軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

仮そめ

決闘の日の朝。

大事な話がある、と僕はクロードに呼び出されていた。

もちろん、まだ大事な朝ご飯の前である。適当な下女を捕まえて伝言を頼んだのだろうが、部屋まで来た彼女にそれを告げて僕は断ろうとしたのだが……。

「聖騎士の食堂は一般開放されませんかね」

「無理に決まってるだろう」

呼び出された先は、聖騎士の食堂。僕の朝食の時間というのはクロードも心得ていたらしく、クロードの計らいで僕もご飯を食べることが出来た。

やはり、騎士爵を持つ聖騎士も、貴族の一員ということだろう。食事が豪華だ。

使用人食堂の料理とは格段に質が違う。使用人食堂で、以前一度料理長がベテランになっていた時の料理の質が、この食堂の平常時なのだろう。

朝昼は一品料理で済ませるようだが、特に希望がなければ夜はコース料理が出るらしい。給仕が僕と同じような身分ということで少々遠慮がちにはなってしまうが、何とか僕もここに来られないだろうか。

出された粥は粒の一つも崩れておらず、スープはさらさらとしている。米一粒一粒がしっかりしているからだろうか、肉や野菜が細かく刻まれて入っているが、雑炊という感じはしなかった。

悪く言えばというか、誉めずに表現すれば薄味。だがこれは、きっと『透き通った味』というのが正しいのではないだろうか。油の一つも浮いておらず、刻まれて入っているもやしに泥臭さは微塵もない。

「……で、話なんだが」

「何でしょうか」

コンソメかと思ったが、出汁は野菜の味がしない。

おそらく肉を煮込んだスープだろうと思う。それも、内臓系を主に。薬膳というほどではないが身体に良さそうだ。

これにいくつか薬草を足せば、普通に薬膳にもなりそうだと思う。

クロードが器を前にして、静かに匙を置く。

「今日の夕行われる、お前の決闘の話だ」

「呼び出されるくらいですし、だと思いましたが」

それに加えて、ここにいるのは僕とクロードだけではない。正確には他の聖騎士も食事しているが、遠く離れた彼ら以外にこの場には一人いる。

僕とクロードが向かい合い、クロードの横に少しだけ離れて一人待つ女性。僕と同じくここにいるべきではない女性。勇者の侍女、マアム。

不味くしているわけではないが、粥の出汁の中から感じられる鉄分の風味。牛の肝臓と、あと多分腎臓も入っている。腎臓は尿などの臭みを抜くのが面倒だと聞くが、その風味はしない。

二日酔いに効きそうだ。以前食べたリドニックの粥は酸味などで意識をはっきりさせるようなものだったが、あれとは違うアプローチで。

米は、崩れていないどころではない。火が入っていない、というのは言い過ぎだが、芯がまだ少しだけ微かに残っている気がする。だが火は通っているし、歯ごたえの面白さにもなっていると思う。たまに混じるぷつぷつとした食感は大麦か。

「…………」

決闘の話、という言葉を最後に黙ってしまったクロードが気になり、僕は顔を上げる。

重要な話と前置きをして呼び出しておいて、話さないのもおかしいだろうに。

もう一口僕は粥を口に運ぶ。脂っ気がないのは健康のためだろうか。

「……まず食うのをやめてくれないか」

「…………朝食の時間なんですけど」

「あと、マアム殿とか気にならんか?」

「いるなぁ、とは思ってました」

どちらも食事を中断する理由にはならない。

……とは思ったが、一応クロードのような目上の前では無礼だろうか。だがそうすると、何故ここに呼んだという反論も出来てしまう。

クロードが溜息をついて、自分も粥を口に運ぶ。そして左の頬の中に寄せるようにして噛み砕きつつ、マアムの方へと目を向けた。

「重要な話だ。そこのマアム殿も関係する、な」

「決闘とマアム殿、……もう何となく予想が出来た気がします」

言いながら、僕はその内容を予想する。マアム自身が決闘に関わるわけではあるまい。そうではなく、仮ではあるがマアムの主が……。

「勇者が、決闘に出るそうだ」

「……そうですか」

決闘と勇者。その二つの単語を結びつけて文章を作るとすれば、それがほとんど最短となるだろう。一瞬前に思いついていた僕は、驚きを表に出さずにまた粥を一口食べた。

しかし勇者が決闘に出る。……理由は?

「私の代わりにということでしょうか?」

そして、さらにその理由で一番最初に思いつくのはそれではないだろうか。ルルのために戦い、見事勝利を勝ち取る。少々嫌な言い方をすれば、女性を口説くときの常套手段だと思う。

だがクロードは同意をせずに首を横に振った。そしてマアムは目を伏せた。

「ビャクダン家側のだ。カラス殿と戦うことになるな」

「…………」

そしてその言葉は予想出来ておらず僕は絶句する。何故、何のために。そう考え始めるのにも数瞬かかった。

「……それは、また……」

「勇者様は、自分が勝つから、それで矛を収めてほしいとビャクダン様に申し出ておられました」

マアムが継いで口に出す。なるほど、それならたしかに。

「それだけではないだろう。どうも、お前を成敗する、という目的があるらしいな」

「……成敗される理由が見当たりませんが」

「ところがどっこい、勇者殿にはあるらしい」

クロードが粥の器を持ち上げて掻き込む。行儀が悪い、が、別に晩餐会でも何でもないし咎める理由もそういえばなかった。

「お前は俺たちの要請もあって、薬を王城内で配っただろう?」

「ええ」

「それで、城の女性たちにお前が取り入っているのだ、と言っていたそうだ」

「あれはミルラ王女やクロード殿の要請ですが?」

クロードも言ったとおり。そう僕は強調して聞き返すが、クロードが目と仕草でマアムを指し示す。

指し示されたマアムは、慌てるように口を開いた。

「それは私も申し上げましたが……、それすらも、『王女や騎士団長に言わせたんだ』の一点張りで」

「いきなり嫌われてませんか、私」

僕もクロードに倣って器を口につけて食べる。こうしてみると、感覚的には粥というよりお茶漬けとか出汁茶漬けに近いだろうか。

いや、それよりも米が具のスープ、というのに近い。

「……勇者様、狂乱の噂はご存じでしょうか」

「ええ。承知しております」

重々しく口を開いたマアムに、僕はとりあえず口の中のものをどかしてから答える。未だにあれは公式のものとはなっていない。

当然だろう、勇者が発狂したという前代未聞のスキャンダルは、城としても公式に認めるわけにはいかない。たとえそれが、既に公然の秘密となっていようとも。

「あの次の日、プリシラと名乗る占い師が訪ねてきたようなのです。私も薬でほとんど眠らされておりましたので、よく覚えていないのですが」

「プリシラ……」

「そこで、ザブロック家がビャクダン家と決闘を行うということと……ビャクダン家の相手がまだ決まっていないということを……話していたと思います」

マアムの口調が辿々しく、表情も確信は見えない。おそらく、あの鎮静香により前後不覚の状態だった彼女も覚えていないのだろう。だが、そんな覚えはある、と。

「俺との手合わせも、その腕試しが目的だったらしい。あの結果で、……カラス殿にも勝てると、勝機を見出したようだ」

「そうですか」

なるほど。急だとは思ったがそのためだったか。それに、腕前を試すのにテレーズに挑まなかった理由もそれか。テレーズと僕の優劣がわからないから。

しかしならば、今現在の状況はクロードにも責任があるのではないだろうか。

「昨日の夜に密告があって、そして今朝マアム殿からも。代闘士が誰かというのは本来俺の胸の内にしまっておくべきようなことなんだが……さすがにまずい、と思ってな」

「……なら、残念です」

「残念とは?」

空になった器を置いて、匙も丁寧に置いて僕は溜息をつく。

「勇者様を殺さなければならないなんて」

「……待て?」

僕はクロードを無視してマアムへと顔を向ける。

「いや私も残念なんですが。クロード殿が決闘の依頼状を持ってこられたときに、そういう話がありましてね。決闘をなかったことにされたくなければ、相手を殺すつもりでやれと」

「…………は!?」

「いや、残念なんですが……、クロード殿からの進言ですからね……」

僕は添えられていた白茶を一口飲む。口の中に残っていたスープの香りが一息に洗い流された気がする。

「決闘とは命のやりとり。もちろん私が殺される可能性もあるわけですから、当然ともいえるのですが……」

「待て、やめろ。本当にやめろ」

クロードを責めるようにあえて言葉を続けると、すぐにクロードが手を僕に伸ばしながら音を上げた。もう片手はお腹の辺りだが、満腹感からではあるまい。

「カラス殿、冗談だよな? 本当に冗談だよな?」

クロードがちらちらとマアムを見て苦笑いをする。マアムの方はといえば、絶句している様子だったが。

「単なる喧嘩では人は死にませんし、決闘ですから……」

「やめて!!」

クロードが顔を両手で覆う。大柄なことを差し引いても、あまり大の大人がする仕草ではないと思う。

「本当、この主従、言い方……気遣い……、俺、辛い……」

「ルル様の方は別に嫌みなど口にされることはないと思いますけど」

「嫌みと自覚してるなら控えてほしい……本当……頼む……」

別に僕の嫌みなど気にすることはないと思うけれども。いやまあ、この反応ならば、既に自分が言ったことを気にしていたのだと思うが。

僕は空気をリセットするべく溜息をつく。それでクロードが、何故か肩を震わせた。

「冗談です。むしろ、これはプリシラさんからの手助けでしょう」

「……手助け?」

泣き真似をやめて、クロードが指の隙間から僕を見る。

僕も、僕なりにプリシラの言動を考える。最大限好意的にだが。

「勇者様が決闘に参加する、など許されると思いますか?」

「それは……出来るなら避けたい事態だが」

「それは、クロード殿に限らないはず。少なくとも戦場に出るまでは、傷一つついてほしくないと願う方が……クロード殿よりも偉い方がそう思うと思いませんか?」

「……あ」

プリシラは、ジュリアンに対しての助力は一切しないと僕に言っている。

そして僕に勇者を助けさせたというレイトンの言葉を考えるならば、勇者にも好意的だ。

ならその行動は勇者の意図に適っており、決して勇者を傷つけるためのものではない、はず。

無論、僕と戦って勇者が勝てると思っているか、もしくは僕が勇者を決して殺さないと思っているのならば少し話は違ってくるが。

「まだ公表もされていない段階ならば、止めることは出来るのではないでしょうか。おそらく今日の昼、公示ですよね?」

「ああ、ああ、たしかに」

仇討ちなどならばもう少し早いし、そして場所を作らなければいけないようなことならば更に早く数日前には公示されていると思うが、今回のものはごく私的なもので更に場所は処刑場を間借りして行われる。

事前の代闘士の発表などもないこれは、大貴族の関わるものであっても公示は小さくほんの直前に行われる……はず。

「なら、それまでに。陛下に奏上されるといいでしょう。せっかく知り得た秘密ですから」

本来は僕には伝わらなかったはずの話。マアムと、先ほどのクロードの言葉では他にも密告者がいたようだが、とりあえずそういった裏切りがなければクロードにすら伝わらなかった話。

最大限、プリシラの行動を好意的に見れば、そういうことではないだろうか。

勇者が代闘士として立候補し、見事その座を勝ち取ればこの展開になる。今回はビャクダン家側の誰かもだったが、少なくともマアムなどからは漏れ出ることで、クロードかもしくは勇者の接遇係を通り、王に近しい誰かに伝わる。

そうなれば、王から決闘中止の命令が出る。中止といわずとも、誰かしらの仲裁で事が穏便に収まる。

……そういうことではないだろうか。

仮に決闘を止めようとしていたならば、それこそ先ほど僕が考えた『ルル側に立って戦う』という僕へのメリットが消えてなくなる。今回はビャクダン家側からの指名だったが、確かに僕も、ルルに取り入ることは可能だっただろう。

競合相手になり得る誰かを潰す。勇者への応援、ともたしかに取れる。

そういえば。

「それとは関係なく、そういえば勇者様のご様子はいかがでしょうか?」

「様子、でございますか?」

「発狂されたという噂。それが真実ならば、その後変わった様子はなかったかと」

僕はマアムに尋ねる。一時的な狂乱、ならばまあいい。だが何かしらの影響が残っていないだろうか。

なんとなく、そんな予感がする。

プリシラからといえども、決闘を勧められ、そんなホイホイと出ようとする性格だっただろうか。

いきなりの僕への敵意。いやまあ、彼に嫌われるようなことをしていたかというと僕自身よくわかっていないのだが、聞いた限りでは、思い込みに近い。

クロードとのあんな簡単な手合わせで、僕への勝機を見出す。勇者と僕、現時点でどちらが強いかは置いておいても、そんな簡単に判断出来るものだろうか。

発狂自体、尋常ではない事態だ。僕の作った薬で引き起こされた現象とはいえ、別の理由も複合してある気がする。それこそ、オトフシやヴァグネルの言っていた『野狐にやられた』というのは。

「……随分と、思い切りがよくなっていたとは感じたな。打ち込みが思い切りよく飛んできた。俺への信頼、というよりも、……」

マアムが答える前に、クロードが一言添える。困った、というように眉を寄せながら。

「いうよりも?」

「…………初学者によくあることだ。気遣いがなくなる、というかな。武器の強さが己の強さと勘違いをする。もっとも勇者殿にとっては、そんな段階はとうに過ぎているとも思うんだが」

「勘違い、ね」

なんとなく、予感が補強されていく。

僕はあれから、勇者と直接話してはいない。全て伝え聞く周囲の印象と、伝え聞いた彼の行動に基づく予測。

「やはりカラス殿も、変だと思うか?」

「も?」

「勇者殿が変わった。そう思うのは、きっとカラス殿だけではない」

クロードがマアムに目を向ける。マアムは唇を震わせるように閉じた後、やっとの思いでこじ開けるように開いた。

「勇者様は、昨日、人を殺されました。ビャクダン家に既に雇われていた代闘士から、その座を奪うために」

「…………」

「昨夜『やけに大きな荷物が運び出された』とは報告を受けていたが、まさか人だとはな」

「……では、勇者様にも処罰を?」

王城内での殺人。もちろん、それは以前僕とクロードが出会った場でのあの殺人と同様、広まってはいないようだが。それでも、罪は罪のはずだ。

「出来るわけがない。それこそ、先ほどお前が言っていた『俺より偉い人物』が止めるさ」

クロードが苦虫を噛みしめるような顔で歯ぎしりをする。

僕もそうしたい気分だ。

人治の国、エッセン。法による支配と秩序をという、建国の精神はどこへいったのだろうか。

もしかしたら、元からそんなものなかったのかもしれないが。

「まあ、俺からしても、一応弁護は出来る。比武での死ならば武芸者の誉れ。道場内での事故と変わらない、とも一応な」

「しかし……勇者様はその殺人について、どのような反応を?」

僕は以前の処刑場での風景を思い出す。

罪人の無抵抗の首一つ落とせず、嘔吐をしながらどうにか首元に刃を食い込ませるべく懸命に力を入れようと奮闘する勇者の姿。

まだ殺人を嫌がっていた姿。きっと、平和に生きていた日本人として当たり前の姿。

だが、聞いた先、マアムの顔色は芳しくなかった。

マアムは首を横に振る。

「ただ一言、汚い、と」

「…………そうですか」

嫌な話を洗い流すように、冷め始めたお茶を飲む。

この分では、とくに躊躇もなかったのだろう。おそらく。

違和感が既視感に変わる。

何となく思い出す、というか共感を覚える。多分、僕と同じ。

「酔っていらっしゃるようですね、勇者様は」

「酔う、とは? 何にだ?」

「魔力に。おそらくこの世界で初めて触れた不可思議な力に」

僕はお茶を置いて、手で包んでその水面を覗き込む。僕の顔が映っていた。

「視野が狭くなって、思い込みが激しくなる。相手の気持ちを考えることが出来なくなる。衝動的になる」

何の話だ? と二人が首を傾げる。二人にはわかるまい、魔力使いでない二人には。

「自分に都合の良い情報だけを受け取り、他は聞く耳を持たなくなる。自身の閃きが、絶対的に正しい事みたいに思える……というのは、実体験です」

「カラス殿のことか?」

「はい。魔法使い病といえばわかりやすいですね。今もまだ、僕も多分苦しんでいるもの」

この病は、自覚がないのが厄介だ。

病識などない。魔力を通し魔法使い自身が受け取っている情報は、それぞれの魔法使いにとって真実でしかない。

それに関しては、 僕ら(彼ら) は別にひねくれているわけではない。ただ聞こえるものに、見えるものに素直に反応しているだけなのだから。

勇者が僕を嫌っているという。それも仕方がないのだろう。その根拠は、勇者にとっては真実でしかないのだから。

……考え続けろ、と何度も言われた。

グスタフさんに、ニクスキーさんに、レイトンに。多分、それだけがこの病への対症療法。

「気の持ちよう、とでも聞こえるんだが」

「そうですね。『あれ? おかしいな?』と思えば、しばらくは解決するというのも実体験です」

生まれたばかりの赤子には、手の届く範囲にしか世界がないという。

そしてその世界は、手が届く故に、自分の思い通りになると信じてしまう。

新生児の万能感。

そして仮に、その世界を崩すことが出来れば。

「……クロード殿が、手合わせで本気で戦ってくれれば問題なかったのに」

「いや、あれは……まあな」

それだけで解決するわけでもない。だが仮に、あそこでクロードに手も足も出ないようだったら、少しは良い方向に向かっていたのではないだろうか。

困難にぶつからなければ、魔法使いは成長しない。その他多くの人間と同様に。

言い訳をするように、クロードが鼻を掻く。

「だってお前、武器術が苦手だろう」

「ええ。それが何か」

「演武の時に、お前に剣を持たせたのは失敗だったな、と気に掛かっていたんだ。だから、今回、俺も得意武器を封印して勇者とやってみたんだが……いや、また失敗した」

クロードは、ハハハ、と力なく笑う。

そんな理由で。

「勇者殿は得意武器に魔法あり、俺はやや苦手な剣を使って闘気無しで」

「木剣に闘気も込めないで」

僕の補足に、素直にうんとクロードは頷く。

かなりのハンデをつけたわけだ。その上で、手加減をして良い勝負を演出した。

……普段なら良いけど、タイミングが悪かった、ということだろう。

「真面目な理由もあったんだぞ。何せ、俺を指名しての手合わせだ。何とか勇者殿のやる気を保たないといけないと俺なりに色々考えた末の行動だったんだが」

「その辺り事情があったのはわかりますけど」

「腕試しとは聞いていたからな。戦争で活躍出来るか、自身を測りたいと。活躍しなければいけない、とやけに熱心に頼まれてな」

「活躍しなければいけない? というのは?」

「そこまでは俺は聞いていないが……」

気にはならなかったのだろうか。それとも、聞くのが憚られたのか。クロードが聞いていないそれに僕は引っかかる。

クロードとの腕試しは、僕に勝てるかの確認だったと先ほど聞いた。しかし、戦争での活躍。それは、決闘とは関わりのないことだ。

そんなところで嘘をつくだろうか。

クロードは知らない。もちろん僕も。

だがちょうどいい。何かを知っていそうな人間がここに一人いる。

僕はマアムをじっと見つめる。マアムの方は一瞬ギクリと肩を震わせたように見えたが、それでも平静を保ったまま視線も逸らさず僕を見返していた。

「……生き残りたい、でもなく、戦場で敵兵を殺したい、でもない。何故でしょう?」

マアムが視線を逸らすが、それでも構わず僕は見つめ続ける。活躍したい、というそれは、やはりルル関連だろうか?

数秒の後、根負けしたようにマアムが小さく咳払いをする。

「陛下が、勇者様とルル・ザブロック様との仲に反対しているのはご存じでしょう」

「聞いています」

「それです」

一瞬意味がわからず僕のほうが動きを止める。

だが、活躍、という先ほどの単語と結びつけ、何となくようやくわかった気がする。

それを感じ取ったのか、マアムも説明を重ねた。

「戦場での活躍を盾に、彼女の身柄を望む、と。そういうことです。ミルラ王女の解任が伝えられた際、彼女の侍女が、それを薦めていきました」

「なるほど?」

アミネーが。

……彼女個人の考えではあるまい。それに、あそこまで露骨にルルとの仲を取り持っていたミルラ王女の考えではない。

なるほど。ならばそれが餌で、勇者が歩もうとしている道か。

なるほど、それがあった。知ってしまえば一番妥当だし、何故僕がそれを思いつかなかったのだろうかと僕自身を罵倒したくなるほど順当なもの。

勇者は望むことが出来るのだ。おそらく国王の結婚反対は仮のもの。勇者が戦場で功績を挙げ、望めば反対は簡単に翻るのだろう。

そして僕が知りたかった勇者とルルの結婚への道。つまりそれを邪魔出来れば、ひとまずの問題は回避出来る。

さすがに勇者の暗殺などはしたくない。

ならば、その望みを口に出来なくするためには。

「それは大変ですね」

僕の呟きに、誰も答えず沈黙が流れる。

この話題は口にしたくない、という空気が何となく感じられる。

まあいい。

「色々言いましたけど、誰が悪かったわけでもないでしょう。元々、魔法使いになる勇者には不可避な現象だとも思います」

強いて言うなら、やはり僕。あとは僕と勇者を引き合わせたプリシラ。

「……これで、戦場にも出られるわけですし」

クロードに挑むことが出来る。命の危険がないことを除いても、決闘という命の取り合いに出ることを選ぶことが出来た。

自分の意思で、人の命を絶つことが出来た。

それが彼個人にとって望ましい事かどうかは知らないが、エッセン王国にとっては望ましいことだろう。

ルル・ザブロックの関与で、戦場に立つ準備が出来た。レイトンの言ったとおり。

「まあ色々あったがたしかに、勇者、という言葉通りようやく勇気を出してくれたといったところだろうか?」

自分でもそうは思っていない、という感じでクロードが自分の肩を揉みながらいう。

「これで、名実共に、勇者様……」

マアムが襟元を握りしめ、嬉しいような口元で悲しそうな目をして呟く。

だが、その言葉には僕は疑問がある。おそらくクロードにも。

勇者。勇気ある者。

命のやりとりをする戦場に自分から出るというのは、きっと勇気が要る行為だろう。

だが違う。それが勇者ではなく、魔法使いならば、勇気などなくとも戦場に出ることは出来るだろう。

そこで求められるのは、勇気ではない。

「畏れ知らず、ともいえるでしょう」

僕と同じ。