軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

逆らう身体

猪騒動から二年経った。

寒くなり雪が降って、その雪が溶けて暖かくなってきたら、新年のお祝いだ。

この村では、なのか。この地方では、なのか。はたまたこの国では、なのかはわからないが、新年になると小さい祭りがある。

数少ないこのハレの日には、みな仕事も忘れてダンスや特別な料理を楽しむのだ。

新年は、一年幸せであるようにと、牛の形をした砂糖菓子を食べるのが習慣らしい。その年の当番たちに材料が配られ、仕事の合間を縫って作っていた。今年はフラウの母親が当番で、フラウが「僕も手伝うー」と言って邪魔しようとするのを止めるのが大変だった。

母親が白い塊をこねて指でつぶし、牛の形にくっつける辺りで毎回「僕もやる」と手を出すのである。おかげで、三十程作れば良いだけのノルマが全然終わらない。一日三個ほどずつ作って、一週間ほどで完成した。

途中、何個か僕が作って足しておいたのは、バレていない。

祭りの最中、一つくすねて食べたが、甘くて美味しい。しかし固まった砂糖が妙にぽろぽろしていて、食べづらいのが辛かった。

村の中心にある広場では、占いも行われる。

大きなたらいに水が張ってあり、その横の壺では何かの金属が熱されて溶けている。希望者は、係の占い師に半銅貨一枚相当の物を払う。そして渡された小さな柄杓で金属をすくい、たらいに落とす。ジャアアっという音と蒸気と共に金属が固まるわけだが、その固まった形で占うのだ。

正直、形の違いがわからない。占い師は、難しい顔をして「ここの角が良い」だとか「この丸みは云々」とか言うわけだが、その前の客に言ったことと正反対のことを言ったりもする。

しかし、最後は「だから今年一年いい年になりますよ」という話でだいたい終わるのだ。

祭りのお約束という感じで、こういうのもわりと楽しいと思えた。

実利もある。

その占いに使われる金属を溶かす燃料は、要らなくなった衣服なのだ。冬を越して、使わなくなった服を皆で持ち寄り、その山から必要に応じて火に放り込む。

この中から、使えそうな物をいくつか頂いておく。これを一年間着回すのだ。

古着だが、僕にとっては新しい布で、なんとなく肌触りが良かった。

フラウはもう農作業を手伝う歳になっていた。

まだまだ危なっかしくて、鍬などの農具を扱うことはさせてもらえていないが、物を運ぶような作業はもう普通に行っていた。

今日も、フラウは水を運ぶ。

井戸から水をくみ上げ、桶に入れて畑の脇にある水瓶まで運ぶ。その作業を何回も繰り返していた。

途中、転びそうになったところはさりげなく支える。たまに気付きそうになってキョトンとした顔をするが、まだバレていないらしい。というか、バレては困る。

以前、手伝いをはじめた頃にフラウが盛大に桶をひっくり返したことがある。そのときは酷かった。

まず、一瞬何が起きたのかわからないようで不思議そうな顔をしたのだが、すぐに我に返ってびしょ濡れの自らの服を確認する。そして、驚愕や怒られるんじゃないかという不安や衣服の気持ち悪さがごちゃ混ぜになったような表情をした後、大きな、それは大きな声で泣いたのだ。声に驚いた父と母が駆けつけてくると、さらにパニックになり声は大きく口も大きく開けて泣くのだった。

そんなことはさせぬ。もう二度と、そんな事件は起こさないように、フラウの働く時間はフラウのことを仕方なく見守ることにした。フラウは笑っていなければならないのだ。

今日も、フラウの昼寝の時間になってようやく見張りの訓練に来ることが出来た。

猪騒動から、訓練の指南役はカソクとシウムが交互に行うようになっていた。

どうも、カソクとシウムはこの村が出来る前からの仲間だったらしく、しかも二人とも探索者だったらしい。

探索者はこの世界において何でも屋だ。もとは聖領に多く存在する遺跡を探索し、魔道具や金貨などのお宝を持ってくるという職業だった。

しかし聖領は過酷な環境で、死亡者が多く儲かる可能性も少ない。そこで一部の探索者が、聖領探索のノウハウを活かして薬の材料を採取し売り始めた。さらに、自衛のためにしていた魔物との戦闘それ自体を、討伐依頼として受けるようになった。他にも荷物の運搬や護衛など、色々請け負い始めて結局何でも屋ということになってしまった。日雇いの派遣業務のような物だ。

彼らは、往々にしてパーティという集団を作る。報酬を分ける代わりに、苦手なことも分担するのだ。

シウムとカソクもパーティを組んでいた。他のメンバーもいたようだが、戦闘は彼らが主となっていたらしい。

見張りの訓練後、今日もキーチが残され、しごかれている。来年キーチは十六歳、成人だ。来年、キーチは村を出る。そのためか、半年ほど前から指導に熱が入っている。

「遅え! 俺が右手に力入れてんだから突きを警戒!」

「はい!」

指導についていくキーチもすごい。二年前に比べても、動きがよくなっている。反応速度や体力も格段に上がっているようだ。

「おし! 休憩! こっから体力作りだ」

「え、ええぇぇぇ、もうっ、すかぁぁ」

体力作りは過酷だが、それでも毎日こなしているキーチはすごい。素直にそう思う。

「動けなくなってから本番だ! もう槍が動かせねえ、一歩も動けねえ、そこからの動作が命を分けるんだ、ほら、早く動け!」

「はいぃぃ……」

腕立て伏せが始まる。今では千回休みなしを二セットだ。これが終わったら、フルスクワット三千回、十メートルほどの木登り二十回等々、限界まで追い込んでいた。

その横で僕もやる。同じ回数など到底出来ないが、キーチが動いてるときに、回数を気にせず全力でやるようにしていた。

勿論、半分もいかず限界になってしまうが。

ゼヒー、ゼヒー、と荒い呼吸を整えながらキーチを見る。

闘気や魔力などがある世界だ。このキーチが、この世界でどれだけ強いのか僕は知らない。僕は、森とこの村以外の世界を知らないのだ。そして僕を、この世界の誰も知らないのだ。それが最近、すこし寂しくなってきた。

「ありが、とう、ございました、あ」

キーチと僕の訓練が終わる。キーチは限界のようだ。僕も限界だ。暗くなりそうな目の前を気合いで何とかしつつも、フラウのもとに飛んでいく。足が動かないのだ。

「と、と、……」

足が引きずられる。飛び方がおかしい。今日は調子が悪いようだ。

最近、魔力の調子が悪いときがある。飛び方がおかしくなるぐらいで、透明化や防音の魔法に問題は起きていないのであまり気にしてはいなかったが、足を引きずるほど酷いのは初めてだ。

近くの森、いつも寝ている木の上にへたり込む。少し休めば大丈夫だ。そう思った途端、強い眠気が襲ってくる。フラウが心配だが、少しくらい寝ても大丈夫……だろ……う……。

「うわ!」

チュンチュンという小鳥の鳴き声で飛び起きた。明らかに朝だった。夕方が近かったとはいえ、昨日の昼から朝まで寝てしまったというわけか。しかも、何の警戒もなしに。

無事だったから良かったが、明らかに迂闊だった。透明化魔法も万能ではないのだ。以前、匂いで不審に思ったのだろう犬が、目の前まで迫っていたことがある。

魔法で水を出す。顔を洗い、口を濯ぐ。

食糧を確保したら、フラウのところに行こう。

今日のフラウは草むしりだ。もちろん、フラウだけにさせるわけではない。家族全員で畑の草むしりをしていた。

フラウはしゃがみ込み、汗を流しながらせっせと草をむしる。春とはいえ、汗ばむ気温である。涼しくしてあげるということではないが、魔法の練習として、冷たい風を作ってみよう。

『冷たい風』というのはどう作れば良いだろう。いつものように風を作るだけでは、出来るのは常温の風だ。それも涼しいだろうが、ここは物理的に冷たい風を作りたい。

氷ならば作れる。水よりも魔力は使うようだが、簡単に。

ああ、そうだ。冷たい空気を作ってそれを動かせば良いのか。わりと簡単だった。

魔法の練習にはならなかったが、使わないのはもったいない。せっかくだからフラウに向けて使ってみよう。

フラウは、心地よさそうに目を細めた。うん、やってよかった。

ある日。

今日はとても体の調子が良い。なんというか、気分がすっきりしていて体が軽いのだ。

いつも寝ている木から飛び降りると、音も無く着地できた。見回せば、いつもより視界も広い気がする。

良い朝だ。

朝ご飯の果実を囓りながら、今日の予定を立てる。といっても、ここ何年も安定した生活が出来ているから、ブラブラして体を鍛えるくらいしかすることが無い。

何の気なしに、てくてくと森の奥に歩いていく。この辺にももう慣れたものだ。いつもの川底に足を浸し、濡らしたボロ布で汗ばんだ体を拭いていく。冷たい水が心地良い。

ふと水面を見て動きを止める。何か違和感がある。首を傾げて考えるが、何故だか僕にはわからなかった。

さっぱりした体で、森を走る。木の根を足場に、茂みを越え、森の外を目指し進む。

流石に朝っぱらからの全力疾走はキツく、息が上がってしまった。村の方を見ながら息を整え、いつものように透明化魔法をかけ直す。これも、もう慣れたものだ。

「あ、こんにちは」

今日は、フラウが珍しく声をかけてきた。

「こ……こんにちは」

挨拶を返してからおかしなことに気付く。フラウが、こちらに気がついているのだ。

「はじめまして、どこから来たの? 僕はフラウ。そこのおうちに住んで……」

全身から汗が噴き出る。おかしい。透明化魔法が効いていない? 何故? フラウの話す言葉に適当に応えながら、思考が続く。思考がまとまらない。

「僕は、最近引っ越してきたんだ。フラウ…君はお家の手伝いかな」

透明化魔法が使えない? 今試すわけにはいかない。仮に使えたとしても、フラウの目の前で消えるのは不自然だ。その前に、いつから使えなくなっていた? 森を出たときは使えていたはずだ手応えがあった。先程まで、フラウの農作業を見ていたのだ、バレていないのならまだそのときは使えていただろう。だったらその後、つまりついさっきか。ならば、不自然さはごまかせるこのまま離れていけばまだいけるはずだ。

「うん、草取り! 僕んちもうすぐツボイモをうえるから、畑をたがやかさなくちゃいけないんだ!」

「そっか、頑張ってね」

「ありがとー」

手を振り、家の中に入っていくフラウから、足早に距離を取る。急いで森に向かわなくては。村民全員が顔見知りのこの村に、知らない子供が突然現れるなど不自然極まりない。

小さな子供相手ならばまだ何とかなるが、大人に見つかれば面倒なことになる。幸い、フラウの家は村の外縁に近い。五百メートルほどで森の中だ。

大人に見つからないうちに。そう考え、空を飛ぼうとする。地面すれすれなら目立たないし、走るよりは速い。しかし、出来なかった。魔力が展開できない。魔力を広げようとしても広がらない。

一瞬の逡巡の後、意を決して走り出した。モタモタしてられない。

そして、更に予想外のことが起きる。

幸いなのだろうか。景色が速い、足が軽い。明らかに、前世での人が出せる速さを超えていた。

辺りを確認しながら走る。誰も見ていない。それならば、と全力で森の中へ駆け込んだ。

何が起きたのだろうか。多少落ち着いた僕は、寝床としている木の根元で思案する。

異変はわかっている。魔法が、使えなくなった。

まずい状況だ。非常に、まずい状況だ。

今現在の僕の生活は、ほぼ全て魔法で成り立っている。魔法が無ければ狩りも出来ない。村をうろつくのだって透明化魔法があるから出来るのだ。寝床での安全の確保だって難しい。

魔法が使えないとすれば、僕は身元不明の単なる子供である。森の中で生活するのも出来ないわけではないが、難しい。

早急に、魔法を再度使えるようにしなければならない。さもなければ、生活の手段を新しく見つけなければならない。不自然では無い適当な理由を考えて、村に行くことも考えるべきか。

村を出て行くことも選択肢の一つに入れるべきだ。身元不明の子供が、村に受け入れられるのは、難しいことだと思う

魔法が使えなくなった以外に、もう一つの異変がある。

体の、異常な軽さ。異常な身体能力の向上とでも言えばいいか。

こちらそれ自体は別に不都合な事態ではない。だが、魔力が使えなくなったこととほぼ同時に起きたことだ。関係があってもおかしくない。というか、多分この力のせいだろう。

しかし、どうしたらいいだろうか。

目を凝らせば、体から立ち上る薄い光のようなものが見えた。これのせいか。自分の体から出ているものだが、少し腹が立った。これがあるから、今までの生活を変えなければならない。これがあるから、これからの生活を考えなければならない。

空気を揺らし、立ち上るその光を見て、ふと気がついた。どこかで見たことがある。

どこだったか、すぐにわかった。これを、僕はここ何年も間近で見ていたから。

闘気が、使えるようになった。