軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

撤収

重要な会談、ではあったはずだが、皆の撤収は想像よりも早かった。

「あの……なんて言いましたっけ、エッセンの代表者はもう帰ったんですか」

「まだ隣街に向かっただけらしい。予定では明日イラインに向けて出発だそうだ」

グラーヴェとの会食を終えて、エッセンの陣地近くまで来た僕たちの眼前には、気が抜けたような兵士たちが疎らに残っているだけだった。

戦争が終わったこと、またここで戦闘が行われるようなことはないこと、それを理解したのだろう。半数ほどは呆然としている様子だった。

外で柵に寄りかかり待っていたテレーズは、僕の言葉にちらりとそちらを見てから、横にいた女性二人に目を向ける。

機嫌悪そうに。というよりは一応、牽制をするように。

だが、会話を邪魔しないようにだろう。客人二人に目礼をすると、少し離れた位置に歩いていった。

「お待たせしたみたいね」

「いえ。こちらの都合で参った次第でございます。お時間は取らせませんが、改めてアリエル様、よろしいでしょうか?」

「Sure」

背筋を綺麗に伸ばし、マリーヤが優美な笑みを浮かべて軽く頭を下げる。

なんというかこの陣地に来てから人の見た目を褒めてばかりだと思うが、さすが国家が外交に送り出し、使うだけのことはあると思う。僕から見て代表者も武官も見栄えのいい者ばかりだ。ギョロ目を除いて。

中でも、マリーヤは特に。

薄い緑の袖無し外套の下には白い中衣、というのはリドニックの官服の一つだろう。

だがその所作で、エッセン王城で見た誰よりも……完璧に近く見えたルネスやディアーヌよりも気品を見せ、華々しいわけでもないはずの官服がドレスのようにすら見える。

向こうはちゃんとしている。だから、こちらが無様に思われないように。

そんな風な緊張をアリエル様も感じたのではないだろうか。先ほどよりも幾分か、背筋を正して胸と虚勢を張っているように見えた。

「ご子息にはここにいるオパーリン共々お世話になっております。改めまして、ここエッセン王国よりも北、雪原の国リドニックより参りました、マリーヤ・アシモフ。それにそちらがグーゼル・オパーリンと申します」

「よろしくおねがいしまーす」

そして折り目正しく頭を下げたマリーヤと対照的に、隣にいたグーゼルは腰ではなく背中をぐいと折り曲げるようにぞんざいに頭を下げる。

僅かに緊張がほぐれたようで僕は構わないのだが、……アリエル様も悪く思っていないようなので別にいいのだろう。

「私はアリエル。リドニックって言ったら、あれね? 雪原のはぐれ穴の近くよね」

「はぐれ穴?」

マリーヤに聞き返され、アリエル様はええと、と考え込む。

「そういえばその名前は使われてないんだっけ。あそこに置いているのは……あんたたちの言う……『北壁』だっけ?」

「ああ、はい、その通りです。私たちの国ではそのように」

「そっか、そういえばこいつが■■■■に来たのもそこからだったから」

髪の毛を一房掴まれつつ、ん? と僕は首を内心傾げる。

聞こえなかった。アリエル様の言葉の一つが、まるで砂嵐の音を録音したテープを、更に一度くしゃくしゃにしてから再生したような音で。

「うちの息子がご迷惑かけてなかったかしら」

「いえ、そんな。むしろ国難を救って頂けたと感謝申し上げたいところです。我が国の事情があり、その時には充分に報いることも出来ませんでしたが……」

本当に申し訳なさそうに、伏し目がちにマリーヤはこちらに目を向ける。

「アリエル様がいらっしゃるのであれば、もう何も問題はありません。カラス殿も改めて、またリドニックにお招きできませんか?」

「接待させて? ってことね?」

アリエル様はそう笑い飛ばした。マリーヤもそれに応えて苦笑する。

「そうとまでは申しませんが、間違いではありません。ラチャンス殿にも、カラス殿にも、公的に正式にお礼をと思っております」

「へえ」

感心するようにアリエル様は言い、そして僕の髪の毛を強く引っ張る。

地味に痛い。

「よかったじゃなーい。こーんな美人がそんなこと言ってくれてるのよー?」

「痛いです」

「じゃあルルちゃんと一緒にお呼ばれしないとねー? マリーヤさんだっけ? じゃあ私もこの子たち息子夫婦と一緒にお呼ばれするけどいいわよねぇ?」

「夫婦? 結婚したのかお前」

意外そうにグーゼルが目を丸くする。

「……はい。この度婚約を致しまして、近々正式に」

「えー、よかったじゃん。おめでとー」

少しだけ声低く、僅かに頬を綻ばせて口にされた言葉に、僕は頭を下げた。

「ありがとうございます」

「だけどまだ婚約だから結婚してない……ってことは?」

「ことは?」

僕はグーゼルの言いたいことがわからず、ただ聞き返す。

僕の言葉にグーゼルはマリーヤの肩を抱いた。マリーヤの方は迷惑そうに一瞬眉を顰めたが。

「まだ遊べるってことじゃね?」

なあ? とグーゼルはマリーヤの肩を揺らす。

「ことじゃねえわね」

そしてアリエル様の言葉に同意するよう、溜め息をついてマリーヤは肩に乗せられたグーゼルの指を一本一本引きはがして落とした。

「まあ、そのうち一緒に行きたいと思います。……妻……と住む場所が決まった後に」

妻と呼べばいいのだろうか。嫁、ではないと思う。

多分妻でいいと思うのだが、呼んでいいのだろうか。僕が。僕ごときが。

そう思い言い淀んでしまうが、気恥ずかしさとそれ以上に、何というか嬉しさが胸に満ちる。この一言だけでそうなれるとは僕も現金だ、と思う。それがまた少しだけ恥ずかしい。

「住む場所ならさっきもらったじゃない」

「あれは土地をもらっただけです」

グラーヴェとの会合で土地をもらうと決まった。

しかし、そこに住まなければいけないわけではない。そもそもその場所すらも決まっていないのだ。いくらグラーヴェといえども急に言われて場所の選定が済むわけはなく、戦後に王都へ行かなければいけないわけで。

「……住む場所、というのは、カラス殿は移住を考えていらっしゃるのですか? それもムジカルに」

「はい。噂で聞いたかもしれませんが、僕はエッセンを追放されまして。戦後までには出ていかないといけないという話になっています。ムジカルは場所をもらっただけですけど」

場所も決まっていない上、その場所が問題だ。

さすがにたとえば砂漠のど真ん中の不毛な土地をもらっても困る。主に、ルルが生活しづらいという一点で。開墾や改良は出来るかもしれないが、それも時間が掛かるし僕だけならばまだしも。

移住に関してはもう何度も人に話した話題だ。僕はほんの僅かに嫌気が差しながら答えた。

「ならばリドニックはいかがでしょうか」

そしてその話題が上がれば、マリーヤがそう申し出てくれるのも薄々感づいてはいた。

「正直、候補の一つには上がっています。あとはミーティアですけど、僕だけならばまだしも妻の入国が出来ないかもしれないので」

もっとも、ドゥミに話を通せばいけるかもしれない。だがルルが森人として差別されるのも避けたい。

他には考えてもいなかったが、海があるピスキス辺りも今思えば候補の一つか。海の中では暮らせないので、沿岸部になるだろうが。

僕の言葉にマリーヤは頷く。

「もちろん無理にとは申しません。ですが検討ください。いつでも、視察だけでもお越しくださいませ。その時には私も暇を作りますので」

肩をすくめるようにして笑みを浮かべたマリーヤから、何というか『固い』部分が消える。

なくなって初めてわかったその違和感に、なんとなく『仕事』から離れたのだろうか、などと僕は思った。

「なんというか、過敏に反応しすぎでは……」

マリーヤたちが立ち去っていった後ろ姿を見ながら、僕はアリエル様に苦言を呈する。

なんというか、今までの会話でようやく確信した。

僕の周囲にいる女性にアリエル様は敵愾心を燃やしている。敵愾心というほど極端ではないが、僕に友好的な態度を取るや威嚇に走っている、気がする。

少し前のソラリックや、今のマリーヤやグーゼル。

……しかし、テレーズやリコにはそうでもなかったし……。

「あんたが心配したのと一緒よ」

「誰の心配ですか?」

「あたし。グラーヴェに何か言われないかって心配してたでしょ」

「それはそうでしょう」

「だから、一緒よ」

「……なんやまあ、早速求める大英雄の後ろ盾。人間さんたちは抜け目ないこと」

からからと笑い声が響く。

その声に、意外そうにアリエル様は後ろを見る。

僕も釣られて振り返れば、いつからいたのだろう、そこにはドゥミ。狐耳をひくつかせながら、袖で口元を隠して笑っていた。

「そうだったらどんなに安心出来るかしらね」

アリエル様はその言葉に溜め息をつく。

ドゥミは白い袖で口元を隠したまま、僕の方へ向く。

「妖精さん、といったらアリエルさんの手前紛らわしんすな。カラスさん、行く場所がないならミーティアもご用意するでありんすよ。アリエルさんの縁者ですもの、不自由はさせないざんす」

「折角の申し出ですが……」

ありがたい、と言いたいところだが、やはりルルとの相談が先だろう。

それにミーティアは、エッセンと戦争を行うかもしれない仮想敵国。その辺りも加味して考えなければ。

……本当に考えることが多い。

一人で森に入ったのであれば、寝れる場所と食料を確保すればあとは何にも考えずに済むのに。

だが不思議なことに、面倒ではない。

本当に何故だろう。僕以外のことを考えるのが、今のところ億劫ではないのは。

「即答は出来ません。色々なところを見てから決めたいので」

まあまずはどこかで一度腰を落ち着けてからだろうか。

最初はムジカルに行って、どういう場所をもらえるかの相談をしつつだが。

いっそのこと、ミーティアに近いところか。もしくはリドニックに近いところか。……北と南で両極端だからそれも決めなければいけないし、そもそもそういった要望が通ればいいが。

優柔不断とされても、流石にこれは思慮深いと言わせてもらいたい。

誰にするべき言い訳かもわからないけれども。

「近いうちに行かせて頂きます」

「そうしんすな」

ただまあ、早く住む場所は決めたい。

僕ではない。きっと普通の人間には、帰る場所のない旅は苦痛だろう。

そして僕も、これから帰る場所を一つ捨てなければ。

「では私は、これで失礼します」

僕はドゥミに頭を下げる。

ドゥミやマリーヤたちと親睦を深めるのもいいが、それよりまずは僕にもすることがある。まずは、というよりも最後に。

「あらもう行くの?」

「アリエル様は別に残っていてもいいですけれど」

聖教会の脅威はひとまず去った。むしろあとはアリエル様はテレーズについていて欲しいところだ。

僕は急いでいかなければ。

「申し訳ありませんが、戦争があと少しで終わってしまうので」

具体的にはあと三日。

それくらいしか僕はこの国にいられないわけだ。その間に僕はルルたちを回収してこの国を出なければいけない。

ならその前に、僕はもう一つ、彼らとの約束を果たす必要がある。

「ああ、そうね。ルルちゃんたちと合流しないと」

「それもあるんですが」

もちろんそれが一番重要だ。

しかし、それ以外にもう一つ、僕には破りたくない約束がある。向こうは軽く考えているかもしれないが、こちらは、僕は。

「友人たちと慰労会の約束をしていまして」

この国でのお別れの会。

そう思うと、少しだけ足が重たくなるけれども。