軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:先行き不安

クロードたちの捜索は、未だに難航していた。

聖騎士たちは、目立つわけにはいかない。今回の勇者失踪は大事で、そして聖騎士たちがものものしい雰囲気で集まっていれば、必ず周囲の目を引くことになる。そうすれば誰かは必ずその理由を勘ぐるし、そして大人数になれば誰かはきっと必ず正解を引く。

勇者の失踪。また、惑乱。それらを周囲に漏らしては大変なことになる。勇者の権威に関しても、そして彼を喚び出した国王の権威に関しても。

ミルラからそう聞いたクロードは、たしかにと頷き、その点に関しては慎重になったつもりだった。

だがそれ故に。

「まだ、何もありませんか?」

「……ああ、すまないが」

クロードが携帯している特殊な音叉には『発見』の報も『注進』の報も入らない。部下の聖騎士たちが簡単な合図をやりとりする際に震えるそれは、今やおしの如く黙ったままだった。

とりあえずの本部と決めた王城南側の大広場。街の住民たちも利用しているそこには、今四人ほど周囲の雰囲気にそぐわぬ人物がいる。

一人は今主に捜索に当たっている第二位聖騎士団、団長のクロード。そして一人の少女は、勇者を連れ戻す使命を帯びたルル・ザブロック。そしてその後ろに佇む二人の女性は、ルル・ザブロックの警護を務めるオトフシと侍女のサロメ。

三人掛けの椅子の両端に、クロードとルルが腰掛ける。その後ろでオトフシは、クロードに聞こえるように何度も何度も溜息を吐いていた。

「……やはり、もう衛兵の方々も動員した方が……」

「…………いや」

昼食を挟んだ今までの待機中にも、ここまで四人の間に会話はほとんどない。けれども進展のない状況に、痺れを切らしたルルが、ついにと口を開いた。

「しかし、素人考えですが、人数が少なすぎませんか?」

「そうなんだが……」

クロードは言葉少なく口ごもる。

第二位聖騎士団と応援の第七位聖騎士団の人員、合わせて三十余の人員が今王都の中で動き回っている。全てを動かすことは叶わなかった。第二位聖騎士団には警備の任もあるし、第七位にもそれなりの仕事がある。

そしてそれ故に、少ない。それはわかっていた。

本来ならば、衛兵や騎士団も投入して捜索に当たらせるべきなのだろう。国家に一人しかおらず、そして代わりも出来ない貴い勇者。その彼を失うことを恐れるならば。

けれど、とクロードは内心溜息を吐く。

大事に出来ない、というのはミルラ王女からの要請でもある。もちろん無下には出来ないし、そしてそもそも、自分の見栄というこだわりがまだ残っている。

その上で、もう一つ。クロードには自らも自覚していない消極的な理由があった。

誤魔化すようにクロードが笑う。

「そうご心配召さるるな。なに、この街に不慣れな勇者殿のことです。じきに見つかりましょう」

「……誰かが入れ知恵をしていても、ですか?」

「入れ知恵?」

だがルルの暗い顔に、クロードの顔が引き締められる。

「…………あの抜け道をご存じなのは、どなたでしょう」

そして次いで吐かれたルルの言葉に「ああ」と頷いた。

「当然、あそこを組んだ石工や大工は知っていましょうな。そして、警護に携わる私。そして侍女……それに」

言いながら、クロードは自らに『考えては駄目だ』と釘を刺す。主君ではないが、主君の娘御。疑いの目を向けることは許されていないと自らを律しながら。

言葉が止まる。喉の奥がせき止められたように。

けれども、目の前のルルがクロードを見る。その大きな目が、『もう一人』と呟いているように感じた。

言葉と共に止めていた息を吐き出すと、何故だか一つだけ笑い声が出た。

「王女殿下、くらいでしょう」

もちろん彼女だけではない。知識としては王やその側近も知っているし、察しがついている者だってそれこそ目の前のルルを含めて大勢いるだろう。

だがそんな言い訳を呟く気も失せて、口元の笑みを消し、項垂れ拳を握りしめた。

「誰かとは申しません。けれども、そうなるともうオギノ様は隣町まで行ってしまっていてもおかしくは……」

「…………そうかもしれませんな」

もちろん確証も何もない。ただの陰口のようなものだ。

けれども、今まで無意識に考えながらも、考えてはいけないと心の奥に閉じ込めていたその考え。ルルの言葉によりそれが噴出するように姿を現し、クロードに自覚させる。

クロードすら腹を立てたあのミルラ王女の余裕の表情。どこか他人事のようで、現実味のなかった心配する言葉。

そして何より、勇者の安全よりも、その責任の所在を口にしていた態度。

繋げたいものでもないし、繋げるべきでもないとクロードは思う。しかし全てが繋がってしまった。そんな気がした。

「正直に申し上げても角が立ちます。これは独り言です」

「…………」

俯いたままクロードが呟いたその言葉の続きを、ルルが無言で促す。

「私は、見つける気がないのかもしれません」

「……それは」

さすがに角が立つどころか問題発言だろう。そう思ったルルが止めようとするが、少しだけ体を起こし地面を見つめて憤懣やるかたなく鼻息を吐いたクロードに、言葉のほうが止まった。

「勇者殿は人殺しがどうしても無理なのだと、そう報告を受けております。そして勇者殿にはこの先、確実に大勢の人を殺さなければいけない事態が待っている」

勇者だ。大勢の兵の旗印となり、象徴ともなる存在。

王は勇者を戦場の後方で扱おうと考えているとクロードは聞いていた。『勇者は存在するだけで勇者。ならば、最低限自らの身を守れればいい』と。

けれども、それは無理だろう、とその時クロードも口にした。それは戦場をわかっていない文治の王の言葉だ、とも。

勇者だ。敵軍からすれば、その身柄さえ抑えればエッセンの士気を左右出来る重要な存在。戦場にいれば必ず標的になるし、味方の兵すらも後方でただ声だけを上げる勇者を見て良い気はしまい。

戦場というのは流動的で、常に後方にいるというのは多くの場合不可能だ。

そして貴族たちの影響もある。彼らは勇者や兵たちを、自分たちと違う存在だとも考えている。自分たちとも違い、戦場に出て、互いに傷つこうとも何も考えずに敵兵と命の奪い合いを出来るある種超人的な存在とも考えている。

戦場単位での戦略や戦術は現場の権限が大きい。けれども、戦争単位の戦略を考えるのは、勇者すらも駒として見るそんな貴族たちだ。

ならば勇者は、敵兵のために強制的に前に引きずり出され、貴族たちに強制的に前に押し出される。必ず刃と魔法飛び交う戦いに出ることになる。

そして、人を殺す。自らの身を守るために。

「逃げてしまえばいい。永遠に追い続けることは不可能ですし、じきに必ず戦争は始まる。そうなれば捜索も打ち切られましょう。そうすれば、生きてさえいてもらえれば、勇者殿は自由になります」

やはり、テレーズの言っていたとおり、間違いだったのだ。

遠い世界。先代勇者と同じ出身。ならば戦える、と考えるのは大きな間違いだ。

第一、先代勇者が戦っていたのは魔王。その敵は主に魔物で、山賊退治などの伝承を除けば、人間を殺したのはその『魔王』ただ一人のみだったはずだ。

人間を相手にする戦争で、頼るべきではなかった。そうクロードはどこかに唾を吐き捨てたい気分だった。

「勇者殿には喋れる口がある。働ける手がある。ならば、何とかどこかで暮らしてくれるのではないかと」

クロードはそう願いを込めて口にする。

もちろんそれは希望的観測。実際には運も必要ではあるし、この世界の常識もろくに知らない勇者が生活出来る確証はないが。

「……そうなれば、皆様責任を問われることになるのでは」

「問われるでしょうな。区画の警備責任者である私も、勇者様に付き従っていたマアムも、そして……」

そして、そうなってしまえ、というのも一番の理由だ。

ルルの言葉。それで自覚した、一番の。

「ミルラ王女殿下も。皆、雁首揃えて叱られましょう」

ハハハ、とクロードが顔を上げて笑う。空元気、だが今日一番清々しい笑顔だった。

「しかしまあ、そうは思いつつも」

ルルの言葉に自覚し、笑った。その気分転換に何となくクロードの心が晴れる。

冷静になって考えれば、皆叱られる、というだけでは済むまい。マアムも自分も処罰され、相応の処置が待っている。もっとも、聖騎士団長からの解任と除隊など、自分にはあまり痛くもないのだが。

しかし、痛くはないが困るし嫌だ。

肩を並べたい、並べていたい相手に、先を行かれてしまう気がする。

「やはり勇者殿の身も心配になる。たしかにそうしたほうがいい。協力を要請しましょう。この近くにも、衛兵の詰め所があったはず」

ミルラ王女からの命令を無視するというわけではない。それを考えた上で、大事にしても勇者が完全にいなくなるよりは見つかった方が処分も軽く済むだろうという現場判断だ。

そしてなにより、勇者をこのまま失踪させてしまうのはそれこそ失礼で、そして無責任だ。少なくとも、一時はこの国のために戦おうと決意してくれた異邦人に対して。

「よいのですか?」

落ち込んで、疲れていたはずのクロードの、あまりの態度の変わりよう。ルルはそれを怪訝な目で見ながら尋ねる。

その言葉に、いつもの笑みを取り戻しながらクロードは伸びをする。

「いいもなにも。必要だろう? 俺たちだけじゃどうせ捕まらん」

取り繕う口調すらも忘れたクロード。彼が立ち上がろうとしたそれに合わせて、ルルも立ち上がるべく腰を浮かせようとした。

だが、それをクロードは手で制する。

「……協力はここまでで構いませぬ。ザブロック様にご足労頂かなくても、我らだけで勇者殿をお連れしましょう」

「…………どうするのですか?」

自分すら、何をしていいかもわからないのに。目の前の男性の自信溢れる態度に、ルルは眉を顰めた。

「どうするって、昔から、家出した子供の連れ戻し方は変わらないでしょう」

「それは」

「ぶん殴って連れ帰る」

「…………」

あっけらかんと口にされた言葉に、ルルが口をぽかんと開ける。ただオトフシは、後ろで噴き出した口を押さえていた。

無論、クロードも本気ではない。戯れのように上げた口角を戻し、溜息を吐く。

「とまあ、そう言えれば楽なのですが。まあ、その時になったら考えることにしますかな」

さすがに強引に連れ帰りたくもない。だが見つけただけで見逃すわけにもいかないだろう。

ならばどうしよう、というのはクロードに残された最後の悩みだった。

「警護も……実際には私は不要。ならば、ここでお待ち頂ければ」

もとよりルル・ザブロックの警護など、カラスを遠ざけるための方便だ。オトフシの帯同を許しているのがその証拠、だがそれすらも指摘出来なかった事実にクロードは恥ずかしくなる。

クロードがオトフシを見ながら口にした言葉に、オトフシも、腕を組んだまま頷くことなく不敵に笑って応えた。

彼女に警護よりももっと相応しい役目があることは、本人以外誰も知らないことだったが。

オトフシの態度を咎めもせず、クロードはニヤリと笑う

「ミルラ様には適当に言っておきます。ルル・ザブロックは、たしかに役目を果たしたと」

その場合は勇者にも何事か言い含めなければいけないだろうが。だがその程度、王族や貴族を相手にするよりは簡単なことだ。

方針は決まった。衛兵にも協力を要請し、今日中に勇者を発見する。そうしてからその後のことは考えよう。そう、いくつもの問題を吹っ切って決めたクロードは、座りっぱなしで固まった腰を伸ばした。

「でも……」

両手を振り子のようにし胴を回せばパキパキという音がする。そんな音を楽しんでいたクロードだが、その耳には沈んだ声が響いた。

「…………」

まだ何か、とクロードが見つめると、今度はルルが俯いて両手を組んで膝の間でギュウと握る。元々白い手が、クロードには更に白く見えた。

「でも、嘘は、いけないと思います」

「……強要は致しませんとも。では、引き続きご協力頂けるか」

自分、そしてミルラ。二人に向けて口にしたということはクロードはおろかルルすらも気づかず、サロメが違和感を覚え、ただオトフシだけがそれに気づいて鼻を鳴らした。

そのオトフシに自分が笑われたと感じ、何となく恥ずかしくなってルルは俯いたままコクリと首を縦に振った。

クロードが衛兵たちの詰め所に入り話をしている間、ルルたち三人は外で待つことになった。

道中はクロードの騒がしい話し声が響いていたものの、残った三人は誰も積極的に話す性質ではない。故に、ただ三人大人しく佇み、ただクロードの進捗を待っていた。

ふとルルが、木造の詰め所の建物を眺める。ルルとしては何の気無しに行ったものだったが、それを目に留めたのはサロメだった。

その仕草に主の今までにない何かを感じた。ほんの少しの違和感、だが、その上げた顎に。

「お嬢様……どうかなさいましたか?」

「……いえ?」

尋ねられたルルも、思いも寄らない。彼女からすれば、何の考えもなくただただ木目を数えるように視線を巡らせただけだったのに。

サロメも、ルルの何が気になったのかはわからない。けれど、いつもと何かが違う。

交わされた視線。その瞳に、互いに確信を見た。

「何か気に障ることでもありましたでしょうか? とサロメ殿が」

詰め所の壁に寄りかかり、雲を眺めていたオトフシが、サロメも意識していなかったことを代弁する。

そしてサロメは、その言葉に『ああ』と何かが腑に落ちた。

そうだ。この雰囲気は。

微かだが、確かに。

「…………そんなに機嫌悪そうでしたか?」

「い、いえ、ただ、……なんとなく」

それでも不思議そうに目を瞬かせるルルに、失礼なことを言ってしまった、とサロメは口ごもる。だが言われてみればそうだ、とサロメは改めて感じる。その主を取り巻く雰囲気は、屋敷で何度も感じたもの。不満があるのに口に出さない、そういうときのもの。

「朝からずっとそうだ、とサロメ殿が」

「オトフシ殿?」

何故自分を引き合いに出すのか。そう抗議したサロメの視線を、オトフシは笑って受け流した。

そしてオトフシはふと笑みを止める。それから解いた腕の先、人差し指の爪を研ぐように親指の爪を擦り合わせた。

「まあ、朝から、ではなくマアム殿が来てからですな。その不満のもとはわかっておりますが」

言いながらオトフシは自らの手を広げた。何のつもりもない。ただ、自らの爪の艶を確認するために。

「ルル様は、ずっと不満そうでいらっしゃった」

「そう……ですか?」

言われても、ルルとしてはそんな気もしない。まるで、暗示にでもかけられているようだ、と一瞬思ったが、それでも二人の態度に嘘は見えなかった。

「……と」

オトフシが壁から背中を剥がして身構える。衛兵の詰め所から誰かが出てくる気配。クロードではなく、もっと大勢の人間が。

出てきた衛兵たちはルルたちに深々と礼をした後散ってゆく。中から出てきたのは十人ほどで、それだけか? とサロメは思ってしまったが。

遅れて現れたクロードは、サロメの疑問に答えるわけでもないが、ルルに向けて口を開いた。

「都合二十名ほどに協力して頂けることになった。もちろん奴らは勇者殿の風貌は知らないので、見当たりというよりも聞き込みが主になるが」

「どのようなことを?」

「勇者殿の風貌をお伝えした。それに検問も張ってもらった。これから街へ出る人間で、背格好の似ている者を拾い上げてもらう」

聖騎士にも出来ることではあるが人員が必要でなおかつ彼らのほうが慣れている。そう考えたクロードの方策だったが、まあ何も反対することはないだろう、とルルは頷いた。

「しつこいようだが、ザブロック様にはこれで別れて頂いても構いませんが?」

「本当にしつこいです」

「……うん……」

ははは、と笑いながらクロードが口にした言葉に、真顔でルルは返す。本来目上であるクロードに対しては失礼なことだったが、それを咎めないクロードは、落ち込むように頷くだけだった。

気を取り直して、とクロードが適当な道の先を見る。その先にいるかなどとは考えずに、ただ適当に。

「無事だといいなぁ」

「そうですね。対応の遅れが響いていなければいいのですけれど」

「それはそうなのだが、うん! カラス殿といい、この主従は言い方に気をつけてほしいなぁ!」

ルルの嫌みが冗談だと確かに感じ取り、「泣いちゃうぞ」と添えながら、クロードは少し大きな声で強がるようにそう返す。

そのクロードの反応にルルは、こんな感じだろうか、と同じ言葉を口の中で繰り返した。