軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話

「お帰りのようですな」

テレーズの『気絶』騒ぎも一段落した後。

聖騎士の呼びかけで散っていった野次馬たちと入れ替わりで、現れる影があった。

開いてある天幕の入り口から。静かに、とても静かに語りかけるようにする影。

後ろに従えているのは副官だろうか。二人ということはどちらかが副団長で、もう一人は……もう一人も副団長の可能性があるのだが。

「ガウ……これはライン閣下。ご報告が遅れて」

「おかしいですな。私のもとには、ベルレアン……とタレーラン殿が戻られた報告が届いていないのですが」

フフ、と笑うのは、先ほど僕がここに報告に来たとき、クロードの横にいたガウス・ライン第十四位聖騎士団長。

恐縮するようにクロードは後頭部を掻きながら目を逸らす。寝台に座っていたままのテレーズは、一瞬不思議そうな顔をしたあと、「ああ」と小さく呟いた。

ずい、とガウスは天幕に足を踏み入れ、テレーズの方を向いて胸に拳を当てた。

「タレーラン殿。ご無事でお戻りになられたようで何よりです」

「私だけだがな」

「…………団員の方々については、残念でした」

自嘲するように応えたテレーズに、ガウスは目を伏せて頷くように頭を下げる。

「どなたかからも聞いていると思いますが、聖騎士団にはイラインまでの撤退命令が出ています。速やかにタレーラン殿も、…………」

「承った。第七位聖騎士団として、速やかにイラインへと退こう」

「体調を慮れない現状をご理解ください」

「わかっているさ」

目を閉じたまま、テレーズは右の手首を握り小さく笑う。その態度が、ガウスの重ねた言葉にまた『わかっている』と告げていた。

「では、私も出立の準備に入る」

「騎獣は用意させます。装備の予備も」

「助かる」

では、とガウスは踵を返す。それから、ふと立ち止まった。何かを待つように。

そしてビクビクと肩を震わせていたクロードが、言葉を選ぶように口を何度か声なく開閉させた後、意を決して軽く手を上げた。

「その、ライン閣下」

一瞬無視したようにガウスは応えず、こちらを向かずに動きを止める。それから全体的に細い目や口、顔そのものを動かし、そうして何か表情を変えているようにも見えた。何となく、苦々しい顔か、もしくは苦しそうな顔で。

「……なんでしょう」

「あの、さっきの話なんだが」

「さっきの話?」

「あのさ、聖騎士を辞めるっていう話、なんだが」

僕らの方を向いて、ガウスの顔を見ている副団長たちが、苦笑するように顔を背ける。

ガウスは咳払いをする仕草で、それを咎めた。

「やっぱり」

「貴方には今二つの道がある。戦後脱走兵として裁かれる道。もしくは現場での判断により、大きな戦果を上げたとして褒賞を受ける道。そのどちらを選ばれますか」

「さっきの話、なかったことにならないかなーって」

一応言葉は重なっていないが、それでも二人が好き勝手同時に喋り、会話が成り立っていない。そんな印象を受ける数瞬。

ガウスが勢いよく振り返る。笑みを浮かべ、そして額には青筋を浮かべ。

ぷるぷると全身を震わせながら、ガウスがクロードに叱りつけるような視線を向ける。殴りたいが殴れない。怒鳴りたいが怒鳴れない。そういう機微が、僕にすらわかる。

「イグアル・ローコは」

「直属兵ごと討ってきた。イグアル隊はもういない。……フラムもだ」

クロードが示すと、僕に視線が集まる。今まで僕がいたことを認識していなかったかのような仕草でガウスは「ほお」と呟く。

「この手柄で相殺できるなら……してほしいんだが」

苦々しい笑顔が一転して、素直な渋い顔に変わる。ガウスは長く息を吸って吐いて、その表情の変化を堪えてもう一度鼻息を吐いた。

「……先ほどの話とはいったい何のことでしょうか。単身での出撃作戦、お見事でした、ベルレアン殿」

「…………おう」

「指揮権をお返しします。そう、周知を」

後半は横にいる副団長……たしか第二位聖騎士団の副団長に向けて、ガウスが言う。ホッとしたような顔でそれを受けた彼は、深々と頭を下げた後走り去っていった。

クロードたちが今後の相談に席を立ったのを見送り、僕とソラリックは「さて」と顔を見合わせる。

予定は変更に次ぐ変更で大分崩れてしまったが、概ね元のままだ。

クロードが復職。それに伴い指揮の仕事が入る。テレーズの警護に専念することは出来なくなった。それでも彼女の側に着くことは頑として譲らないらしい。

ソラリックの希望もあるし、一応僕も心配だしで僕らはテレーズに帯同する。必然的に聖騎士に囲まれた安全な旅が約束されるわけだ。

……これでソラリックも納得するだろうか。

しかしまあ、実際に災難が起こるとは思わなかった。

先ほど治療したばかりのテレーズの、突然の心肺停止。神罰とはさすがに思わないが、タイミングが良すぎる。

心臓に器質的な異常もなかったし、僕が折った肋骨をソラリックが治療した際の問診でもたいした原因は見当たらなかった。

何かしらの外傷が原因で、じわじわと体内で出血していたとかそういうわけでもなさそうだ。原因が見つからない。疾患名をつけるなら、心筋症、とかそういうことになるんだろうが。

地味に頭が痛い問題だ。

原因がわかれば対処できるが、治療師でもわからないのであれば、いつまた倒れるかわからない。帰ったらエウリューケにでも診てもらうことを勧めておこう。エウリューケ側が了承してくれれば。

ふと、エウリューケとソラリックが意気投合する様を想像してしまい、なんだか複雑な気分になったのは黙っておこうと思う。

しばらくすれば、拠点からは人がすっかりと消えていた。

今までぱらぱらと残っていた騎士団たちも、それぞれ出立の準備を終えて進み始めたためだ。いくつかの騎士団たちはそれぞれ派閥のようなまとまりを作り、そこを参道師が世話する形になる。各団の到着予定はばらばらだが、イライン到着は明日の昼過ぎくらいか、もしくは明後日の内に、というところがほとんどだろう。

「俺たちも行くか」

「はい」

殿というわけではないが、第二位聖騎士団は最後に近い一団になってしまった。まだ拠点には騎士団や傭兵が残っているものの、夕暮れまでには全て歩き出すだろう。

第十四位聖騎士団はその他の騎士団の露払いも兼ねて、複数にばらけて街道を既に進んでいる。

守られるべきテレーズが殿近くにいるというのはやや不安ではある。まあクロードの側というのも一番に近い安全な場所だ。それ自体は納得も出来よう。

クロードとテレーズは、先頭で並んで騎獣を走らせる。

それに第二位聖騎士団が列を作って続いていく。騎獣に乗ったソラリックはその後。そして僕が併走し、更に馬などに乗ったどこかの騎士団がぱらぱらと続く。

騎士団員に関しては、単に行き先が同じで速度も同じようなものだから、ついてきているように見えているだけなのだが。

僕は人間の群れに付き添うように枝を跳びつつ考える。

今ここにいる僕の隊といえる人間はソラリックのみだ。

パタラはついてこなかったし、治療師とは言葉も交わせなかった。彼は治療師団として帰るのだろう。帰った後、僕を告発するために。

しかし、彼についてはどうしようか。本当に不慮の事故に遭ってもらうというのも案としてはあるが、下手に手を出すと僕の関与が疑われるし、これも頭が痛い問題だ。

実際パタラはどうしよう。

パタラ個人というよりは、聖教会向けの対応を今のうちに考えなければいけないだろう。

僕たちが出立するより以前に、彼らはそそくさと拠点を発っていた。治療師団に配備された騎獣たちによる行軍の速度は聖騎士団と同等と考えてもよく、既にかなり前の方にいるはずだ。

告発の種は、先ほどの僕の行為。蘇生という、彼らの教義に反する行動。

テレーズが実際には死んでいなかった、というのは彼らに理解は出来ないのだと思う。馬鹿にするわけではないが、彼らにとって心臓の停止は即ち死であるし、何らかの原因で息を吹き返した段階で彼らにとっては悍ましいものなのだろう。

蘇生は神の意思に反する行為。

テレーズが勝手に息を吹き返した場合は、テレーズ本人が。今回のように、テレーズに対し何かしらの手当てをした場合には、手当てをした誰かが。

異端の誹りを免れず、今回の場合は心肺蘇生を施した僕が。

恣意的なものは感じるし、理解は出来る。イラインを発つ前にクロードとも話したが、パタラとソラリックは僕のお目付役。彼らは王の命を受け、僕の何かしらの瑕疵を見つけるためについてきており、そしてそれは今最高の結果として成就した。

ミルラの弁護をしたい気もないけれども、少々腹も立つ。

聖教会の教えはこの国の国教だ。王族が異端者となるのは認められないだろう。

異端者となった僕との関わりを否定するため、ミルラは僕を切り捨てざるを得ないだろう。僕とは関わりがなかったと周囲に示すため、僕が得た功績も返上する形になるだろう。

結局彼女は何も得られない。僕がミルラに話したこの戦争への参戦理由が本当になり、僕が挙げた彼女の功績は全て無視されることとなる。

スヴェンたちの扱いがどうなるかはわからないが、せめてそちらは受け入れられるのだろうか。予定通り彼らがラルゴを殺していれば、それもミルラ王女の功績だ。それもスヴェンやレシッド個人の褒賞は残しつつ、ミルラ王女には放棄させるのだろうか。

まあそれよりも何よりも、僕の扱いは。

また一応、まだ僕を雇っているということになっているザブロック家の扱いは。

僕の扱いは実際どうなっても構わない。今後聖教会と積極的に関わる気はないし、その信者に嫌われるというのは今更だ。人間たちと今更新しく友誼を結びたいとも思えないし、迫害を受けるとしても森の奥まで追ってくることはあるまい。

だが、ザブロック家は。その中で、ルルは。

別にいいですよ、と笑うルルの顔が浮かぶ。

なんとなく彼女はそう言う気がする。命を助けたんだから、と。胸を張れと僕を励ますように。

しかし彼女個人はいいとしても、家としてそうはいくまい。上手くレグリスが僕を切り捨ててくれればいいけれども。

僕は当然経験がないが、異端と決定される異端審問とは実際どのようなものなのだろうか。

噂では、聖教会の審問官が噂や告発を元に異端者とされる者を捕縛し、法廷のような場所へと連行するのだという。そこで勿論抵抗すればその場で 犯罪者(異端者) 扱いが決定され、審問の場でも大抵結果は決まっている。疑いがあって連行されているのだから。

弁論の機会はあるだろうが、そこでソラリックたちは弁護してくれるだろうか。我が身可愛さにではなく、将来を考えてソラリックは僕を弁護しない可能性はある。クロードもそうだろう。彼の場合は立場を考えて。

テレーズがその場で否定したらどうだろう。彼女はただ寝ていただけ、と自分でも口にしてくれれば。

実際、彼女は死んでいないのだ。ただ心臓と呼吸が止まっていただけで。

仮にその二つの停止を死と定義したとしても、誰も彼女の死を確認してはいない。彼女に直接触れたクロードとソラリックを除いて。

僕は枝葉を避けつつ眉を顰める。

わかっている。

それを死と思わないのはあの場では僕だけで、僕の言葉は詭弁扱いとなるだろう。

ただ呼吸が止まっただけ。ただ心臓が止まっただけ。ならば次はなんだろうか。ただ命を失っただけ、とでもいうのだろうか。

批判を思い浮かべて自分で苦笑した。

わかっている。この国はそういう国だ。

パタラも他の治療師も、テレーズの死は確認してはいない。

それでも周囲の反応や状況、野次馬の証言から彼女は死んだことになるだろう。そして彼女に対し悍ましい何かをした僕は、いつも通り石を投げられることになるのだろう。

いつもそうだ。この国はそういう国で、その大きな流れに逆らう力は僕にはない。それに逆らうためには、権力や人々の求心力という形の影響力が必要だ。僕に足りないもの。

まったく。

ルルがいなければ。モスクやリコたちがいなければ。オルガさんやティリー、ササメたちがいなければ。スティーブンやクロードたちがいなければ。

まだ食べていない美味しい料理がなければ。

こんな国など、滅ぼしてしまっても構わないのに。

結局僕の中で答えが出ないまま、僕たちは街道を駆け続ける。

一路西を目指して。次の防衛線となる、イラインを目指して。

だが、そんなクロードたちを先頭にしていた列も、突然止まることになる。

ふと彼らが騎獣を止めたその先を見れば、そこには横倒しになり萎んだ幌付きの荷馬車が道の中央にあった。

道を塞ぐというほどのことではない。その左右には通り抜けられる隙間が荷馬車以上の幅を持って存在する。だが、何かしらクロードたちは不審に思ったのだろう。「止まれ、止まれ」と後ろに聞こえるように聖騎士の誰かも声を上げた。

僕とソラリックがそこに辿り着くまでの間に、聖騎士が数人騎獣を降りる。そして駆け寄った荷馬車を揺するようにして持ち上げ点検するが、中には誰もいないようで不思議そうに首を横に振っていた。

荷馬車を引いていたはずの馬もいない。

止まったクロードたち聖騎士に合わせて、列が渋滞する。僕たちが聖騎士の所に辿り着いた頃には後ろをついてきていた騎士たちもぽつぽつと詰まり始めていた。

「何があったんでしょうか」

ソラリックが僕に尋ねてくるが、僕もわからず「さあ」と一言返す。

そうしながらも、僕は周囲を見渡し暗い森の中を見た。

さて、どうしようかと僕は内心繰り返す。

人の間を縫い、クロードが僕に視線を向ける。

きっと彼も違和感には気付いているだろう。明らかな通行の邪魔、なのに前を通った誰かが撤去していない。

それに、僕の鼻に感じた臭い。どこからかわからないし、林の中で風上すらも読み取りづらいけれども。

きっとこれは、血の臭いだ。