軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

必要ない

クロード隊到着の日。

やはりともいうべきだろう。続々とそれ以外の団もこのイラインに集結していく。

僕がイラインの西側の街道で木の上から適当に眺めている間にも、いくつか通り過ぎていった。

事前にオトフシとミルラに聞いていた通りの動員。

まず第六位聖騎士団〈胡蝶〉。少し遅れて第九位聖騎士団〈琴弦〉。

正直隊証もあまり見分けがつかないが、多分その二隊。とりあえず皆、同じような制服に身を包み、騎獣に乗って駆けてゆく。

両側を森で包まれた街道は石畳に整備されているけれど、落ち葉も積もる。積もっていくうちに分解され、質感はもはや土に近いが。

彼らが通り過ぎるだけで、その落ち葉が土埃のように舞う。

軍として見られているし、そもそもそういう集団でもあるが、本来聖騎士団は貴族の集団だ。平民は街道で必ず道を譲らなければならないし、譲った人間は跪くことすら求められてもおかしくない。

逆方向に歩いていた徒歩の商人らしき人間が、聖騎士団の騎獣を避けるために道の端に寄った。それから口の中に入ってしまった落ち葉をぺっぺと吐き出していた。

第二位聖騎士団(クロード) や 第七位聖騎士団(テレーズ) はまだらしい。

勇者も含め、遅くとも今日の午前には着くはずだが。

幹を手摺り代わりにし、遠くを見ようと枝から身を乗り出すが、まだ街道の先から他の団の姿は見えない。

仕方ない。この後の予定を早めに知っておきたかったのだけれども。

僕は足場にしていた太い枝から転落するようにずるりと落ちる。二階建ての建物程度の高さだったが、石畳ではない土に着地すれば、そう衝撃は感じなかった。

とりあえず、モスクの部屋を借りるのも今日で最後にするつもりだ。

午後には確実にクロードにも頼れるし、そうなればスヴェンやレシッドの分も含めてこの街に滞在するための宿は確保出来る。

僕はまあ、その宿を使うか使わないかは気分によるだろうが。

今はモスクはいないが、せめて掃除でもしておこうか。そう思い、複雑なからくりを使った玄関を解錠し、僕はモスクの家に入る。

……施錠にも解錠にも鍵が必要ないのは便利だが、何となく不用心な気がする。まあ、ダイヤルと歯車を併用した金庫を開けるようなものだ。中々開けられる者もいないのだろう。

本来は。

静かに部屋の中に入り、中を見渡す。

様々な資料が積み重なり、足の踏み場もない散らかった部屋。寝そべったり座ったり出来るのは、奥の寝台と玄関近くの生活圏内。それと、そこを繋ぐ動線程度のものだろう。

掃除しようかと思ったが、それも難しいだろうか。散乱した資料の山、普通ならば整理されておらず使いづらいものだろう。だが人によってはそういう散乱した状態でなければ物の場所がわからないことになる者もいると聞く。

僕は足下の数枚の紙がまとめられた書類を拾い上げ、呟く。

「あー……っと。それでも一応整理するために、どんな資料があるか見ておかないとなぁ……」

言い訳のように口にしつつ、僕は部屋の中を再度見渡す。この部屋、大きな家具はそうない。それこそ寝台とあと壁際の本棚、それにクローゼットのような……多分元はクローゼットだった紙束が突っ込まれ扉が完全には閉まらなくなった用具入れ程度しかない。

隠れられる場所はほとんどない。あるとするならば、クローゼットの中。寝台の下。後は資料の山を上手くずらし、蹲り隠れるくらいしか。

もう一度見渡してみても、呼吸音などはない。衣装の衣擦れも、床の軋みもない。

けれども誰か……。

瞬間、背後の気配が濃くなる。

まるで瞬間移動をしてきたように。僕の肌に、何となく圧力まで感じられた。

振り返れば、玄関から入ってすぐの横。僕が今日も寝ていた辺り。

その壁に背中をつけて、まるで幽霊か何かのように佇んでいたのは、僕も知っている浅黄色が焦げたような外套の男性。

「…………」

「……気付かせるつもりもなかったんだが……」

困り眉を寄せたような、見方によれば気弱そうな目。

もともとあまり剃らずとも良い程度にまばらに生えている無精髭。

「驚いたな」

「それはこちらもです。よく入れましたね、ここに」

侵入者がいた。その素性がニクスキーさんだとわかり、僕はホッと息を吐いた。

改めてみても、部屋にはどこかが壊されたような形跡はない。隠し通路のようなものもない。そして、ニクスキーさんは僕の後ろをついてきて一緒に入ったわけでもないだろう。

自力でパズルのような鍵を開けて、ここで待っていた。……もしかして、モスクから鍵の開け方を聞いていたのだろうか。

「俺に用があると聞いた」

「ホウキさんからですか。やはり正解だったようで」

僕はホウキの名を口にするが、ニクスキーさんの反応はない。ただ黙ったまま、僕をじっと見て続きを促すように静止した。

ニクスキーさんは佇んでいるときに恐ろしいほど気配を発さない。こうしてみている間にも、呼吸しているはずだがそのための動きが見られない。衣擦れの音が一つもせず、家の外で歩いているごく普通の一般人の発している音の方がまだ鮮明に聞こえるくらいだ。

ニクスキーさんも含めて彫像のように視界の全てが静止して、時間が止まったような感覚。

待っても何もそれ以上の返答はないだろう。

世間話が出来るような人ではない。

そう判断した僕は観念するように口を開いた。

「今回の戦争で、共に戦っていただけないかと」

「…………」

「力を貸していただきたいんです。五英将を討つために」

「……五英将」

一言だけ、ニクスキーさんはぴくりと反応する。そこに興味を持つとは思わなかったが。

「目的は?」

「簡単に言えば、五英将を討った事による功績ですね。それともう一つ」

「…………?」

「戦争を、止めるために」

戦争を中途半端で終わらせるために。どちらの国も僕は残したい。

ニクスキーさんがやや半身になるように足を組み替える。ようやく動いた身体に、生物感が戻ってきた気がする。

「ミルラ・エッセン麾下のお前が、俺を使えるわけがない」

じ、と僕を見つめる目が語る。多分、犯罪者の自分を、と付け加えたのだろう。

僕は頷く。

「わかっています。ですが、非公式でも構わない」

「…………」

ニクスキーさんの目から、僕への譴責が見える気がする。

非公式でも構わない。そして、ニクスキーさんを使うこと。多分、責めているのはその二点。

それから溜息をつくように目を閉じて、開きつつニクスキーさんが僕を見た。

「断る」

「……何故でしょう」

今までの反応から、やはり、と僕はどこか思った。

別に意外でも何でもない。断るだろう、と予想はついていたことだ。その理由までは少しぼんやりしていてわからないけれども。

「いくつも理由はある。が、お前に言うことでもないだろう。お前は既に知っている」

「でしたら、神器や魔道具の供出はお願い出来ないでしょうか」

「それも断る。同じ理由で」

また、ニクスキーさんが静止する。

こちらには何も言うことがないが、お前は他にはないか、とでも聞かれている気分だ。

しかしまあ、駄目か。あまり無理は言えないとも思うけれども。

説得も無意味だろうし、レシッドのように簡単に翻意してくれることもないだろう。

僕は溜息を吐き、手の届く位置にあった書類の向きを揃えた。

そんな僕に対し、ニクスキーさんは呟く。

「……ここへ来たのは、願いに応えたわけじゃない。お前への挨拶だ。戦場に出るのなら、最後の顔合わせになるかもしれない」

「僕が死ぬかもしれないからと?」

「戦場とはそういう場所だろう。お前ほどの者であっても、何があるかわからない」

「でしたらなおさらご助力いただきたいですね。今集まっている仲間は二人ほど、ですが五英将はおそらく四人来ます」

「俺には仕事がある。グスタフさんに任された大事な」

糸口を見つけただろうか。そう思い、何とか話題を繋げようとしたがニクスキーさんはそれを断ち切る。

グスタフさんから任された仕事。それを聞いてしまえば、僕の口は貝が閉じるように動かなくなった。

「俺を頼ってきたのは嬉しい。だが、必要ないのであれば俺は断る。俺はそうする。そうしようと決めた。グスタフさんのように」

「僕は必要だと思ったので声をかけたんですが……」

「お前は出来る」

顔を上げたニクスキーさんが、無表情で僕を見つめる。

先ほどと言っていることが違う気もするが。

「五英将を討つために力を借りたい。それが、僕には必要ないと」

「必要ない」

重ねて問いを発すれば、即答で断言される。

誉められていると思うのだが、なんとなくそうとは思えない。なんだろう、この感覚。

ニクスキーさんが真顔だからか。

「俺は、お前の力にはなれない。それが答えだ」

そして、すまない、と一言残してニクスキーさんは帰っていった。

「で、結局駄目だったのかよ」

「駄目だった」

昼になり、昼食の時間。本当にたまたま、五番街の食堂屋台で僕とモスクは行き会った。

せっかくだからご飯でも、と一緒に取ることにしたわけだが、モスクはニクスキーさんと会ったことに対して困ったような顔をしていた。

「もう少人数で動くのやめたらどうだよ。少しは兵を募ってさ」

「このイラインで僕が募兵して、乗る人間がいると思う?」

「思わんけど」

僕とモスクは屋台の近くにあった共同のテーブルを使い、向かい合って食事を取る。

牡蠣に似た貝を焼いたものが、僕とモスクの前に積まれる。

積まれるというか、ありったけ屋台で買ってきたのだが。さすがに買い占めるのは店側から却下されたので、問題のない量だけ。しかしそれでも、僕の掌の半分ほどのものが三十個ほど。

牡蠣のような貝を、運べるサイズの石窯の中で焼き、それに塩と刻んだ香草で味付けしたもの。生でもいくつかほしいと頼んだが、腹を下すから駄目だとこれも店側から却下された。

殻の端に口をつけ、啜るように頬張る。

焼かれて少し固くなった身から、それでも水分が滲んで口の中を満たした。

「この後軍議だろ? それもお前も参加すんだし、麾下にいくらかもらえば?」

「……もらったところで従ってくれるとは思えない」

午後の二の鐘が鳴る頃には、北の兵営で軍議が行われる。

そこで話し合われることの一つに、正規軍に戦力の割り振りも行うというものがある。

ここエッセンで正規軍と呼べるのは、クロードたち聖騎士団と、各地の貴族から派遣されてきた騎士団や傭兵、それと一部の衛兵たちのみだ。

最初の命令系統はダルウッド公爵を頂点とし、ほとんど横並び。もちろん聖騎士団は騎士団より上位に位置するし、派遣元の貴族の爵位によっても騎士団同士の序列は出来るが、ほとんどは変わらない。

しかし今日の会議でそれを、いくつかのグループに括る。動かしやすいように。

資料を見た限り、多くは横並びを崩され、各聖騎士団を主とし、聖騎士団がいくつかの騎士団をまとめるという風になっていたと思う。

そしてその時に問題となるのは、『正規軍』という分類に入らない者たち。

たとえば現在北の兵営に集まっている人間たちは、本来所属を持たない。ここに集まるまではどこで何をしていたかわからない人間たちだ。

彼らのような募兵軍は、大抵の場合そのままの集団として戦場の激戦区に送られている。

だがいくらか例外はあり、派遣先の人員不足や本人の希望などにもよるが、騎士団などのさらに下に位置する集団として従軍する者たちもいる。

軍議で行われるのは、それを正規軍のどこに従わせるかという割り振りである。

僕は分類状はミルラから派遣された『正規軍』。たしかに、募兵された人間のいくらかを借り受ける権利はあるだろう。名目上は。

もっとも、借り受けたところで僕の名を知る人間たちは従うまい。

焼き貝を噛み砕く。

やはり味も牡蠣に似ていると思う。しかし淡水性なのか、何となく昔食べたものよりも淡泊な気がした。

昔というのも既に十五年以上は経つのでよくわからなくなっているけれども。

アウラ擁するピスキスなら、他にも貝がいっぱい食べられるのだろうが。

また一度行きたい。魚介類をお腹いっぱい食べに。

モスクも目の前の山から貝を手に取り啜る。それから指についた汁を机で拭い、まだ口の中に入っているのに次の貝を手に取っていた。

口の中のものを頬に寄せ、考え込むようにモスクは視線を流す。

「それよか、ニクスキーさんが俺の家に……ねぇ……」

「……?」

僕ももう一つ貝を手に取り、……小さいものだったので口の中に殻ごと放り込んでから殻だけ取り出した。

「侵入経路はわかるか?」

「実際にはわからない。でもざっと見た感じだと、普通に鍵を開けて入ってきていたんだと思う」

モスクの質問に、僕は室内を思い返す。

しかしやはり、隠し通路でもない限りは侵入経路は入り口のみだ。上に蝶番がついた木戸などもあったにはあったが、それは単なる通気口や明かり取りの窓で、開口部は人が入れる大きさではなかった。

壁の破壊などはない。あと考えられる可能性とするならば、スヴェンなどならば壁を抜けて入ってくるけれどもそもそもニクスキーさんは魔法使いではない。……魔道具を使えばいけるだろうか。

「……あれが解かれたかー」

モスクが苦笑いをするように口の端を歪める。ただし、楽しそうに。

貝の匂い付けに、何か柑橘類がほしいなと思い始めていた僕は、その顔を怪訝に思い動きを止めた。

「二十億通りを突破するとか半端ねえな。鍵開け師にも解けないように俺が設計したのに。しょうがねえ、改良だ」

「もう普通に鍵穴と鍵でいいんじゃない?」

「それじゃ面白くねえし、鍵穴なんか針金あれば馬鹿でも解けるだろ」

「それを言ったら普通に扉壊せば破れるけど」

鍵を開けられるかどうかではなく、扉を通れるかどうかならば既に決着はついている。

そもそもどんな扉でも、蹴破れば大抵普通に開く。

いくら鍵の解錠方法を複雑にしたところで、正直あまり意味はない。

「……いいんだよ、俺の趣味なんだから」

「それに、難しくしたところで誰も開けようと思わなければ意味がないんじゃないかな」

「それもそうだ」

うん、とモスクは頷き腕を組む。

「なら今度適当に誰か募って挑戦してもらうか。挑戦料銅貨一枚で、開けられたら金貨一枚贈呈とか」

「いいと思うけど、それは自分の家の玄関でやることじゃなくない?」

「たしかに」

モスクは僕の言葉に明るく笑う。ちょうどその時、午後の一の鐘が街に鳴り響いた。

鐘が鳴らされたのは一回だけ。

しかしそれが街の至る所に反響し、別の場所でまた何回も鳴ったように聞こえる。もっとも、一番街の時計鐘を中心とし、各街の時計鍾も鳴らされるので実際に別々の場所でも鳴っているのだが。

まるで全てのものが一旦仕切り直されたように、僕らは黙る。こういうとき、鐘の音を聞いた人間の多くが一度黙るのは不思議なものだ。

残り少ない貝を口に運び、モスクは僕から視線を外す。

「……そういや、軍議終わったら、リコさんところ行っとけよ」

「リコのところに? 何で?」

それから吐かれた言葉に僕は目を丸くする。

忙しいと聞いていたから遠慮していたのだが。

「朝行き会ってな。一昨日から一緒だって言ったらめっちゃ怒ってたから。『何で呼んでくれなかったの!?』って文句言ってたから謝っとけよ」

拳を机に叩きつけるフリをし、モスクは似ていないリコの真似をする。

どちらかというと彼女が怒るときには、もう少しいじけた感じになると思うけれども。その仕草から感じる印象としては、不満を口にしただけだ。

「なら、モスクも一緒に……」

「俺は午後忙しい」

「ああ、そう」

なら僕一人で行くのか。あの工房へ。

そういえば、ルネス・ヴィーンハートの宣伝でもしておかなければいけないだろうか。……それは断ったっけ。

まあとりあえず、それよりもまずは軍議へ行かなければ。

今日の午後の予定は、軍議とスヴェンたちへの説明会、それとリコとの接見か。

これを食べ終わったら。

残り一つとなった焼き貝。同時に手を出そうとし、同時に手を止め、モスクと目を合わせる。

ルルにこの前講義した気がする。『野生動物たちが目を合わせ、逸らさないときは、既に険悪なときだ』と。

目を逸らさず、手だけを動かす。僕はじりじりと貝に手を伸ばし、モスクも同じように。

「僕が買ったものですけど。遠慮しません?」

「奢りっていったからには俺にも食べる権利があるだろ?」

モスクは笑う。互いに譲る気はないらしい。

もう一つ買ってきて食べればいい、と気が付いたのは、その後コイントスをした更にその後。

鉄貨を握りしめて向かった先、屋台の店主は、「まだ食うのか」と無意識だろうか口にした。