだいいが、恐らく人の分泌液の独特の臭い。腐敗臭はもとより、誰かの肌が破けて漏れ出した体液のような、膿のような臭いがふわふわと漂う。

呻き声はするが、おそらくそれももはや生者ではないのだろう。生者ならば、それを聞きつけた死者が殺到するように集まってゆくのだから。

人はいない。

人だけではない。街には、生きている生物自体が。

鳥すらも怖がって近寄らないのだから仕方がない。

僕が周囲の偵察を頼んでも、頑として首を縦には振ってくれなかった。首を振る習慣が鳥には元々ないのだが。

元気よく片手を上げて、まるで久しぶりの友人に会ったかのようにエウリューケは笑顔を見せる。

僕はそれを見て、なんとなく安心するような気持ちになれたのが不思議だった。

僕は立ち止まる。その大分向こう側で、エウリューケも。

首を傾げる代わりに身体を屈め、身体全体で彼女は表現する。

「あれぇ? カラス君はこの国に立ち入れないんじゃなかったの?」

「別にばれなければ問題ないでしょう?」

「そうね、そうね」

うぃひひ、とエウリューケは笑う。

僕はそこから視線を外し、改めて街を見回した。

いつもの街だ。腐乱死体が動き回っていて、人の気配が治療院にしかない以外は、本当にいつもの。

破壊されている、とか、死体が転がっている、とか、荒れている風ではない。けれどこれから、きっと荒らされるはずの街へ。

「で、何しに来たの?」

「エウリューケさんの様子を見に」

「へー」

空返事をするような返事だが、その言葉に笑みが強くなった、というのは本心だろうか。

わからず僕はただ誤魔化すように周囲から視線を彼女に戻さなかった。

「……それでこれは、やっぱりエウリューケさんが?」

「やっぱりってなにさ」

「病を蔓延させて都市機能を麻痺させる。それが出来る人間は、僕は一人しか知らないので」

この街に来て、やはりと思った。

患者を見て、もう間違いないと思った。

僕が全ての病を知っているとは言わない。

しかし、やはり知らない病だ。衝撃的で、どこか『ふざけているのか』と嘆きたいくらいの症状が出る酷いもの。

人の身体が人の身体から生えてくる。身体が蕩けてゆく。粉のように乾いてゆく。人格を変え、恐怖を感染させ、心を奪い去る病たち。

一つ程度ならば、急に現れてもおかしくはない。二つもまあ、……ないわけではない。

けれども病魔災害と名付けられるほどの早さで、二十ほどに迫る数の病が突然蔓延する。そんな事態は何かをきっかけにしなければ起こらないだろうし、その『何か』は誰かだろうし、そして引き起こせる『誰か』もそうそういない。

仮に僕がその気になってやろうとしても、きっと一つか二つが精々だ。

それでも確証はない。

根拠は僕の印象と、『青い髪の女』という曖昧などこにでもいる女性を指す証言だけ。

僕は問うたが、エウリューケは楽しむように僕を見つめている。まだ黙って、何も言わず。

別に彼女がどう答えようとも構わない。

これを彼女がやったとしても、僕は別に構わない。死んでいくのは王都の人間だ。知らない名前の知らない顔の人間たち。どこか遠くの国で知らない誰かが死ぬのと変わらない。

そして、やっていないと言うのならば信じよう。何の根拠もなくとも、無条件で僕は。

どちらを口にするのだろう。

そう期待するように彼女の唇に目を戻した僕。

それから数瞬の後。埃が舞うようなちりちりとした感触を帯びた空気の中で。

また彼女は口を開いた。

「そうだよ。あたしがやった」

だからぁ? とにんまりと笑う彼女に対し、僕は「そうですか」と答えた。

一歩、エウリューケが僕に近づいてくる。

踏み出した足に体重を乗せずに、まるでスケートでもするように。

「で、カラス君は何しに来たん?」

揺れる髪の毛の束は、天真爛漫、という形容詞が似合っているだろうに。

「さっきも言いましたけど、エウリューケさんの顔も見れましたし、あとは別に何も、というところでしょうか。一応助けを求められたもので」

「助け……って、あれかい。カラス君が作ったって薬のこと?」

「それもその一環ですね。ここまでになっているとは思っていませんでしたが」

僕は改めて街を見回す。

疫病の流行る街だ。閑散としているか、患者に溢れた街にはなっていると思っていた。この街に足を踏み入れるまでは、その程度だと思っていた。

人々が治療院に縋るように駆け込み、残った人々は家の中で病を恐れて暮らす。その程度であると。

だが、街がまさか焼かれる瀬戸際だったとは。

「あたしもあれは驚きだったよ。まさか手紙見ただけで作るなんて。試験結果まだ出てなかったけど、多分効果あるよ、あれ」

「そうなんですか?」

「うん。調合表見て驚いちゃった。さすがあたしの一番弟子」

エウリューケは腕を組んでふんすと鼻を鳴らす。

いつも通りの様子で、本当にこんなことをした風には見えないけれど。

「ではその一番弟子に教えてくれませんかね」

「お? 否定しないんけ? ついにあたしの魅力に屈服しちゃった?」

「してませんけど」

「そういえば魅力と言ったら結婚したんだってね! おめでとーね!!」

「ありがとうございます」

話をはぐらかされそうになり、僕はお礼を言いつつもエウリューケのことをじっと見つめる。

その視線には、拍手をしていたエウリューケも居心地悪そうに目を逸らした。

「それで、何でです?」

「何って何が?」

「何故こんなことを?」

「……んー」

意外なことを、とでも言うようにエウリューケは恥ずかしげに笑い、頭を掻いて首を捻る。

「行き詰まっちゃったから、かな」

言ってから髪の毛までを萎れさせるように肩を落とし、「このあたしが」と一言添えた。

沈黙が流れて、その沈黙をどこかで叫び声が埋める。

エウリューケは少しだけ俯いたまま、口元だけを自嘲するように歪めた。

「ねえねえ。カラス君ってさ、この病気をどうにかするために来たんでしょ?」

「どうにか出来る気はしませんが、助力が必要なら」

「じゃああたしの敵だよね」

僕はその言葉に、そうじゃない、と反射的に答えそうになった。

けれども彼女自身、それは望んでいないように見えて、かろうじて無言を保った。

「素直に答える気はないから、止めてみてくれないかな」

瞬間、エウリューケの周囲が揺らめくようにして歪み、何者かの腕が、身体がいくつも見える。

八……九人の男女。体毛は見えず、服も着ず。

その現れた血色の悪い裸の人間たちは、無言のまま僕に飛びかかってきて、避けた拳の一つが勢い余って地面を叩いて揺らした。

避けた僕は一歩下がる。けれどもほんのその一瞬目を離した隙に、エウリューケは立っていた場所におらず、そして気配は真後ろに。多分手を伸ばして。

「《爆炎》《毒炎》《爆炎》!!!」

彼女の声が響くと同時に、視界の中が橙と轟音に染まり、煙と粉塵と炎が僕の障壁越しに全てを塞いだ。

更には。

「…………っ」

音からすると、近くにあった木と石の建物が砕け、吹き飛ぶように僕に殺到してきた。

瓦礫が僕に襲いかかってくる。

同時にまた響いたのは、打撃音。先ほどの裸の人間が一人、両手で僕の障壁を殴る音。

驚いたのが、僕の障壁が溶けるように歪んだ。そして次の瞬間には僕の身体まで攻撃が到達する。つまり、闘気を帯びている攻撃。

更に受けた僕の腕が軋む。それも特殊な効果で、というわけではない。裸の人間の単純な膂力で、だ。

煙が晴れる。探せばエウリューケは隣の建物の上にいた。僕を見下ろすように。

僕は挑発するように口を開く。

「力持ちの方々らしいですが、この程度で僕をどうにかしようとでも?」

「どうかなー! 一応あたしの傑作なんだけど……お?」

エウリューケが言葉を終えるまでに、僕は手刀と蹴りでその全員の首をへし折り終わる。

肉体には闘気を帯びている。だが瞳に知性のようなものも見えず、きっとそもそも知性を持たないのだろう。エウリューケから微かな魔力波を感じるし、彼らはそれに連動して動いているように見える。

一人の首を捕まえて、中に魔力を通して覗けば、中が見えない。返ってくるのは内部構造ではなく何かしらの信号のような歪み。

……この反応、覚えがある。神器〈運命の輪〉と同じ。

つまり脳の中にあるのは、魔法陣か、神器。

「……この身体は『死体の再構成』ですか。それを魔法陣で操ってる」

もしくは人面疽の育ったもの。どちらにせよ、彼女が作った身体だろう。一種の人造人間だ。そんなもの、前世で見た空想小説の世界の話だと思っていたのだが。

よく見れば首を境目に、頭部と身体の肌の色がわずかに違う。エウリューケの指令を受ける頭部は、魔力を阻害しないように闘気を産生しないようにでもなっているらしい。認識阻害をかけていたのか、もしくはここに転移させたのかはわからないが、先ほどまで見えなかったということは恐らく闘気の賦活も鎮静も任意なのだろうが。

「正解! でもつまんねーの、もっと驚けや」

「でしたら動かせる数に限界がありそうですね」

僕は掴んでいた人造人間を投げ捨てる。力の入っていない身体がべちゃりと地面に落ちる。

この前アリエル様に聞いた。夥しい数の折り紙をオトフシは動かしているが、それは一種の異能なのだと。通常の古来魔術師では、何かしらの遠隔操作は二つが精々だと。

古来魔術と新魔術の違いで数が変わるのかはわからない。だが今エウリューケが行った人造人間の操作は九つ。限界かどうかはわからないが、それでも常軌を逸した数には違いない。

やはり凄い、と僕は内心褒め称え。

「察しが良い」

そして、油断していた。

障壁を僅かに歪めるようにまた衝撃が走る。障壁の中に突き入れるようにして、外側にあった僕の腕を誰かが掴む。見れば、僕の右腕を押さえているのは二人。それはまた新たな人造人間のもので……。

「あたしも十一が限界かな!!」

「…………」

さすが。何度目かの感嘆を内心吐きつつ、僕は捕まれた右腕を動かして、強引に人造人間たちの体勢を崩し、順次首を折る。

だが。

僕の腕を握る力は緩まない。

ならばもう一度、と力を入れ直して首を左手刀で両断するが、それでも。

頭部を失った人造人間は、血の一滴も流さずに僕の腕に縋り付いている。振り払えない膂力に僕の腕の骨が軋む。

血を流さない首の断面から、血ではない臭いがする。

これは、火薬の。

「そんでもって、脳が頭にあると決まったもんでねえな!!」

「…………っ!!」

僕の腕を掴んでいる人造人間の手首を手刀で切断する。

それから思い切りエウリューケめがけて彼らを蹴り飛ばせば、二つの胴体が空中で破裂し緑色の炎がぼわりと広がった。

ぱらぱらと破片が落ちてくる。

破片というよりは、火薬を包んでいた紙の燃え滓だろう。緑色だった炎の特異な効果だろうか、人体は容易く燃え尽きてしまったようで、少々の肉片しか降ってこなかった。

見返した僕を見て、エウリューケは唇を尖らせる。

「でー、あたしが作った毒三種もまだ広めてない病気五種も効果なし。やんなっちゃうね、魔法使いってやつぁ」

「ですから、やめませんか。僕は別に止める気もないので」

僕がエウリューケを、たとえば叩きのめして止める気などは特にない。エウリューケの扱う毒や病原菌はほとんど僕には効果が無い。たとえ調和水をばらまかれようとも、僕にとってはそれだけならばほとんど無害だ。混沌湯は魔力を失活させる効果故に、エウリューケも転移は多分させられない。

お互いに手詰まり。ほとんど無駄な戦いだろう。

「ええー? 止めてよー!」

「何故ですか?」

「だって、遊びてーじゃん、もっとさ」

袂からエウリューケが取り出したのは、……なんだろう、掌に収まる程度の小枝?

掲げるようにしてその小枝を振りかざすと、エウリューケの手を中心に爆炎が広がり、集まり、出来上がったのは大剣のような炎。それも普通の炎ではない。白熱した硬質の金属のような質感で、振るっただけで鞭のようにそれが伸びて、一歩下がった僕の足下の石畳が、赤熱するように切断された。

「……これじゃつまんないな。えーと」

そして悩むように人差し指を自身のこめかみに当ててから、辿々しく何かを唱える。

「『火よ。邪なる者を退けよ。汚れたる者を浄化せよ。腐敗を遠ざけ蝕みを拒む火を、授けたりし我らが主の御名において』」

棒読みの祝詞。けれどもそれに反応したように、火の剣からシャボン玉のようなものがふわふわと無数に放出される。橙色のシャボン玉。明らかに普通のものではないけれども。

降り注ぐシャボン玉。雨よりも遅く、間隔も広いそれは普通に歩けば回避も出来そうなもの。

とりあえずエウリューケに肉薄しようか。僕はそう考えて、後ろにあった無事な建物を足場にと小さく後ろへ飛ぶ、が……。

に、とエウリューケが笑う。

シャボン玉が弾けるようにして爆炎を放ち、横向きの竜巻のように収束する。その渦から現れたのは、羽全長が僕の視界に収まらない巨大な鳥。全てが炎で出来ているような。

「…………っ!」

とっさに障壁を張る。耐熱障壁。焦熱鬼の炎にも耐えたはずのその内部を、一瞬で灼熱に変えて鳥が僕を通り越して飛んで行く。

振り返れば、焼けて溶けた家屋群。翼の下には爆撃するような小型の炎がいくつも撒き散らかされ、焼け野原ともいうべき瓦礫にいくつもの火事を発生させていた。

念動力で空中に作った臨時の足場をいくつか跳んで、僕はエウリューケのいる家屋の並びに着地する。ここも火はついてしまっているが。

外套や着ている服から煙が少しだけ立ち上り、焦げた臭いがする。今の一瞬で汗だくになったせいで、後ろ髪と首の間が気持ち悪い。

と、思った瞬間に、足下が爆ぜて僕は飛ばされた。

「……った……!?」

足が砕けたような衝撃。空中で逆さになりながら確認すれば、家屋の屋根が中から吹き飛んでいる。火薬か、それとも魔術か。その指向性と威力からすると魔術だと思うが、火薬ではないとも言い切れない。

とりあえずその正体はわからないまでも、驚愕をしつつエウリューケを見れば、……やはり彼女はいたずら気味に笑っていた。どうだ、と胸を張るように。

その様子に、僕の中で何か違う感情が浮かんだ。面倒だ、でもないし、嫌だ、でもないけれど。

落下を止めずにそのまま頭から僕は落ちてゆく。

そしてエウリューケのいる家屋の屋上とすれ違うその前に。

手を伸ばし、飛ばすのは僕の魔力波。

創造するのは、熱波。

じゅ、と焼けた鉄を水につけたような音がした。