軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不穏

「もう終わったんですか?」

「ええ。簡単な調合だけだったので」

わずかに目を開き驚いているルルに、僕はにこやかに返す。事実そう難しいことはなかった。以前初対面である程度色々と見ていたのが功を奏したか。

それを考えると、オトフシに言われてあの場で全員の顔と名前を覚えさせられたのも悪いことばかりではなかっただろう。いやまあ、顔はまだ覚えていない人の方が多いが。

だがそれよりも気になることがある。……気になるというよりは、抗議の言葉を述べておきたい。

「サロメさん」

「……はい?」

『殿』から『さん』に格下げしてみているが、本人には伝わっているだろうか。本人も以前『身分の上下はない』と言っていたので、文句は言わせない。

「私にはよくわかっていないんですが、どのようなことを喧伝されたんですか?」

「喧伝……というわけ……では……」

僕が尋ねると、サロメが目を逸らす。だが、サロメが応えるよりも先にルルが大きく溜息をつく。

「使用人同士で見栄を張りあった、らしいです。お怒りはごもっともですが、先ほど私からも言ってはおきましたので、控えめにお願いいたします」

「申し訳ありませんでした。私が先走り、余計なことを」

ルルの言葉に、サロメが頭を下げる。抗議をするなと言わないルルもそれなりに気分を害しているようだし、この分ではそこそこ怒られているのだろう。

なら……少しでいいか。

「実際他人の健康を預かることは本当に避けたいので、『相談したい』という感じのことはわかりますが、今度は事前に知らせていただきたいです。というか、基本的に断ってください」

他人というよりは、貴族のものだが。対処できることならばまだしも、対処できないならそこまでにしたい。対処出来なかった責任を取らされるようなことは避けたい。

一応は申し訳なさそうに聞いていたサロメ。

だが、『断ってほしい』と僕が口に出したところで、顔をわずかに歪めた。

それからサロメは言いづらそうに口を開く。

「……しかし、カラス殿には縁遠い話なのでしょうが、私たちにも面子というものが……」

「構わないでしょう」

そんなサロメの言葉を遮るように、ルルが眉を顰める。

「ザブロック家は治療師として身を立てた家でもなく、使用人にそれを求められるというのは違うと思います」

僕を向いたルルの目は、本当に申し訳なさそうで……。

「それに、体面というのであれば、探索者のカラス様も熟知していらっしゃいます。その上で、お断りになっている、……ならサロメ、貴方の行為は単なる迷惑です」

サロメに向ける目に、わずかに怒りが籠もっている。膝の上で組まれた手が、ギュウと握りしめられるくらいの。

「お嬢様。ですが、カラス殿は現在ザブロック家の使用人。お嬢様のために……」

「やめてください」

今度は強い口調で、ルルがサロメの言葉を遮る。何だろう、この反応。

僕が少々おろおろとしながら見守っていると、またルルが溜息をついた。

「私のためでしたら、カラス様の先のお言葉の通りに。今後はとにかく了承を取ってからにしてください」

「……。……かしこまりました」

不承不承とサロメが頷く。いやまあ、そうしてくれるとありがたいんだけど。

しかし、なんとなくサロメの方が可哀想になってきた。ルルの意見はありがたいし、そこを覆す気はないが。

僕は恐る恐ると口を開く。

「家間の付き合いがあることはわかりますので、そのために努めることに異論はありません。ですが、やはりどうにも出来ないことはありますので、準備のためにも事前にお知らせ願います。それと、事前の情報の隠蔽は控えていただければ」

あと釘を刺しておきたいのは、昨日誤魔化した件だ。察しがついていたとはいえ、何となく気分は悪い。

「……今後は必ず」

「お願いします」

何というか僕の抗議というよりもルルの叱責になってしまった感じがするが、まあいいか。

目に見えて、顔を背けたサロメが落ち込んでいる。そこまで落ち込まれるとこっちも何となく罪悪感が……そんなに湧かないから平気か。

これでエウリューケならば適当におだてれば良いし、そもそもそこまで落ち込むこともないので気にすることもないのだが。

静かになった部屋に、ノックの音が響く。いつものように……今日でお役御免のジグが立ち上がり、確認をしてからサロメが応対する。

その応対している向こうに見えたのはオルガさん。簡素なエプロンドレスの姿で。

「そろそろお時間に」

「わかりました」

サロメが応えて振り返り、ルルが視線を外したその瞬間。こちらに向けてウインクする。一瞬だが、合図としては充分なもの。

僕はそれに会釈で応えて、ルルへと視線を戻す。オルガさんもそれで気は済んだようで、また自分の方を向いたサロメに向かって頭を下げて去っていった。

「……行きましょう」

「いってらっしゃいませ」

立ち上がったルルに、僕は軽く頭を下げる。ルルとしては行きたくないのはわかっているが、頑張ってほしい。

誰にも見えないようにだろう。強く瞼を瞑り、気合いを入れ直して表情を整えたサロメがそれに追随する。見えない両手で自分の頬を張ったような雰囲気だった。

「…………」

僕の横を通り過ぎるはずだったルルが、一瞬立ち止まる。そして僕へと視線を向けないまま、呟くように口を開いた。

「……本は、お読みになりましたか?」

「ええ。昨日の夜、読み切りました」

実際にはまだ一冊残っているが、そちらはルルのいう『本』ではないだろう。尋ねられているのは一番お気に入りの本のこと。……それが妖精の書いた本ということは、黙っておいたほうがいいだろうか。何故気づいたのかと聞かれてしまえば、嘘をつくしかなくなるし。

「唐突な終わりでもなかったんですね、あれ」

最後のところで全くの脈絡なく終わるのだと思っていたが、実際には徐々に伏線は続いていた。

アリエル様にしては上手く出来ている。……いや、それは上から目線過ぎる。とにかく、それは僕も手放しで誉められる部分だ。

「……またお話ししましょう。楽しみにしてたんです」

誰かと共通の話題が持てたことが嬉しいのだろう。ルルの口元が緩む。

だがそれも一瞬のこと。唇がすぐに引き締められ、『よそいき』の表情へと切り替わった。

「それでは」

「お気をつけて」

しずしずと扉に近づくルルに、ジグも帯同するべく席を立つ。行く先には同僚がいるのだろうが、今個人の専属となっている彼は冷やかされたりしないのだろうか。まあ、その辺は団長の命令ということで大丈夫だろうが。

僕は留守番ということでいいだろう。

常に下男下女が働いており、無人になることはないこの王宮内のルル邸だが、人が多いに越したことはない。

カノン・ドルバックのことは終わった。とりあえず僕も用事はないことだし、やはり今日はここで本でも読みながら過ごそうか。

そう決めた僕は、軽く伸びをしながら自分の部屋へと歩を進める。

だが、また部屋にノックの音が響いた。

緊迫した状況、というわけではないが、部屋に一瞬緊張が走る。

たまたま近くにいた下女と顔を見合わせて、一瞬アイコンタクトで押し付け合いをした……気がする。

しかし押しつけ合うこともないだろう。

「私が」

僕がそう言うと、納得したように下女が頭を下げて遠ざかっていく。

仕方ない。どんな客人でも、ルルは今いないのだ。簡単な用件だけ聞いて追い返せばいい。

昼餐で部屋を令嬢たちが開けている時を狙った強盗、などという事も一瞬浮かんだし、下女に任せるわけには行かない。

とりあえず扉の外には二人。音を聞いた限りでは、凶器を携えている様子はない。

僕は扉に歩み寄る。

「どなたでしょうか」

そう一応誰何しながら静かに扉を開くと、ご令嬢ではなく侍女のような女性がまず視界の中に飛び込んできた。令嬢たちの中にはいなかった、と思う。左肘を軽く痛めている女性。

そしてその向こうには。

「ごきげんよう、カラス様。ルル様はもう昼餐に出られたのですか?」

笑顔で立つ、ディアーヌ・ラルミナの姿があった。

怯まぬように足に気合いを込め直し、僕は軽く頷く。

「恐れながら、先ほどお出になりました。ご用の趣あれば伺いますが、いかがしましょう」

「いいえ。ルル様に用事があって参ったのではなく……カラス様、貴方に用事があって参った次第です」

「私に、ですか」

なんとなく、もうその内容はわかっている。

だが、詳しく聞くわけにはいかない。もちろんそれを僕が聞きたくないということもあるが、それよりも、この主不在の部屋に上げることは出来ない。そして、立ち話もそうできる立場ではないだろう。

「先日のお話ですか」

「はい。もちろん今日今から、という事ではありませんが、閉牢の様子はどうかと確認に」

「ああ、はい」

今から剣を教えろ、という事ではないらしい。

しかしその程度なら、使用人を使いにでも出せばいいのに。嘘をつくとでも思われているのだろうか。

とりあえず、僕は右手を握りしめる。確認のために思わず取った行動だが、もちろんそれは確認になって、その動きをディアーヌにも知らしめた。

「大丈夫そうっ……ですね」

「ええ、まあ元通りに動くようにはなっております。もう二度とやりたくありませんが」

何となくディアーヌの言葉遣いに違和感を覚えながらも、僕は答える。

嘘はつけまい。一昨日のエウリューケの治療でほぼ治っていた腕は、もう僕の自力の修復もあり完治している。

そしてやはりもう二度とやりたくもない、と自嘲する。以前既に障害を起こした後ということで、今後また同じ事があれば同じように僕には治療不可の内傷が起きるとわかっている。

……内傷?

「そもそも閉牢までいけるということに私は驚いておりますよ。私もわずかながら闘気を扱える身ですが、どんなに力を込めても石に闘気は通りませんから」

僕が少々自分の内心の言葉にも違和感を覚えていると、取り繕うようにディアーヌが言う。危ない、目の前の人を無視してはいけない。

「……と、詳しい話をお聞きしたいところですが、申し訳ありません。ルル様のいらっしゃらない以上、中でお話しすることは出来ませんね。出直して参りましょう」

「恐縮ですが、そうしていただけると助かります。……しかし、この時間にいらっしゃるということは、ディアーヌ様は昼餐には出席なさらないのですか?」

僕が見た欠席者二人目。

せっかく勇者とのつなぎが出来る貴重な機会だというのに。

「ええ。勇者様とのお目通りが叶うとはいえ、私はああいう場には向いていないもので」

こともなげにディアーヌは笑う。

ディアーヌの家はたしか、男爵家? もったいない、と思うのだが。

まあその辺は個人の感覚だし仕方あるまい。……と思うが、貴族としてはどうなのだろう。親などには嘆かれそうな気もするけれど。

「私も友達が多いわけではありませんが、半数ほどはそのような様子です」

「勇者様とお会いできるのにでしょうか?」

「お会いしても、あまり意味がありませんからね。特に、今日などは」

ディアーヌは笑う。

特に悪意などは含んでいないが、それでも僕の反応を楽しむように。

「今朝からミルラ様が、いくつかの家を訪れていた。それだけでもはや趨勢は……」

「ミルラ様が……、ああ」

そして言われてようやく気が付く。

先ほどミルラがこの部屋を訪れていたこと。今の言い方では、他もいくつかあるようだが。

なるほど。

「同じような催しがあっても、参加者は徐々に減っていくでしょう。個人的な意見なので、この場だけにしていただきたいですが」

「もちろんです」

王女ミルラの行為の否定は出来ない。今の言葉だけで罪に問われるなどすることはないだろうが、心象は悪くなる。

その言葉を僕に漏らしたのがどういう意味かは幾通りも考えられるが、……どれだ?

いくつかの意味で、僕に聞かせたいことだった。

もしくは僕に知られても問題がないほど、既に皆が囁いていることだった。

どちらの、それもどれかはわからないが、まあそういう状況なわけだ。

……とすると。

ミルラが訪れていた家。それがいくつかもわからないが、それでもその『家』は特別な意味を持っている。

自由参加と言いつつも、参加させたい家。

もしかするとミルラも、その目的の家以外への牽制として、わざと姿を見せたのかもしれない。そうすると、参加せずとも罰則などはない、というのも本当なのだろう。『その他の家』ならば。

ならば、ルルはお眼鏡に適ったわけだ。

招きたい一人だった。他にも数人いるようだが、その内の一人だった、ということ。

ミルラのお眼鏡に適った。そう考えてもいいのだろう。もしくは勇者の、だが。

……どこでだ?

「では、剣については……また後ほどお伺いします。今度はルル様がいらっしゃるときに」

「……そのときは、よろしくお願いします」

お待ちしております、とは絶対に返さない。というか、諦めてほしいがどうすればいいだろうか。諦めて欲しい理由は前回彼女に説明したとおりで、それで全ての訳だけれど。

とりあえず、見送ってから考えよう。

相変わらずの軍人風の礼を取って踵を返したディアーヌ。それに頭を下げて応えつつ、僕は内心溜息をつく。

そうだ。サロメによる本草学の宣伝の件もあったが、ディアーヌの件もあった。

剣に関してはディアーヌだけだったが、彼女以外に増えないで欲しい。

というかこちらは本当に何も出来ないのに言われても困る。

とりあえずルルを待って、終わったら相談でもしてみようか。……今日ならジグもまだいるし。

気晴らしに本でも読もう。

ディアーヌの姿が見えなくなって顔を上げた僕は、無意識に溜息をついていた。