軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十三話

胸が、脇腹が熱感に染まり、なのに冷たさがそこから広がっていく。

倒れ伏した身体から、何かが漏れていく気がする。酷く大事で、替えの利かないもの。

身体が動かない。

先ほどまでの拘束とは違う。今度は力が入らない、まるで麻痺しているかのように。

手足の先が冷たく感じる。掻き毟る力もなく、指が地面の凹凸を掴まない。地面から離そうと浮かせた胴体が思ったよりも浮かず、落ち、動く代わりに溜まった液体を叩く音が聞こえた。

起き上がれないのは左側の腹筋が裂かれているからだろう。腹筋だけではない、身体ごとだが。

心臓は無事らしい、が、大動脈は傷つきほぼ切断されているに等しい出血。

だくだくと漏れていくのは血、そしてきっと僕の命。

命が流れ出していく。

心臓が一つ動く度、身体から血がこぼれ落ちて地面に吸われていく。

受け身もとれなかった。顔に覚えた違和感は、怪我ではなく潰れ壊れた眼鏡の感触だろうが。地面に頬を押しつけて、僕は呻く。

地面の震動が僕の耳に伝わり、足音が聞こえた。

間違いない一人の足音。その主は間違いなくカンパネラだろう。

僕が先ほど立っていた場所から、数歩、僕の左側を回り。おそらく剣を構え直し……そして、止まった。

何をしているのだろうか。

時間が止まったような感覚。まだどこか他人事のように、僕はカンパネラを視界に収める。もちろん実際の眼球ではなく、魔力圏が感じる周囲の風景と共に。

何をしているのだろう。躊躇するように、カンパネラが剣を止めている。僕を観察するようにじっと見て、何かに納得するかのように。

カンパネラの声は聞こえない。当然だろう、彼は何も喋っていない。

なのに、何故だろう。魔力圏に意識を集中すれば、何か音が聞こえる。音楽のようだが、小さすぎて正体もわからない。もしくは音楽ではなく誰かの話し声だろうか。

身体が動かない。

カンパネラが僕を捕虜にする気はないだろう。

明らかに殺害を狙ってここに来ている。それに今まさに僕の首を断とうとしている事を考えれば、疑うまでもなく明白に。

なるほど、僕はきっと死ぬ。

だがどうなるだろう。僕が死ねば。

僕がここに来た理由。勇者の活躍の妨害。それはきっと成った。

戦場にいる五英将三人は死んだ。一人はまだ生きているかもしれないが、レシッドたちならば上手くやってくれる。

テレーズの健康に関しては少し心配だが、きっとソラリックがどうにかしてくれるだろう。それに関してはクロードも協力は惜しむまい。

戦場にはクロードが復帰した。五英将がいないムジカル軍に対抗するのは少し不安だが、現在西側にいる予備戦力を集めれば対抗できるだろう。強敵ならばクロードが行けばいい。

勇者に活躍の舞台はあるだろうか。これから戦闘は多分減ると思う。そんな中、最前線に大事な勇者を送るとという愚はクロードは犯さないと思うけれども。

侵攻は一度止まる。五英将が三人一度に死ぬ今日を乗り越えれば。

今日明日の退却戦がエッセンにとってのきっと山場で、そこを乗り越えればきっと誰かがどうにかしてくれるだろう。

ムジカルの五英将の一人は王都から動かない。

対してまだエッセンにはクロードに匹敵する第一位と第三位の二人が残る。第三位に関しては、〈眠り姫〉にやられていなければ、だが。

どこか遠くで音が鳴っている。

多くの人の声が重なり合ったような。

腹部の熱さに反して、下半身が冷たくなっていく。血が届かなくなっているのだろう。足先の感覚は既になく、指先を動かしているのか動かせているのかすらもわからない。

周囲の景色がぼやけるように途切れ途切れになる。

カンパネラの姿がぼやけて滲み、動いているのか動いていないかわからない。

大丈夫だろう、僕が死んでも。

僕が死んでもきっとここからみんなが上手くいく。

ムジカルによるエッセンの一方的な侵攻はレイトンが望んでいないという。ならば彼が何とかするだろう。

もはや僕は聖教会から敵視される身だ。聖教会での栄達と改革を望むソラリックにとっては、むしろ僕は立場的には目障りだろう。

死んだ僕に聖教会からの追及があるかどうかはわからないが、ミルラ王女もこれで僕に全て押しつけることが出来る。彼女は彼女自身のために、あることないこと言えばいい。

大丈夫だ。僕が死んでも。

きっと僕はこの戦場でやることはやった。

戦争での兵士の役目は、味方を守り敵を殺すこと。またその手助けをすること。

敵を殺す。その一点で僕は大きな成果を上げた。それ以上に何を望むだろうか。

視界の中が暗くなっていく。

明るい景色が窄まるように小さくなっていき、周囲には赤黒い暗闇が満ちていく。

暗闇の中で、残った景色が白く霞む。それもずいぶんと小さくなっていき、もうほんの小さな白い点でしかない。

暗闇の中に、一つだけぽつんと浮かぶ光。僕が見る、外の景色だったもの。それがほんの小さな光のように揺らめいて残る。

この光が消えたとき、僕はまたきっと死ぬのだろう。

そう確信した。

一度目の死は覚えていない。けれどもそのときもきっとこうだったのではないだろうか。

胸の辺りから、命が零れていく感覚がある。もはや熱さも感じない。手足が動かせているかどうかも。息はしているだろうか。吸っているだろうか、吐いているだろうか。

光の先から、何か声が聞こえる。意味のある言葉ではない、もっと原始的な何か。

多分子供。女性、だと思う。幼い気もするその泣き声は、男性だとしても違和感はないけど。

僕はその声に、その光の先を想像した。

そういえばこんな風だった気がする。狭いところをくぐり抜け、外の世界に生まれ落ちた。

僕が生まれたとき。

僕はある時気付いたらこの世界にいた。そこにあったのは、ぼやけた視界と、一点の光と、そして泣き声だった。

もしかしたらあの光の先に行けばまた生まれ変わるのだろうか。今の僕の身体を捨てて、またこの世界か、もしかしたら別の世界で、また。

まだ微かに感じていた身体の重さが消えていく。

身体の形に絡まっていた糸が解けるように。それに伴い、僕の身体が僕自身にも見えなくなっていった。

前回はアリエル様の導きがあったらしい。僕はさっぱり覚えていないけれど。

小さくなっていた光が大きくなっていく。

扉が開くように、もしくは僕がそちらに進んでいるように。

もういいだろう。

あの先が死後の世界だろうと、新しい世界だろうと。

僕がこの世界でやらなければいけないことなどない。

僕が死んでもきっと全ては上手くいく。僕が死んだ方がきっと上手くいく。

元々やりたい事なんて何もなかった。その時その時で、一時凌ぎに目的を作ってきただけで。

人生の目的、もしくは生きがい、そういうものがある人間たちが羨ましかった。

森の中、その日暮らしでご飯を食べて、寝て過ごす。そうした生き方がしたいと思った。でもそれ以上に、僕はそれしか出来ない予感がしていた。

金持ちになりたい。出世したい。幸せになりたい。そんなみんなが当たり前に持っている目標が、僕には存在しなくて。

金持ちになりたいなんて思えない。もちろんなりたくないわけでもない。金はあった方が便利だが、なくても構わない。必要ならば稼げばいいし、必要なければなくてもそのままで。

出世したいなんて思えない。出世したくないとも思わない。人を傅かせ命令できる立場は便利だが、そうでなくても問題はない。

幸せになりたい、なんて思えない。幸せだというのはどういうことだが、僕にはわからない。

手も足もなく、力が入っているかどうかもわからず、それでもなんとなく足を踏み出した気がする。

光の先へ。

この人生、何かの目標をその都度設定して、僕はそちらに向かって歩いてきた。

だがもういいのではないだろうか。

これで僕が死んだとして、僕はきっと未練はない。

この世界は、国は、僕の周囲は、僕がいなくても回っていく。むしろ仮に僕がいなければ回らないとしても、きっと僕はただ煩わしいと思ってしまう。

今までやってきた全てのこと。

開拓村から、貧民街からの脱出。国を巡る観光旅行。レヴィンの対策。ムジカルでの生活。王城での……。……そして、戦争。

きっとその全ては足を動かすための一時凌ぎの目標設定だったのだろう。何の意味もなく、目についた丘まで行ってみようというのと大差ない。

なら、今度はその光の先へ歩いて行くだけだ。

死後の新しい世界だろうと。

光の先から、引きつるような泣き声が聞こえる。

僕のものではない。あのときと違う。

そして僕の身体は光に包まれ、上下左右の感覚が全てなくなる。

立っているのか倒れているのか。身体はなく視線だけの存在になったように。

未だ僕の身体はよくわからないまでも、周囲の景色がまたはっきりと見えはじめる。

青空、多分昼の。周囲の建物は石造りで、おそらくイラインのもの。

僕に見下ろされ、泣いている少女がいた。年の頃は五歳前後。黒髪で、短くはないが肩まではない。ワンピースと袖無しのチョッキのような服。二枚重ねということは、きっと裕福ではないが貧しくもない家の子供。

石畳には彼女の涙が滴って弾ける。

両手で目を擦るように俯いている彼女の背後、遠くに見えるのは煙突を兼ねた白く高い塔。白骨塔と呼ばれる聖教会の弔いの塔。

僕がふとその塔を見上げていれば、いつの間にか少女は泣き止んでいたようで、僕の前にまで歩み寄ってきていた。

泣き腫らした目で、黙ったまま僕を見上げて何かを求めている。

彼女は一度喉の震えを堪えるようにしてから、辿々しく口を開く。

「……探しているものがあるんです」

その声は少女と言うより女性のもの。十代中盤で、……そして、このところよく聞いていたはずの。

「母親ですよね」

僕が何となく口に出すと、少女は驚いたように目を丸くする。

それから戸惑いながら、彼女、少女時代のルルは頷いた。

このシチュエーションは知っている。

周囲に人こそいないが、これは僕とルルの初対面の時。街中で泣いているルルを見つけ、一緒にルルの母ストナを探したあのときの記憶。思い出。

僕は踵を返す。いつの間にか作られていた身体は、まさしく今の僕のものだった。

石畳みを踏む革靴の音。聞いていないのはここ数日、……どころか多分ついさっきクラリセンで聞いたはずなのに、いやに懐かしい。

「見つけた場所は覚えています。行きましょう」

「覚えて……? ……あの……?」

そして視線を外した瞬間だろうか、ルルが僕の背後で驚きの声を上げると同時に、僕の横を小さな誰かが歩いていく。

誰か、だけではない。誰か二人が。

歩いていったのは、黒髪の少年。そして連れられているのは先ほどの少女。

涙を堪えながら、手を引かれていった。

去っていったのは多分子供の時の僕だろう。

茶色いボロのような外套。まさしく着古した子供の服を、それも大きさが合わないから裾を縛っている姿。懐かしい。

二人を見送っても、背後には一人気配が残っている。

振り返れば、先ほどの声の印象と違わない。王城にいたときのルルが、ボンヤリと佇んでいた。

「……カラス、様?」

「これはルル様。このようなところでお目にかかれるなど」

僕はあまり礼節など考えずに、軽口と同じ調子で軽く頭を下げる。

なるほど、これは僕の夢だろう。今際の際に見る、僕の夢。走馬燈のような。

見回しても、街に現実感はない。実際の縮尺や色などと全く同じにも思えるが、路地の奥は奇妙に捻れているし、遠景はぼやけて更に謎の影が空に浮いている。空は青空に見えて実際は灰色だ。太陽などどこにも見えず、発光体がないのに明るく見える。

影が妙に長く伸びている。その影と逆方向を見ても太陽はないし、そもそもルルの足下には影があるのに、僕の足下には影がない。

僕の今際の際の夢。もしかしたらもう既に死んでいるのかもしれないが。

最後の見送りをルルにしてほしい、など、そういった願望が僕にもあったのだろうか。なるほど、好きな人に見送ってほしい、とは。……前世では、一緒に行こうなどと言った気がするけれども。

だが不思議そうにルルは僕に一歩歩み寄る。

「これはいつもの? じゃなくて?」

ぼそぼそと呟くようにルルは言うが、とりあえず何のことだかわからない。

「これは、現実でしょうか?」

そうルルが言っても、……たしかに、僕もこれが現実ならばと思わないでもないが。

「いいえ。今僕は戦場にいて、ルル様はお住まいに戻っていらっしゃいます」

「ですよね、じゃあ、やっぱりこれは、夢」

僕はルルの言葉と一言一句違わぬ事を考えて頷いた。

ルルは道の奥、子供たちが走っていった角を見る。

「……お母さんを探していたんですか?」

「そうですね。ルル様がお母様とはぐれてしまい、大泣きをしていたところです」

懐かしいな、と僕は思う。グスタフさんに街の散策を勧められて、気軽に練り歩いた街。

色とりどりの店や風景、人の群れに圧倒された気がする。グレープフルーツの果汁を搾り出したような飲み物を屋台で買ったのもその時だっけ。

その時にルルと出会い、初めて彼女のような生まれの人間と、僕の差を実感した。正確には、街の人間と貧民街の人間の。

今の僕と彼女の身分は、その時からも大分離れてしまったけれども。

「このときに一目惚れしたかもしれないんですよね」

「え?」

聞こえなかったようでルルは聞き返すが、僕は「いえ」とだけ応えて首を横に振った。

思えばおかしな話でもあると思う。子供同士の幼い恋、などと言えば聞こえはいいが、僕だと大分事情が異なる。精神年齢などという尺度はよくわからないし、あのときの僕の年齢も当時の彼女と変わらないといえども、僕は前世があったことは覚えていたのに。

前世のことを何も覚えていなかった以上、僕の精神年齢も当時五歳か六歳程度だったということだろうか。そう考えると、ずいぶんと生意気でひねくれた六歳児だ。

まあたしかに、彼女も僕と同じくらいの年齢に見えていたけれども。

それに、僕も今それをふと思っただけで、そうではないかもしれない。

僕の今世での初恋は、ルルと二回目に会ったときのそれかもしれない。いつからか、など僕にもよくわからないので、それも全く曖昧なのだが。

でも、記憶に残っていたのはたしかだ。

「この人生の最後の思い出としては、納得のいくところですね」

ルルに聞こえなかった言葉の代わりに僕は言う。何となくの感謝を込めて。

「人生、最後というのは?」

「もうすぐ僕、死ぬと思うので」

というか、死ぬのだろう。だから僕はこの夢を見たいと無意識に願い、そして見ている。

夢の中とはいえ、未練になりそうな要素を潰せるのはいいことだ。

未練に、なりそうなのだろうか?

僕が言うと、ルルがホッとしたような顔で微笑んだ。

この場の話の流れからすると少し違和感のある反応なのだが。

僕が首を傾げると、ルルは「ああ、よかった」と続けた。

「カラス様がいつもの夢に出てくるくらいですから、何か意味があると思ってしまいましたけど、……やっぱりただの夢なんですね、これは」

「夢ですよ」

僕も諦めるように言う。

身震いをするような寒気が何となく僕の全身を覆う。

今の今までなかった焦燥感がちりちりと僕の後頭部を炙るように刺激する。

もう終わりらしい。最期に見るには上等な夢。

「だって」

もう一歩ルルが歩み寄り、下ろしていた僕の両手を取る。それからまとめるように包むように握ると、安心したような顔で言う。

「カラス様は約束してくださいましたから。生きて帰る、と」

その言葉はたしか、戦勝祈願の舞踏会で。

手が温かい。

その温かさを感じ取り、僕は目眩をするような感覚を覚えた。

そういえばそうだ。

言われなくとも、そうだ。

生きて帰ると、僕は約束した。

なのに。

どこからか、目覚まし時計のようなけたたましい音が鳴る。

音楽のように聞こえないでもないが、大音量過ぎてよくわからない。だが目覚まし時計のように僕の意識が覚醒に向かっている気がする。

全身を痛いくらいに締め付けるよう、竜鱗の外套が僕の身体を締め付けている気がする。

解けていきそうになった僕の意識を人の形に留めるように。

ぶわりと音を立てるように景色が一気に崩れる。全ての原色がマーブル模様に溶けたように変わり、僕の身体に重さが戻ってくる。

相変わらず足先は冷たいまま。感覚もなく、力も入らない。

けれども。

全身を悪寒が包む。

何かが僕を狙っている。鋭い爪のような殺気が、俯せになっている僕の首元に伸びてくる。

耳に風切り音が届く。

振るわれているのは刃だろう。重心から、おそらくカンパネラは先ほどのまま逆手に持った剣を振り下ろしてきている。

僕の首の皮に、刃が食い込んでくる。

筋肉が裂かれていく。ずぶずぶと刃が押し込まれてくる。

相変わらず足先は冷たいまま。

腹部の熱感は止まらない。

けれども。

何故だか手は温かい。

動く。

首の骨に刃が当たる感触と同時に、僕は背後の刃を掴む。

その体勢から思い切り力を入れれば、パキンと軽い音とともに僕の手に刃の先が残り、そして顔の横にぱらぱらと細かい破片が落ちてきた。

「……!?」

カンパネラが息を飲む気配がする。

刃を持った右手を、握ったまま地面に叩きつけ、強引に胸と地面の間に隙間を作る。鋭い痛みと共に指から血が滴ってきたが、この程度なら構わない。

命は残る。

筋繊維の一本一本は間に合わないが、大まかに形を整えて腹部の傷を再生させる。ついでに首の後ろも。

念動力で身体ごと傷口を押しつけるようにし、脈管系を適当に繋ぐ。命に関わらなそうな何本かそのままだが、即死はしまい。

ひとまず繋がった身体。腹筋。いつものように力は入らないが、両手で四つん這いになるような体勢に形を変えようとする。

カンパネラが舌打ちをし、また剣を振り下ろす。

だがその剣は外套にすら届かず、僕が張った念動力の障壁に阻まれて固い音を鳴らした。

どうにか力の入らない足を叱咤し、僕は跳ぶ。蹴りを返せるほどの余裕もなく、綺麗に跳ぶような余裕もなく、おそらく無様にも近くの木に激突するように。

木に縋り付きながら身体を起こし、木を背に凭れつつカンパネラを見れば、また彼は動く。

剣を携え、まっすぐにこちらへ足を踏み出す。

まずい。

今回は逃げるが勝ちだ。

僕は咄嗟に姿を透明化し、木の幹から身体を引き剥がした。

よろけるように茂みを突き通り、また手近にあった木の幹に透明化しながらも姿を隠す。

今回は退却しなければ。さすがにこれ以上は僕が死ぬ。

圧倒的に血が足りない。こうしている間にも息は切れているし、視界の端が白くなるように気が遠くなりかけている。増血剤や何かを飲んで養生しなければ。

「その遁行は初めて目にしました。どのようなものかわかりませんが、魔法使いには無力ですね」

だが、安心は出来ないらしい。

魔力波がカンパネラから瞬時に広がり、僕の姿を認識したらしい。僕がそれを察知して転がり避けると、一拍遅れて僕がいた木の幹を剣が貫通してきた。

「往生際の悪い」

「先ほどは良すぎたようです」

姿を見せて僕はカンパネラに答える。

思えば、少し悲観的になりすぎだ。

ただ単に腹を裂かれて、大きな血管に穴を開けられただけなのに。

それだけで死を覚悟してしまうなど、おかげで随分と血を無駄にしてしまった。

大きな怪我をすると悲観的で感傷的になるのも僕の悪い癖だろうか。

……まあそのおかげでルルを夢に見て、約束を思い出したわけだが。

鼻の横を掻き、食い込んでいた眼鏡の破片を落とす。

壊れてしまったが仕方ない。

僕は近くにあった薬草の葉っぱをちぎり取り、口に放り込んでジャキジャキと囓る。苦い。

事態は好転していない。今なおカンパネラに対抗する手段はわからないし、僕は逆に先ほどよりも消耗してしまった。

けれども、また新しい目標が出来た。出来たというよりも忘れていた。

生きて帰らなければ。

応援してくれた人間たちのためにも。

ルルとの約束を守るためにも。

戦争は、帰るまでが戦争だ。