軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

明日を楽しみに

「お貸しした本は、どれかお読みになりましたか?」

夕食を終えた後。僕は私室に戻るべくルルの元へと舞い戻った。

実際は休暇中だしどこか適当な場所で寝泊まりしても良いのだし、そもそも休暇中なので仕事のために与えられている部屋を使っても良いのかという疑問もあるのだが、それでも一応は、ということで。

そして、ジグとの簡単な『何事もなかった』という情報交換後、僕は手持ち無沙汰に私室へと戻ろうとする。

ルルは読書中。いつもの薬湯の匂いを漂わせながら、ただ黙々と読んでいた。

しかしその途中、廊下と部屋の出入り口の交わる隙間から僕を見かけたルルは、わずかな笑みを湛えて僕へと首だけで会釈してきた。

そして彼女は、本を閉じる。

呼ばれてはいない。だが呼ばれているような仕草に部屋に一歩近づくと、先んじるようにサロメが顔を覗かせた。

ルルの用件は、僕が午前に借りた本の様子。

読書が進んでいるかのチェック、というよりは単なる話題の共有のためのものだろう。

即答も出来たが、僕は何となく「んー」と悩むように小さく唸ってから口を開いた。

「『散歩の末に迷い込んだ少女……』をまだ半分ほどですね。煙の泉のところ辺りまでです」

ディアーヌが訪ねてきた後も、いくらか読み進めている。

王子と二人になり、冒険を始めた彼女らは、魔物うろつく森の中で様々なものを目にする。

視界から外す度に大きさを変える大樹。一度でも蹴り飛ばすと『連れてって!』と叫ぶ小石。ぽつんと置かれている四本足の椅子は、斜めにして二本足にしないといつもぐらぐら揺れている。

そうした最中みつけた森の広場。そこで楽しそうで騒がしい声を上げていた黒い影たちが飲んでいた泉の水。その泉は、王子によると煙の泉というらしい。

それを主人公のキリカは、興味本位で飲んでしまう。

一口飲むと咳が止まらない。二口目には何となく気持ちが悪くなり、三口目で酩酊し倒れてしまう。

そして目を覚ましたキリカの目の前から、王子は失せていた。

そこまでは読んだ。

「目を覚ましたキリカが王子の名を呼んだところまでは見たんですが、そこから先は」

「冠を被った蛇が出てきたところですよね。そこ、私も好きなところなんですけど、キリカの爪がつるりと光ったというのが伏せ……」

「あ、ちょっと……!」

物語の先を口に出しかけたルルを止めようと、僕は手を泳がせながら制止する。

思った以上に大きな声が出てしまい、ルルやサロメもだが僕も驚いてしまった。

「…………」

「いえ、あの……」

部屋の中が一瞬静かになる。ジグの注意までこちらへ向き、よその部屋の声までも聞こえてきたような気がする。

「……続きは自分で読みたいので、すみません」

何となく気恥ずかしいままに謝る僕。

驚き固まっていたルル。

だが僕の言葉に肩を少し揺らして噴き出すと、拳を口に当ててそれを堪えるようにしながら言った。

「ごめんなさい。知っていたので、つい」

「明日の夜くらいには読み終わるので、そこまでは、その……」

「わかりました。ふふ、じゃあ楽しみにとっておきますね」

優越感のある笑み。自分はその先を知っているんだ、ということを存分に楽しむような。

「わかった上で、始めからもう一度読み直すと面白いんですけど……ふふ」

そして読み終わった後の楽しみ、というのはまあこの内容について話したいのだろう。話題の共有が出来る人がいない、というのはルルも言っていたことだ。

サロメも読めばいいのに。……忙しいから無理か。

「そういえば今日、街へ行くと仰ってましたけど、どちらへ?」

「説明が難しいんですが、腕を治しに」

僕は右腕を動かして、軽く宙に振って示す。まあ、この程度は治る前から出来ていたことだが。

「……治療師でも治せない怪我だと伺いましたが……?」

「治療師以外には治せる人がいるんです。……いえ、実際には治療師でも上手な人なら何とかなるようですし、今回頼ったのは言ってしまえば破門された元治療師なんですが」

「お知り合い、ですか?」

「ええ。彼女の用事で今王都に滞在しておりまして、それを知っていたものですから」

エウリューケの存在はどこまで教えて良いものだろう。よく考えれば、勇者への紹介も頼まれているのだが。

……聖教会と魔術ギルド、どちらも破門されている以上、彼女との付き合いがあるとなればどちらもいい顔はしまい。勇者は大丈夫だろうか。

ルルも、少しばかり表情を歪めた……ように見える。元治療師、というのは治療師と違って逆に信用を損なうのかもしれない。

「最初は自分で治そうと思ったんですが、駄目ですね。やはり慣れていないと無理だったようです」

僕は拳を開閉して動きを確かめる。エウリューケの治療では骨折がいくらか残っていたが、今はもう完治している。動きに支障はなく、闘気の操作にも影響はない。

もう少し時間をかけて慣れれば僕も治療できるようにはなるかもしれないが、場数がいるし自分の体を使うのは痛みの関係でやりたくない。

まあ、無理と思っていいだろう。

「それは……」

困ったように眉を顰めていたルルが、むくれるように表情を変える。

「そうですよ、やっぱり専門の人に頼るべきです」

「面目ないです」

僕は思わず、困ったように視線を逸らす。何だろう、これ。……叱られているのか。演武後のあの時のように。

「……何でも出来るカラス様でも、人に頼ることはあるんですね」

それから表情を緩めたルルは薬湯を一口含み、そう口にする。よく眠れるようにと調合されたのだろう、安らぐ香り。

「何でも出来るわけじゃありませんからね。むしろ、得意なことがないので」

人に誇れるようなこと。

何だろうか、何があるだろうか。

以前なら魔法と本草学とでも答えていたが、今はもう人間に対して誇る気になれない。……それは、それ以前の問題と言うべきだろうが。

……いいや、問題でもない。僕は小さく首を振る。

「山野で生きる知識、それだけあれば私には充分なので」

人間の世界で生きる知識。それは僕には不要なものとなりかけている。今は使っているし、レイトンに言われるがままにここにいる以上人間の知識は必要なのだろうが。

それでも、もうすぐ必要なくなる。人里離れたどこかで、人間たちと離れて暮らすのであれば。

「むしろ私にとっては、ルル様たちの方がよく出来た人間に見えますよ。私など、ルル様たちに比べれば少し人の構造に詳しいだけという感じでしょうか」

先の知識に加え、人体の構造に熟知し魔法の力を扱える。ルルたち、彼女らに勝っているのはそれくらいではなかろうか。あとはまあ、体力がありよく体を動かせる、くらいで。

人の世で生きるのであれば、対人の所作を完璧に近付けている彼女らの方が向いている。能力の絶対値としてではなく傾向としての問題だろうが、それでも。

「私なんて、なんにも……」

薬湯を膝の上に置くようにし、ルルは少し俯く。……何か言いすぎたか、これ。

話を打ち切るように、僕は少しだけ声を張り上げる。

「まあ、そんなところでしょうか。私などまだまだで、人に頼ることばかりです。わからないことがあれば聞いてばかりで。……サロメ様などにはうんざりされていることもあるかもしれませんが」

横で静かに聞いていたサロメがわずかにギョッとした表情を浮かべて、僕を見る。

少々会話の話題も重く苦しくなってきたことだし、それこそ今助けてもらおう。というか、助けてほしい。

「そういえばサロメ様とはあまりそういうことを話してはいませんでしたが、何か特技とかありませんか?」

「は? あ? ……あ、ああいえ、私、ですか」

突拍子もない話題な気もするが、『得意なこと』か『趣味』というカテゴリであれば連続もしているだろう。我ながら強引な会話回しだが、慣れてないのでサロメに何とかしてほしい。

「……この薬湯、サロメの手製なんです」

答えあぐねているサロメの言葉を代わりに継ぐように、ルルが口を開く。

半分以上飲んでしまって、既にカップの中にはほとんど残っていないが、その匂いは未だに健在だ。

ね、と同意を求められたサロメは、慌てているのを隠すように頷く。

「家伝の 菜譜(レシピ) の一つです。私もそんなに詳しいわけではないのですが」

「調合もしたんですか」

改めて鼻に入る匂いを確認すれば、いくつかの生薬が混ざった匂い。それでも、薬臭いとは感じない。

白芍薬に芎窮、あと他にもいくつか。

肉桂と生姜は薬効を求めているというよりは香り付けだろうか。もちろんそれ自体も効果はあるだろうが。他にもバニラみたいな匂いがする。

味付けはわからないが、再現できる……かな? 似たようなものを習った気もする。

効能としてはやはり女性向きのものだ。体を温め血の巡りを良くし、冷え性や月経などによる不調を緩和する。もちろん常用しても問題あるまい。

僕は飲んでもいないが、ルルの表情からは多分味も悪くはない。

「ときにカラス殿は、本草学にも通じているとか?」

「通じているかどうかはわかりませんが、修めてはいます」

僕が体系的に覚えている数少ない技術。習ったもの、というならば唯一のものかもしれない。

「今日他家の者と話しているときに、それが話題に上がりまして」

「……何故?」

サロメの言葉に、思わず素で聞き返してしまう。

昨日演武をやった。ディアーヌのように、それが話題に上るのもわかる。しかし本草学に関しては、殊更に何か話題になるようなことをした覚えはない。

しかし僕の疑問には、サロメは答えなかった。

「お抱えの治療師を連れてこられなかった家がほとんどで、一度会ってみよう、などという声もございました。……大丈夫でしょうか?」

「大丈夫か大丈夫じゃないかといわれれば、多分大丈夫なんでしょうが……」

会うのは問題ない。嫌だけど。

いや、そもそもお抱えの治療師がいないので僕に会おうということは、『そういう相談』をしに来るわけだ。

じゃあ、大丈夫じゃない。

「いえ、大丈夫でもないですね。他家の誰かに対して、責任は負えませんので」

庶民と貴族を差別するわけでもないが、その体を扱う責任は段違いだ。僕が気軽に配る薬であっても受け取らせたくない相手はいる。

「……………………」

サロメは僕の言葉を聞いて、一瞬口を閉じる。

「……………………そう、でしたか」

少しばかり長い沈黙。

「……あの、何か?」

僕が再度聞いても、サロメは「いえ」と自信なさげに口にするばかり。

何となく、嫌な予感がするんだけど。

「あの、失礼な話なんですけど、あの、何か迂闊なことを口走ったりなどは……」

「いえ」

そんなに暑い室内でもないのに、サロメの額に汗が浮かんでいる気さえする。

ルルも不思議そうにサロメを見るが、ルルの方をサロメは見なかった。

ジグがふと立ち上がる。

僕もその気配に部屋の入り口を見れば、その向こうから誰かが来る。

それから響く、控えめなノックの音。

夕食後の夜だ。もちろん普段であればこの時間の訪問は不躾であるし、眉を顰めてもおかしくはない。

だがサロメは少しだけホッとした顔で、そちらへ向けて歩き出す。

ジグがまず扉に手をかけ、ゆっくりと開いてその相手を確認する。そしてその安全が保証されたのだろう、背後まで来ていたサロメに対応を代わってもらうべく居場所を譲る。

「ごめんくださいまし」

扉の向こうの暗い廊下。そこには、勇者の侍女の一人が立っていた。

侍女の用事は簡単だ。

訓練を終えた後に、勇者が部屋を出て、一人になりたいと僕と勇者が密会に使ったベランダのような場所に入っていった。

誰を呼んだわけでもなければ、むしろ一人にしてほしいと言っていたが、それでも多分話し相手がほしいのだろうと推察した侍女は、一人僕を呼び来た、というわけだ。

忖度したわけだ。特になにも言われていないのに。

……すると、僕が向かってもまずいことになるかもしれないのだが。

そう伝えても、……彼女が勇者が言っていたマアムというらしい……侍女は、にこにこと「大丈夫ですっ」と僕を促すばかりだった。

レイトンの予想とは少し違う事態。

僕へと接触を図ろうとしていない。なのに、周囲の予想だけで普通に接触して良いのだろうか。わからないし、別に僕も積極的に会いたいわけではない。

しかしよく考えれば、絶好の機会だ。エウリューケからの頼まれごとの。

僕は侍女に「無理そうだったらすぐにお暇します」とだけ先に約束し、侍女と共に件の場所へ向かった。

もう一人の侍女はやや眠そうにベランダへ続く扉の横で蹲っていたが、僕というよりはマアムの足音を聞いて表情を固め身を正した。

中へと聞こえないようにだろう、「よろしくお願いします」と主に口の形だけで言ってから頭を下げたその姿は綺麗でもあるが、その前の見方によってはだらしない姿勢を見てからだと何となく微笑ましい。僕よりも多分年上の女性に抱く感想らしくはないけれど。

マアムがやったように静かに扉を叩く。

中の勇者が振り返ったのを耳で確認して、僕は「失礼します」とだけ言って足を踏み入れた。

勇者は月を見上げて佇んでいたようだ。

だがなんとなく、その姿勢の端々に疲れが見える。動きに支障はなさそうな類いの疲れが。

「カラスさん」

「どうも、夜分遅くに」

僕がそう一応の挨拶の言葉を吐くと、勇者は力なく笑って横に移動し場所を譲った。

僕はベランダの縁に手をかける場所まで近づく。月明かりが、お互いの顔を半分だけ照らす。光量はそうないが、それでも夜が暗い世界では明るい場所だ。

「どうしてこの場所へ?」

「マアムさんでしたか、侍女の方に聞きました」

その侍女にこの場所へと勧められたことは言わない。だが、察しがついたのか勇者はほんのわずかに溜息をついて頬を掻いた。

「いかがでしたか、初めての魔術体験」

「……初めてでもないんでしょうけど」

世間話的な僕の導入の言葉に、言いづらそうに勇者は何事かを言いかける。

少し待ってもいいが、僕は更に続きを促そうと言葉を重ねた。

「勇者様の世界にはなかった事象の数々。……だと思うんですけど」

午前の授業を思い出す。

指先に水の塊を生み出す魔術。光が空中で線を描き、一人の名前を映し出す。火を灯すのすら、道具なしでは人間には出来まい。

「俺、けっこうワクワクしてたんですよね」

「ええ」

「で、なんか大学かどこかで講義を受けている感じになって、『ああ、やった、俺も魔法使いになれるのかな』なんて思って」

ベランダの縁を掴んだ両手がパタパタと動く。月を見上げる瞳には星が宿る。

「事前に聞いてはいたんですよ、そういう訓練はしたことないから出来るかどうかはわからないよ、なんて。でも、期待しちゃうじゃないですか」

「そうでしょうね」

僕やテレーズ、他の人間も、『魔術を使う力はある』などと言っていたのだ。ならばすぐにでも使えておかしくはないし、練習するにしてもすぐにその効果はわかるだろう。

しかし、この様子では。

「あの、誰にも言ってないんで、誰にも言わないんでほしいんですけど」

「…………まあ、努力します」

その言葉の先は予想がついた。僕は言わない。

「俺ね、瞑想って頑張ったんですよ。瞑想とはいわないけど、祖母ちゃんにそういうの結構仕込まれていたので、いけるかな、なんて思ってて」

つっかえつっかえ、辿々しく勇者は泣き言のように言葉を紡ぐ。

「午後一杯に使って、やってきたんですけど……」

そして、消え入るような声。

なんだろう。予想はすぐに外れたらしい。なんとなく、『出来ないのが悔しい』というわけではなさそうだ。いやその要素も多分にあるようだけど。

「あの、訓練、ですか? 魔術のあれ。カラスさんはやったことはあるんですか?」

「ないですね。多分、魔術師長の言葉の通り、私は『手足のように魔力を扱う』だからだと思いますけど」

それも以前ここで勇者に言ったようなことだ。

僕は拳の握り方を教えることは出来るかもしれないが、指の動かし方は教えられない。魔力の扱い方というのは、その『指をどうすれば動かせるか』だ。

脳裏に昼見たウィンクの姿が浮かぶ。

始めは出来るのが自由落下の緩和だけだった彼。しかし例を見せれば、どうすればいいかはわからずとも、やってみてすぐに浮遊できた。あの様子では少し練習すれば空を自在に飛び回ることも出来るかもしれない。

勇者にとっては、それが難しい。だから、瞑想などをさせられたという話だが。

「いいですね、本当。羨ましいです……」

もう一度溜息をついて、勇者は視線を落とす。

「あの、本当に誰にも言わないでほしいんですけど」

「はい」

「俺、魔術を習えるって聞いて、楽しみにしてたんですよ」

「…………」

それはもう聞いた。しかしその突っ込みは入れずに、僕は勇者の話に耳を傾ける。

「でも、やってみて、本当に、誰にも言わないんでほしいんですけど」

勇者の声が、段々と大きくなる。それにつられるように、俯いていた顔も上げられてきていた。

「楽しみだったんですけど……!」

そして語尾はもう、叫ぶようで。

「心っ底っ!! つまんなかったですっ!!!」

静かな王城に響く声。僕も別に意識していたわけではなかったから、割と響いてしまったが。

高らかな宣言。

それに伴ってか、外で侍女たちが少しだけ慌てるように体を動かす音がした。

そして勇者はまた、長い息を吐き出す。

「あー、すっきりしたー……」

肩で息をするわけでもないが、肩を解すように力を抜いた勇者は、僕の方を向いた。

「というわけだったんです。誰にも言えなくて、……すみません」

「まあ、仕方ないかと」

僕は噴き出すのを堪えながら、そうとりなす。

まあ本当に仕方ないとも思う。やることは英雄譚の暗記だと言われ、そしてさせられたことは香を焚いた部屋での瞑想。好きな人もいるだろうが、嫌な人にはただただ苦痛だろう。

「俺、魔術の才能ないんですね。……もう少しだけ続けたら、やめようかな……」

「……もうですか?」

だが、ぼやく勇者に僕はそう尋ねる。正直、それは困る。興味がないのであれば、彼女と会わせる勇者側の理由がなくなってしまう。

他に止める理由はないし、エウリューケには適当に言えばいいけど。……それなら勇者にも適当に言えばいいか。

「いえまあ、つまんないのは仕方ないですけどね」

「カラスさんが本当に羨ましいです。妬ましいくらいです。どうすれば魔力なんて扱えるようになるのか……」

はあ、と今度は落胆の溜息をつく。それから両腕を投げ出すようにベランダの外に出し、勇者は縁へしなだれかかった。

しかしちょうどいいか。この話の流れなら。

「……では、私から提案なんですが」

「……?」

体の力を抜いたまま、勇者は僕の方へと向く。ここから先の言葉は僕の独断だが、エウリューケも代わりにそれくらいはしてもいいだろう。

「一人、私の知り合いに魔術師がいます。……それも、ヴァグネル魔術師長とは考え方の合わない人物が。彼女も初期の育成に対して瞑想には賛成していましたが、勇者様本人を見れば何か妙案が浮かぶかもしれない人物です」

「……そんな人が?」

勇者が顔を上げる。わずかな期待の表情を浮かべながら。

「もちろんそれで道が開けるかはわかりませんし、勇者様の体を調べたいとも言っていたんですが……」

これは空手形を渡すようなものだ。詐欺に近いし、エウリューケは勇者の体以外に興味は持っていない。けれども、頼んで断るような人物では……あるな。まあいっか。

「会ってみますか?」

「お願いします!」

即答に近い速度で勇者は叫び、僕へと頭を下げる。

期待に応えられるといいけれど。僕はそのつむじを見ながら、そう思った。