軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔術師

石像の怪物が、二人に向けて飛来する。

三つ叉の細い槍を掲げ、羽を閃かせ突撃するように。

「あらまあ」

棍を手に身構えたエーミール。だが、それよりも堅固なものが怪物の前に立ち塞がった。

石像の怪物の前、エーミールと彼らの間に割って入ったのは、拳大程度に丸まった半透明の何か。

半透明の球体が結晶のように広がり、石像の怪物を飲み込むように滑らかに曲がって包み込む。

「キキ、ありがとう」

まるで半透明の何かが、石の怪物を身体全体で食らうように。

石が砕けるような悲鳴を上げて、石像の怪物は半透明の液体とも気体とも言えぬ流体の中で苦しみもだえて消えてゆく。

礼を述べたクロエにむけて、キュウ、と一声鳴いて、精霊はまた変化する。丸まり拳大のアメフラシのような形に変化し、クロエの裾を駆け上り、肩を経由し手の先に収まった。

「それで、私はどうすれば?」

「とにかく出来るだけ、化け物どもの数を減らしてほしい。重点的に西を、手が空いたら東へ押してってくれ。逃げ遅れた人間は無視して構わない、うちの奴らが何とかする」

状況は厳しい。東から襲来し続けている怪物達は、その東に残っていた民間人をのべつ幕無しに無差別に襲っている。

既に東半分は制圧されたといってもいい。実際には相当な人間が生き残っているし、部下の聖騎士や、彼らに指揮される騎士や衛兵達が奮闘しているものの、もはや無駄な努力と言ってもいいだろう。

もはやこのミールマンは火が点けられた藁の山のようなもの。東の端に着火した火が燃え広がるように、じきに怪物は西側へと辿り着くだろう。

ならば今できる現実的な方策としては、まだ生き残りの目がある西側を確実に守り、かつ東側は出来るだけ救うこと。

くす、と楽しげにクロエは笑う。瞑られたままの目尻を下げて。

「おかしなものですね。私にお誂え向きの仕事なんて」

「出来過ぎだと思うか?」

クロエの笑みに合わせるように、エーミールもへらりと笑う。誤魔化すようなその笑みはいつもの癖だったが、盲目のクロエには通じないだろうとも思いつつもやめなかった。

「ええ。まるで、未来を読んでいたみたい」

噂通り、とクロエは言外に付け足した。

エーミール・マグナの二つ名、〈魔術師〉。その名前に込められたいくつかの意味のうちの一つは、まるで魔術師のように未来を読んでいる、ということ。

それを感じ取り、エーミールが眉を顰める。

「人間、一瞬先に死ぬかもしんねえんだ。未来なんか読めるわけねーよ」

エーミールは棍を担ぎ直して先を見る。

黒眼鏡越しの視線の先、城壁の向こうに見えてきた木々、その根が張る丘。

「だから急いでくれ。俺がこの街を見捨てる決断をする前に」

「……仰せのままに」

黒眼鏡と瞑目、視線を交わさずに二人は互いに背を向け合う。

悲鳴と雄叫びと笑い声が満ちる建物の下、道に目を向けることもなく。

エーミールは軽功で跳び、更に東へ。自分は火元を消さなければ。

クロエは西へ。「キキ」と一声精霊に命令を発し、呼ばれた精霊は蛞蝓のような形に変化し、掬い上げるようにしてクロエの身体を空へと運んでいった。

「ブーバ」

しばらく飛んだ町の東。既に疎らに怪物達は姿を見せているのだろう。空飛ぶ蛞蝓から睥睨するように、クロエはその見えない視界で街を見下ろす。

目が見えぬのが残念だ、と思う。今目の前には、きっと『温かな光景』が広がっているのだろうから。

ブーバと呼ばれた精霊は、クロエの呼びかけに応えて虚空から身体の色を濃くしてみせる。

短い触手がびっしりと顔から生えた蛇。目も口もない。魚のような質感で鱗はなく、ただしその身体はやはり透けていた。

クロエはその気配を受け取ると、うんと頷いて眼下を見下ろす。

「みんな壊すの。出来るわよね?」

頷く代わりにブーバは触手の根元、首元を竦めてもう一度伸ばす。うねうねと伸びるのは数百の触手。

触手の一本一本が解けるようにまた細い触手へと変わり、その根元でぷつりと切れた。

まるで死体に蛆が群がるように。

空に半透明の触手がばらまかれてにょろにょろと蠢く。尺取り虫のように進む彼らは空を泳ぐ。

ある一匹が、鎌首を擡げて勢いをつけるように身を縮める。それを皮切りに、同じようにほとんど全ての触手が、 発条(ばね) が揺れるような音と共に弾みをつけた。

弾みのままに、彼らは下向きに跳ぶ。

それぞれが、それぞれ目をつけた悪夢の怪物の下へ。

街の中、死体を頬と地面の間に挟み、こすりつけて血の落書きをしていた中年男性の顔の怪物。人間大の頭部だけの化け物。顔の穴全てから乱雑に指の束が生え、自らでもそれをすり潰し噛み砕くという奇妙な動きをする悪夢の怪物だ。

その顔の怪物が、飛来する何かに気がついて上を向く。

まるで雨粒が当たるように、その目の下に水滴が当たる音が響いた。

次の瞬間のことだ。

皮下に潜り込んだ触手が爆発的に増殖する。

「ぽっ……げっ!!」

顔の怪物の皮下がうねる。にらめっこをするように表情が変わるのは彼の意思ではない。

震えるように波打つ皮膚から、弾けるようにして数十本の触手が力強く突き出し、石畳や壁に先端を突き刺してゆく。

まるで皮の袋を内部から突き崩すように、顔が弾ける。

粉のようなものを散らしながら消え去る悪夢。残るのは、半透明で巨大な海星のような生物だった。

同様の事象が連鎖的に起きてゆく。

石の怪物が砕けてゆく。裸の怪物が解体されてゆく。

いくつか目標に到達できなかった触手はそのまま石畳の上で照れるようにしてくねり、その顔を赤くしていた。

上空、裾を風に靡かせて、クロエはその戦果を肌で感じる。

いくつも敵は倒せたらしい。歓喜が精霊達から伝わってくる。成長した触手達はまだ近くにいる悪夢の怪物を自ら察知し、また弾けて棘のような子触手を飛ばしていた。

「お疲れ様。でも、まだまだよ」

手元にいたブーバを労うようにクロエは撫でる。

すり寄るように身を揺らすブーバはぬめぬめとして冷たく、その姿が見えぬクロエに『そこにいる』ことを感じさせた。

クロエの使役する精霊、ブーバとキキ。

通常クロエの帽子に収まっている彼らは、ブーバは顔面を触手にまみれた蛇、キキは兎とアメフラシの中間のような姿を取る。更に必要とあらば彼らは姿を自由自在に変化させる。共通して、表面に油膜が張ったような半透明の白色をしているが、それ以外に決まった形も大きさもない。

多くの者が、クロエすらも知らないことだが、精霊は魔物ではなくましてや生物ですらない。

自然界に生息しないはずの架空の存在だ。

そこにはいない生物。存在しない生物。

彼らは存在を持たないからこそ、どのような存在にもなれる。

「よろしくね」

クロエの言葉に応え、任せろ! とブーバはいきり立つように震える。

それから蛇は空を泳いで駆けてゆく。

主の、半身の、もしくは分身の願いを叶えるために。

(これで悪夢の怪物対策は出来てるから……)

トリステへの進軍を再開し、エーミールは軽功で跳びつつまた思考を再開する。

侵攻している化け物達はしばらくすれば東へと追いやられるだろう。もしくはそこまでいかずとも、西への侵入は止まるだろう。大軍勢には大軍勢を、魔法には魔法を、と方策はおそらく間違っていないと感じる。

現在出来るのは、やはり民間人の避難。クロエが確保した安全域に、部下の聖騎士達を使って民間人を強制的に 避難(拉致) させる。

怪物達の存在も都合は悪くはない。彼らは人間を苦しめるためだろう、印象よりも侵攻速度はそう早くなく、そしてその様を見た人間達は自主的に 避難(逃走) を始めている。

(一班にはクロエの補助でもさせた方がいいか? ……や、余計な手出しはしない方がいいか)

これから起きそうな問題としては、クロエ・ゴーティエの性向による味方への被害。

魔法使いらしく独自の世界を持つ彼女。おそらく民間人はまだしも騎士団への配慮はしまい。なにせ、怪物達は血が出ない。

向かってきた石の怪物の頭を思い切り踏みつけるように足場にし、蹴り砕く。背後で石の怪物がまた一頭消えていった。

眼下に見えた裸の怪物の群れ。

それとそこに落ちている衛兵の死体。ちらりと見えた彼らに向かい、身を翻してエーミールは下へと向かう。

「……よ!!」

着地と同時に棍を振り、裸の怪物の首を飛ばす。怪物達はゲラゲラと笑いながら消えてゆく。

鋭利な刃がない棍棒でも、彼にかかれば刃のある武器と変わらない。

首を折られて転がっている衛兵の死体。

鼻と口から血を流し、目は虚ろに空を見つめる。

エーミールはその衛兵の死体を見つめて考える。

(問題は、これがトリステを始末すれば解決する問題なのかってことなんだが……)

今現在、街には怪物が溢れている。

だがその怪物達は、トリステが死ねばどうなるだろうか。

一番ありがたいのが、幻のように消え去ること。この怪物達は〈眠り姫〉トリステ・スモルツァンドが自身の頭の中に飼い、必要とあらば召喚する悪夢なのだという。ならばその宿主たるトリステが死ねば消える、というのは道理だ。

だがもしも、トリステを排除しても消えなかったら。

一応、その場合は現在のような際限のない怪物の襲来ではない。増えることもない悪夢達を始末するのは、時間が掛かるが可能だろう。クロエの協力もあれば更に容易く。

しかし、エーミールが憂慮しているのはそれではない。

(……動かしとくか)

まだトリステは遙か向こうで、怪物達は街に溢れている。猶予はないが、それでもこれは解決しておかなければ。

エーミールは黒眼鏡の表に炎を映しつつ、銀の笛を手に取り吹く。

その内容は考えつつ、確信もなく。

(どういうことだ)

悪夢が跋扈する街の中、その路地裏の陰で、男女が三人、警戒のため周囲の音に耳を澄ませていた。

「追い込まれた……のか?」

「どうやらそうみたいね」

周囲に響く悪夢の笑い声と悲鳴と怒号と肉の裂ける音。

だがその中に混じり、三人は足音を聞いた。この戦場に似つかわしくない静かな足音。悪夢の駆除や民間人の避難のための足音とは全く違うものを。

話す声は潜めずともよい。だが無意識に三人は潜めてしまっていた。隠れる身、もしくは見つかってはいけない身として。

彼らが目立つ格好をしているというわけではない。市井に紛れ込むための質素な衣服はミールマン、もしくはエッセンの街の人間として相応しく、誰が見ても違和感など覚えないだろう。

三人共が、誰も彼も目立つわけではない。どれも生国ムジカルの人間の顔ではなく、エッセンの人間としてなんの変哲のない平均的な顔だ。

ラルゴが選別し、送り込んできていた直属兵の三人。

戦前に度々送り込まれていた魔法使いの小隊を陽動とし、怪しまれぬよう一人ずつ商人としてこの街に潜入した手練れの者たちだった。

トリステの侵攻は、眠りについての《悪夢》を使った場合酷く大雑把なものとなる。

近くにいた人間は死に絶える。家畜は屠殺よりもむごいことになる。建物は悪夢達によって無秩序に破壊され、作り替えられてしまうことすらもあった。

そういった、破壊や殺戮という目的は遂げられるかもしれないが、占領という行為を行うことは難しい。故に彼女の場合、後続の部隊が来るまで無人となった都を占拠し待つ、というのが基本の行動である。

悪夢にはトリステすら指示を出せない。意識のない彼女が出来ることといえば、彼らを召喚するだけのこと。怪物達の集団行動としては、精々が彼ら悪夢の住人達が独自に考え、警戒してエーミールのような『夢を終わらせようとする者』を排除にかかる程度だ。

そんな彼女の補佐のため、アルペッジョ以外を側に置かない彼女にすら秘密裏で、送り込まれた精鋭部隊。

騒ぎに乗じて敵の戦力を減らし、また仮にトリステが負けたならば、トリステとの戦いで傷ついているだろうエーミール・マグナを討伐するための予備戦力。

そんな彼らは今、ミールマンの路地裏で奇妙な雰囲気に立ち往生していた。

「見つかってはいないんだろう?」

「そのはずなんだけど」

おかしい。明らかに、聖騎士の動きがある時から変わった。

彼らは悪夢から自衛しながらも、悪夢の仕業に見せかけて衛兵や騎士達の数を減らしてきた。出来れば聖騎士も減らしたいと思いつつも、組織だち連携を密にする聖騎士の動きに手出しできないことに歯噛みしながら。

だが、どこからか、その聖騎士のうち、数人の動きがおかしなことになった。

誰かを探している。それも救出のためではなく、悪夢の怪物とは別の、敵性の何かを探しているような。

明らかに、何者かの侵入に気がついている。

追われているわけではない。だが、監視されているような不快な気配。

行く先々で聖騎士と遭遇しそうになり、逃げ込むように路地裏に身を潜めたが、その警戒網は徐々に狭まっている気がする。

「俺は一度避難民に紛れ込むことを提案する」

「いいの? 一度この街から離れることになるわ」

「追い込まれてる今よりましだ」

口々に提案が飛び交う。三人とも、戦闘行動を控えるのは共通意見だ。

しかし男二人はこの街から一時離れることを提案し、女はこの街で身を潜める案を出す。

多数決ならこの街から離れる意見が優勢だ。

女も自身の意見をそこまで強く主張する気はない。

故にそこで話し合いは早期終結を見て、三人共に頷きあった。

その時だった。

一人の男の頭が瓜のように砕けたのは。

「……っ!?」

残った二人の男女は揃って、頭が弾けた男の後ろ、ある方向を見る。

そしてそこにいた男を見つける。路地の中、一つ張り出した 広縁(ベランダ) に立つ一人の男を。気配はしていなかった。今の今まで気がつかなかった。

遠く、十歩以上離れた距離で、棍を携え立つ男。

「やっぱりいた」

エーミールは一つ呟き、銀の笛を取る。

『戻っていい』と、別動させた部下達へ伝えるために。

気を取り直した女が両手を胸の前にかざし、戦意がない顔を慌てて作る。

「ま、待って!! 助けて!! 私たち化け物に襲われてここまで逃げてきたのよ!?」

「嘘つけ」

建物の壁を使い、エーミールは斜め下に飛び降りる。

女が反応出来る間もなく突き出された棍の端は、刃なくともエーミールの槍術で刃を持つ。女の身体を容易く貫通し、背骨を割って背中から飛び出した。

「ならなんでその小刀は血がついてんだ?」

「ご……ぼ……」

女の手、その甲側から隠していた小刀が転げ落ちる。

棍を抜く手間を省くように女を蹴って突き飛ばせば、血の飛沫がその軌跡を作った。

「……どうして俺たちの存在を……」

残った男は腰の剣を抜きつつ呟く。

どうしてここが。どうして今。どうして、どうして、と困惑を片付けるように。

エーミールは口元を緩めて笑みを浮かべる。舌を出すように、それでも出さずに。

「さぁてな」

「…………っ」

笑うエーミールに向けて、男は諸刃の剣で突く。

白刃の軌跡は無色透明。それは神速の剣の証。

僅かに足を引き、エーミールはそれを躱した。

その程度は見えている。

問題は。

ガチン、と金属を打ち合わせる音が路地裏に響いた。

打ち鳴らした片方は棍。しかし片方は剣ではなく、男の靴。そこに補強された金属による。

(純粋な剣術じゃねえな。蹴りも入る独自のもんか……)

もしくはどこかの国で研鑽されてきた武術か。円武ではない、が、その熟練した技量をエーミールは警戒し、棍で防ぐことに成功していた。

男ももう一つ蹴りを入れつつ、エーミールのまだ見ぬ力に警戒をする。

(隙があれば逃げられるか。しかし、奴にはなにかしらの遠距離攻撃がある)

思い浮かべるのは、エーミールが現れた当初のこと。

仲間が一人、正体不明の攻撃で頭を砕かれて倒れた。その時確かにエーミールは、離れた広縁の上にいたはずなのに。

そして考えつつも、無表情でエーミールが繰り出す攻撃に対応しきれず苦悶の表情を浮かべた。

(これは……棒術ではない……!?)

男もラルゴの直属兵。一部を除き、直属兵はムジカルでは千人長と並び腕の立つとされている者たちである。

だがエーミールの攻撃に対応できず、違和感が動きを僅かに遅らせ、その僅かな遅れが攻撃を捌くことを許さない。

その原因にはすぐに思い至った。

エーミール・マグナが操っているのは棍である。刃もなく持ち手もない、ただの金属製の真っ直ぐの棒。

故に、男は棒術だと構えていた。エーミールの棒術、もしくは杖術を捌くように、と。

だがこれは違う。

刃はない、しかしこの動きは、棒術ではなくまさしく。

(槍か……!!)

槍術と棒術。それは同じ長物を扱う技術ではあるが、似て非なる技術だ。

槍のつもりで棒術使いを相手にすれば、もしくは棒のつもりで槍術使いを相手にすれば、違和感は免れない。

故にその棍を捌けないのだ、と男は思ったが……。

しかしそれでも。

(……違う……?)

槍だ、と思った。

けれども槍ではない。その使い方はいつのまにか、持ち手以外を除いた武器全体に刃がついたものを想定しているように変化しているようで、……これは、剣術だろうか。

戸惑い、刃を棍に合わせて息を整える。

忸怩たる思いだった。男はラルゴ直属兵。けれども、五英将イグアル・ローコにも勝てると自負していたのに。

「お前は……なんだ?」

「何だっつわれてもなぁ?」

振り払うように、棍を使った投げのように剣ごと男を横向きに薙ぎ倒す。受け身代わりに下段を刈る蹴りが男から振るわれたが、エーミールはそれを棍を回転させて弾いた。

もういい。

(やっぱ三人だけか)

起き上がり、間合いの僅か外側で剣を構えた男を見て、エーミールはそう思った。

やはりこの街にトリステ以外のムジカル兵が来ていた。

『少人数での侵攻』自体は想定と同じく、やはり正しいのだろう。しかし、『五英将が来た』という事実は、『他に誰も来ない』という事実とは連動しない。

『トリステが来たのだから、他の敵は来ないだろう』というのは希望的観測。エーミールにとって一番嫌なのは、『他にも敵がいた』ということ。そしてラルゴならそれをやる。

果たして想定上の敵はいた。

首を折られ、倒れている衛兵の死体が悪夢の手によるものに見えなかった違和感。

それを元に想定上の敵を組み立て、訓練通りの追い込みを部下の聖騎士に手伝わせた。部下もご苦労なことだっただろう。部下自身、見つけていない敵を追い込むために動いていたのだから。

そして一戦交え、確認は済んだ。

相手はおそらく直属兵。もしくは千人長。安心は出来ないが、やはりラルゴはトリステだけにこの街を任せてはいなかった。

更に今一戦交えている間の仕草、表情などの生体反応からエーミールは確信する。

他に小隊はいない。もしくは、この男は知らされていない。

ならばもういい。

少々手強いが、『尋問』はここまで。あとの手間は省くとしよう。

「……んじゃ、俺は早いところトリステのところ行きますかね」

エーミールが棍を担ぐように構える。

まだ遠く、棍を振っても届く距離ではない。エーミールが一歩踏み出せば間合いに入るが、男はそれも警戒し一歩下がった。

そして、エーミールは棍を斜めに振り下ろす。

空気を裂く轟音が響いた。

男の首から上が、弾けて消失する。

壁に撒き散らされた肉片は細かく、もはや元の形状は判別できない。襟元から噴き出された血が噴水のように落ちながらも、男の身体も遅れて倒れ伏す。

エーミールが棍を引く。九つの節に分かれ鎖で繋がれた、先程までの倍以上の長さに伸びた異常な形状の棍を。

突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀。

そして振れば鞭。

先端は容易に音の速さを超え、発する衝撃波は万物を砕く。

九節棍。それがエーミールの武器。

地面に端を打ち付けて揃えれば、継ぎ目なく元の棍に戻る。

これ以上の邪魔はないだろう。エーミールはそう信じたく思ったが、その考えも甘いと自らの考えを打ち消す。

本当に戦争は面倒くさい。

溜め息をついたエーミールは、足に力を込めて跳んでその場を立ち去った。