軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嫌味の味付け

握り拳のような俵形のコロッケが包まれたパンを、大きく口を開けて囓る。

中に入っているのは、人参とキャベツ、それに多分茹でてある豆……とするとコロッケという感じもしないのだが、それでも多分これはコロッケパンと呼んでもいいのだろう。誰もこの国では、これをそうとは呼ばないが。

パン粉もなく、寄せた野菜に小麦粉をまぶして揚げた素揚げに近いそれを咀嚼しながら、僕は使用人用の食堂を見渡す。

とうとう、使われている食材が端材だけになった。少し前まではまだ体裁が取れていた『賄い』だったが、今では本当にあり合わせの食材を頑張って料理に変えたようなものになっていた。

多分これは僕の印象からだが、そのせいだろう。

前まではこの食堂の雰囲気も、なんとなく華やいでいた。いや、当時は感じられていなかったが、それでも料理が変わってからはやはり使用人たちの料理への向き合い方も変わっているのだろう。ハレの日の料理から、ケの日の料理へ。楽しみから、燃料補給へ。

もちろん、食事だ。休憩時間ということで楽しくもあるだろうし、そこかしこで仲間たちが談笑する姿も見える。けれども、雰囲気がどこか落ち込んだようにも感じた。

しかし、と僕は内心溜息をつく。

仮に同じ食材でルルが料理を作ったら、どんな出来になるだろう。上品さでは一歩劣るまでも、味は負けてはいないはずだ。むしろ、勝っているのではないだろうか。これは僕の贔屓目も多分に混じっているだろうけれども。

もそもそと囓るコロッケの食材たちの歯触りが不揃いだ。あえてそうして食感を作り出すこともあるとは思うが、これは多分そうしているのではなく、潰したり刻んだりする作業が半端だっただけだろう。見習いの仕事、ということを考慮しても、少しばかり適当に過ぎると思う。

揚げる時間もあまり考えているとは思えない。どちらも火は通っていたが、二つ目のこれは揚げすぎて一つ目と比べると色がおかしい。それだけ油も吸っているのか食感も柔らかくなりすぎて脂っぽい。使った油は豚脂だろうか。

少し前までは擁護出来るところもあったが、今となっては確実に質は悪くなっている。

……それでも文句は出ていないようなので、本来こういうものか、それか僕の舌が肥えてしまったのだろうけれど。

文句ならば大量に出てくる。

しかし言うべきではないだろう。僕が、ここに来なければいいだけの話だ。

いや、それよりも。

僕は顔を上げて、真正面に座って両肘をついて両頬を掌で支えて待っていたアネットに目を向ける。

ぼーっとしていたようにも見えるが、きちんと視線がこちらを捉えていたのは知っている。というよりも、聞いている。彼女はさきほど「お食事中邪魔……しちゃいけませんよね!」と言って、そこで僕が食べ終わるのを待っていたのだから。

「で、何ですか?」

僕も食事はあまり邪魔されたくなかったので放っておいたが、見られたまま食べるというのもそれはそれで辛かったと思う。この料理への否定的な感情は、そのせいもあるのではないだろうか。

「え? もう話していいです?」

「どうぞ。別に待ってなくてもよかったんですが」

「それはまあ、役得? ということで?」

アネットがにっこりと笑う。休憩時間になるからいいということだろうが、……まあそういうことなら仕方あるまい。

僕が答えずにじっと待つと、アネットが小さく咳払いをする。

「それでですね」

「一応話を聞く前に言っておきたいんですけど」

「実はカラスさんに……え?」

アネットの話を遮り、僕は口を開く。先ほどから気になっているものがある。僕に向けられている視線は、実はアネットだけではないのだ。

「事情によっては、お断りしますので」

言いながら、僕は食堂のそこかしこを見渡す。

食堂の料理人。それに、掃除している係。皿洗い中の見習い、それに壁に隠れている誰か。幾人かが、僕を見ている。見ているというよりも、気にしているというだけだが。

そして明らかにアネットと話し始めたところでその気配は強くなった。アネットの話が気になる誰かが、何人もいるということだ。

「それはもちろん……へへ……」

アネットが、汗でも垂らしそうなほどに緊張している。重大な話か、それとも重要な話か。それはわからないが、それでもどちらかに見えた。

気を取り直すように、アネットがまた咳払いをする。

「実はカラスさんに、頼みたいことがあるんです」

「…………」

僕は応えずにじっと見る。それに「ぐ」と詰まったように見えたアネットはそれでも何とか口を開いた。

「薬の調合にも長けていると噂のカラスさんですが、私にもちょっと悩みがありまして……」

「薬ですか」

「あ、いや、でも、薬というわけでは……いや、薬? ですか?」

振り返るように、アネットが視線で周囲に助けを求める。その視線を受け取ったであろう人々は全員清々しくそれを無視したが、何だろう、やはり全員グルとかそういう話だろうか。

僕は食べ終わった皿をどうしようかと悩みながら続きを待つ。

これ片付けてもいいだろうか。いやそもそも、片付けてから聞けばよかった。

「えーと、まあ薬が欲しいんです。材料費は用立てますので、作っていただけまするか?」

「ものによります。何のですか?」

この反応から見れば、おそらくその薬を受け取るのは彼女ではあるまい。いや、彼女も受け取るのかもしれないが、おそらく配るようにして拡散すると思う。

……すると、全員に必要なもの、もしくは全員が欲しがるもの……なんだろう?

アネットが視線を宙に向け、何事かを思い出そうとしている。

これは明らかに、誰かに台詞を吹き込まれているのだろう。僕を含め、演技が下手、という人はいるだろうけれど、……。しかしこれはまた極端な気がする。

「ほら、私たち、水仕事が多いじゃないですか? だから、その、手とかが荒れるのが気になってまして?」

「肌荒れ対策の軟膏ならば、治療師にもらえばいいのに」

そっと見せられた手は、たしかにすべすべとはいかずに荒れている。まあそれは仕方あるまい。彼女らの仕事では、たしかにそうなりがちだ。

だが、それならば僕に貰わずとも色々と出来る対策はある。治療師に行ってもいいし、そもそも肌荒れの主な原因は洗い流されることによる単なる皮脂の不足だ。水仕事の後、油分ある何かを塗るだけでも大分違う。薬師レベルではなくとも、民間療法も数多くあるはずだ。

しかし僕の言葉に、怯まずにアネットは諂うように笑う。

「だってそうすると、先立つものが、ね?」

「材料費を用立てることが出来るのなら、それで充分では」

どうにも要領が掴めない。というか、事情がわからない。

カノンや口内炎の令嬢は、治療師への不信や恐れ多さから僕を頼ってきたはずだ。しかし、そういうわけでもないのならば話は違ってくる。

そもそも口内炎も、痛みや出血を伴う肌荒れも、治療師の適応のはずだ。ならばそちらを頼るのが、ムジカルならばまだしもこの国の国民たる彼らの常識のはずなのに。

……これは、多分。

「で、他には何を?」

「他は、ですね……えーと……」

目をぱちくりとさせながら、顎に手を当てて、アネットは目を瞑る。僕の言葉を不思議とも思わずに、ただ何かを思い出そうとして。

「庭木をひっかけてよく肌を切るので、傷薬と……、眠気覚ましと……あとは……」

そして何かに気が付いたかのように袂を探ると、一枚の小さな紙を取り出す。

もうそれを見せてくれればいいと思う。

「あ、あとは包丁の扱いでやっぱり傷薬? それによく油汚れの落ちる薬……とか……」

それからようやく気が付いたのだろう。言葉が途切れ途切れになり、そして止まる。

「……あ……」

「それ見せてください」

僕がそっと手を出すと、目を逸らしながらアネットがそこに一枚の紙を乗せる。数枚の小さなメモ用紙のような粗末な紙に、名前と欲しがっている薬の種類が並んで書いてあった。

「……これは?」

「私たちが困っていて、カラスさんに何とかできそうなものを列挙してほしいと……へへ……」

アネットが、悪びれる様子もなく笑いながら後頭部を掻く。

「誰に言われたんですか?」

「それはさすがに、言えませんって」

勘弁してよ、と全身で示しながらアネットは言う。だが、その視線がここにいるであろう誰かを探しているのもよくわかった。

そこにいるとは思っていないのだろうが、探さずにはいられなかったのだと思う。使用人以外のその誰かを。

僕はそのリストを眺める。

それぞれアネットの知り合い……というか色々な部署の使用人なのだろう。だが、アネットが調べたとかそういうわけではなさそうで、幾人かの筆跡が混じっていた。

まあ、それだけならば答えは一つだ。

「事情がよくわからないのでお断りします」

僕ははっきりとそう口にする。直接まあ困っているだろう事情を教えられたアネットだけならばともかく、僕がこの顔も知らない十数人の使用人たちのために薬を作る義理はない。お金に困っているわけでもないし。

だが僕が言うと、アネットが声を大きくして机越しに詰め寄るように身を乗り出す。

「そんなこと言わないでくださいよ。私が怒られちゃうんです」

「誰にですか?」

「…………」

なるほど。

今のところわかっているのは、誰かがこのリストを作成したこと。

『困っている人リスト』とでもいおうか。使用人たちがそれぞれ困っていることを列挙して、僕へ何とかしろと迫っている。

……指向性のような何かを感じる。それも、レイトンが流した噂に便乗しているような。

「……では、誰か一人だけなんとかしましょう。手持ちのもので何とかできる分」

「! ならば……!」

「アネットさん以外で。この、『火傷を治す薬』というのはあの人でしょうか?」

「何でぇー!?」

僕は厨房の中を指さして、私の、と言おうとしたアネットの先手を取る。とりあえずアネットは、自分一人の分だけどうにか出来ればいいらしい。ならば他の人もそうだろうか。

アネットが僕へと依頼してきたのなら、アネットが皆を気遣ってということもあるかもしれない……と思ったが、今の反応も先ほどの言葉もそれは違うと示している。

誰かがこれを作った。レイトンやプリシラならあまり乗りたくはないけれども……。

ふぅ、と誰かが溜息をつく。

曲がり角の向こう側。僕たちへと注意を向けながら、身を見せなかった唯一の人物。

制服のようなエプロンドレス。けっして豪華なものではないが、上品さはこの使用人用の食堂にはあまり見合わない。

その彼女が姿を見せて、そしてその素性を何となく思い出した僕は、このリストを作成させたのが誰だかようやくわかった。

「申し訳ありません。私としては、正直に事情を話して依頼したほうがいいと再三姫様には申し上げたんですが……」

姿を見せたのは、ミルラ王女の侍女。アミネーといっただろうか、話したこともなかったはずの人物だ。

彼女の独断……というわけでもあるまい。

「突然の不躾なお願い、申し訳ありません。カラス様、少しだけ、お話よろしいでしょうか?」

背後にミルラ王女がいるのだろう。その頭を下げるアミネーの堂々とした態度に、何故だか僕はそう思った。

別室に案内された僕は、六畳ほどの倉庫のような場所でアミネーと向かい合う。

「細かな挨拶は結構です。事情は察せられておりますね?」

「もちろん、と言いたいところですけれども、不確かな推測は危険ですね。先ほどアネットさんに聞いたことが全てです。私はアネットさんに薬作りを依頼されて、断りました」

「…………」

おそらく背後に何か意図があるのだろう。だが、僕はそれを無視した。そもそも言われなければ聞く必要はない。ルル相手ならばまだしも、ミルラ王女の忖度などする気はない。

ちなみに件のアネットは、「だから演技は苦手っていったじゃないですか!」と文句を吐き捨てて去っていった。それこそ推察だが、僕の知り合いということで押しつけられたのだ、彼女は。

また、ふぅ、とアミネーは溜息をつく。

「そう警戒されずともいいですよ。この場では礼など崩して結構です。しかるべきときにはしかるべくようにしていただければ」

「細かな礼儀は詳しくないので、助かります」

アミネー的には立ち居振舞いのことではなく、口調の方を言ったのだろう。しかし、僕の素の口調はこれだ。別にそれを変える気もない。

「……では、もうはっきり言ってしまいましょう。先ほどカラス様に依頼されたこと、依頼主はミルラ様です」

眠たげな目をはっきりと開けて、アミネーはそう言い放つ。

「ミルラ様は、人気取りがしたいそうなのです」

「人気取り?」

「はい。先立つものがない使用人たちへの、ミルラ様からの厚意。貴方へと出される材料費と謝礼は、ミルラ様の私的な財産から出されます」

「……はあ……」

僕は一応納得する。言っていることはわかる。

ミルラが、使用人に対して行う私的な福祉。それを、僕へやれと。

しかし、ならば。

「ならば治療師を使えばいいのでは? それこそ公的な補助となるでしょう」

そんな福利厚生ならば、僕よりももっと相応しい者たちが大勢いる。先ほどアネットに言った言葉そのままだが、それこそお金があるなら治療師に頼めばいいのだ。

「…………誤魔化しても邪推を生むだけなのではっきり言ってしまいますが……」

「はい」

少しだけ悩んで、それから躊躇する素振りもなくアミネーはそう言う。悩んだ素振りすら嘘のように短いのだけれど。

「ミルラ様は、……どうも、治療師に頼りたくないそうなのです」

「それは……何故です?」

「はっきり言います。わかりません」

もはや悩む素振りもせずに、そう言い切る。なんとなく、これは本当だとルルではない僕でもわかる気がする。それこそ嘘かもしれないが。

「私ごときには姫様の考えも全部はわかりません。先ほどのアネットという使用人がこの話をカラス様にしたのも、私が直接お話しするよりも聞き入れられやすいからという話でしたが……正直、その効果は疑問です」

「私としても、この方がよくわかりましたがね」

「でしょう!?」

眠たげだった目を猫のように広げて、アミネーが僕の言葉も同意する。というか、よくわからない指示なのによく従えるものだ。

「本当、たまによくわからないことをするんです。勇者様のために男色を考え始めたり、今ではよくわからない魔術師を招聘しようとしていたり」

「……それ、まだ続いているんですか」

前段はよくわからないが、後段はエウリューケのことだろう。まだ諦めていなかったというか、まだその気なのか。

「しかし、……でも、……」

まだ続きそうだった愚痴を強引に自分で押し留め、アミネーはコホンと咳払いをする。

……正直、まだあまり信用出来ない気がするのは何故だろうか。

「それでも、人気取りなどの理由はわかります。どうか、お引き受けくださいませんか。報酬はきちんとお支払いいたしますし、これでミルラ様からの覚えもよくなるとは思います」

言い切って、またほんの少し悩むように、一瞬だけアミネーは沈黙する。

「ルル・ザブロック様のためにも、どうかお引き受けくださいませんか」

「……それがルル様に、どう繋がると?」

「………………」

僕が尋ねると、黙る。これは、どっちの意味だろう。

まあ、僕の方からも言い分はある。

「まず私は、レグリス・ザブロック様に雇われてルル・ザブロック様にお仕えする立場です。探索者という外様ではありますが、ザブロック家の使用人であるということは間違いない」

「……仰るとおりです」

「ミルラ王女からの命令。そう解釈してもいいでしょう本件ですが、公的なものであればまだしも私的なこれに、私に従う義務はない。私の主はルル・ザブロック様です」

言いながら、実際は違うとは思う。

いや、義務は確かにないが、立場的には本来従わざるを得ないだろう。先ほどまでのアネットのところで止まっているのならばまだしも、ミルラ王女の名を出された今となっては。

だが、気に入らないのと不可解な点がまだ残っている。駄々をこねるようで申し訳ないが、やはり承知出来ないことが。

「何故、ルル様を通して依頼なさらないのでしょう? ルル様に知られては困るようなことでも?」

「断られることがわかっているからです」

僕の問いに、アミネーは即答する。

だが、それにはまた僕は違和感を覚えた。

「ミルラ様がルル様に公式でなくとも正式に命令すれば、ルル様は従わざるを得ないでしょう。なのに、断るとは?」

「…………」

人はわからないことと、都合の悪いことには沈黙する。

この分では、先ほどの『人気取り』という理由、間違いではなくとも全てではないだろう。なるほど。だから、信用出来ないのだ。

……もっとも、僕よりも人との折衝に秀でて交渉に長けているであろう彼女らだ。今僕は、何かしらの布石を打たれている可能性もあるのだけれども。

だから、人間は面倒だ。

「……事はもう動いています。カラス様のお知り合いの彼女らは既に期待して、貴方を待っている」

「私はその辺り、あまり気にしないので」

既に大きな動きがあるから、止めるな。そう言われても、僕の答えは決まっている。アネットたちは残念に思うのだろうが、僕も信用出来ない者の考えることに巻き込まれるのは嫌だ。

客観的に僕の言動を振り返ると、僕が駄々をこねているようにも聞こえてきた。

きっと本当は、王女様の言動には無条件に従うのが正しいことで、それに皆の期待は裏切らないように動くのが義理人情ということなのだろう。

多分、ここで断れないのが『大人になる』ということなのだろう。それでもやはり。

「申し訳ありませんが、ルル様の関知しないところで別の命令を受ける気はありません。失礼致します」

僕にはその決まりは理解出来ない。そういうことに従う機能が、きっと存在しないのだ。

僕は頭を下げて、部屋を出る。

アミネーは引き留めなかった。

ただ、背後にあるその顔が舌打ちに歪んでいるように感じて、そして何故だかその顔を見るのが怖い気がして、僕は扉が閉まるまで振り返れなかった。