軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

弁解と誤解

「やっぱり。効いちゃったね」

エウリューケは勇者の後頭部を見下ろして、そう呟く。いつもの賑々しい雰囲気もなく、ごく稀に、たまに見せる優しげな慈愛のある顔もなく。

ただ冷たい顔。まるで、何かに落胆したような。

クロードは急ぎ、勇者の肩と腰に手をかけて、引っ張り起こすように裏返す。

仰向けにひっくり返された勇者の四肢は力なく引きずられ、口は半開きに空気だけ吐き出していた。

「勇者殿、……」

その顔を見て、口に手をかざし息を確かめる。

僕もクロードの反対側にしゃがみ、勇者の手首に指をかけて安否を確かめれば、一応弱いが規則的な脈がある。弱まっていく気配もない。なら、きっと大丈夫だろう。死に至る場合はここから衰弱していくのだろうが、彼に限っては劇症化するような毒ではない。

僕はホッと息を吐く。

よかった。死に至るようなものではないとはいえ、やはり毒は毒。万が一もなく、多分このまま回復できるだろう。

そんな風に安心していた僕の頭上を、罵声が飛ぶ。

「何ということを!!」

ミルラが叫ぶ。気持ちはわからなくもない。大事な勇者が毒を飲まされ倒れたのだ。しかも死に至る毒と聞いており、それを否定するような材料もない。

だが一応、この行為にはきちんと意味がある。まだエウリューケから何も聞いていないが、それでも僕の中でも、一応この甘露の効果が勇者の役に立つのだろうという理屈は立っている。

弁解しなければ。

そう思い、僕が顔を上げると同時に、乾いた音が響いた。

「自分が何をしたのかわかっているのですか!! エッセン王国、王の食客に毒を!!」

「毒を渡したら、飲んだ。それ以上に何があるのかな?」

ミルラがエウリューケの頬を張った、らしい。しかし叩かれたらしいエウリューケは堪えていない。

またガラリと雰囲気を変えて、場にそぐわぬ、へらへらとした顔でエウリューケは答える。

「飲む前にあたしは言ったよ。これは毒だって。そして勇者君は選んだ」

「それを渡す自体、おかしな事でしょう! これで勇者様がお隠れになったら、貴方は責任が取れるんですか!?」

「言うことが違うんじゃない?」

そしてとうとう、ケタケタと笑い出す。ミルラを挑発するように。

「何を……」

「まず勇者様の心配をしなよ。王女様が仰ったとおり、毒を飲んでぶっ倒れてんだから」

ふと横に一歩踏み出すと、まだ飲んでいなかった僕に出されたお茶をエウリューケは一気飲みする。ぷは、と吐き出した息は、まるで落ち着きを取り戻すために行った行為のようだった。

「うぃひひひひ、おかしいねー! まるで、勇者君の体よりも大事なものがあるみたい!!」

悪びれもせずにそう言ったエウリューケを見て、ミルラは先ほどエウリューケの頬を張った手を、今度は握りしめる。ぷるぷると震えるような力で。

「解毒薬は?」

そんなミルラの様子を眺めていた僕に、目の前のクロードが呼びかける。

そうだ。エウリューケが今言った言葉、それは僕にもきっと当てはまる。そしてきっと、ミルラの言葉はクロードにも。

「ありません。飲んだのは所詮水なので。利尿作用のあるもので毒の排出を早めることは出来ますが、その程度です」

僕が首を横に振りながら答えると、クロードは溜息をついた。

「その様子では、やはり、命に別状はないんだな?」

「ええ。……調和水というのはご存じですか?」

僕が尋ねるが、クロードは一瞬首を傾げかける。しかし思い至ったようで、顎に手を当てて視線を逸らし頷いた。

「聞いたことはある。南方の聖領、アウラで採取されるという毒。貴重な物と聞くが」

「先ほどのものはその調和水を使った薬です。詳細は省きますが、死なない程度に闘気を失活させる薬」

おそらくただ薄めた調和水でも似たような効果は出るのだろうが、配合されている生薬でその吸収される時間や効果を更に調整しているのだろう。……細かな効能をグスタフさんに習えなかったのが惜しまれる。

「殺すためのものではない、とご理解いただきたいです」

今度は僕はミルラに向けてそう言う。本当は勇者に言うべきなのだろうが、何となくその気にはなれない。

ミルラは拳を握りしめたまま、こちらを見ずに口を開く。

「だからどうしたというのです。現実に、勇者様はお倒れになった。害意があると断定してもよい状況ですわ」

「死にませんし、まだ意識もあります。動かないだけで」

勇者に目を戻し、その瞳を見つめる。

日本人を思い浮かべたときに現れるような典型的な黒い瞳。その瞳孔は散大しておらず、わずかにまだ網膜へ入る光量の調整をしている。

「探索者カラス。やはりお前を信用したのは間違いだった。そこの狂女と共々、覚悟しておくことですね」

「カラス君と一緒だってー! うふふー!」

ミルラの怒りの神経を逆撫でするように、エウリューケは両拳を顎に当ててしなを作ってふざける。

そしてその行動はやはり癇に障ったのだろう、一歩下がり、クロードに叫んだ。

「……ベルレアン卿、貴方の仕事をなさい……。……二人を拘束せよ!!」

「仕方ないな…………!」

呼びかけられたクロードは、僕とエウリューケに一瞬視線を巡らせる。

そしてその手が持ち上がると同時に僕は身構えたが、クロードは小さく舌打ちをしながら後ろに翻って跳んだ。

「お?」

回転しながら出された手が、エウリューケの首に絡みつく。

一瞬でエウリューケの背後に回り、拘束するその手練れの技。そしておそらくは、エウリューケを人質に取れば僕を簡単に制圧できるのだろう、という状況判断。どちらも見事だ。

しかし。

「……やめたほうがいいです」

「っ!?」

正直、危なかったと思う。仮にクロードが殺す気ならば、エウリューケはもう既に絶命していただろう。

だが今回は、捕縛のための行動。それに多分、先ほどの僕との問答の影響もあるのだろうが、クロード自体はエウリューケに悪意を持っていない。そのために、闘気の出力が必要最低限らしい。

ごく簡単に悪く言えば、エウリューケを甘く見ている。

しかし、即死せず、そして闘気がろくに込められていなければ、エウリューケに触れることはとてもまずい行為だ。

僕たちから離れた部屋の隅で、ドサリという音が響く。

そちらに目をやると、クロードが地に落ち、受け身をとった後に跳ね起きた体勢で固まっていた。

「なにが!?」

ミルラが叫ぶが、一瞬で推察するのはたしかに難しいのだとも思う。

やったことは単純なこと。

エウリューケは、クロードを部屋の隅へ空間転移させた。おそらくは、上下を逆にして。

クロードの顔も驚愕に染まっている。それはそうだろう。

伝説級の魔術。それが今まさに自分に使われたのだとは思えまい。

「彼女僕よりも強いので。優秀な魔術師だと、言ったとおりです」

「へっへっへー! その腰の剣は飾りかい? 来てみろやおらー!!」

笑って飛び跳ねて、宙を拳で突きながらエウリューケは自身を誇示する。

とりあえずはクロードが無事で良かった。そして、クロードも見事だ。受け身をとった直後に下手に動かなかったのは、周囲の棚にある薬瓶を壊さないようにだろう。その薬瓶一つとっても、壊れれば何が起きるかわからないのだから。

仮に先ほど持っていた毒。それを今体勢を崩したクロードの場所に同時に転移させていれば、それだけでも殺害出来たのではないだろうか。

無論、もうこの手は通じないだろう。封じる手段は無数にある。

たとえば、空間転移は対象そのものに作用する魔術だ。クロードの場合、もう少し闘気の密度を上げればおそらくエウリューケの魔術は通用しない。

他にも、エウリューケには白兵戦の技能はない。彼女が知覚するよりも早く殺してしまう、ということもクロードには本来可能だろう。

これは、今回限りの手。そして二度目があるような男ではない。それが、僕が演武で手合わせした上での印象だ。

一瞬膠着した場。視界が動かせず、何が起きたのか把握できていないであろう勇者の顔の横に、また僕は跪く。

「勇者様にはお詫びいたします。けれど、貴方を害する気は本当にありません」

「どの口が!」

「信じていただきたいです」

ミルラではなく、勇者へと僕は告げる。

言わなければいけないだろう。甘露がどのような薬で、どういう機序で勇者の魔力を呼び覚ますのに有用なのかということ。それに、今後の展望、体がどのように癒えていくのか。

……それを先に言っていれば、この騒動は起きなかったのではないだろうか、とも思うけれど。

「ご説明します」

僕は立ち上がる。

「先ほどの薬は…………」

「まあまあまあまあ、誤解があるようだし? 誤解があるようだし?? そこはあたしが反省して説明するのが筋ってもんだろ!!」

僕がクロードとミルラに向かい口を開くと同時に、エウリューケが声を上げる。

誤解というのはその通りだし、彼女が説明するべきとも思うが、今はちょっと黙っててほしい。

「ミルラ様」

服の埃を払いつつ、またクロードが進み出る。もはや戦意もないようで、眉が下がった笑みを浮かべていた。

「完膚なきまでに完封されてから恥ずかしげもなく進言いたしますが、お二人には悪意はない様子。どうでしょうか、話を聞いてみるのは」

クロードの取りなしに鼻を鳴らしながら、ミルラは顔を顰めて目を背ける。

「……先ほどまではまだ堪えられた戯れも、今となっては不快なだけですわね」

「そんなに褒めるなって。ねへへ」

青筋を立てながら絞り出すミルラの言葉に内心半ば同意しながら、僕は溜息をつく。そして手でエウリューケの言葉の先を促すと、それを受け取ってまたエウリューケはにっこりと笑った。

「勇者君の体には、魔力と闘気が混在している」

勇者を背もたれのある椅子に座らせ、エウリューケの講義が始まる。未だ体が動かせていない勇者は、ただ黙ってそれを見つめていた。

……薄めた、とはいうが、これは調和水の濃度が濃いせいもあると思う。推察でしかないが、こんなに症状が激しい薬ならば使いづらくて仕方ない。苦しそう、なのに苦しい表情すら出来ないなんて。

「闘気と魔力を同時に備えている者は、公式には過去の先代の勇者のみ。それくらい数が少ない、というのはわかってらっしゃるでしょ」

「当然ですわ」

どこか誇らしげにミルラは言う。ここに別に一人いる、というのは言わないし、他にもいる、というのはやはり言えないが。

だが口には出さないまでも、クロードの視線は僕を捉えていた。まあ両方を既に見せてしまった僕の力は、彼に対しては既知のものだ。

「でも、過去の勇者は難なく魔法を扱った。資料によれば、当時王宮に仕えていた魔法使いの話を聞いたすぐ後に、指先に火を灯したともあるね。真偽はともかく」

「それも、知っていて当然のこと。……それが何か?」

「『少なくとも、先代勇者は魔法を使えた』、それが前提その一」

人差し指を立てて、エウリューケは強調する。

それは皆わかっていることだ。

「そして前提その二。勇者様は、魔力を持っている。ここにいる内でも、カラス君とあたしは確認済み。あんさんは?」

「……俺も、召喚の場で確認している。たしかに、正体はわからないが勇者殿自身が魔力を放っていた」

「でがしょ? つまり、魔力はある」

得意げに、エウリューケは鼻から息を吐き出し胸を張る。

「そこから導き出されるのは、『勇者君は魔法を使えてもおかしくない』ということ」

「わかってますわ!!」

ミルラが叫ぶ。エウリューケは驚き「うおっふ」と呟くが、そんなものを眼中にも入れず、興奮したようにミルラは口から大きく息を吐き出した。

「そんなことはわかっているからこそ! だからこそ貴方の下へと参じたのではなくて!?」

「落ち着きなって。眉間にしわ寄るよ?」

そんな様を、ケラケラとエウリューケは笑い飛ばす。本当に不遜だ。

「『魔法を使えてもおかしくない』。なのに『現状出来ない』。なら、考えるべきは一つ」

「……『何故使えないのか』、か」

エウリューケの言葉をクロードが継ぐ。

その言葉に満足したように、エウリューケは頷いた。

「さっきあたしは嘘をついた。勇者君はすぐに魔力を扱えるはずがない、なんてね。でもそんなことを断定出来るはずないんだ。先代の勇者は、すぐに魔法を使ってるんだから」

「では、何故?」

楽しむようにクロードは尋ねる。ミルラよりも、よっぽど良い生徒だと思う。もちろん、ミルラの反応も正しいと思うが。

「そこで仮説一。闘気の存在」

「闘気が魔力の展開を邪魔をしているから、ですね」

今度は僕がエウリューケの言葉を継ぐ。

こちらは考えたわけではない。……実感があるのだ。僕が育った村を出ていくことを決めた日のこと。闘気を扱えるようになった日のこと。

今でも忘れない、あの日、魔法が一時使えなくなった日のことを。

「……なるほどな。だから調和水を飲ませた」

「そう。そしてそれは、やはり効いてしまった」

「どういうことですか?」

またしても残念そうに、エウリューケは呟く。その言葉の意味が読み取れず、またしてもミルラは不機嫌そうに首を傾げたが。

「さああたしの優秀な愛弟子よ! 説明したげて!!」

「…………」

僕はエウリューケの言葉に、その続きを考える。先ほども言っていたが、『効いてしまった』という言葉。

効かない方がよかった、ということだろう。調和水を飲んで倒れない方がよかった、ということ。

僕としては、先ほどの経験に照らし合わせた理由がまずしっくりくる。

魔法が使えないのは、闘気があるから。ならば闘気を失活させてしまえば、邪魔をするものはなくなり、損耗なくスムーズに魔力が扱えるだろう。

それを期待して、以上に何があるのだろうか。

続きの言葉はないのだろうか。

僕がエウリューケの言葉をじっと待っていると、エウリューケは逆に僕を見つめてくる。

なんだろう。まるで僕の発言待ちのような。

「…………」

「愛弟子よ!!!」

エウリューケが、また脈絡のない単語を発する。

しかし、なんだろうか、残念に思うその理由。

「おいカー坊!! 無視すんなゴラァ!!!」

「……はい?」

悩んでいると、とうとう名前を呼ばれる。

……いや、半分わざとだったけど、応えたくなかったというか……。

「僕のことですか?」

「この場にお前しかおらんじゃろがい!!」

地団駄を踏みながら、エウリューケは叫ぶ。

「何か!? あたしの悲しい片思いか!? あたしの可愛い一番弟子やっといて無視たぁいい度胸だな!?」

「一番弟子だったとはよく知りませんでしたが」

「てめえわかんなかったら片玉潰すぞぼけなす」

「口が悪い」

僕は頬を掻きながら苦笑いをする。半分は時間稼ぎだ。まだ僕の考えが固まっていない。

やはり僕が答えなければいけないらしい。しかし、なんだろうか。

効かない方がよかった、ということは、効かない状態があるということ。

……それくらいは知っている。闘気がない、もしくは……ああ。

「……魔法使い相手なら、効きませんから」

「チッ、正解しやがった」

舌打ちを隠そうともせず、エウリューケは歯ぎしりする。そこまで怒るとは。

まだその続きを、というクロードの視線に、僕は応える。

「闘気で賦活されている体でないと、先ほどの毒は本来効き目がないんです。たとえば原液を魔法使いの私が飲んでも、このように倒れることはありません」

「そういうこと。これは想像だけれど、先代勇者にさっきの薬を飲ませても、体の麻痺はしなかった。これは今代の勇者君が、闘気を使って体を強化している……いわゆる闘気使いと同じ体の使い方をしているから起きる現象だ」

エウリューケは勇者に一歩近づき、左腕を持ち上げる。

それを離すと、やはりまだ腕は力なく落ち、肩からだらんとぶらさがった。

「右利きを左利きに矯正したいとき、手っ取り早い方法は、右手を縛り上げて使えなくすること。その状態で生活していれば、自然と左手の上手い使い方がわかってくる」

期間はまちまちだけど、とエウリューケは口の中だけで繰り返す。

「さあ、勇者様、その状態でしばらく生活してごらん。そうすれば、他の誰も教えられない君だけの魔力の使い方が、きっと今に見えてくるさっ」

「……そういうことですか」

ぽつりとミルラが呟く。一応は納得した声音で。

それから何度か深呼吸した後、僕へと向かって口を開いた。

「ではこの毒で、勇者様が身罷られることはないのですね?」

「それはないようです。やはり、魔力の影響もあるようで、脈は安定していますし呼吸も苦しいとは思いますが規則的に出来ている。……しばらくはこのまま力が入らない状態でしょうが……」

僕は言葉を切って、悩む。

実際、調和水の半減期はどれくらいだろうか。どれくらい待っていればいいのか、実際のデータが僕の中に存在しない。

調和水の性質について、考えていた僕。

しかし、一つ違う考えが浮かぶ。よく考えてみれば、おかしい気がする。たとえ勇者が闘気使いとなっているとしても、この調和水で麻痺することは。

そして理由の想像もつく気がする……あとでエウリューケに聞いてみよう。

とりあえず僕の考えは置いておいて、ともかく。

「魔力の操作方法がわかれば、すぐに動けるようにもなると思います」

実際、魔力の影響は既にあるのだ。呼吸は出来ているし、心臓も動いている。肛門や膀胱の括約筋も問題なく動作しており、漏らすことなどはしていない。……涎は垂れているが。

多分現在は全て無意識にしていることだろう。ならばあとはこれを、他の部位でも、出来れば全身で意識して行えること。

それをするために、必要なことといえば、……なんだろう?

「……カラス殿は」

「……?」

クロードが口を開く。

「カラス殿は、最初に魔力を扱ったときのこと、もしくは魔力を扱った一番古い記憶を覚えているか?」

「……覚えていますよ」

忘れない。顔も名前も知らないこの世界の親に森へと捨てられた日。ろくに手足も動かせず、這いずることすら出来ないままに、森の中で朝を迎えた感覚。

そして、野犬に襲われそうになった恐怖。

僕が思い出を辿っていると、クロードはニパと笑った。

「その時の再現などしてみてはどうだろう。ろくな手本なく何事かをやれというのも無理というもの。何事も、模倣から始まるだろう?」

「構いませんが……」

状況を模倣する。たしかにそうすれば必要性も理解できるし、必死にはなるかもしれない。

ただし、野生動物や本来魔物うろつく聖領に、この無力な勇者を放置できるか、という問題もあるが。

「誰もいない森の中で、飢えた野犬三頭の前に放り出してみましょうか。運がよければ」

「……失言だった。勘弁してくれ」

テレーズと同じような事を言う、とクロードは頭を抱えて顔を伏せる。

そして勇者も、わずかに頷いて同意していた。