軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

私も混ぜて

戦場は、僕が地面に開けた穴を挟んで向こう側。

勇者が勢いよく剣を振るう。その度にぽとりぽとりと首が落ちていく。

そして空を唐竹割りするような豪快な縦振りをすると、敵のリーダー格らしき大男が手綱を引いて飛び退き、しかし間に合わなかったのだろう、乗っていた蜥蜴の頭が縦に割れた。

大男は、勇者の魔法を避けたらしい。

蜥蜴から飛び降りつつも何度か大刀を振ると、虚空に打ち合わせるような金属音が響いた。

勇者が操作したわけでもないだろうが、勇者の乗っている騎獣も嘶いて足を止める。二人向かい合うような雰囲気。周囲ではまだ死闘が続いているというのに。

「手柄首と見た! 所属を名乗れ!!」

「そんなものない!!」

いや、あるだろう、と僕は思いつつ二人の決闘のような雰囲気を見守る。

オセロットや聖騎士たちは他の騎爬兵の対処にもかかっているようで、勇者の支援は出来ていなかった。

というよりも、彼らも戸惑っているのだろう。オセロットに至っては彼らを見つつ、目の前の敵兵の腹を戟で抉りながら「なんで来たんだこいつ」と呟いていた。

「ならば首だけ置いて去れい!!」

大男が大刀を横薙ぎに振る。勇者はそれを受けようと両手で剣を構え、身体の横で合わせる。もちろん、その結果は。

「うっ……!!」

勇者が使っているのは不壊の宝剣。それを両断することは大男にも無理だったのだろう。しかしそれ故に大刀は勇者の身体を切断出来ずに剣に阻まれ、その上で振り切られる動きに合わせて勇者を吹き飛ばす。

勇者が連れてきた部下らしき騎士がそれを受け止めようとするが、勢いからして砲丸を受け止めるようなものだろう。受け止めた側も弾かれるように倒れた。

「武器は強いが身体はなまくら! つまらぬ!!」

転がる勇者の様を見て興味を失ったように、大男は手近な騎士に斬りかかる。近くにいた騎士は闘気も使えないようで、構えすら作れなかった槍ごと身体を斜めに両断された。

威嚇のためだろう、血に塗れた大刀を前に突き出しつつ大男は回転し、周囲に空間を作る。それから大きく息を吸う。こちら、半壊した城と天幕を眺め、大きく口を開けた。

「我はイグアル様直属第三騎爬兵隊が一! オッド・ピルエである!! 出てこいエッセンの魔法使い!! 〈楼閣師〉クリハを討った貴様の首を以て我が手柄とする!!」

そして叫ばれた言葉に、僕は無意識に顔を逸らした。

挑発の言葉はまだまだ続く。

僕はその様子を面倒に思いながらも、一歩足を踏み出す。

その仕草で何か伝わったのだろうか。非戦闘員の護衛などで遠巻きに見ている者はそれなりにいるが、大男は僕を見つけたようでまっすぐにこちらを見た。

無精髭が台無しにしている気がするが、それを剃れば精悍といえなくもないだろう大男。後頭部で束ねた長髪で輪を作っている。見方によれば、丁髷のようにも見えなくはない。

僕も見返し外見を確認するが、見覚えはない。イグアルといえば、五英将の〈歓喜〉。その直属と名乗る以上それなりに腕は立つのだろうが、ムジカルでは有名とはいえないのだろう。多分。

まあいいや。手柄首なら、それはそれで。

僕は宙を蹴って地面の大穴を飛び越えにかかる。

百メートル以上はあるだろうが、空中に見えない足場を作って跳べばすぐだ。数瞬の後に戦場まで辿り着き、最後にと斜め下に跳ぶ。

空中の僕と、僕を見上げる大男。視線が交わり大男の顔が喜びで歪む。

「貴様かぁぁぁぁ!!」

喜ばれてもなんとなく申し訳ない。

そのまま大男は大刀を振る。狙いは僕の頭部、または首だろう。

爆発的に引き上げられた闘気の出力が、大男の身体から大刀の先までを覆う白い光を見せる。闘気の賦活自体はそう時間がかかるものでもないが、斬撃の途中で始めて相手に当たるまでに完了するとは異常な速度だ。

僕は空中で体勢を変えて身を翻す。

頭を先に跳んでいたが、頭を引いて足が先に出るように。

左から右へ、通り過ぎた大刀の刃を追うように左手を回し、刃に手を添え支点として身体を回転させる。

繰り出すは右の踵蹴り。狙うは大男の頭部。

だが。

「……ほぐっ……!!」

とっさの蹴りでは上手くいかなかったらしい。

おそらく男の右側の歯は全て折れたと思うが、命までは奪えなかった。

よろける男の肩を蹴るようにしてついでに鎖骨を踏み折ってから飛び降りると、振りきった大刀に引きずられるように男はよろよろと地面に手をついた。

「…………ごと……」

それでも戦意は尽きていないらしい。

囓りとった茹でトウモロコシの粒でも吐き出すように、口の中の血と共に歯の粒を地面にまとめて吐き捨ててから、男は何かを呟き笑う。

「……み……と……」

僕はそれを無視しつつ歩み寄る。

五英将直属というのは嘘ではないらしい。そう納得できる程度の腕前。聖騎士団でもなければ相手にならず、騎士には、ましてや勇者には相手できないだろう腕前の男。

「み…と…ご……みご……と見事見事ぉぉぉ!!!」

そんな大男が勢いよく立ち上がる。折れた鎖骨ではやはり持ち上がらないらしく、左腕だけで大刀を構えた。

「〈 盲蜻蛉(めしいとんぼ) 〉のオッド! エッセンの魔法使い殿に拝謁する!! 名をお聞かせ願う!!」

興奮のままに、大男はまた名乗りを上げる。そういえばさっきも名乗っていたが。

しかしどうやら先ほどとは意図が違うらしい。

先ほどのは、挑発。今度は。

「…………カラスといいます」

「カラ……!!」

今度のは、僕の目が間違っていなければおそらく感嘆のものだろう。

礼儀として名乗ってきた。ならば返さなければ、というのはなんかこの男の空気に毒されてしまっている気がするけれども。

「〈赭顔〉のカラス! なるほど!!」

大男はケラケラと笑う。納得したように、膝を打つ代わりに地面を蹴った。

「なるほどなるほど! ムジカルでは武勇名高き〈赭顔〉。女に振りまく顔しかないと思っていたが……これほど!!」

「納得していただいているところ悪いんですけど、ここは戦場なので……」

僕はまた一歩踏み出す。大規模な魔法は使えないが、少し跳べば蹴りが届く距離。僕にとっての必殺の間合いに足を踏み入れる。

そもそも会話をする必要もないのだ。やはりこの男の醸し出す空気に飲まれていたらしい。

そして僕が足を踏み出すと同時に、戦場が静かになった気がする。

ふと見れば、オセロットの参戦に加えこの大男がこちらにかかり切ったことで戦力外になったからだろう。戦闘はほぼ終わり、ムジカル兵で残っているのは数頭の騎爬とこの大男だけ、という様相を呈していた。

「……立ち向かってきますか?」

思わず僕は尋ねてしまう。敗戦必至。孤立した大男。既に部下たちは死に、後衛にいた弓兵たちまでもが全員死ぬかこれから死に至るかになってしまっている今。

騎士たちでは相手にならなかった大男、しかしオセロットと戦えばさすがに勝てないだろう。もはやこの大男が戦う意味はあまりない。

逃げるか投降するかすればいいのに。

「一騎打ちを所望する。カラス殿、それに、そこの聖騎士もだ」

大人数にゆるゆると囲まれた大男はそう言い放つ。不遜、という言葉も浮かぶほど堂々とした態度で。

そこの聖騎士、と指し示されたのはオセロット。俺? と困った顔で自分を指さしていた。

「ただとは言わない。受けて立つならば、我が把握できる限りのこの近辺のムジカル軍の陣の位置を教えてやろう」

ざわ、とわずかなざわめきが広がる。

こちらは何も言わないのに対価を持ちかける。話しやすい男、と僕は思った。

「イグアル・ローコの陣は?」

僕は半笑いで尋ねる。

彼は先ほどイグアル直属を名乗った。ならばそれが一番わかりやすいものを。

「裏切れるわけがない」

「でしょうが」

ならば、友軍なら売ってもいいというわけか。

どうする? と僕はオセロットに視線で問いかける。

一騎打ちのことではない。

殺してしまってもいいのだろうか。もしかしたら重要な情報を持っている男。捕虜にとる、などと方針を示してくれればいいのだけれども。

「…………」

オセロットは、仕方ない、という風にため息をつく。

受ける、とでも言いたげな。だが、僕は反対だ。

「僕は反対です。本当の情報だという保証もない。捕らえて拷……尋問にでもかけた方が」

「…………ああ」

ずいぶんと長い間を置いて、オセロットは頷いた。その前に一度、目を剥いて驚いたようにも見えたが気のせいだろうか。

迷っている一瞬。

大男の背後に、静かに一人の男が歩み出る。気配に気付いて見れば、勇者。

着慣れていないであろう金属鎧が、なんとなく不釣り合いだった。

「おい」

「…………」

「一騎打ちなら、俺が……っ!!?」

だが、勇者が何かを言い終わらないうちに、大男が背後を大刀で払う。

石突き付近を持ったその握り方のせいだろうか、先ほどの間合いよりも大分遠くから、勇者の胸付近を裂く。金属鎧に切れ目が入り、中に見える鎖は……緋緋色金製か。

「黙ってろっ! 今戦士と話しているのだっ!!」

怒号。

また突き飛ばされたように勇者が尻餅をつく。しかしこの男でも、やはり緋緋色金や青生生魂は壊せないのだろうか。

瞬間的に沸騰した怒りに、空気を震わせて叫ぶ男。

勇者の周囲にいる騎士たちが苛立つように男とオセロットを見る。元々いた騎士たちではなく、彼らは勇者に付き従いここまで来た彼の部下たちだろう。

「てめっ…………!!」

まだ言い募ろうとする勇者に向けて、もう一撃、と怒りにまかせて振り下ろされた男の大刀。それは、割って入った聖騎士に甲高い金属音と共に受け止められていた。

片手で振るわれた大刀を押さえる聖騎士の額には汗が浮き、手が震えていた。聖騎士が弱い、わけではあるまい。

オセロットはその様を見て、ため息をつく。

「……仕方ねえ……飲もう、その話。だから暴れるのは勘弁してくれや」

「…………かたじけない!」

その言葉を聞いて、大男はスっと大刀を引いた。安堵の声と共に後ろをちらりと見た聖騎士の視線の先には、まだ片膝をついてしゃがみ込んでいる勇者の姿があった。

雨の音が響く天幕の下で。

第八位聖騎士団の団長副団長、それと幾人かの聖騎士。そして参道師と勇者、その副官と。

仲良くもないが、僕らは机を囲んで見下ろし頭を突き合わせていた。

「で、なんだって?」

「一番近いところで北東三里の位置、というところでしょうか」

大男……オッドといったか、が持っていた書簡を広げて僕はオセロットに示す。

どうやら百人長クラスより上の階級では、その日の朝に互いの近くの陣の位置だけ情報交換をしているらしい。基本連携をとらないムジカル兵にしては珍しい、補給や拠点作りのための数少ない連携行動だ。

今朝受け取った書簡を彼は丁寧に持ち歩いていたらしく、勝てばそれをやる、とのことだった。懐にしまっているということを忘れていた僕が彼の心臓を強く打って止めたときにかなり皺が寄ってしまったが、まあ読めるので無事といえるだろう。

それなりに強い相手だったと思う。直属兵ということはカンパネラと下手すれば同格ということでもあるので、考えてみれば当然なのだが。

満足げに死んでいたオッドを含め、敵味方の死体を弔い、地面の大穴に放り込んだ後、僕らは情報の検討に入った。

書簡に書かれているのは当然ムジカル語だ。使われている文字はエッセンの言葉とほとんど共通しているものの、どうしても細かな差異がある。その誤謬を避けるためにと僕が読んでいるが……正直この程度僕は必要ないと思う。

「書き写せ」

「はい」

オセロットは部下に書き取りを命じる。もちろん、これを全て信用するべきではないが、参考までにと他の聖騎士団にも周知するらしい。

さらに、と僕は机いっぱいに広げた大まかな地図に、書簡に書かれた敵拠点と付記された情報を筆で印していく。重ねて既に描かれていた開拓村も、塗りつぶすように。

もともとネルグの中の国境など曖昧なものだ。国境の標など埋められたその年に埋没し、『だいたいこの辺り』と決まってしまう。

まだこの辺りは国境付近。その曖昧な地点。

この付近、緩衝地帯にあった開拓村は少なくとも三つ。そして敵拠点の位置からすると、どれも見つかっていないわけがない。

描き途中の地図の印。それを僕がせっせと仕上げていると、勢いよく机が叩かれる。

墨を入れた瓶が揺れて細かな滴が地図に飛んだ。ああ。

「…………後方へ送る連中を急がせろ」

そして静かに、オセロットが呟く。地図を見たまま、目を見開いて何かを堪えるように。

「カラス殿。次は協力を要請する。今日中に全部潰す」

「全部、は気負いすぎではないですか?」

端的な言葉だが、簡単に言えばここに印された敵拠点四つを全て潰すというのだろう。

しかし、無理な話ではないだろうか。

こちらの兵は二千に満たず、そして概算でしかないが敵は合わせて三千はいる。戦力の差は大きい。正規兵のいる拠点だし、中には魔法使いも相当いるだろうし。

更に移動も一苦労だ。その兵全てを引き連れて移動するともなれば、とても今日中に回ることなど出来ないだろう。

……さらに、その全てにそれなりの量の捕虜がいるかもしれないともなれば。

「もう俺たちは遅れてんだ。早く、一歩でも前に進む。これ以上、奴らの好きにはさせねえ。明日じゃだめだ。今日中でもだめだ。今だ、今でなけりゃ」

オセロットの髪の毛のない綺麗な額に青筋が浮かぶ。

だが、止めるべきだ。特に今日は。

僕は検討会に参加していた副団長を見る。僕と同じく眼鏡をかけた大柄の男は、その眼鏡をクイと直して僕に合図を返した。

「捕虜はすぐに殺されませぬ。救出を考えてもまだ余裕はありましょう。特にこの雨中の行軍は危険だと参道師の方からも」

「え、ええ」

呼びかけられた参道師は、慌てるようにして地図を示した。

「この先にある樹液路はすぐに氾濫しまさ。樹液路に現れそうな魔物のことを考えても、それまでに渡れるとしても少人数しか」

「…………」

オセロットの手で、ガン、と強く机が叩かれる。墨の瓶は既に僕が保護していたので、今度は滴は飛ばなかった。

「じゃあ、いつだよ、いつ止むんだよ」

「蜆蕗の様子から見れば、昼過ぎには」

「……じゃあ、いつ!! いつならいいってんだ!? ええ!!?」

「まあ、まあ……」

猛り狂う様子のオセロットに愛想笑いで返しながらも、参道師はこちらをちらりと見る。僕は副団長に止めてほしかったんだけど、……なんか全部返ってきた気がする。

「なら、兵を分ければいいんじゃないでしょうか?」

そして一瞬黙ってしまった僕に何故だか浴びせるように、聞きたくなかった声が響く。今まで黙っていたのに。

部屋中の視線が勇者に集まり、彼もどきりと肩を震わせた気配がした。