軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それが一番大事なこと

それからジグによる僕の動きの解説と、ディアーヌの動きの修正を繰り返す掛かり稽古を繰り返すこと数十回。日も暮れ始める気配を見せ、ようやく僕たちは解散となる。

既に汗だくのディアーヌ。それに加えて僕も若干汗をかきはじめていた。

「ありがとうございました」

「あり……がとう……ございます……」

向かい合うようにして頭を一応下げれば、稽古が終わったと安心したのかディアーヌが崩れ落ちそうなほど力を抜いて、空を見上げて盛大に息を吐く。

慣れているように、侍女が僕とディアーヌの持っていた木剣を速やかに回収していった。

見ているだけではさすがに暇だったのだろう。途中からサロメたちの用意した席に腰掛け、悠々と紅茶を飲みながら僕たちの動きを眺めていたルル。

そのルルが、招くように言った。

「……お疲れのようですし、一休みなさっては?」

「お気遣い痛み入ります……」

だがディアーヌが応えたのは声だけで、息を整えるようにしながら一度しゃがむ。それから大きな呼吸を繰り返して、何とかよろよろと立ち上がったのは何となく痛々しい感じがした。怪我は負わせていないはずなのに。

「やはり体力不足ですな。仮にディアーヌ様が部下ならば、日々の基礎鍛錬を追加するところですが……、今はどのような?」

ジグが尋ねるが、思考がまとまらないようにディアーヌが口だけを動かす。それを察したように、侍女が口を開いた。

「王城に来てからは特に……。屋敷では、屋敷の外周を走り、……」

「それと、站とうと錘を少々……」

「少々では足りません」

侍女が話し始め、ディアーヌが継いで、それをジグが遮るように首を振る。

「何をするにも、まず体力は重要です。二十余年前の戦、〈爆水泡〉カソクの雁木谷の奮戦の逸話はご存じでしょうか?」

「……もちろん……」

ディアーヌが頷く。もちろん僕はそんなもの知らないわけだが……。

しかし、どこかで聞いたような名前で……。

……カソク?

「相棒〈天津風〉シウムと共に、連戦の末に限界を迎えていた二人が、更に現れた百を超えるムジカルの兵をたった二人で足止めし押し返したとされる激戦。二対百。彼ら二人は腕が立つとはいえ、それでも戦が成り立ったのは、ひとえに彼らの基礎鍛錬の賜物でしょう」

はー、と僕も話を感心して聞いていた。

シウムにカソク。僕の育った開拓村で、村人たちへ指導していた教官の二人。カソクが真面目に働き出したのはキーチを指導するようになってからだけれど。

知らない話だ。二人が有名だとは知ってはいたはずだが。

「当然、私たち聖騎士も、基礎鍛錬は欠かさない。……今は任務中故に、数日欠かしておりますが」

最後はぼそっと呟く。僕が気まずさに視線を逸らせば、ジグのほうはこちらを殊更に見てきているのをしっかりと感じる。

「もちろんやり過ぎは単なる身体の毒となる。そして、立場の違いということもあるでしょう、鍛錬だけに時間を取れない、ということもわかります」

練習終わりの訓示、と言ったところだろうか。まるで師範のように、ジグはディアーヌに語りかけ続ける。

僕は身を正してはいないが、それでも一応、とジグの話に耳を傾け続けていた。

「しかし、組み手程度ならば百本は続けて出来て当たり前。今このときも、たとえば私に襲われたら対応できるようになっていなければ」

「……それは高望みしすぎでは?」

そして、傾け続けてはいたが僕は思わず反論してしまう。なんとなく、やりすぎ、と感じて。

だが、ジグは僕の言葉に驚くわけでもなく、そして怒るわけでもなく、首を傾げた。

「高望みか?」

「継戦能力と強さは別物でしょう。いえ、もちろん、ディアーヌ様が戦場でそのように活躍することを望むのであれば別ですが……」

言いながら、僕はディアーヌを窺う。余計な口を挟んでしまったかと少しばかり後悔しながら。

いやまあ、間違ったことを言っているつもりはない。

「既に弱い魔物の一頭や二頭ならば何とかなる程度の腕は感じました。ディアーヌ様が求めているものが何なのかはわかりませんが、私たちのような職種でなければ……仮に私のような探索者であっても、既に充分な腕だと思いますが」

これは、だからもう剣の指導などいらないだろう、と続けたいわけではない。僕の素直な感想だ。彼女と打ち合い、思ったこと。

仮に探索者をするとするならば、後必要なのは野外活動の能力と罠や生物の知識だろう。そんな能力さえあれば、定義的には色付きにもなれる。

そんなことを考えつつ、しかし口出しをしてしまい、しまった、とやはりまた後悔した。

「いやまあ、まだまだ伸びしろはあるとも思いますけれど」

「……いやそうか。つい俺たち基準で考えてしまったな」

僕のぼやくような取りなしに、ジグは頭を掻く。

「しかし……」

「何を加えたらよろしいでしょうか?」

ジグが続けようとしたのを遮り、ようやく息を整えられたディアーヌがそう尋ねる。こちらも怒っているわけでもなく、僕らに向けて懇願するように。疲労からだろう、声に力強さはなくなっていたが。

「……私に足りないことがあれば、遠慮なくお願いします」

「…………」

僕とジグへ視線を漂わせながら、ディアーヌが僕たちの言葉を待つ。僕からしたら、ひたすら身体を鍛えろとしか言えないけれど。まずは体力をつけて、ジグ的には動きの無駄を減らして、だろうか。

もちろん足りないものと言えば、多分技術も足りないし戦闘経験も足りないだろう。

色付きにはなれると思ったものの、体力が互角で闘気無し、街中で不意に始まる喧嘩ならばハイロでも多分いい勝負が出来るとも思う。

さすがに向かい合って始まる勝負ならばハイロにも彼女は完勝するだろうし、闘気も含めて現時点で普通に一般男性よりも遙かに強いと思うが。

悩んだ様子で、困ったように首を掻きながらジグが口を開く。

「普段の詳しい様子がわからないのでなんとも具体的には言えませんが、まずは心肺機能を高めることを目指すのがよろしいかと」

「走り込みが足りないのでしょうか?」

「足りないのか……種類が違うのか……ですが……」

うむ、とジグが小さく口の中で呟く。

「専用の場所があるにはありますが、さすがに騎士団にも所属していない者を入れるのは私の権限でも無理がある。ここで、少しやってみましょう。まだ走れる力は残っておりますか?」

「……なんとか」

「ならば、少し休憩を挟んでからやりましょう。全力で、走っていただきます」

出来るかなぁ、とでも言いそうな雰囲気でジグが腕を組み、練武場の端に視線を飛ばす。

距離にして……どれくらいだろう。二百歩ほどか。

そして雑草をえぐるように地面に足で強く線を引いたジグの行動に、やっと僕も意味がわかった気がした。

「はじめ!」

パンと強くジグが手を叩く。それに合わせて、ジグから二百歩離れて待機していたディアーヌと 僕(・) は疾走を始めた。ディアーヌは全力で、僕はそれに合わせてやや前を走るように。

今は闘気も使っていないが、ディアーヌも女性としては足はやはり速い。走り方としてはやや前屈み過ぎる嫌いもあるが、仮に闘気を使った場合はこれくらいでいいとも思う。

掛かり稽古の連続で疲れているだろうに、懸命に足を動かしている。……いや、よく考えたら疲れてこれか。体感にして二十秒かからない程度の速さだったが、普段ならばもっと長い距離が必要な気がする。

僕たちはあらかじめ引いてあった線まで走り込む。勢いを緩く殺して止まったディアーヌは、膝に手を当てて息を切らした。

そこに、見方によっては冷たくジグが声をかける。多分素なんだろうけど。

「位置に」

「……は……い…………」

返答もそこそこに、ディアーヌはまだ息を整えながら、最初にジグが引いた線まで戻る。そして僕と共に、ジグの手を叩く音を待った。

「では」

またジグが強く手を叩く。休憩時間は十五秒くらいだろうか。

その音に反応して、僕たちはまた走り出す。僕は同じ速さでと調整しているが……やはり、ディアーヌは先ほどよりも少しだけ遅い気もする。

そして最初にいた地点まで走っていくと、彼女は転がるようにしゃがみ込み、また荒い呼吸を繰り返していた。

「もたもたするな!」

「……ぃ……」

ジグの怒号に近い叫び声に、多分返答したのだろう。近くでも声が小さいので僕の耳にも聞こえなかったが、多分。

そして位置に戻った僕たちは、また休むのもそこそこに走り出した。

辿り着いたディアーヌはこちらも見ることなく、線の前で膝をつく。

「わかっているとは思いますが、手は抜かないことですな。限界の力を出さなければ意味がない」

「…………」

ジグの声にももはや返答できず、ただディアーヌは頷く。喘鳴音だけが短く響いていた。

同じように短距離を全力疾走すること合計十回。時間にしたら十分にも満たない短時間だが。

四つん這いのようにしゃがみ込んで、ディアーヌはただ地面を見つめて汗を垂らしていた。

それを見下ろすように、ジグが口を開く。

「……これを普段の鍛錬に加えていただきたい。出来れば毎日。今のところ、ディアーヌ様に一番必要な鍛錬でしょう」

「……これが……」

いつもはディアーヌがしない反応なのだろう。まだ立ち上がることも出来ないディアーヌを見て、ジグに向けて侍女が眉を顰める。

まあ、単なるしごきにしか見えないし、そうなるのも当然な気がするが。

一度座るようにしてから、のろのろとディアーヌがしゃがみ込む。それから立ち上がろうとした彼女を、ジグが手で制した。

「慣れないうちは貧血なども起きるので、そのままで」

僕も声をかける。頷いた彼女の目の力が、やはり先ほどよりも大分弱々しくなっていた。ペースメーカーをやった僕も疲れてはいるが、彼女よりもマシだろう。

「走り込みはもちろん有用ですな。身体を動かす基礎を養い、苦しさに慣れる、という意味もある。しかし戦闘での疲労とは質が違う」

ディアーヌが耳を傾けていることを確認しながら、ジグが講釈を加える。

「もちろんどちらも苦しいものの、心の臓を鍛えるならばこちらの方が有効でしょう。何かご質問は?」

「……いえ……」

まだ苦しそうなディアーヌ。それを見て、ジグが「では」と呟く。

「休憩と……いえ、今日の訓練はここまでといたしましょう。身体を休めることも必要です」

挨拶をしようとしたのか、ディアーヌが立ち上がりかける。しかしそれも出来ないようで、ややふらついた身体を支えれば、汗で湿った肌が服越しに僕の手に触れた。

ジグを見れば、まだ立ち去ることもないようだし……まあいいだろう。

「とりあえず水分を補給しましょう。水をいただけますか?」

僕が言うと、侍女は先ほどの休憩の時にも飲んでいた水筒をディアーヌに手渡す。ありがとうと受け取ったディアーヌは、ゆっくりと……ではなく、それを勢いよく傾けると、ごくごくと喉を鳴らしながら一気に飲み干していた。

ディアーヌは息を整え、身体は萎えながらも、形式だけは整えて僕たちの前に立つ。前に立つと言っても、ジグがいて、それにディアーヌは向かい、その斜め前に僕が立つという感じだが。

僕は『おまけ』。上手いこと、立ち位置的にもそういう雰囲気には持ち込めたらしい。

「もちろんカラス殿には当然のように及ばないまでも、改めて、お二人にはまだまだ到底及ばない、ということ痛感いたしました」

「そんなことはありませんよ」

ディアーヌの言葉に僕は反論する。たしかに僕とディアーヌは百回闘って百回とも僕が勝つだろうが、それは現時点での話だ。到底及ばない、は言いすぎだと思う。

しかし僕の取りなしに、ディアーヌは首を横に振る。

「今日は多くを学ばせていただきました。しかしそれは、初回だからというわけでもない」

……なんだろう。違和感がある。

もう終わり加減で、のどかな雰囲気でもあるのだけれど、何か、何か嫌な予感がする言葉だ。何がとも言葉にしづらいが。

「……やはり私に必要なのは、基礎でしょうか。基礎がなっていない、と」

ディアーヌの表情が少しだけ寂しげになる。詳しい事情はわからないけれど、何かあるのだろうか。

「兄や弟の剣術訓練を見て、私なりに努力はしてきたつもりなんですが……」

そして、悔しそうに笑った。

「足捌きや剣の使い方よりも、やはり私に足りないのはそれ」

「まあ、基礎というくらいですからな」

……遠い目をして、それからディアーヌはジグの言葉に顔を戻す。

「まあ当然、と言いたいところですが」

ジグがコホンと咳払いをする。いいづらいことを言うように。

「先ほどカラス殿が仰っておりましたが、足りないもの、必要なものというのは何を目指すかにもよりましょう。今から目指しても残念ながら……とは思いますが、仮に聖騎士を目指すならばまず体力作りです。探索者を目指すならば……?」

そしてジグは僕を見る。僕の方が詳しいと思ったのだろう。いやまあ、彼よりはとも思うけれど。

「環境に適応する術ですね。野外で食料を手に入れて、拠点を確保する術。それに加えて動植物の簡単な知識。……それらはこういった剣の稽古とは外れておりますし……」

尋ねられていることとは違うだろう。しかし『探索者を目指すなら』ならば僕的にはそういう答えしか言えない。不必要とは言わないが、僕たちに本来求められているものは違う。

「まあ、足りないものというならば、探索者視点では実戦経験ですね。それも、対人ではなく、魔物相手の」

ぽつりとディアーヌが呟く。

「……魔物、倒せるでしょうか」

「腕前としては充分だと思います。もちろん大怪我をしてしまうかもしれないので一人でやるのは絶対に推奨しませんが、最下級の魔物ならば」

最下級の魔物。まあ大犬とかなのだが。ただどう猛な力の強い大きな犬。

それでも、一般人ならば普通に死傷者が出るし、群れ相手ならば装備と人員の貧弱な開拓村くらい壊滅する。

「もともと水天流は、魔物相手の流派だからな」

ジグが僕の言葉を補足する。僕としてはそういう意味で言ったんじゃないけど。

「今でこそ対武器術なども発展はしているが、もともとは開祖が魔物相手に磨いた槍術だ。黒々流や……エッセン東側で今広まっているという月野流など、その辺りとは成り立ちからして違う」

僕に向けて、そう口にする。

何が言いたいのか、お互いわかっていない気がする。でもまあいいや。

「なので、私的にはこれ以上必要なものは、と問われても難しい」

魔物相手ならば充分な腕前。

今度は下心を込めて僕はそう繰り返す。とりあえず、もう組み手稽古とかは言わないでほしい。

「探索者などとは関係なく、剣の腕を高めたいのであれば、ジグ殿などの指導者につきながらの反復練習でしょう。……まあごく簡単に言えば、足りないものは『鍛錬』としか私には言い様がありませんね」

おおざっぱな言い方だが、僕の指導者としての解像度の限界はここまでだ。

職業として目指すものがあるならば、それに対しての訓練を。ジグもあまり誉めてはいないが、僕たちを相手には不十分なだけで、基礎としては充分なものが既に彼女にはあるのだから。

「…………何のために」

そんな話をしている中。少女の声が響く。

視線が集まった先にはルル。紅茶は手を離れ机に置かれ、彼女は椅子の向きを変えてこちらに向いて座っていた。

「何のために、剣の練習をしているのですか?」

「……何のために、ですか」

突然の口出しに驚いたように、考えるようにディアーヌが口だけを動かす。

「…………」

片手で自分の二の腕を掴んで、解すように揉みながら。

そして半身になっていた身体を翻し、ルルの方を向く。

「私は、強くなりたい」

「…………」

今度はルルがディアーヌの言葉を待つ。

「野花のように美しくあれ。ラルミナ家の女子に伝わる家訓です。そして、お二方が修めている水天流は……」

ディアーヌが一度僕を見る。なんとなくだが、意味ありげな視線はやめてほしい。

「水天流の標語は『強いものは美しい』だと、以前我が家の指南役に聞きました。ならば私は、強く美しくなりたい」

ルルを睨むようではないが、ディアーヌの目に力が戻る。そして言葉は、ルルだけではなく僕とジグ、そして自分の侍女に向けて言っているように聞こえた。

「そのために、努力は惜しみません」

「……そう、ですか」

納得したように、ルルが微笑み視線を落とす。その笑みも、ディアーヌを笑っているようではない。……まるで、自嘲するかのような。

そしてディアーヌは、ルルとの会話も終わり、とまた僕とジグを見る。

「なので、次回はいつがご都合よろしいでしょうか。カラス様のご予定に合わせて……」

「…………」

ん、と僕が表情を固めたのが自分でもわかった。

「もちろん、体力作りは日課に加えておきます。カラス様におかれましては、休暇中の方がお誘いしやすいですか?」

ディアーヌは両手を組んで胸の前に置いて僕の答えを待つ。

「…………ええと」

なるほど。だから、『初回』か。

僕は嫌な方向に納得しながら、瞬きを何度か繰り返す。それからジグを見て、その含み笑いを確認して腹を決めた。

「ジグ殿の予定にもよりますね。ジグ殿の休憩時間に合わせてまたご相談いただければ」

「では、合わせて第二聖騎士団へと嘆願を出したほうがよろしいでしょうか」

視界の端で、「おい」と言葉に出さずにジグが抗議をする。知らない。

「恐れながら、そうしていただけると助かります」

そうだ。そちらで断られれば僕も断れる。……多分、この練武場の使用許可を得たことからしても、彼女ならば何とかしそうだが。行動力があるというのは強い。

「ではジグ様も、次回もよろしくお願いします」

「あ、ああ……了解しました……時間があれば……」

ディアーヌの笑顔にジグも断れないようで、頬を掻く。

やはり、鍛錬など必要ないだろう。僕にはない強引さは、きっと彼女の武器になる。

ジグが睨むのを受け流しながら、そんなふうに僕たちの剣術訓練は終わった。