軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

日陰者たち

王城。その使用人口でもなく、もちろん正門でもなく、外部の人間が王城内へと立ち入るための許可を取る場所。

そこは王城から離れた小屋のようになっており、既に朝早くから大勢の人が詰めかけていた。

部屋の構造は単純だ。

扉を開き、入れば役所と呼ぶべきその部屋の全容がほぼ見える。

目の前には開口部をこちらに向けたコの字型の一繋ぎの机が設置されている。両端は壁に張り付いており、机の向こう側に僕たち来訪者が行けることはない。

その机は衝立でいくつも区切られ、一段上がった向こうで官吏が十数人は書類などを書き付けたり眺めたりしている。

王城内の業務に関し、何かしらの許可を求める商人や出入りの業者などの来訪者が、その衝立ごとの窓口に並んで書類を提出したり証文を発行されたりするわけだ。

そして僕が目指すのは、誰かに謁見を申し出る窓口。

この朝一番では来訪者は少なく、並ぶ手間すら掛からない場所。

墨壺に筆を戻し、僕は今し方自分の書いた文字を眺める。

汚い文字だ、と思わなくもないが上達しないのだから仕方がない。仮にこれが硬筆ならばもう少し綺麗に書けると思わなくもないが、この世界の文字は未だに慣れないから変わらない気もする。

ごく小さな紙に 描(・) いたのは、簡単にいえば『ご用の趣は』というやつだ。

姓名や所属を所定の欄に、更に訪ねたい人物の名前、官職、その人物と自分の関係、それに来訪の理由を記して窓口に提出する。

係の官吏に紙をもらい、その場で書く。更に代筆も許されていないということで、これも一種のセキュリティになっているのだろう。文字を知らない平民は謁見も許されない。……まあ誰彼構わず受け付けていたら、全て不受理にしても手間が増えるから仕方がないと思うが。

「確かに。では、そちらの部屋で待て」

「…………」

僕は机越しに書類を提出する。返ってきた官吏の言葉は冷たく居丈高にも聞こえるが、無位無冠同士ではこの程度が当たり前だろう。

この窓口は官吏などは使わないし、貴族ももちろん使わない。ここを訪れる僕は平民で、窓口の人間は平民でも貴族側に近い一段上にいる。

全く面倒だと思う。

普通の貴族の麾下ならばこんな面倒なことはしない。大抵の場合、住んでいる館に赴けばそれで済む。

けれども僕の場合、上役のミルラ王女が王族ということで王城に住んでいる。その上王城の使用人というわけでもないし、ルルたちが生活していた当時緩められていた使用人以外の王城への出入りは再度引き締められている。

今回イラインに置いてきてしまったが、仮に王女殿下の旗を持ってきていても、この手続きよりは緩かろうがフリーパスとはいかないだろう。

官吏はもう一人いた係に、僕の書いた書類を手渡す。それから周囲を見回し、僕以外に今のところ謁見希望者がいないのを確認した後その場から立ち去っていった。

「このあとどうなんのよ?」

「……通常は本人に希望が伝わったあと許可か不許可の連絡がまたこちらにきて、許可ならば王城内への立ち入りの許可証を渡されて謁見の予定時間が伝えられます。僕らはそちらで待ちましょう」

一応僕はミルラの関係者だ。時間はわからないが、不許可はされまい。

僕はアリエル様の質問に小声で返しつつ踵を返す。待つのは入り口のすぐ脇にある別室だ。別室とはいうものの、それもここの利用者側とは直接繋がらない別館で、一度外へと出なければいけない。

横を見れば、何かしらの認可などの処理を待つ商人の列が出来ている。それを尻目に、僕は外へと歩き出した。

だが。

「待った! 待った!!」

僕が外へと出てすぐ。建物の脇から一人の男が駆けだしてくる。

声をかけられているのかと僕が振り返ると、先ほどの受付の横にいた官吏の一人だった。

「カラス殿! ミルラ王女殿下麾下、カラス隊の隊長であるカラス殿で間違いないな?」

「間違いないです」

「隊の名前別につければよかったのに」

姿を隠したままのアリエル様が呆れるように僕に言うが、僕も薄々そう思えてきた。

せめてミルラ隊で固定してよかったのではないだろうか。ミルラ軍は大仰にしても。呼称などをそもそもつけていないので仕方ないし、ミルラ隊と呼んでもカラス隊と呼んでも間違いではないのだが、カラス隊の隊長カラス、はなんとなくくどい。

官吏はほっと息を吐いて、それから威圧するような視線を緩める。

「王女殿下から昨夜勅命が下っております。もしも自分を訪ねてカラス殿が現れたその時には、すぐにと。入城許可は既に発行されておりました。命令の行き違いで誠に申し訳ない」

「……いえ」

言いながら、僕は官吏の差し出した手のひら大の紙を受け取る。見れば確かに僕の名前の許可証で、更に許可を出した人間の名前は官吏ではなくミルラ・エッセンだ。

恭しく差し出したその紙を手放したところで、官吏はまた安堵の息を吐いた。重要書類……でもないが、重要人物からの書状に緊張でもしていたのだろうか。

僕にそれを見分ける目はないがおそらく間違いや偽物ではあるまい。今日限りの入城許可証。紙の端にはまだ墨の完全に乾いていない二つの記号が記されていた。おそらく今日の日付を示すものだろう。

「ありがとうございます。しかし、時間は?」

「わかりません。今先触れを出したので、迎えが来るでしょう。それまでは水明の回廊でお待ちいただきたいとのこと。場所はわかりますか?」

「わかります。では、そちらに向かいます」

ミルラも政務は一応あるだろうが、水明の回廊で待っていろということはそう時間が掛からないのだろうか。

「あの……」

「……?」

ミルラ王女の私室と、応接区画の一角である水明の回廊。王城内での位置関係はどのようなものだっただろうか。そんなことを考えていた僕に、官吏が話しかける。言いづらそうに。

「カラス隊は戦場に出ていると伺いました。ミルラ王女殿下も、すぐには使わないだろうがと仰っておられました。……今、何故ここにいらっしゃるんですか?」

「戦況が一段落したからですね。アリエル様顕現以後の戦況は、私の口から申し上げてよいことかわかりませんので」

失礼します、と添えて僕は官吏から離れる。

このやりとりも飽きたけれど、もうしたくないは通じないだろう。ミルラには素直に全て話すとしても。

使用人用の通用口を通り、僕は王城内へと足を踏み入れる。

久しぶりだ。この石造りの冷ややかな雰囲気も、絨毯などを敷いた上で掃除の行き届いた清潔感も。

「水明の廊下? だっけ? あんた案内なしで行けんの?」

「はい。この王城の中で生活していたときに一度行ったことがあります」

アリエル様は、ふーん、と興味なさげに言う。

……そういえば、彼女は興味があるのではないだろうか。

水明の回廊は、大きな池と岩が芝生に配置された中庭を囲む廊下だ。客に向け、その池や岩の枯山水に似た配置を美術品のように見せる王城内の一種の観光名所のような場所。

そしてそこには、いくつもの絵画が展示されている。

作者はナオミツ・ミシマ。先代勇者の。

ある程度の期間生活していた以上、もはや王城の中は勝手知ったる雰囲気だ。

道にはあまり迷うことはない。令嬢区画とは違い、応接区画は一度しか訪れたことがないのでその限りではないが。

「おはようございます」

「……おはようございます」

すれ違った掃除用具を持った下女が、僕の顔を見て挨拶をする。僕も急ぎ返す。この習慣もまだ残っていたか。

だがすれ違って立ち去るはずの下女が、立ち止まってこちらを見ていた。僕が振り返ると、慌てたように何度も頭を下げて立ち去っていった。

そういえば、僕の名前も顔も知っているということは、戦況発表の中の僕の名前を見ているのかもしれない。参戦を大々的に発表していなくても、知っている人間もいるだろう。

「…………姿を隠すなって、言われたっけ」

「ん?」

「いえ」

薬や演武を使って僕の顔を売ったレイトンの言葉。

今考えても、何故そんなことをしたのか、という疑問は完全には晴れないが、その時の言葉。

僕がまた昼に飛ぶ烏になりたくないのなら挨拶を欠かさずに、という助言。

今になってそれを思い出すのは、ここが舞台だったからだろうか。

しかし面倒、という僕の感想は消えることはない。

「顔が知れているので急ぎましょうか」

「そういやあんたここ長いのね」

「ええ」

ルルの供として、だいぶ長い時を過ごした場所だ。いい思い出も、悪い思い出もある場所。

悪い思い出の原因は今この城から立ち去っているだろうし、恐れるところではないはず。

それでも煩わしいのは嫌いだ。

また一人、すれ違う下男がいた。

「おはようございます」

僕は会釈と共に挨拶を返す。ごきげんよう、ではないだけ気を張らないで済むけれど。

まだ日は高くない。

中庭から水明の回廊に差し込む日は屋根に遮られず、場所によっては直接絵画を照らしている。それでも絵にあまり痛んでいるところが見えないのは、この世界の塗料の頑強さ故だろうか。

アリエル様がその一枚の絵の前で止まる。

勇者が学んでいたのだろう大学の図書館。赤い煉瓦作りの西洋風建築。僕は実物を見たことがないのだろうが、新聞か何かで見たことがあるのではないだろうか。

「……あんた、これ……」

「見覚えありますか? 晩年に先代勇者が描いていたという絵画ですが」

「もちろんよ」

パタパタと鳴らしていた羽が動きを止める。それから静かに近づくと、絵の具の盛り上がる表面を撫でて手を滑らせた。

じっと見つめる目は、絵の形というよりも違うものを追っているのだろう。

色でもなければ、その中に描かれた建物でもない。

多分、筆の跡を。

しばし黙って、ようやくアリエル様は口を開く。

「ここの屋根、ナオミツはこだわってたわ」

「そうなんですね」

「イーゼルの前で画布を覗き込んでね、ああでもない、こうでもない、自分の記憶ではここの屋根は三角で、後ろの窓の形は丸くて、ってデッサンを……」

アリエル様が訥々と語る。懐かしむように目を細めて。

「千年前のものですし、贋作などもあると思いますが……」

僕はその顔に、どうしてもからかいたくなって軽口を考える。からかい、といってもそう悪意あるものは考えつかなかったが。

「本物? って疑わないんですか」

「あたしがナオミツの絵を見間違えるわけないじゃない」

「…………」

そして軽口に気を悪くする様子もなく、鼻息荒くアリエル様は断言する。腕を組んで誇らしげに。

「ナオミツは、ここで勉強していたらしいの。リガクブっての? よくわかんないけど」

「随分と頭がよかったんですね」

「いいなんてもんじゃないわ。天才よ」

嬉しそうに、絵から目を離さずにアリエル様が笑った。

「ナオミツの思い出の風景。あたしもここに行ってみたわ。でも世界を回ってからもう一度行こうと思っているうちに焼けちゃった。そのうちに、誰の記憶からもなくなっていった」

振り返り、廊下に並ぶ絵を眺める。

なるほどと僕はどこか納得する。勇者の絵。いくつも並ぶそれは、きっとアリエル様にとっては、もしくは勇者にとっては。

「ここにはまだある。まだまだ、ナオミツの思い出はこの世界に残ってる」

「他にもありますよ。不忍池や富士山なんかも」

他にも知らない風景が描かれている。日本の田園風景や、馬車行き交う交差点なども。そのどれも、本来は僕も懐かしいと思えるものなのだろうか。

「いいわね。思い出が残るって。あたしも残してもらいたいもんだわ」

アリエル様が呟いた言葉はボソリとして小さく、僕にしても聞き取りづらかった。

その言葉には、憧憬などよりも先に、なんとなく悲しみが見える。

ただ、言葉の機微はわからないし、僕はそれよりも先に浮かんだ言葉があったのだが。

「『豚が人の言葉を喋るのかしら?』」

「あたしそれ知らないって言ってんでしょ!?」

アリエル様も皆の思い出には残っているだろう。

他ならぬ僕は、月での邂逅以来のことは覚えているのだから。

ふん、と怒りを前面に出しつつも、アリエル様は苦笑する。

「じゃあ後は適当にやっておきなさい。あたしはしばらくナオミツの思い出巡りしてるわ」

「はい」

「困ったときはママって叫ぶのよ。あんたの声ならどこでも聞こえるから」

「言いづらいなぁ……」

アリエル様が目を向けた先には、一人の女性が廊下の角から出てくるところだった。

その女性が誰かということに悩むよりも、意外に早い到着だ、というほうに思考が動く。

この王城における勇者の侍女だった女性、マアム。配置換えというか、勇者がいない以上別の仕事が用意されるんだろうけれども。

「おまたせしました、カラス殿。ミルラ王女殿下がお待ちです」

「それはどうも」

ほとんど挨拶もなしにマアムが踵を返す。僕がついてきていることは確認しているだろうが、まるで無視するかのように。

僕らはほとんど会話もなしに王城内を歩く。

掃除や荷運びなどの仕事中の下男下女は僕を見て頭を下げようとするが、大抵の場合その前を歩くマアムの顔を見て身を固め、それ以上は言葉を発しもせずに廊下の端へ寄る。

ミルラの待つ部屋へは十分以上歩いただろうか。

しかしその間に、彼女と交わした会話と言えば。

「勇者様のご活躍は如何ほどでしょうか」

「……活動していた範囲が違うので、耳にはあまり入りませんでした」

「そうですか」

その、一言二言だけだった。

マアムが扉を開く。重たい扉は防音のもの。ここはいつぞやのミルラとクロードが使っていた『内緒話』をする部屋だ。

そこに足を踏み入れた僕は、睨むわけでもなくその中にいた人物を見る。部屋の奥側、上座に既に座っている女性は、立ち上がりもせずに僕を迎えた。

「お帰りなさい、カラス。無事に戻ってきたようで何よりです」

笑みは真性のもの。僕が帰ってきたことを喜んでいるというよりも、機嫌が良いというのが正確だろう。その背後に控える侍女のアミネーからは、あまり感情が読み取れない。

僕は立礼をして返答に代える。彼女が立っていれば跪礼が正しいのだろうが。

「御忙しい中、このような時間をとってくださりありがとうございます」

「構いませんわ。私には重要な仕事なんてないんだもの」

嫌みか、と以前なら返しそうだがそれもなし。

「ご報告、また連絡も兼ねて参りました」

「ベルレアン卿を伝った報告書は全て目を通しております。見事な活躍でした。開戦前に私に吐いた大言壮語は大言ではなかった、と私の評価を訂正しておきましょう」

クフフ、とミルラは口元に手を添えて上品に笑う。

しかしその次の瞬間には、目が鋭く細められた。

「何故ここに来たのかは今から聞くとして、ここに来る前にザブロック家に立ち寄ったそうね? それが真実ならば、貴方は私に釈明が必要なことはご存じ?」

「釈明も何も。殿下への報告のために昨日イラインを発ち、今朝早朝にこの街に到着しました。王城は開いておらず、宿を取ることも難しく、一時休憩のために知己を頼った。何か問題でもございましたか?」

「…………いいえ。よく考えておりましたわね」

「どうも」

ミルラは信じていない様子だが、構わないだろう。外聞というものがあるが、その外聞も形が整っていれば問題はない。

僕はルルに会いに戦場を離れ、ついでにミルラに会いに来たのではない。ミルラに会おうとこの街へと戻ってきたが、やむを得ない理由でザブロック家を頼ったのだ。そう釈明できればそれで構わないはずだ。

「まあその辺りはどうでもいいもの。お座りなさい。アミネー、お茶をお出しして」

ミルラに示されたのは、ミルラの対面の席。一応僕はそこにゆっくりと腰掛ける。マアムは部屋の端に控えており、アミネーが命じられたお茶の準備は銀のカートの上で彼女が始めていた。

ミルラが飲むのを確認してから、僕の前に置かれた青茶を僕は一応一口含む。

それを満足げにミルラは見た。……毒などはなし。

「貴方の活躍は私の耳に入らない日はありませんでしたわ。逆に勇者の話はとんと聞きませんでしたの。……目的は達成できたということでよろしくて?」

「さすがにその言い方では頷けませんが」

僕は目の端でちらりとマアムを確認する。勇者の味方の彼女は、俯いたままだった。

僕が口ごもった理由に気がついたのだろうか。ミルラも楽しげにマアムを見た。

「マアム、席を外しなさい。私はこの男と内密の話があるの」

「……かしこまりました」

静かに答え、マアムは頭を下げて扉から出て行く。後に残った僕たちはそれを見送り、扉が閉まると同時に視線を合わせ直した。

「それで?」

「報告の一つを済ませましょう。まだ未確認ですので確定はしておりませんが……、勇者様は戦死なさいました」

「まあ」

確か勇者は第九位聖騎士団と共に行動をしていたはずだ。昨日か今日辺りには彼らもイラインに撤退しているだろうし、そこで真相はわかるだろう。

つまり、既にクロードは真実を把握しているだろうと思う。

もっとも、カンパネラはあそこで嘘をつく意味はないとも思うが。

「討ったのはムジカル軍ですわね?」

「私にそれを漏らしたのはそうです。けれど、混乱を誘う偽報かもしれません。ですから、その辺りは未確認です」

「そう。貴方ではないのね?」

「さすがにそんな真似はしません」

本気で疑っていると言うよりは冗談めかしているが、そこは僕としてはきちんと否定しておきたい。

「本音では喜んでいるでしょうに」

「残念とは思っています」

どうだか、とミルラはまた笑った。

「こちらには、聖騎士団がイラインに転進し、防衛戦の構えをとっているという知らせが届いていると掲示板にはありましたが」

「発表されているのは一昨日の報告ね。私の下には、貴方とベルレアン卿が共に五英将を討ち果たしたとの報も追加で届いていますわ」

よくやった、と言外に褒めるようミルラは頷く。本当に機嫌よさげだ。

僕は続ける。

「では、講和に関しては?」

「講和?」

「ムジカルからミーティアを通じて講和の申し出があったそうです。現在ダルウッド公爵らがそのための協議中です」

「……それは知らなかったわ。いつの話でしょうか?」

「ムジカルからミーティアへは一昨日の朝と予測されています。それから一昨日の夜にライプニッツ家を通じて昨日の朝方イラインへと届けられたと」

「…………なるほどね」

ミルラが顎に手を当てて悩むように考える。

まあ、知らないだろう。昨日イラインの誰かが報告書を書いたとしても、青鳥を使ってここに届くのは通常それから三日、つまり明日か明後日になる。何かの拍子で加速され、早くても今夜だ。

まだ王都では、王すらも聞いてはいない話だろう。知っているのはザブロック家の縁者とミルラたちだけ。

「最新の情報としてはその程度でしょうか。他に何か聞きたいことなどがあればなんなりと」

「そうね。貴方から聞きたいことは……そう、アリエル様降臨は本当ですか? エッセン王国に友好的というのはどの程度の話でした?」

「……アリエル様降臨は本当の話です」

僕は前半に同意し、言い淀む。後半をどう答えようか。

まあそれも悩むこともあまりないだろう。

「あまり吹聴なさらないほうがよろしいかと思いますが」

「何を?」

「アリエル様が王国に友好的というのは疑問です。聖教会の有力者とも、イラインで諍いを起こしました」

「……まあ」

ミルラは笑う。

その原因の半分が僕というのは言った方がいいのだろうか。

いずれわかることとはいえ、……いや、一応僕が関わることだしそれも是非はない。

僕は口を開こうとするが、ミルラはクスクスと笑うのをやめない。

「お父様も不憫なこと。聖教会はどう言い繕うのかしらね」

「…………」

僕が黙って見ていると、頬を綻ばせたままミルラは僕を窺い見る。

「そうそう、聖教会と言えば、貴方戦場で禁忌を犯して破門されそうだとか」

「姫様」

僕がその言葉に反射的に身を固めると、アミネーが諫めるようにミルラを呼ぶ。

しかし楽しげに、ミルラはそれを無視した。

「いいのよ、私からは咎めないわ。そういえば私からも報告があったの」

「報告?」

「喜びなさい。貴方の願いは叶ったわ。それが吉報か凶報かはわかりませんけどね」

姫様、と再度アミネーがミルラを呼ぶが、やはりミルラはそれに応えない。

「昨日、陛下から内密に私に伝えられたの。貴方は禁忌を犯し、聖教会から破門され死を下される。だから」

僕は黙って続きを聞く。

清々しげに、ミルラは殊更に背筋を伸ばして顔を上げた。

「それを取りなすため。貴方の働きと功績を、国から私に与えられるはずの褒賞を全て返上せよ、とね」

言ってから、クスクスとミルラ王女は笑う。今までの鬱憤が全て晴れていくように。

何が可笑しいのだろう、とは僕は思わない。むしろ予想の範疇だ。

僕もその笑みになんとなく楽しくなり、顔を背けて噴き出すように笑った。