軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

予定調和

だがまあ、まだ言うわけにはいかない。

僕は努めて表情を硬くし、静かに振り返る。礼には悖るが正座は崩す。もはや床についたのは指先だけ、どちらかというと飛びかかれる姿勢だと自分でも思った。

「お集まりの皆様! 聖教会の要請として申し上げます! どうかこの場に留まりになって、どうかこの聖なる審判を見届けていただけますように」

「……異端とは、どういうことか。ジュラ王城治療師長殿」

苦々しく王は問いかける。

貴族たちのざわめきはそれで静かに治まったが、今度はその視線が僕と治療師たちを往復した。

年配の女性ジュラは、ぴ、と勢いよく持ってきていた書簡を広げて周囲に示す。細々とした字は少し離れただけでほとんど見えなくなる程度に見えづらい。事実それを読めて肩を揺らしたのは、一番近くにいた女性だけだった。

「言葉の通りです! その男カラスは、戦場において治療師の制止を無視し、戒律を破る行為を強行したという罪があります!」

言い終えたところで、スティーブンの屋敷に来た僧兵と同じような者たちがこちらに向けてぞろぞろと歩き出す。

槍の穂先を丸めて鉄球に変えたような棍は、斜め隣にいるミルラを無視して僕へと向けられていた。

「探索者カラス。お前には弁明が許されている。この場をお借りして、お前が神意に適う者かを問うものだ。嘘偽りなく答えよ!」

まだだいぶ遠いが、ジュラもつかつかと足音を立ててこちらへと詰め寄ってくる。年配に属する年齢に見えるものの、その声はだいぶ若い。普段から勤行のようなものでもして声を張っているのだろうか。

完全に立ち上がった僕たちの頭上から、また声が飛ぶ。

「ジュラ殿。この場はカラス殿とミルラのために設けた場。カラス殿は賓客で、ミルラは我が愛する娘。この晴れやかな場での面詰は控えていただきたい」

「聖教会として、正式な申し立てを今この場で致します。陛下におかれましては、我らが認められた権利を侵害できぬはず!」

……緊迫した場面、なのだと思う。

王は僕たちを庇い、聖教会はその何かしらの権利を盾に僕たちに迫る。

本当に、演技としてはなかなかだと思う。実際は演技ではなく、王が自作自演に関わっているのはミルラの嘘だったということなのだろうか、と一瞬疑ってしまうほど。

ジュラの腕が指を立てた手ごと振られ、唾も飛ぶ剣幕。

そして僕としては何かしらの反応をすべきなのだろうが、どう反応して良いかわからない。

黙った王へと向けてぺこりと頭を下げてから、ジュラが僕へと向き直る。

「四日前! お前は死亡した第七位聖騎士団長テレーズ・タレーランに対し、上等治療師ネウィン・パタラの制止を無視し、禁忌の術を用いて命を取り戻させた。その事実に相違ありませんか!?」

「…………」

僕は一瞬どう答えようかと悩む。これより後にあるだろうミルラの関与の否定の確認。そこまで、僕は正直に全てを話すべきだろうか。

そう考えたが、一応言ってまずいことはないだろうと思い直す。

言っても言わなくてもこの糾弾の結末は変わらないのだ。

言い淀んだ僕に向ける貴族たちの目が険しくなる。彼らが正しく話を聞いているとも思えないけれども。

短く息を吸って答える。

「間違いです。タレーラン閣下は死亡してなどおりません。失神されていたところを私が活を入れただけです」

僕は一歩だけ踏み出して、ジュラと正対して真っ直ぐにその目を見つめた。

「誰か、死亡を確かめた方がいらっしゃるんですか?」

「お前に質問は許されていません」

「おやまあ」

じっと見つめていると、ジュラの目がどこかへ向く。向いた先は、横にいた治療師に向けて。

上で綴じられた書類のようなものをぱらりと捲り、治療師が読み上げる。

「探索者カラスは以前ムジカルで三年ほど活動していた時期がある、と」

そしてその治療師の言葉が終わると同時に、目を細めてジュラが僕にまた口を開く。

「それは相違ありませんか」

「事実です」

「その際、聖教会にのみ許された治療の業を用いて患者を治療していたという噂は」

「私は薬師です」

「質問に答えなさい」

「……聖教会にのみ許された、という表現が当てはまるかどうかわかりませんので、お答え出来かねます。基準がわかりません。私は聖教会の信徒ではありませんので」

「まあっ!!」

顔を顰めて、しかし声は嬉しそうに、ジュラが叫ぶ。

どこに反応したのか一瞬わからなかったが、最後か。

「皆様はお聞きになったでしょう! 今この男は聖教会の信徒ではないと宣言した! つまり、神を信じていないと! 神に逆らう愚かな行為を止める気はないのだと!!」

見回すように、縋るようにジュラはここぞとばかりに声を張り上げる。

……なんかもう、いつもの話ではないがいつもの調子になってきた気がする。

ジュラは更に、とミルラへと指をつきつけた。

「ミルラ王女殿下! 殿下はこの男がそういう者だと知りながら! そういう者だと知りながら、戦場へと解き放ち! 禁忌に触れる悍ましい業を行うように仕向けた!」

「……不愉快ですわ。そのようなことは断じてございません」

ミルラが冷たい声で否定する。

彼女のこの場での役割を知っている僕からしても、その声から怒りや恨みのようなものが感じられた気がした。

おそらく彼女も慌てて否定しなければいけなかったのだろうに。だが逆に落ち着き払ったその声に、ジュラが怯んだようにも見えた。

その上で、ジュラが助けを求めるように視線を向けたのは、王。

王は視線を向けられると同時に声を発する。

「ジュラ殿」

「今この場にあってはお控えくださいませ、陛下」

「いいや、黙ってはおれぬ。我が娘ミルラに嫌疑の目まで向いたとあれば、黙っているのは人道に悖る」

「しかし陛下!」

ジュラの飛んだ唾がきらきらと日光を反射する。

凄い剣幕だ、とも思う。仮にも一国の王に対して、聖教会の地方の責任者はこうも強気に出られるのかと。

「ミルラ……お前は無関係じゃろう。ミルラ、そうじゃな?」

「はい、陛下。今このときまで、彼の聖教会に対しての姿勢を私は存じ上げませんでしたわ」

ミルラは半身王へと振り返り肯定する。

僕もその言葉に頷く。その言葉は真実だ。僕は彼女に対しその類いの言葉を話したことはない。もっとも、知っていても構わず彼女は雇用しただろうが。

そして、ミルラは演技が下手なのか、それとも当てつけにわざわざ下手にしているのか、もはや慌てる素振りもない。なんとなく後者だろうと思えるが、落ち着いたその陳述は浮いた雰囲気だった。

王はそのミルラの落ち着き様を指摘せず、僕に向かう。

「……探索者カラス。その言葉は真か?」

「真ですね。ミルラ王女は私の治療の業に関しては薬師以上のことは知らなかったでしょう」

そして本来この言葉に信憑性もないはずだ。

ただ単に、僕が嘘をついてミルラを庇っただけ。そう捉えられても仕方がないと思う。事実、今ミルラを見つつ眉を微かに顰めた貴族が数人いる。多分彼らはそういうことだと思う。

だが、当然のように。

ジュラが零すように言葉を口にする。

「……ならば、探索者カラスの異端の疑い、ミルラ王女は関わりのないこと……と私は宣言いたします。神に忠実な陛下がそうであるよう、その娘もまたそうであるように」

持って回った言い方だが、この一言でミルラは無罪放免。

僕はじっとジュラを見る。ミルラが無罪なのは僕もわかっているから今のところはどうとも思わないが、しかし腹が立たないわけでもない。ならば王が僕を庇えば同じように無罪になるはずだろう。

「お前の異端の疑いは以前からありました。リドニックで行われた失われた指を取り戻すという禁忌。ムジカルで、治療の業を行った禁忌。そのどちらもが、お前の罪を告げている」

「疑いだけで裁くのですか?」

「そう、疑いだった。だから私たちも裁くことが出来なかった。しかしこの度のことは既に疑いではありません。敬虔なる一信徒の進言、真実です」

さっとジュラが手を上げる。

その動きに合わせて、僧兵が僕に一歩歩み寄る。

「異端者カラスよ。お前は許されない罪を犯した。その上でこれほどの猶予を与えても、反省の弁もなく、また言い逃れのために弁舌を駆使する始末。もはや聖なる死を賜る以外にお前が救われる道はありません。拘束させてもらいます」

「結果ありきじゃないですか」

僕は鼻で笑う。

これだけ聞いてもおかしな話にしか聞こえないのは僕だけだろうか。

ジュラの話では、僕はテレーズを蘇生したのだという。また、リドニックでは手を再生し、ムジカルでは治療の業で何人もの人を助けてきたのだという。

……何が悪いのだろう。人を助けるべきだ、とは言わないが、人を助けて。

ソラリックが言ったのと同じことだ。人を助けて何が悪い。僕や他の人間が言うならば事情によりわかるかもしれない。けれども、人を助ける集団であるはずの彼女らが、それを悪いことというのだろうか。

今回目の前にいるのは、聖教会の偉い人間だという。ならばもう少し論理立てて僕のことを裁こうとするはずではなかったのだろうか。そもそもに僕を悪者に仕立てるための裁判とはいえ、もう少し、こう、何とかなかったのだろうか。

「不信心! もはや許しておけません!!」

ジュラが何の指示も出さずとも、周囲を囲んでいた僧兵三名が僕へと向けて棍を振り上げる。

ただその棍棒が、次の瞬間全てガランと床に落ちた。僕が念動力で叩き落としたからだが。

「……っ!?」

「先ほどまでの謁見での内容をお忘れに……と、聞いてなかったんですよね。失礼しました」

「神の隷下! 股肱たる我らに逆らうか!」

僕は両手を胸の前で広げて一歩下がる。ジュラの剣幕に怯えたわけではない。ただ、その激しい怒りが僕以外に向いている気がして、無意識に。

「お待ちくださいジュラ様!」

そしてミルラが叫ぶ。胸元に手をやり、わざとらしすぎる迫真の表情で。

「カラス殿は私の手足となり、この国に尽くしてくださった! その彼を、今一度だけ許して頂くわけには参りませんか!?」

「ミルラ様、そうはいきません。その男は最悪の異端者エウリューケ・ライノラットとの繋がりもあると申します。神に背く者たちの道を閉ざす、それこそが我らが神に至る者の使命」

「しかし……!」

言いかけて、言い淀むようにミルラは唾を飲む。

それから身を翻して、王の玉座に続く階に縋り付くように跪いた。

「陛下! このミルラの請願をお聞き届けください! 彼は私のため、この国のために命を賭して戦場を駆け抜けてくださいました! その彼の命を救わぬとあらば、この国が揺らぎましょう」

「……じゃが、ミルラ……」

「この戦場で得た私の麾下の功績、それらは私に譲渡すると彼らは約束してくれております! ならば、私はカラスの功績全てを国家へと返上いたします! 彼が命を賭けて得た功績を、彼の命へと戻す! それならば差し引きはないはず!!」

「う、うむ……」

悩むように王は口を閉ざしその髭の中で何度も歪める。

その実、腹の中では予定通りに進んで喜んでいるだろうに。

「……しかし、罪は罪。功あるからと罪なくしては、法を司ることは出来ぬ」

「では何も報いぬというのですか! 王国への忠義を示したこの若者に!!」

「…………」

じ、とミルラと王が見つめ合う。

本来ならば僕はここで、自分のための報酬まで投げ打って僕の助命を願うミルラに恩でも感じるところなのだろうが。

どこか白けた雰囲気でそれを眺めていた僕をちらりと見て、王は頷いた。

「たしかに、と申すべきことじゃな」

咳払いをし、王はジュラを見下ろす。

「ジュラ殿。立場上伏して申すわけにはいかないが、エッセン王国からの嘆願と思い聞いて頂きたい。そのカラスという男、禁忌という悍ましい行為に手を染めた者ではあるかもしれないが、この国の英雄たる男でもありまする。今一度、これ一度きりで構いませぬ、贖宥の機会を与えて頂けませぬか」

問われたジュラが鼻を鳴らす。不満げに。

「贖宥は犯した罪を悔い、告白し、償わなければいけません。この男にその心根があるとは思えません」

「償いは我が娘ミルラの行いとし、どうにか」

「…………」

今度は王とジュラが向かい合って見つめ合う。

この二人に関しては、これも全て予定通りなのだろうが。瞳で頷きあったようにも見えた。

ほんの短い時間。やがて、ジュラがため息をついた。

「わかりました。けれども、これ一度きり。認めるのはこれ一度きりです。また、一つ条件がございます」

「それは何か」

条件。ミルラの話にはなかった要素に、僕は首を傾げる。

ミルラをちらりと見ても、微かに首を横に振った。

「……戦後一切、彼がエッセン王国の土を踏まぬことを条件に受け入れましょう」

「追放せよ、と申すか」

ぐむ、と王は悩み、僕を見た。

苦渋の決断、とでもいうように目が細められ、顔が歪んでいた。

「探索者カラスよ」

頭上から王が呼びかけてくる。

僕は立ったまま見返したが、なんとなく不敬には思えない。

「先ほどの口上通り、お主の働きや忠誠心は誠にあっぱれじゃった。故にこのことは残念でならぬ」

「つまり」

「聞いていたとおりじゃ。済まぬが、お前は追放といたす。そうしなければならぬ」

憐憫のような瞳が僕を見る。

「ミルラの献身で、お前の命は救われたのだ。これ以上の力添えは、余には出来ぬ」

出来ただろうにと僕は内心笑う。

ミルラは僕の行動には関与していない。そう彼が言っただけでジュラはそれを信じた。ならば、僕の言葉も保証してくれればそれで済むはずだ。済まないまでも、一考されるはずだ。理屈的には。

しかし、もうそこまで求める気にはなれない。

ため息をつく。そもそも嫌いなこの王国に、これ以上媚びる気もない。

「……ミルラ王女殿下のご厚情には感謝を」

僕は王に向かい、両手を斜め下に伸ばして嘆願するように見上げる。

「厚かましくも陛下には、ミルラ王女殿下の言葉を違えぬようお願い申し上げる次第にございます」

「…………なんと?」

聞き返してきた王は、意表を突かれたように目を丸くする。立ち上がっていたミルラも、心配そうにこちらを見つめていた。ミルラに関してはまったくの演技だろうが。

僕は続ける。

「戦場において、私には便宜上二人の部下がおりました」

「うむ」

「先ほどミルラ王女殿下が仰った、殿下に功績を譲渡すると約束したのはその二人。私と同じくミルラ王女殿下の下に集った二人でございます。その者たちは私の行いとは全くの無関係、ならば、連座としての処罰もなく、正当なる報奨をお願い致したく思います」

念を押すように僕は言う。

これも少々不敬だが、この空気の中ならば問題はあるまい。

王も、首を傾げるようにしながらゆっくりと頷いた。

「それも当然。信賞必罰は統治者の務め。お前を助けたようにな」

「ありがとうございます」

僕は出来るだけ恭しく頭を下げる。当然のこと、と頷いた王に。

この言葉の証人はここにいる貴族全員だ。ミルラも含めて、その言葉は聞いた。

……まあ、そのような約束など権力があれば簡単にひっくり返せるのだろうが。

だから、最後には言いたいことは言ってやりたい。

「その上で、追放令は、お断りします」

「…………」

王は不可解さではなく、憮然としたように表情を固めた。

不敬な、と貴族の誰かが呟いた。僕を囲んでいる僧兵たちの目が敵意とおそらく憎しみで染まる。

壁際と王の脇に控えていた聖騎士がざわりと動く。どこの団だろうか。興味ないしわからないけれども。通常の謁見ならば多分ここにはいない者たちだ。おそらく僕が逆上し、暴れた時に取り押さえられるように。

「……何故?」

「その顔が見たかったからです」

僅かに怒気に染まったような王の顔をからかうように言えば、いくつもの金気が僕の鼻に届く。

聖騎士たちが鯉口を切った。更に王の階のすぐ下に控えているおそらく団長は、抜き打ちのためか足を僅かに踏み出していた。

「私をこの国から追い払いたければ、そのような命令も不要です。どうせこんな国は出ていく。いくら頑張っても報われず、ただただ打ち据えられるような国などいる価値もない」

「先の、忠誠の言葉を違えるか」

「どの言葉でしょうか。私は殿下への忠誠の言葉を発しましたが」

もっとも、ミルラへの忠誠心など僕は持っていない。ミルラ自身もそう思っているだろうし、そう思ってほしいわけでもない。

ただ、エッセン王国などに仕えるふりなど、演技の上でもしたくなかっただけで。

「貴様ぁ!!」

紫がかった黒い髪を翻すように、多分聖騎士団長が剣を抜き放つ。

明らかに遠い間合いから、空間転移でもしたかのような速度で僧兵の横を通り抜け、僕のすぐ目の前に肉薄する。

正直、速い。既に抜かれた剣身が絨毯を裂くように地面を走り、僕を下から切り裂こうと近づいてきた。

だが、反応できない速さでもない。

闘気の込められた剣を横から踵で蹴り飛ばす。右手の剣を手放すような真似はしないようだったが、身体は開いた。左手での追撃がないことを確認し、僕はその鎧で覆われた胸や腹を拳でパタパタと触る。

傷つけないように丁寧に。

「ベルレアン閣下ならば僕が触れることも出来ませんでしたね」

胸、腹、股間、顎、とほぼ寸止めで四撃。触るだけでなく打ち抜くことも出来た。だが、一応そうせずに僕は一歩引く。

聖騎士団長は追撃してこずに動きを止めたが、その額には一瞬で青筋が浮かんだ。

「その気はありませんが、僕は戦場で英雄扱いされるほどの戦果を出したらしいです」

言葉を口に出した次の瞬間、謁見の間が静まりかえる。

聖騎士たちの、主に団長の敵意。それに王が目を剥いて唇を下に引っ張るように結んだことにより。

「…………。余の目が曇っておったようじゃな。このような者を信用するとは、ミルラ、お前も馬鹿なことをしたものよ」

ミルラに対し、叱るように王は口にした。

しかしミルラは怯まずに逆に父親を見上げて笑う。

「あら、陛下。陛下の目は未だに曇っておりますわ」

「……何?」

「今カラスが言ったとおりですのよ。戦場で二万の兵を撃滅し、五英将を一人屠った男。それをこの場にいる十余名程度の聖騎士で捕縛出来るとお思いですか?」

「それは……」

出来る、とは言いかけたのだろう。だが言い切れず王は唾を飲み込む。

正直何をしてくれてるんだろうミルラは。彼女の王への挑発はさすがに想定外だ。

「もっともこんな大立ち回りは打ち合わせになかったですわね?」

「申し訳ありません」

僕は謝りつつ目で抗議する。通じたのかわからないが、ミルラはフフと小さく笑って応えたようにも見えた。

「仕方のない男ですわ。まあその程度、優しい私は許しましょう。引き受けるのが上に立つ者の度量というもの」

機嫌よさげにミルラは口にし、聖騎士団を見回す。壁際にいた聖騎士団員たちも、貴族を避けつつ僕の包囲に掛かり始めていた。

「聖騎士団の方々、私に代わり、どうぞカラスを捕縛してくださいな」

ミルラの言葉は当てつけだろう。聖騎士団へ向けて、または王へと向けて。クスクスと楽しげに笑いながら、高みの見物をするように僕をうっとりと見つめる。

出来ると思っていない目。確信している目。僕がこの場を何とか出来るのだろうと期待する目。

彼女の目も曇っているようだけれども。

さて困った、と僕はまた一歩身を引いた。

僧兵と聖騎士が囲む中、逃げ場は天井か床の下くらいしかない。目の前にいるのは、どこの団かはわからないが聖騎士団長。オセロットよりも格下に見えるが、同格くらいに見積もっておこう。

僕も挑発してしまったが打ちのめすわけにはいかない。彼らに逆らった時点で僕は犯罪者だし、仕事中の聖騎士を倒したら余罪が増えるだけだ。

打ちのめされるわけにもいかない。

捕縛されれば今度は追放だけでは済むまい。追放を断ったので異端審問は正確には落着していないし、今の僕には不敬罪が加わる。教会に裁かれる上に国家の法にも裁かれることになるだろう。

抜き差しならない状態。まるでいつもの僕と同じだ。

逆らっても逆らわなくてもまずい状態。反論は聞いてはもらえないし、……正直言いすぎたしやり過ぎたからこの場の悪者は既に僕のほうだろう。

どうしようもない。

一番手っ取り早いのはこの場にいる人間を全員殺してこの場を逃げ去ることだけれども。

いつもの僕と同じ状態。

いつものように、どうしようもない状態。

けれど、今回は僕は他力本願だ。使うのは僕の力ではない。

今回はいつもの通りには行かせない。いつも自分たちの都合だけを押しつけてくる『権力』とかいうものに、対抗する手段がある。……応えてくれなかったらそれまでだけども。

「というわけでどうしようもなくなったので、……お母様、不肖の息子を助けてくださいますか」

「ママって呼べって言ったでしょ。そろそろ無視するわよ」

恐る恐ると口にした瞬間、聞こえてきたのはため息。途端に僕の首に重みが掛かる。

現れた途端、頭に座ることないのに。

見上げる王の顔から表情が抜ける。多分後ろのジュラからも。

僕の頬が綻ぶ。

その顔が見たかった。