軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話

僕はクロードたちとは別の天幕であぐらをかき、目の前に置いたすり鉢で生薬の配合を行っていた。

ソラリックの作った薬箱はやはり優秀だ。

もちろん品揃えは王城の薬品庫には劣るし、僕としては使いたい生薬が入っていなかったりする。けれども僕が使うとしても、の代用品には事欠かないし、最低限の 下品(毒物) までもソラリックが採取して入れてくれている。

毒草はおそらく治療師の薬品学での知識ではあるまい。エウリューケですら甘露を作る際の毒の調合の知識は曖昧だったことを思えば。

しかも、生薬として使える状態から選別したのではなく、山野からの採取から行ったと思えば。

やはり優秀で、賢しい。もちろん皮肉ではなく。

ソラリックは開け放した入り口を何度も跨ぐようにうろうろとしている。

僕は煮た当帰の根を叩き潰しつつ、彼女に目を向けて、内心賞賛の言葉を吐いた。

念願が叶い興奮冷めやらぬ彼女は、僕の見学ということでパタラたちとは別に待機していた。

今彼らの前にいればボロが出る。そう彼女が言っていたが、それもそうだと僕は思う。

ぶつぶつと何事かを呟きつつ、顔を明るくしたり暗くしたり。そうしながら歩き回る。

そんな彼女を見て、簡単に真実には辿り着かないまでも、何事かが起きたと思うのは当然だろう。

少々目障りだが、まあ仕方あるまい。

今後の予定としては、クロードとテレーズを連れて撤退する形になるだろうか。

撤退では山野を進むのではなく街道を進むし、万全のクロードや安静が必要とはいえテレーズならば二人だけでも問題なく安全に戻れるだろうが。

朗報として、イグアルはクロードが間違いなく討伐したらしい。

ならばこの戦場に残る安否のわからない五英将はラルゴ一人で、それも心配はあるまい。スヴェンもいるし、レシッドがいる。彼ら二人ならば。

しかし、……と、僕は自嘲し唇が綻ぶ。

僕の予想はことごとく外れてしまった。ネルグ北側を通る五英将はいたし、聖騎士団一つと五英将は等価ではなかった。ネルグ内で睨み合う膠着状態など作られず、エッセン軍はイラインで防衛線を張りムジカル軍に備える。

狙い通りも一応はある。

勇者と五英将が鉢合わせる展開にはならなかったし、碌な功績もなく撤退させることが出来た。勿論それだけで目標達成ではあるのだけれども、予想が外れたのはなんとなく悔しい。

狙い通りではなかったのは、エッセン騎士団の被害。

聞いた限りでは、参加した聖騎士団九つのうち、三つは全滅。第七位聖騎士団はテレーズを残し壊滅し、第八位聖騎士団は安否は不明。

少なくとも戦力を残しているのは半分ほどということだ。

五英将が五人中三人消えたムジカル。聖騎士団が九つ中五つ消えたエッセン。今の戦力差はいかほどだろうか。

未だ拮抗していると言えなくもないし、共に最高戦力を残し、更にエッセンは全十七の団のうち五つということも考えれば少し複雑にもなると思うが。

小競り合いで済ませたかった。

誰の功績にもならず、誰も何も得られなかった。そんな戦争に。

「…………」

パタパタとソラリックの靴が地面を叩く。

まったく落ち着かない。そわそわとして視線を漂わせ、たまに僕の手先を申し訳程度に見る。

僕はそちらに目を向けず、口を開いた。

「……落ち着かないならどこか別の場所で待機してもいいのでは?」

「やっぱり……邪魔ですか?」

うん、と頷く代わりに僕は改めてソラリックを見る。実際には邪魔ではない。無視していても何にも問題なく、僕が気にしなければいいことで。

「一人になった方が遠慮なく人目を気にせずいられると思いますけれども」

「一人になるのも、ちょっと不安で」

「…………?」

不安。何の話だろうか。

ここは戦場、たしかに一人になっても安全とは言えないだろうが、しかしここは未だ自陣だ。ここまで侵入できるような賊は少ないだろうし、仮にいても大きな声を出す余裕程度はあるだろう。

僕は手を止めずに、それでも不可思議さに視線でソラリックの言葉の続きを促す。

そもそも不審な点があるならば、それこそ聖騎士団にでも伝えるべきことだ。

ソラリックは自嘲するように立ったまま俯く。それから開いて止めてある天幕の扉代わりの布を掴んで、開閉させるように弄んだ。

「私たちは安全に帰れると思いますか?」

「安全には難しいですが、そう努めます。何か問題でもあるんでしょうか」

ここは戦場。それに森の中。街中での安全とは違うが、それでも僕は最大限努力はしよう。獣と出会わず、敵兵とも出会わず、……なら森の上を飛んでいってもいいかもしれない。

だが、もちろんと言わんばかりにソラリックの顔は晴れない。

「用兵のことですとか、進軍経路とか、そういうものは私は詳しくないので口出しできません。でも、提案なんですけれど……。……レシッドさんやスヴェンさんを待って万全の状態でここを発つわけにはいきませんか」

「安全を考えるならば、二人を待つよりも、早く出立した方がいいと僕は思います」

僕も詳しくないが、戦場では撤退戦が最も危険だと聞いたことがある気がする。また 殿(最後尾) が一番危険だとも。

ならば相手が追いついてくる前に、出来ればまだここに誰かが残っている内に発ちたい。

「一応聞いときましょうか。何故です?」

だが、ソラリックがわざわざそう言うのならば、理由があるのだろう。僕は調合の手を止めて、ソラリックの顔を見て続きを促した。

それでもソラリックはこちらを見ずに首を横に振る。

「明確な理由はありません。でも、不安なんです。また……また、もしかしたら私のせいで……」

ソラリックが見つめるのは天幕の壁の先。ここから見えないはずのテレーズたちの天幕。

見つめたまま細い首を動かすよう、ソラリックは唾を飲んだ。

「私は、神を信じています」

「知っています」

「その、さっきは無我夢中であんなことを言ってしまいましたけど」

「どのさっきかわかりませんが」

ついでにいうと、どの『あんなこと』だろうか。

僕がそう聞き返すと、ソラリックはクスと笑った。

「わざとぼかしているんです。どこで誰が聞いているかはわからないので」

「なるほど」

僕は内心で、なるほど、ともう一度繰り返す。外に誰かがいるかどうか、近くで聞き耳を立てているかどうか、僕にはわかってもソラリックにはわからないかもしれない。

当然の配慮で、……ならばそもそも聞き返すのは僕の失態だ。一応、耳を澄ませて周囲を確認しても、誰も聞いていないことはわかるけれども。

「…………聖典を記したのは誰だと思いますか?」

そしてソラリックの言葉に、どの『さっき』と『あんなこと』かはなんとなくわかった。

「その由来は実は私たちの間でもはっきりしていません。聖典の最初、創世神話の節は初代の教主である〈御子〉様が神から授けられたのだと」

「では、神からの教えを初代教主が記したと考えるのが自然でしょう」

その逸話は詳しくは僕は知らない。

だが伝え聞く話では、たしかにそのような話もどこかで聞いたことがある。一千年以上前の昔、魔王戦役よりもかなり前に、エッセンより西にある聖地で名も性別すらも伝わらぬ〈御子〉が神から信託を受けたのだという。

神託と共に授けられたのは創世神話や戒律の描かれた石盤。聖なる絶えぬ火を灯し人々を照らし、必要とあらば敵を焼く神器〈生き残りの枝〉。また、聖なる九人が集わねば開けられぬという、石盤と枝を納める堅牢な箱。

受け取った〈御子〉は各地で布教に務め、そして現在の聖教会を築き上げた。

「創世神話の原盤は歴代の教主と、枢機卿とも呼ばれる八人の特等治療師しか見ることが許されていません。でも、多分もちろんそこに、聖フォルテや聖トマスの記述なんてありません」

「それはたしかに」

僕は頷く。

だが。

「それで……? 話が見えませんが」

「聖典は全てが〈御子〉様の手によって記されたものではないんですよね」

ソラリックが、ふむ、と口の中で何かを呟く。

僕に何かを打ち明けているようでもなく、ただ考えを整理しようとしている。そんな風にも見える。

それともう一つ、どこか怯えも。

「だから……だったら、戒律も、後の教主や枢機卿によって作られたものであってもおかしくないと思うんです」

「そうですね」

というか、実際その通りだろう。

〈蘇生〉や〈再生〉の法術は、先代勇者とアリエル様の行いにより禁じられた。仮にそれが元から禁じられていたのならば、わざわざ文章にしては残さないだろう。禁書にする前に記録自体行わないはずだ。

エウリューケもそのようなことを言っていたと思う。

それに、宗教というのはそういうものだ。

「そう、だから……」

ソラリックが言葉を止めて、沈黙が流れる。

やはり話が見えない。彼女の中では繋がっているのだろうけれども。

「この戦場に出るって噂の占い師。カラスさんはその方をご存じなんですよね?」

「また話が飛びましたね」

興奮からか、それとも他の要因からか、ソラリックの言葉が支離滅裂にすら思える。

僕はソラリックの言葉を待つが、ソラリックも僕を見つめて答えを待っている。何故だか、怯えるように。

ソラリックからそれ以上の返答がないことを確認してから、僕は頷いた。

「はい。おそらくですが、僕の知り合いの姉だそうです。名前はプリシラ・ドルグワント」

「……そうですか」

そして僕の言葉に安堵まで見せ、ホッと息を吐く。まだ顔色は優れないが。

「あの人と会った日。患者が死にました。そのことがずっと引っかかってるんです。あの人は言っていました。『近く、君は自分を見つめ直すだろう』って。その予言通り、すぐに患者が死にました。完治まではしなくても、カラスさんに治してもらった患者が五人とも」

「五人の死に、プリシラさんが関わっていると?」

「あの人が人間なら、神と関わらない人間というのなら、そうとまではいいません。でもそれが罰だったんじゃないかと、私はまだどこかで思ってしまうんです」

「偶然でしょう」

というよりも、そこまでいうのならば逆にプリシラが関わっていたと感じるのが自然だと思う。彼女の手引きでエッセン軍は夜襲を受けた、と。

彼女と数度だけ話した僕は、『そこまでするだろうか』とも考えてしまうけれども。

しかし少なくとも、ムジカル軍の夜襲の予定は知っていたのかもしれない。

「私は戒律に逆らい、カラスさんにあの患者たちを治してもらいました。完治まではしませんでしたし、私がやったわけではありません。でも、変則的にでも、禁忌に触れた私たちに神は罰として災いをもたらした」

言いながらソラリックは広げた手で顔を覆う。視界は塞がず、指の隙間から視界を確保するように。

「今日も私は奇跡に立ち会えました。もちろん嬉しくて、それが私の使命だと今でも思います。でも、嬉しいと同時に、不安なんです。戒律はもしかしたら間違いじゃなかったんじゃないかって。もしかしたら、《再生》の禁術は本当に禁じるに足る理由があって、行えば災いがもたらされるんじゃないかって」

指の隙間から地面を見つめて、ソラリックはぽつぽつと呟き続ける。

「カラスさんだってそうです」

「僕も?」

「カラスさんも、リドニックの白波騒動で、行方不明になっていましたよね。あれも、『例の噂』のせいで、だから……って」

「……それは考えすぎではないでしょうか」

そしてそれは明確に否定できる。

あれは不運が重なったわけでもなく、何かしらの不可思議な力が働いたからでもない。

たしかに僕は北壁に飲まれて行方不明にはなったが、あのときは波を鎮めるためにそうするしかなかっただけで、むしろ当然のことだったとも思う。

そう説明しようとして僕はやめた。その説明をするならば、マリーヤからの要請を破ることになる。『一時白波に飲まれた生還者』、その身分は明かせない。

更に宗教観というのは根強く、そこまでを『運命』と言い切られてしまえばそれも困る。

「白波に飲まれたと聞いたんですが……本当はどうなっていたんですか?」

「……それについてはマリーヤというリドニックの高官に口止めされているので言えませんけれど」

月に行き、アリエル様と会っていた。それを知れば彼女は羨ましがるのだろうか。

「命の危険はありませんでした。それは本当のことです」

そして僕はあの白波に飲まれても、最初から命の危険はない身だった。それもまた真実だ。