軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聞き分けの良い子

ティリーがてれてれという擬音をつけながら、高笑いでもしているのかというほど明るい様子で歩く後ろ姿を見送り、一段落して静かになった三人。

じゃあ私も、というように後は別れていくのだろうと思っていたのだが、ティリーと連れ立ってきていたはずのマーシャは動かずに、二人を見てからルネスへと視線を戻した。

「ルル様のことを気に入ったようですね」

「……ええ、助かりましたわ」

ルネスが溜息を吐く。弱音を吐くように顔の力を抜いて、その勢いで体の力までも抜けてしまったようにも見えた。

それを見てニ、と笑い、マーシャがルルへと向き直る。

「では、それなら私も、ティリー様と同じくお力になれますわ。何かあったときは何なりと」

「……やはりそういう話でしたか」

水を差すように、ディアーヌがボソリと言う。それに応えるようそちらを向いたマーシャは、それにも無言でニコリと笑った。

その言葉に、ルルが気づいたように目を丸くする。このお茶会の意図にようやく気が付いたといったところだろうか。

僕も正直考えてなかった。なるほど。ではこれは、……ちょうどよかったのだろうか? それともわざわざ急遽開いたのだろうか。

ディアーヌが初めて招かれたと言っていたから、後者かな。

ルルが浅く頭を下げる。

「ありがとうございます。私のために、わざわざ」

「これくらい構いませんわ。いつも私を頼ってくださらないルル様が、たまに弱音を見せてくれたのですもの。いくらでも、どんと私に申しつけなさいな」

フフフフ、とルネスが楽しそうに笑う。状況的には全く楽しいわけでもないだろうに。

勇ましい仕草に力が入っている。人目を気にしなければ、拳で自らの胸を叩いていてでもいたのではないだろうか。

「それで、何か今のところ困っていることなどは本当にないのですか?」

マーシャが言うが、ルルは首を横に振る。

「いいえ。申し訳ないですが、今のところは私にも何が何やら」

「実害はないのだから……放っておいてもいいとも言いづらいのが厄介ですわね」

やれやれ、とディアーヌが溜息を吐く。その仕草を見れば本当に、この場で一番階級が低いとは思えなくなってきた。

しかしそれなりに上手くいったらしい。

このお茶会は、いつものルネスが開いているものとは性格が違う。

おそらくティリー、マーシャとの顔合わせのための会だったのだろう。ディアーヌにも事情は話しているようだったが。

「ですが、何事か起きてからとなると遅かったでしょう。何事も起きていない今、相談していただいたのはおそらく正解だと思いますわ。ルル様も、的確な判断だと」

「それは多分、ベルレアン卿の手柄です。私は何も」

ルネスの褒め言葉を遮るようにしながら、ルルが首を横に振る。

それから視線を向けた先では、ジグがバツが悪そうに小さくなったように見えた。

「では、とりあえずは現状維持のまま。何かが起きたら、ということでよろしいですね」

「何かの会では、出来る限りは私が付き添いましょう」

マーシャが言うと、ルネスが甲斐甲斐しい言葉を吐く。

正直そうしてくれるとありがたい。何かをしでかすような輩も、ルル一人の前ならばともかく、ルネスの前では何も出来ないだろうし。

虎の威を借る狐のようで申し訳ないが、そこはまあ。

「……いえ、しばらくはその必要もないと思います」

「それは何故?」

「…………しばらくは、自由参加のものは欠席させていただこうかと」

ルルは辿々しく、昨日僕らへとした説明を繰り返す。

しばらくの間、昼餐会などには欠席し、部屋に閉じこもることにすると。

話を聞き終えたルネスは、少しだけ不満げに目を逸らしながら、「ん」とぼやくように呟いた。

それから言葉を選ぶように瞬きをして、ゆっくりと口を開く。

「しかし、それはまずくはないでしょうか? 勇者様とお会い出来なくなりますけれど……」

「いいんじゃないかしら? ミルラ様をせつくことにもなりますし」

ルネスはやんわりとした反対を。マーシャは、賛成の意を示す。

ディアーヌは黙ったまま、事の次第を見つめているように見えた。

「勇者様だって、ルル様に会いたいのだったら部屋を訪ねてくらい来るでしょう。その辺り、支障はないのでは」

「……ぁ……」

しかしマーシャの言葉に、ルルが小さく反応する。

考えてなかったのだろうか。

そしてその小さな声に、口の中だけで溜息を吐いてからディアーヌが口を開いた。

「私は反対致します。いつものようにお過ごしいただくのが、今のところ一番かと」

「そうですか?」

マーシャがにこやかに尋ねるが、そのにこやかさには応えずにディアーヌは目を瞑り頷く。

それからルルの方を見ると、ルルが少しだけ怯えたようにも見えた。

「……落としどころは考えてございますか?」

「落としどころ?」

「部屋に閉じこもった後、どうするかですわ」

ディアーヌが、使っていなかった扇子を閉じたまま逆手に握り、腕を落とす。何となくその動作は剣を扱うときのように見えて、その扇子が武器に見えた。……鉄扇ならば普通に武器になるけど。

一応さりげなく右足を半歩引いて、つま先に加重する。何か起きたときに、すぐにその場に跳べるように。もちろん何もないと思うけど。

「このまま座して待てば、勇者様はどうなるでしょう? ルル様の周囲はどのように変化するでしょう?」

「それは……」

「勇者様が貴方との婚約を望む。もはやそうなることは日が落ちるよりも明白なこと」

「…………」

「ならばこそ、嫌がらせも止まりミルラ王女にも大手を振って協力していただけて、聖騎士の警護や王からの助力までも期待出来る妙案がございますわ」

「…………わかって、おります」

ルルが頷く。

わかっている。それは、オトフシにもやめておけと諌められた案。

ディアーヌは力強く、背の高さのまま見下ろしながら命令するように口にする。

「勇者様に、お話しなさいませ。いいえ、話さないまでも、『私たちの仕事』をなさいませ。そうすれば勇者様は貴方を選び、守られることでしょう」

「……僭越ながら」

僕はその言葉にゆっくりと口を開く。ルルが話しづらそうにしているし、そもそも言いづらいことだろう。間違いだったら自意識過剰もいいところ、羞恥心からも、それに道義心からも。

三人の視線……と大量の使用人の視線がこちらを向く。その視線に圧力までもあるように感じた。

その圧力に負けないように、僕は左足の踵にしっかりと力を入れる。

「それは、出来ません」

「何故です?」

いつものディアーヌの顔ではない。練武場で見せるような真面目さではなく、何かを塗り込めて固めたような。

端正で、怖くもないが威圧感のある表情。

きっとそれは、ルルの嫌う顔だろう。言動は別としても。

「勇者様は公式には何も申されておりません。なのにルル様が我が物顔で勇者様に近づけば、必ずや諍いが起きるでしょう」

そして、ディアーヌの言った行動の一番の問題点が多分それだ。

勇者は残念ながら、本心を周囲と僕にしか漏らしておらず、相手であるルルにすら伝えていない。なのに周囲が既に読み取れるほどの思慕というのが問題なのだが……。

もちろん僕は、勇者の気持ちの正解を知っている。しかし、ルルを含めた招かれた令嬢たちにとってはまだ憶測の状態。その周囲の噂に踊らされて、ルルが勇者に近づけば、浅ましい、厚かましいと誹られることもあるかもしれない。

いや、だから、勇者がさっさとそれを公表すればいいという話にもなるのだが。

ディアーヌに対しての抗議の最中に起こった堂々巡りの思案に、わずかにだが苛立ちが募る。

僕へと明かしたその勇気を、勇者は何故ルルに発揮しないのだろうか。

「ならばこそ、会には積極的に出席すべきです。勇者様が一歩踏み出してくれば、ルル様も応じることが出来るはず。勇者様の前でご無体は出来ないし、したとしても炙り出しにもなる」

そしてディアーヌの言葉に、僕は一瞬反論出来ずに言葉に詰まる。それを好機とみたのか、ディアーヌは間を置かずに続けた。

「歩みを進めるのは殿方から。たしかに、それも作法ですしその点は私も同意致します。しかしならば、それを助けることこそが婦女の役目でしょう。そして今、ルル様には絶好の機会に動機がある。今のルル様におかれましては、私たちの成すべき仕事を投げ出そうとしているようにしか見えませんわ」

「…………」

私たちの成すべき仕事。それは先ほどの、『私たちの仕事』と同じ文脈のものだろう。

その仕事かが何かというのは迷うものではない。

昔オトフシも言っていたこと。婚約により家同士を結び、栄えさせる。彼女たちはそのために生まれてきた、と。

たしかに、国家的の法的にも、そして貴族制という制度からも、そういうシステムになっているのだろう。

貴族は原則的に男子が家を継ぐ。女子は別家へ嫁に行き、家同士の縁を繋ぐ。

ルネスもディアーヌも、ミルラやレグリスもそうして生まれ、育てられてきた。

今となっては、ルルも。

「いえ、ディアーヌ様、ルル様が外へ出ないというのは多分……」

「それとも、ザブロック家の当主様……レグリス女伯爵の意向なのでしょうか? 勇者様との縁は繋げない、との」

「……いいえ」

ルネスの言葉に耳を貸さずに続けたディアーヌの言葉。それにはルルが応える。というよりも、レグリスはおそらく何も言っていないはずだ。もちろん、そのレグリスの考えも、おそらくディアーヌと同じなのだろうが。

「逃げても逃げなくても同じこと。ならば、立ち向かうべきでしょう。特にルル様には、これだけの味方がいるのですから」

ディアーヌが、ルネスとマーシャを眺めるように見る。おそらくその味方にはティリーも入っているだろう。

たしかに、それだけの味方がいれば嫌がらせも怖くないのかもしれない。勇者ではないが、僕にとっても縁が遠い侯爵家。公爵に次ぐ階級の彼らの家々は、既に王家ですら無視出来ない勢力となっているはずだ。

彼女らの家の階級は、そのまま彼女らの社交界での地位に繋がっている。彼女らにその権力がないとしても、畏怖はある。……それにしては、男爵家令嬢のディアーヌに迫力があるけれども。

僕は右足の踵を下ろし、臨戦態勢を解く。わかっていたことだが、必要はないらしい。

だから、下ろしたはずだ。そうは思うし、それは事実だ。

けれども何故だろう、その踵に感じた感触に、気圧されたから、と感じたのは。

僕からの反論がないことを確認したのだろう。手持ち無沙汰に指先を扇子のひだに押し込んでいたディアーヌが、ふと気が付いたように何かを言おうとして口を開閉させた。

そして言葉が決まったのか、ルルに向かう。

「勘違いしないでいただきたいのは、私もルル様の味方です。何かあったら、必ずお力になりますので、なんなりと仰ってください」

やや早口になっていたその言葉の最中にこちらをちらちらと見たが、明らかにルルのためを思っての言葉ではないだろう。いや、ルルのためを思って、というのは本心だとも思うが、違う目的も混じっているだろう。更に言えば、違う目的を邪魔しないように、といったところだろうか。

塗り固められた表情に、少しだけほころびが見える。

僕はディアーヌから目を離し、やや俯いて言葉を聞いていたルルを見る。

ルルは静かに唇を動かすと、小さな声で「本当……」と呟く。

それで勢いづけたのか、少し顔を上げて、少し声量を上げた。

「立ち向かわないと、駄目ですよね」

それでもボソリと呟いた声に、ルネスが眉を寄せていた。

ルネスたちと別れて、僕たちは王城の廊下を歩く。

これからどうする、とも決めずに解散にはなった。基本的にルルの意見は尊重するらしいので、無理に部屋の外へと引きずり出すことは誰もしない、ともルネスは言っていた。

歩きつつ、僕はルルのすぐ斜め後ろまで歩み寄る。その大股で僕が何かを言おうとしていると気が付いたのだろう、ルルはこちらをちらりと見てまた正面に視線を戻した。

「信用出来そうでしょうか」

「……はい。五……誰も、嘘など吐いていませんでした」

僕の問いに視線も合わせず、端的にルルが答える。僕よりもレイトンに近く、正確に人の言動を読み取るルルがそう言うのだ。ならばきっとそうなのだろう。

「とりあえず今日これからは、予定通りにしましょう。サロメ、部屋に戻り次第、寝台を整えてもらえますか?」

「はい……え? もうお休みでございますか?」

「少々疲れました。少し休んだら夕食を軽く食べて、それから今日は早く休みます」

言葉に違わず、ルルが長い溜息を吐く。

「明日からも、…………」

そしてその続きの言葉を飲み込むように、大きく喉を鳴らして唾を飲んだ。

ルルがこちらを向く。視線は僕の顔ではなく、胸元を見ていたが。

「カラス様は、またディアーヌ様に剣の稽古をつけて差し上げるのですか?」

「時間に余裕があり、本人が望まれましたら」

言いながら、大丈夫だろうか、と僕は少し心配になる。

ディアーヌとしても、決してルルとの関係を悪化させたく思ったわけではないだろうが。それでも、関係に亀裂は入っていないだろうか。ルルから彼女への苦手意識や、悪感情は、など。

一応、心配ない、とも思う。そこで報復に僕への接触を禁じるような性格ではないだろう。

そのような言葉が続かないか。そう一瞬考えてしまったが、もちろんルルは、そういった言葉は吐かなかった。

けれども。

「そうですか」

呟いた言葉の後、振り返り視線を外してから、口の中で「いいなぁ」と呟いたのは、どういう意味かわからなかった。