軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

見ていない、見えていない

「何をするかは知らんが、上手くやれよ」

「……はい」

レイトンと会った次の日の昼過ぎ。僕とオトフシは交代する。去り際にオトフシに叩かれた肩が何となく重たくなった気がするものの、やる気には変わりない。

何をするか中々考えられなくて、今もまだほぼ出たとこ勝負なのだけれども。

首を鳴らしながら出ていくオトフシ。どこかに監視の目は残していると思うが、振り返らずに去っていったその姿は、何となくだが重荷を下ろしたような雰囲気だった。

さて。

僕は待機所のパーテーションから歩み出て、食休みも一段落したようで本を開いていたルルに歩み寄る。いつもより目の動きが速いのは、読み慣れている本だからだろうか。

「お嬢様。僭越ながら、約束の時間です……そろそろよろしいでしょうか?」

「……え、ああ……」

僕が問いかけると、ルルが慌てるように本を閉じる。

「はい」

そして椅子から静かに飛び降りるように立ち上がり、スカートの裾を払う。

サロメに目を向ければ、ゆっくりと頷いた。

「では、私はヴィーンハート様にお断りの連絡を」

「え? 今からですか?」

ルルがサロメに問いかける。多分、驚いているのは昨日のうちでなかったことと、もう一つだろう。

「はい。少しだけ席を外させて頂きます。今回私はついていけませんので」

ニヤとサロメが笑う。静かな女性だったはずだが、何となく、まるでササメなどを彷彿とさせる笑みだった。

「しかし……」

「カラス殿。お願いします」

「任されました」

もう一歩ルルに歩み寄り、僕はとある魔法を使う。

僕が一番使い慣れていて、そして人にはあまり話せない類いの魔法を。

僕がいた辺りに向けて、サロメが不思議そうに目を丸くする。そして、納得したように、感嘆の息を吐いた。

「さすが、でございましょうか」

「……?」

まだ状況がわかっていないルル。彼女が気づけることがあるとしたら、足下の影くらいだろうか。

サロメが懐から小さな手鏡を取り出す。その輝く面を、ルルのいた辺りに向けて笑みを浮かべて見せた。

「……え……?」

「お嬢様。今日くらいは、人の目を気にせず楽になさいませ。……と、カラス殿? これ聞こえているんでございますよね?」

「はい。問題なく音は聞こえています」

「よかった。端から見れば、私が部屋で一人で喋っているだけですもの」

僕が答えると、サロメが安心したように手鏡をしまう。その、誰も映さなかった手鏡を。

「え? これは……どういう……?」

僕は一度透明化を切る。僕とルルの足下から伸びる薄い影が、音もなく復活した。

「以前、勇者様と街へお出になった際、私が隠れていた方法です」

「やはり見事でございますね。でも、足音などは」

「先ほどは聞こえないようにしていなかっただけですので、問題ありません」

「今度私にも使ってくださいな」

サロメがクスクスと笑う。まだ理解が追いついていないルルは、首を傾げていた。

僕はルルに向き直る。

「このように、私の力で姿を見えなくします。なので、事実は置いておいて、サロメさん不在の外聞を気にすることはないかと」

「あ……ああ、そういうことですか」

ルルも、僕の言葉に納得する。

サロメ達侍女。貴族の令嬢にはほぼ必ず一人以上はついており、令息にもいることが多い。

彼女らには、貴族たちに仕えて身の回りの世話をするという仕事に加えて、もう一つ役割がある。

それは警護に近い役割で、そして貴族の子供の将来を守るという大事な役目。

令嬢を、男性と二人きりにしないという役目だ。

故に彼女たちは、下女や複数人が同じ部屋にいる時を除き、主人たる貴族令嬢がどこに行くにしても必ずついていく。嫁入り後ならまだしも、嫁入り前の令嬢が誰かの『お手つき』になってしまうことを、またその疑いをかけられることを防ぐために。

仮に僕が、僕だけが連れ立ってルルと一緒に歩いていれば、何事もなくとも外聞は悪い。人目につかないところに一切立ち寄らずとも、人は噂を作り出す。

まあもちろん、一度くらいなら問題ないとも思うが、それでもルルにとっては中々厳しい問題だろう。この前ディアーヌから聞いた話によれば、今のルルは耳目を集める存在。

そして何より、彼女自身が、それを許すまい。

「……でも、サロメを連れていくことも出来るのでは?」

「…………申し訳ありませんが、それは私の力不足です。本来私だけを想定している魔法だからだと思いますが、私以外に、一人までしか違和感なく連れていけないんです」

それは本当に力不足だ。僕から少し離せるようにはなったものの、他に増やすと透明化魔法の範囲を広げなければならず、外から見たときに違和感が出やすくなってしまう。

百歩の距離からならば見えなくすることは可能だろう。だが、十歩まで近づいたときに景色がずれたり歪んだりする。屈折の限界だ。

そしてそれ以上に、中にいる人間に周囲の景色を見せる機能が不具合を起こす。やはり、一人まで、だろう。

ばれてもいいのならば、連れていくことは出来る。森の中などであれば、まあそれでも可能かもしれない。もしくは、あまり人が密着しない閑散とした街の中とか。

でも今回は、人が思いっきり近づく室内、それも人の多い王城。そして王城である以上、隠れていることがばれたらちょっと大事になる。出来る限り不確定要素は減らしておきたい。

「まあもちろん、お嬢様が『それはちょっと……』と仰るのであれば、中止致します」

あとはまあ、サロメは姿を見せたまま連れて歩くとかだろうか。そうすると、警備がある場所には入れなくなるが、まあ目的は達成できなくもない。

「……何をするんですか?」

「昨日も申し上げましたとおり、王城内を探索しようかと」

「ですから具体的に、何を?」

「……一つだけ、連れていきたいところがあります……が」

「が?」

問い詰めるように、ルルが眉を顰める。何というか、彼女に対しては悪いことをしていないはずだが、何となく悪いことをしている気になってきた。

取りなすように、僕は続ける。

「正直あまり考えておりません。行きたい場所などありますか?」

「私が、ですか?」

「ええ。ただし、王城内でお願いします」

「…………」

そもそもやめようと悩んでいるのか、それとも行き先に悩んでいるのか。それはわからないが、ルルは握り拳を軽く口に当てて悩むように視線を逸らす。

これは好感触……かどうかはわからないけれども、好感触だと仮定して続きを促そう。

……あれかな。これこそ、レイトンの手が有効だろうか。

「どこへなりともお連れしますよ。王族しか入れない庭園に、聖騎士に守られた寝室などの私的な空間。本来入ったら怒られてしまうところまで」

もちろん、入ったことがばれたら怒られるどころか死罪まであると思うけど。寝室などは特に。

ルルの表情も、それはちょっと、と否定的だ。まあ道義的には当然だろう。

「ほとんど使われていない尖塔の見張り台。それに、隠し部屋や倉庫の中」

歌い上げるように、僕は次々と挙げていく。そのルルの表情を見逃すまいと。やはり、レイトンのように器用には難しいが。

そして、一つ僕は気づく。言い忘れていたわけでもないが、視界の端にある物品に関わること。倉庫、という単語に少しだけ反応していたのも含めて。

「あとは……一般には公開されていない書庫の中」

「…………」

明らかに、ルルの表情が変わった……と思う。

僕は少しだけ笑いを堪えながら、ならば、と言葉を切る。

「……書庫、いきませんか?」

「行ってみたい、です」

頬の横の髪をいじり、恥ずかしそうに、わざと不満げな表情を作っているルル。その背後で、クスクスとサロメが笑っていた。

「ご……」

僕とルルは廊下を歩く。僕がいつもしていたように、姿を隠しながら。

当然、僕たちと関わりなく、他の人間も廊下を歩く。すれ違うように、もしくは追い越していくように。

それが、実はそれなりに大変だった。

足を止めたルルは、前から来た貴族令嬢とぶつからないように道を空ける。そしてすれ違い様に挨拶の言葉を吐こうとして、その言葉を止めた。

「まだ慣れませんか」

「……慣れません。慣れちゃうと困る気もしますけれど」

幾人かの子分を連れた貴族令嬢は、ルルや僕を気にすることなく通り過ぎていく。気にする以前に、気が付いてもいないのだけれど。

彼女らに挨拶は必要ない。いやまあ、本来はしなければ礼に悖るし、真面目なルルとしてもあえて無視とかはしない。しかし、今は相手は気が付いていないのだ。

彼女らが悪いわけではない。僕の力で無視させているのだから。

習慣から、そうやって不必要に足を止めるルル。

大変なのは貴族令嬢らに対してだけではない。

後ろから、小走りで進んでくる女性。どこの家の侍女か、それとも下女かも覚えていないが、急いでいるらしい彼女は廊下の曲がり角もない場所では急ぐように走っている。

先ほどまで、他にも数人、同じような男女がいた。しかし彼らの僕らへの反応は一様だ。

即ち、眼中にない。

「失礼します」

「……っ」

ルルの肩を少し引っ張るようにして、その走ってくる女性から身を躱させる。

何せ、誰も僕たちを避けないのだ。いつもならば、ルルが歩けば使用人達は道を譲るし、急いでいる人間も姿を見た上であえて走ろうとは中々しない。

もちろん、ルルも少しだけ身を躱そうとはしていた。しかし、相手のほうは避けない。それだけで、普通にぶつかりそうになる。

ちなみにおそらく、ぶつかりそうになった瞬間は彼らの視界も歪んでいるだろう、走っているから気づけないだけで。

「気をつけろ、と叫んでも聞こえませんからね」

走り去っていった彼女に向けて、呟くように僕は言う。ルルはその後ろ姿に、「危ないなぁ」と鼻息荒く小声で言った。

廊下の、とある曲がり角。区画の境目には、ところどころ聖騎士が立っている。

兜を着けず、飾緒付きの白いコートに、槍ではなく帯刀した姿。直立不動で背筋を伸ばして立っているのは、それなりに綺麗だと思う。

「…………」

前を通るとき、今度は挨拶をする寸前で堪えたルル。

クロードの部下らしい、緑の髪をくくった聖騎士は、当然こちらに気が付くことなく虚空を見据えていた。

「……なんか、新鮮な気分です」

「新鮮ですか?」

「こう、まじまじとこの人たちを見たことがなかったので」

ルルは足を止めて、一歩聖騎士に近づく。まだ手も触れられない距離。

「聖騎士様達は、こうやってずっとここに立ってるんですよね?」

「問題が起きなければそうでしょうね」

僕は頷く。

もちろん何かしら起きれば、すぐに駆けつけるべく走っていくだろう。この前カンパネラが発見されたときに聖騎士が吹いていたらしい笛も手首にかけているし、きっと応援も呼びながら。

だが、何もなければ終日ここに立っているだけだ。本来安全なこの王城の中の警備。きっと、退屈しているのだろう。退屈していなければいけないのだが。

透明化していても、あまり近づくとさすがにばれる。密着するくらいしなければ問題ないとも思うが。

一応それ以上近づかないように、と僕はルルを手で制しながら、ルルの横に並ぶ。

「でも、今気を抜いてますよこの人」

「え?」

「誰も見ていないから仕方ありませんけど」

周囲への探索を、聴覚に寄せているというのはわかる。しかし一瞬浮かべたあくびを噛み殺したような表情に、ルルもそれに気が付いて噴き出すように微かに笑っていた。

書庫は、勇者が魔術訓練を受けている区画の近くにある。僕も中をちゃんと見て回ったことはないが、本来は中に入るのに許可が必要らしい。

黄色い絨毯。歩く人に魔術師らしい外套を着た人物が増えてきた廊下。

貴重な本も多いらしく、書庫の入り口の両側には聖騎士ではないが衛兵が控えていた。

「さて、ここで一つ問題です」

「何でしょう?」

僕がもっともらしく咳払いをして、ルルに言う。ルルは少しだけ元気よく、応えた。

「どうやって入りましょう? 扉が閉まったここを」

「……ああ……」

僕らは書庫の前で立ち止まる。ふかふかだが、ある程度は踏まれてすり切れている絨毯。

塞いでいるのは木の扉、だが中に鉄板が入った丈夫なもの。もちろん壊して入るわけにはいかないし、僕は壁はすり抜けられない。

ルルは悩む。握り拳で口を塞ぐようにして。

「……カラス様は、入ったことはある……んですか?」

「あります」

僕が本気で聞いている、とはルルも思っていない。文字通り、問題を出されていると思っているのだろう。どうやって、とはそれ以上僕には聞かなかった。

「入っていく誰かにくっついていく……とか?」

「それもいいですね。ちょうど誰かがいればいいですけど」

見回してみるが、通行人はいるけれども入りそうな人間はいない。いやまあ、書庫に入りそうな人間、というのが見分けられるかは置いておいて。

一応中にはそれなりに人がいる。大きな体育館程度、という印象の室内には、所狭しと本棚が並んでいて、そこに置かれた梯子や階段を上り下りする音もここから僕には聞こえる。

「出てくる誰か、でも一緒ですね」

「そうですね。それも、ちょうどいればいけます」

そしてもちろん、ルルの言っている方法は正解だ。以前ここに来たとき、出てくるときは僕もそうやって出てきた。

だが入るときは、ちょっと違う方法をとったのだ。

それ以上、ルルからは出ない。待てば出るかもしれないが、そうそう正解には辿り着くまい。そう感じた僕は、胸の前で手を叩く。

「では、行きましょうか。ちょっといったん外へ出ます」

「外へ?」

やはりわからない。そう首を傾げたルルに対して、得意げに僕は笑いかける。

そして僕が歩き出して、こっち、と道を示すと、ルルは小走りでついてきた。