軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

会わなければいけない人

噛み砕いた氷をゴクリと飲み込み、モスクが僕をじっと見つめる。

何を言うのかと僕が黙ったままそれを見返していると、彼は大きな溜息をついた。

「……同じ事を、あのウェイトって聖騎士にも聞かれたよ」

「ウェイトというのは、あのときミールマンにいた?」

「グスタフさんが死んで、石ころ屋がなくなったことを聞きつけてきたって噂。石ころ屋に協力してた奴らは大勢あいつにやられてった。牢獄に入ったり、殺されたり」

「……それで。話したんですか?」

ウェイトがこの街にいる。それは置いておいても、ならば聞かれたモスクはどう答えたのか。ニクスキーさんを売るとは思えないが、別に世話になったとかでなければ話したとしてもおかしくはない。

僕がまた尋問するようにじとと見ると、モスクは首を横に振る。

「俺は知らない。そもそも、俺がやったのはあの人に家を売っただけだ。居場所なんかまったく。……で? お前は見たのか? あれを」

「ええ」

端的に僕は答える。

見た。それが何を、というのは僕とモスクしかこの場ではわからないことだが。

先ほど、僕は何の気なしに住んでいた家を見にいった。

ほんの小さな感傷だったのだと思う。だがそれは、僕の中で大きな手がかりとなった。

見た目は何も変わりがなかった。

まさしく僕の住んでいた古い一軒家だ。壁はまた一応塗り直してあったが、住人は入っていないようで、何となく『寂れた』という感じの雰囲気に染まっていた。

木の壁も床もしっかりはしていて、もう使わなくなってから改めて思うが、僕には過ぎたるものだったと思う。

ちなみに既に、白い壁には石が投げられ傷が出来ていた。僕が住んでいないことを知らない住人が投げたのだろうと思うけれども。

そんな壁の塗料が剥がれた傷を何の気なしにまじまじと見るべく歩み寄り、僕は『それ』に気が付いた。

家の周囲の地面は土。細かな粒子が密になっており、乾いているはずが、湿った粘土のような質感だ。それも変わりない。僕がそこに住んでいたときから。

だが、その踏んだ感触。響く自分の足音。それがなんとなく、王城で過ごした日々を思い出させた。

初めは気のせいかと思った。何かが違う、というだけのほんの僅かな違和感だったせいで、僕としても見過ごしてしまうところだったと思う。

だが、二三度跳ねてみればやはり違った。

地中、地面内部に何らかの空洞があって、その中に振動が反響している。

まるで王城によくあった隠し部屋のように。

さすがに掘り返すわけにはいかない。

代わりとばかりに魔力波を飛ばせば、まず感じたのは、動物の骨。

おそらく犬だろうと思うが、家の中から床下を潜り、地面の中に繋がった先、丸く眠るように三頭分埋められていた。

墓? と一瞬思った。初めは肉がついていたその犬たちも腐ってしまい、骨と肉だった部分の空洞だけを残してこの世を去ったのかと。

その空洞に足音が反響していたのかと、一瞬納得しかけた。

だが、そうではない。

おそらく魔術師が探査をすればそこで終わってしまうのだと思う。しかしよく見てみれば、更にその下に緩い土の層があり、また空洞があった。

まるで地下深くにもう一件家があるようにも思えた。

同じような平屋のワンルーム。それが、およそ大の大人三人の身長程度の深さに埋まっているのかと。

もちろんその中に人はいない様子だった。どこへも繋がっていない。ただ、先ほど犬が死んでいた場所に繋がる開口部以外は。

そんな足下深くを魔力で探る。

肉眼では見えないのに、思わず覗き込むようにしてしまった地中深く。

地中に埋まるワンルーム。

その中にあったのは、山のように積まれた紙。書類の束。

後はおそらく金銀財宝とも呼ばれる類いのもの。細工の細かい金の鎖つきの宝飾品や、おそらくヒヒイロカネなどの希少金属のインゴットの山。

「あれだけでも一財産ですよね」

思い返しつつ僕は声を潜め溜息をつく。現金化出来るかどうかわからない書類の束は置いておいても、その他の貴金属でも凄まじい価値になるだろう。

「まさか僕の使っていた家を置き場所にしていたとは」

「いい隠し場所だったんだとさ。お前が使ってた家なんか誰も買わねえだろ」

「で、それを仲介したのがモスクさん」

「おう」

金貨百枚で買う、と僕へ伝えたときには既にニクスキーさんと繋がっていたわけだ。

そして多分、登記簿上は誰かが住んでいるのだろう。僕ともニクスキーさんとも、もちろん石ころ屋とも関係がない誰かが。

しかし、僕の家、というだけで石ころ屋の財産を隠す場所の候補にもなると思うが。皆犬の死体だけを見て、諦めて帰ったんだろうか。

「一応言っとくけど漏らすなよ。言ったら首を飛ばすって言われてんだ」

「ニクスキーさんに?」

「おう。そんで、その隠し場所を知ってる俺以外の人間は俺も知らん。だからお前の力にはなれない」

モスクはまとめて氷を口の中に放り込み、ガリガリと噛み砕く。

「あと、盗むんじゃねえぞ」

「あまり興味はないので、大丈夫です」

金銀財宝に貴重資源に街のあらゆる犯罪の証拠。人間たちには計り知れない価値を持つものだろうけれども。

石ころ屋の遺産で僕が興味があるのは、せいぜい神器と魔道具程度のものだ。

そしてそれはあの家の地下にはなかった。金銀財宝の量が少なすぎることも含めて、そして掘り返せば比較的簡単に見つかってしまうという事も考えれば、おそらくあそこにあるのは目眩ましのようなもの。

どこが本命かは知らないが、本当に貴重なものは別の場所にあるのだろう。

もっとも、神器や魔道具を見つけたところで、上手く扱える自信もなく、そもそもニクスキーさんの許可なく持ち出す気もないのだが。

「あ、ササメちゃん、水ちょうだい」

「かしこまりましたー」

僕たちの雰囲気を読み取ったのか、何となく近づいては来なかったササメ。彼女が近くに寄ってきたのを見計らい、モスクが水のお代わりを頼む。

ササメは持ってきた水差しから、モスクの持っていた木製のコップに氷ごと水を注ぎ込んだ。

「いやあ、何か難しい話をしている時には遠巻きに見ているだけという気の利く私。どうです? お兄さんところに一家に一人置いてみませんか?」

「……ずっと喋り続ける人はちょっと」

「そんな私の一番可愛いところを否定しなくても」

いやいや、と僕の言葉を適当にあしらいながら、ササメは僕の持っていた木のコップにも水を注ぐ。まだ残っていた水が温くなっていたのだろう、新しく入った氷の割れる甲高い音がピキピキと響いた。

モスクはまだ一杯目の水を飲むように、美味しそうに喉を鳴らす。

それから酒を飲んだ人間のように、プハ、と息を吐いた。

「ま、どうしてもニクスキーさんと会いたきゃ、やっぱあそこじゃねえの?」

「あそこ?」

「貧民街……じゃなくなりつつあるとこ」

次の日。僕は泊めてもらったモスクの家で目を覚ました。

目を覚ましたというかモスクの身動きで目が覚めたのだが。あまり人の家で眠るという生活をしていないせいだろうか、やはり緊張してしまう。

寝床として借りたのも、出入り口、入ってすぐ脇。壁に背をつけて座り、荷物の紐を手に通したまま……というのはさすがに怒られたので、丸まって横になったのだが。

モスクの家は目測で大体八畳ほどのワンルーム。奥に少し大きめのベッドがドンと置かれ、そこに至るまでには設計図や覚え書きなどの書類が床に積まれて散乱していた。足の踏み場はといえば、僅かに除けられた通路のような場所だけだ。

その奥のベッドの上で、モスクは身体を起こし後頭部を後ろから激しく掻く。

「おはよ」

「おはよう」

寝癖のついた髪のまま、まだ強い眠気が籠もっている目をこちらに向けて、あくびをして溜息をつく。鼻を啜る代わりに鼻の辺りを強く擦り、くちゅくちゅと音を立てていた。

「朝飯どうする?」

「何かあるんですか?」

「……あるように見えるか?」

もう一度大きなあくびをしてモスクは伸びをする。無いなら無いと最初から言えばいいのに。

「お前は何か持ってねえの?」

「この街に来るまでに森の中で食べてたものなら」

「ならそれでいいや。何?」

「量が足りるかわかんないけど。縁目竹蛾の幼虫」

縁目竹蛾は大きく育った青竹の中に巣を作る蛾だ。幼虫は僕の人差し指程度の大きさで青褐色。火を通せば脆くなる棘が全身に生えている。

住んでいる竹は、くびれた楕円という特有の形の穴が空いているのですぐ見つかる。通常竹の一節に対して三匹以上の数が見つかるものだが、道中竹林があったので探してみたら、五匹以上のコロニーがいくつも見つかって大儲けした気分だった。

これは正確に言うとそれを炒ったもの。塩で味付けしてある。昨日の朝作ったばかりだから、衛生的には問題ないと思うけど。

大きな竹の葉で包んであったそれを荷物の中から探り出すと、それを遠目に見てから、眠い目を擦りながらモスクは首を傾げた。

「二人で食うのはちょっと足りないよなぁ」

「だと思う」

現状、多く見積もっても丼一杯程度のもの。まあ食べ残しだし仕方ないとはいえ、二人分には足りないだろう。僕のお腹も満たされない気がする。

「……しゃあない。何か買ってくるか。お前は、隣の井戸から水でも汲んどいてくれ」

「その瓶に一杯でいい?」

「あー、うん」

よそ行きの大きめのチョッキを寝間着の上から羽織り、モスクが僕の横を通り過ぎていく。

ついでとばかりに幼虫を一つ摘まんで口に放り込み、行ってくる、と僕に小さく告げた。

固いパンに薄切り肉と胡瓜を挟んだサンドイッチと、僕の供出した炒り芋虫を二人で食べ終わる頃には、モスクの仕事の時間となった。

話を聞くと、現場にもよるが毎日同じ時間に出勤しているらしい。その生真面目さには頭が下がる。僕には絶対に無理なことだ。

いってらっしゃい、と僕は見送り、それから今日することの思案に入った。

現状、僕がこの街でしなければいけないことは人手の確保だ。

現状確保出来たのはスヴェンただ一人。出来ればもう一人くらいは信頼出来る人間が欲しい。

確保出来そうな信頼出来る人間の第一候補ではないが、ニクスキーさんもその一人だった。今は別の仕事をしていることはわかっている。グスタフさんが死んだ後、その資産を守るという重要な役目。この街の汚職の証拠に、誰もが羨む金銀財宝を独占し、それを奪取出来る誰かを待っている。

その『誰か』になろうとも思わないし、なれるとも思っていない僕ではあるが、今はその仕事を一時凍結してほしい。

大事な仕事なのはわかっている。けれども、そこを曲げてちょっと五英将の一人を殺してきてほしい……などという甘い期待を抱いていた。

正直既に諦めかけている感があるが、その願いを口にしていない以上諦めるのもおかしな話だ。

モスクと会えたときには、天恵かとも思ったのだが。それでも届かないのならば、まずは次善の策を考えるまでだろう。

五日ほどでつくと思った王都出立の騎士団は、旅程が遅れて明日到着する。ならば出来れば明日までに、最悪騎士団が進軍し始めるまでには見つけたい。そうすると最大で二日ほど。

そしてもちろん、ニクスキーさんだけにこだわる必要はない。

まだ幾人か頼れる人間たちもいるだろう。第一候補、レシッドとはコンタクトもとっていないし、スティーブンや……本当に嫌だけど、僕がいた村の人間たちも会話してみる価値がある。もっともレシッド以外は、もう既に誰かがコンタクトしているのだろうが。

……探索ギルド経由でレシッドには接触するとして、まずは居場所がはっきりしているスティーブンだろうか。

それから、貧民街へ。モスクも気になることを言っていたし。

そうと決まれば急がなければ。第一期限は明日まで。

僕は適当に荷物をまとめて立ち上がる。

モスクの家の鍵は、彼謹製のからくり仕掛けで、ダイヤルのようなものを動かしつつ歯車を押し込んだり引っ張ったりするような変な鍵だった。

教えられた手順でしっかりかかっているか不安になり、僕は四苦八苦してから家を立った。