軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

頑張れ

朝とはいえ、服飾工房は基本的に動いている。

生ものを扱っているわけではないので市場が開く朝が一番忙しいとかそういうことではなく、生ものではなくいつでも出来ること故に、いつでも同じように忙しそうに。

「遅れてごめんね」

出発の朝、彼女の職場を訪れた僕に、リコが黒い外套を手渡してくれる。

広げてみれば、もちろんそれは着慣れた服。リコ謹製の竜鱗の外套。だが一応リコも綺麗にしてくれたのだろうか、表面にどうしてもついてしまう埃や泥がなくなっていた。

昨日の食事会では間に合わなかったが、今朝には間に合わせると言ってくれた。

言ったとおり、リコは確かに仕事を仕上げてくれたのだと思う。裏返した袖、その裏地部分には、外から見えないように白い糸で刺繍が入っていた。

「意匠は薫衣草。最初は花と同じ紫の糸を使おうと思ったけど、なんとなく映えないからやっぱ白にしてみた」

「へえ」

僕は感心混じりに息を吐く。

今回行ったものは、使用上意味のない装飾の追加だ。

外からも見えず、見るためには袖を捲らなければいけない。更にこれは何の機能も持たず、本当にただ柄が増えただけだ。江戸っ子は裏地にこだわる、なんて言葉を昔聞いたことがある気がするが、僕にこだわる趣味はない。

けれどもそれでも、その見事さはわかる。いや、刺繍の善し悪しなどを見分ける目は僕にはないが、その細かさと丁寧な仕事くらいは僕もわかる。

大事なお守りだ。靴も外套もリコの謹製。

靴に続いて外套にも搭載された、詳しくは知らないが安全を守るためのおまじない。今やイラインの一番街どころか王都の貴族からの注文を受ける腕利きの職人によるおまじない。 確かに受け取った。

裏返しを綺麗に直し、袖を通す。もちろんといっていいだろうが、使用感には何の変わりもない。

「ありがとうございます。これで……」

そして言いかけ、言葉に詰まる。千人力、と言おうとした。おそらくこういう場合に一番出てくるであろう単位、千人。もしくは百人だが。

しかしそれ以上の価値はあると思う。全く何の効果もなくとも、僕の心情的には。

「これで万人力ですね」

千人力、はスティーブンに既に言われている。僕が戦争に参加するだけで、千人力。ならばこのおまじないにより、僕はきっと万人力となるはずだろう。……もっとも、ムジカル兵は推測で十万近い。その場合僕があと九人必要か。

リコは微笑む。おそらく柔和で人好きされる笑みで。

「俺やモスク君も一緒に戦ってる、なんて思ってくれると嬉しいな」

「袖、ってそういう意味なんですか?」

「……そうだね。詳しい起源は俺も知らないけど」

この風習というかおまじない。それは『袖通しの槍』という名前で、本来は本当の袖を渡すのだとリコに聞いた。僕も実際知らないが、多分そんな感じなんだろうかと推測する。

……実際に使われる取り外せるタイプの付け袖というものは、主に女性が身につけるものだったとも思うが。

「気をつけて。帰ってきたらまたどこかで戦勝祝いでもしようよ。また『雪の小さな鍋』でもいいしさ」

「いいですね。そのときは豪勢にいきましょう」

勝手にササメに入れられた予約が約一月後にあるが、その時にはあの店で一番高い料理を食べるとする。けれども、戦争などおそらくはそこまでかからないだろうし、それまでに他の料理を楽しむ余裕もあるはずだ。

僕は袖を撫でて手触りを確認する。いつもと同じ手触り。同じように感じられるということは、きっと僕の緊張や過度な気負いは解けているだろう。

今回もいつもと同じように、僕は森へ行く。

狩るのが獣か人間かの違いだけだ。

やや遠くの別の部屋から、親方が紐暖簾を掻き分けて顔を見せる。

「リコちゃん、ちょっと」

「はい、今すぐ」

それに応えたリコは、暖簾の奥へと姿を消した親方を確認してから僕へと振り返った。

「じゃあ、俺も仕事があるから」

「ええ。僕もこれからこの街を出ようと思います」

「見送りには行けないけど……本当に、頑張ってね」

リコは椅子から立ち上がり、元気よく歩き出し、それからまた僕を見て人差し指で指す。

「それと、次からはもう少し偉そうにしなよ。戦場で大活躍した英雄様が、俺程度相手に敬語なんていらないぜ」

「まだ活躍してませんが」

そういえば、と僕は目を逸らす。ついついいつもの調子で喋っていた。リコから何の指摘もなかったので、違和感はなかったのだが。

そんな僕を見てほんのわずかに笑った気配を見せる。

「期待してるんだよ。俺もモスク君も」

じゃね、と手を振ってリコは親方の下へと早足で駆けていく。

「…………」

僕はそれを見送り、工房を出るべく踵を返した。

街の東側、貧民街とは少し違う街からの出口からは、続々と人が出立していた。

さすがに乗り合い馬車などはいない。その移動手段は様々だが、大きく分けて二つ。騎獣や馬などを使う者に、僕たちと同じく徒歩の者だ。

徐々に減りつつもあると思うが、それでも大勢が集まる道。そこには人がごった返す。

参戦する中には人気のある傭兵団などもいるのだろう。街側にも人は溢れ、その出征する姿を一目見ようと集まっているようだった。

出征する者たちにはそれぞれに声援が飛ぶ。おそらく親や兄弟、もしくは恋人、友人などの親しい間柄のものから。もしくは支援者たちから。

数人の女性が声を上げて叫ぶ。その声に背中で手を振る色男、などもいるようだ。先ほど目の前を通過していった男は、彼女たちに見えぬよう、ほくそ笑むように顔を歪めていた。

聖騎士団や真面目な騎士団などは既に昨日のうちに出立している。

今残っているのは、僕たちのように作戦上遅れてもいい者たちか、もしくは不真面目な募兵軍や騎士団が主なのだろう。

見回してみれば、特に募兵軍らしき集団が顕著だが、装備の統一感が薄い。聖騎士は皆鎧の上に白いコート、騎士団も同じように揃って輝く鎧を身につけているという感じで、それぞれの制服があるのに。

どこかの領地の騎士団だろう、貧乏なのか、革の鎧で統一されている集団などはいたけれども。

まるで朝早い市場のように、人や動物の鳴き声がどこからでも騒がしく聞こえてくる。

戦意高揚のため、無理にでも興奮しようとしているのだろう。奇声を上げながらがむしゃらに飛び跳ねているような若者もいた。

緩く作られた人混みを見回して、僕は約束していた場所の付近で人を探す。

本当はこういうところで集合のために軍旗などを使うのだろうが、面倒だから誰にも渡さなかったのが仇になったか。……預けられるのがレシッドくらいしかいなかったし。

僕は少々かさばる荷物を担ぎ直し、溜息をつきながら四人を捜す。

そしてほどなくして、僕の方が見つけられることになった。

少々高い木の枝に、蝙蝠のように止まっているスヴェンによって。

スヴェンはまるで重力が反対になっているかのように枝の下側に逆さまに立ち、そこから幹を普通に歩いて下ってくる。まるで騙し絵のようなその光景に、周囲からはわずかに声が上がっていた。

「雇い主殿もようやく到着か。待ちくたびれたぞ」

「他の方はどこです?」

「駄犬はまだだ。治療師二人は向こうで待てと言われた子犬のように待っている」

スヴェンが指さした先には、人混みの中に紛れてちょこんと二人の深緑色の外套が見える。確かにあそこだろう。

……しかし、レシッドは。

「……逃げたか?」

僕が思い浮かべるより先にスヴェンが楽しそうに笑いながら僕へと問いかけてくる。

僕もそう思ったが、おそらく違うだろうとも思う。多分。そう信じたい。

「集合時間の十の鐘はまだですし、遅れてるだけだと思います。二日酔いとかでどこかで倒れているかもしれませんが」

「かくれんぼも久方ぶりだな」

僕の言葉も聞かずに、スヴェンはハハハと笑って歩き出そうとする。いやだから、まだそのときではないと思うのだが……。

スヴェンの袖を引き、僕は彼を引き留める。

「どこにいるかの見当もつかないのに探すのは無茶でしょう」

「それもそうだ」

スヴェンは納得したように足を止めたが、僕としてもどうしよう。

別に彼一人いなくとも、とも思うがせっかく得た強い戦力は活用したい。それに、約束を破られるのも業腹だ。

最悪、鳥を集めて捜索してもいいが、レシッドの顔を知っている鳥に心当たりはない。覚えているかもしれない探索ギルドの僕担当の鵲は今ギルドの鳥小屋だろう。

まあとりあえず、出立の予定時刻までは待とう。

そうスヴェンを説得し、治療師二人と合流してしばらくの後。

レシッドはきちんと現れた。ただ、酷い酒の臭いをさせて。

「ぎもぢわるい」

青い顔で、レシッドは全ての文字に濁点をつけて弱音を吐く。

酔ってはいるがきちんと準備はしてきたようで、防刃効果のある染料を使った黄色いシャツを着て、斜めがけ出来る小さな背嚢を背負っている。おそらく中には武器や野外で生活するための物資が入っているのだろう。ただまあ、装備は貧弱なようだ。その辺は任せてるしうるさくはいわないようにしようと思うが、鎧などは着けないのだろうか。

そしてそれとは関係なく、僕は思い立つ。

レシッドの背嚢を見て、改めて今渡しておかねばと治療師二人を見た。

二人は治療師の制服である深緑の外套に、一応とばかりに野外用の羽織を着けている。更に腰につけている鞄にはほんの少量の薬が入っているらしい。

中身は聞いていない。しかし治療師がどこかの災害現場などで身につける薬は、ごく少量の血止めに気付け薬程度と聞く。ならばその辺りが入っているのだろうが。

「ではこちらも渡しておきますね」

二日酔いのレシッドの治療に入ろうとしたパタラを止めて、僕は担いできていた二つの荷物をパタラとソラリックに渡す。パタラの後ろでレシッドが「うっ」と何かを堪えた音を発したが、気にしない。

呼び止めたパタラは困惑の目で僕を見る。

「あの、ですが先に彼の治療を……」

「闘気を賦活すればすぐに治るものです。気にしないでいいですよ。ね、レシッドさん」

「……ぉぅょ」

パタラの肩越しに目を向けた先で、レシッドは小声で返事をする。青い顔で目を瞑ったまま、眉間に皺を寄せて頬を膨らませていた。その頬が膨らんでいるのは、多分空気によるものではない。

さすがに駄目か。

「…………やっぱりお願いできますか」

「了解です」

苦笑しながらパタラがレシッドに近づき、頭に手をかざして祝詞を唱える。

聖教会の聖典のうち、酒好きだった聖人が、街を巻き込み酒盛りをした時の一節。

ぱっと瞬時によくなるようなものではないようで、パタラが手を離してもレシッドはしかめっ面をやめなかった。口の膨らみは、喉の動きと共に消え去ったが。

「どれだけ飲んだんです?」

「……三次会までは覚えてる……」

まだ不快そうに目を閉じたまま、レシッドはそう答える。答えになっていないその答えを解読すれば、まあ結構な量飲んだのだろう。

酔い覚ましの薬でも渡したいところだが、そういう薬は今は持っていない。大半の薬は王城に残したままだ。

本当に必要ならばネルグの中で採取すればいいだろう。

「とりあえず早く解毒をお願いします。今の法術でどうにかなってはいると思いますけど」

「だいぶましになってきたきがする」

息も絶え絶え、という風でレシッドは応える。掌の付け根で両側から何度も自分の頭を叩き、頭痛を誤魔化しながら。

ならば待てばいいだろう。

先ほど渡した荷物を開き確認する治療師二人。レシッドは置いておいてそちらに体を向けると、ソラリックは荷物の紐を掴んだまま両手で上下させ、困ったように口を開いた。

「あの……重たくないですか?」

「だいたい 十斤(約五キログラム) くらいでしょうか。半分ほどは水です。節約して三日ほど持たせられるくらいの」

袋状の大きめの水筒を二ついれてある。それでも、普通に飲めば一日で終わってしまうだろうが、そこは節約してほしい。

「それに加えて、炒った大麦の粉や干し肉などの食料。使い勝手のいい布や小刀に火打ち石などの道具類が入っています。使い方は道々説明しましょう」

といっても、そんなに難しいことはないし、実際に使う知識でもないと思うけれども。ただ、彼らの移動速度と旅程を考えて、この戦争中どこかで必要になるかもしれないというだけで。

僕の言葉にまたソラリックは眉を上げて首を傾げる。

「ネルグの中にも泉はあると聞きますし、水はその、《浄化》で用意しては?」

法術の名前はわずかに声を潜め、それでも僕に尋ねてくる。本来門外不出というか、部外者は詳しくないはずの知識。僕がその法術を知っていると思っているのだろうか。知ってるけど。

そして、そう言われてしまえば。

「しても構いませんし僕ならそれでいいですけど……じゃあ、捨ててきます?」

僕としても強要する気はない。それは仮に商人や農民などの戦う術もネルグの中で生活する術もない人間がネルグの中に入ったとして、そのときに必要になる物資だ。

聖領ネルグの中で戦えるか、もしくは僕のように生活できるならば確かに要らない。スヴェンはそんな用意などしてないことだし。

いやまあ、捨てるなら、食料はもったいないし僕が食べるけども。

ソラリックの顔がわずかに明るくなる。そして頷きかけたところで、わずかな呻き声が僕たちの間に響いた。その呻き声を上げたレシッドを見ると、蹲りまだ頭を軽く叩きながら口を開く。

「悪いことはいわねえから持ってっとけって。俺も持ってくよ、一応」

「しかし、……明日には待機予定の開拓村に到着するじゃないですか?」

「おう、俺たちだけなら今日なのにな」

そう吐き捨て、う、とまたレシッドは胃の中から出てこようとする何かを押しとどめる。吐くなら別の場所で吐いてほしい。

「ソラリック。ここはカラス殿たちの言を聞いておきなさい」

「?」

静かに聞いていたパタラがソラリックに言うが、ソラリックは思わぬところから投げかけられた言葉に首を傾げた。

「ですがこんな荷物とは」

「小荷駄にも本隊にも頼れないときが来るかもしれない。多少重くとも、《如意》を使えば持ち運べない重さでもないだろう。……修行だと思え」

「……はあ」

わかりました、とは言わずになんとなく納得したような言葉を返す。パタラの方は、若めの外見年齢に似合わない深刻そうな顔をしていた。

まあ彼は前回の戦争でも従軍したというし、おそらく補給も断たれ物資がなくなったときのことを知っているのだろう。そして前回のそのときに、フラムに襲われ逃げた治療師たちの身に何が起きたかも。

そしてネルグの森の中に、半端な装備で歩み入ったときに何が起きるのかも。

まあ、その辺りはどっちでもいい。足手まといにならなければ。

……さしあたり、今夜などに。

「では、そろそろ出ましょうか」

話もまとまったことだし、と僕は皆にそう伝える。レシッドもスヴェンも、普通に単独で動けば僕と同じく今日中に目的の開拓村に到着するはずだが、一応付き合ってくれるらしい。

乗り物である騎獣が一番の足手まとい、というのがなんとなく不思議な感覚だ。

治療師二人がそれぞれに与えられたハクに跨がる。それぞれ、個人の荷物も積んでいるようだが、ハクは全く意に介さずにその角を上下に振って気を引き締めていた。

「はい」

「うーい」

治療師二人に続いて、気のない返事のレシッド、欠伸で返すスヴェンと続く。

一応街の敷地を出るまではハクも並足だ。歩くように僕らが併走すれば、ハクが僕たちを見て鼻を鳴らした気がする。なんとなく、勝ち気な様子で。

がやがやとした人混みが後ろに遠ざかってゆく。まだ道の周囲は麦畑。しかし視線の先には、まだ森の見えないうちからネルグの中央にある巨木が青く霞んで見えている。

雲を貫き天を擦る頂上はほとんど見えずに、遙か彼方にそびえ立つ巨木。懐かしい、あのネルグの森から僕はこの街に飛んできたのだ。

何故か知らない感慨に僕が耽っていると、背後から声が聞こえる。その対象は僕ではない。

「頑張ってくるのよー!! レシッドちゃーん!!」

「生きて帰って来いよーっ!」

ちらりと見れば、僕がレシッドに参戦するよう誘ったときにいた酒場の店主の老婆。その他、同じように何人かの壮年の男性や女性。

それが塊となってレシッドに声援を送っている。

……どんな繋がりか、など考える必要もない。十人に満たない彼らは、なんとなく皆共通する雰囲気があった。身につけているのがエプロンのような割烹着のような。意匠はそれぞれ違えど、その衣装は皆なんとなく『飲食』に関わる人間だ。

「大人気じゃないですか」

手でも振り返せばいい、と横にいるレシッドに僕が囃し立てるように言うが、レシッドの表情は芳しくない。

溜息をつき、ぶすっとした顔で唇を歪めて。

「馬鹿言ってんじゃねえよ」

「何だ? 恥ずかしいならそう言え。代わりにその手を振ってやろう」

嘲るようにスヴェンが言いながら、顔の前で掲げた手を変形させる。金属質を帯びたその指は細く長くねじ曲がり、まるで小さな触手のようにうねうねと動く。

その手でレシッドの腕を強制的に動かそうとしたようで、スヴェンがその手をそろりとレシッドに近づけるが、レシッドは感づきそれを振り払うように身を離した。

「違うんだって!」

「何が違うのだ?」

「あれはよ……!」

「ツケを払う前に死ぬんじゃねえぞ!!」

「お金ー! 待ってるわよー!!」

言いかけたレシッドの言葉の答えが、後ろから飛んでくる。

なるほど。大人気というより、……。

「俺にも何か黄色い声援とか欲しかった!!」

ぶわ、とレシッドが目に涙を浮かべる。僕はその顔が何故だか可笑しくて、頬が動いた気さえしたが。

まあ、いいのではないだろうか。金の回収の心配でも、応援は応援。僕やスヴェン、治療師二人にはそんなものないのだから。

……いや、あったか。

ふと僕の袖に重みを感じる。何でもないはずの、外套に縫い付けられた刺繍糸が存在感を示した気がする。

それに、僕の手がなんとなく温かくなる。戦意高揚の舞踏会で、取られた手が。

応援なら既に受け取っていた。三人もの人間から、生きて帰ってこいと。

人数ではレシッドに負けているが、その質は負けてはいまい。

それに。

僕はまた振り返る。レシッドに向けて「金返せ!」と叫んでいる一団より遙か後方。人混みに隠れるように、一人、自信なさげに立っている人間がいる。灰色の髪の見知った青年。

僕がふと注目すれば、それだけでスヴェンも気づいたのだろう。レシッドをからかったときと同じ笑みで僕へと笑いかけてくる。

「お前にもいるではないか」

「いえ」

僕は直ちに視線を切り、前を向いてそれ以上の追及をかわす。

僕は手を振るわけにはいかない。

「わざわざお前を見送りに来ているのだ。知らない顔ではあるまい?」

「知らない人ですね」

今見たばかりの光景を思い返しつつ、僕は足を速める。

「頑張れ」と動く唇。なるほど、四人だったか。

どんな心境の変化があったのかは知らない。

けれどもまあ、しばらくは僕も知らないフリでいいだろう。

しかし、ずいぶんとこの街では得るものがあったらしい。

嫌いな街、嫌いな人間たちが住む街だけれども。ニクスキーさんやスティーブンといった人間には協力を断られてしまったけれども。

スヴェンとレシッドという協力者を得て、ようやく僕は戦場に出るのだ。

思ってもみなかった。

僕がこの街で、声援を受けられるなんて。