軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

月の代わりに

右手が、右腕が、石剣との接触面を中心にぎりぎりと痛む。

骨が折れているからではない。いや、それもあるけれど、もっと激しい痛みがそれを覆い隠している。

光が立ち上がる剣先を向けるのは、クロード。その頭上、向こう側に月が浮かんでいた。

「すさまじいな」

ははは、と笑い、声に出さずに呟いたクロードが槍を振る。それを避けて、槍を押さえるように石剣を合わせて僕は跳ぶ。

やはり僕の一番の武器は蹴りだ。

少しだけ焦りの見える顔で、クロードがそれを一歩下がって躱す。僕も着地する。その空いたスペースは、本来必殺の間合いだ。

クロードの槍は突き出されたまま。もう一度突くためには戻さなければならないし、予備動作を行うための横のスペースはほとんどないために横薙ぎも効果を出さない。

対して僕は今、着地したばかり。そして剣も上段に振りかぶられており、体重も全力で乗せられる。

当たる。

そう思ったが、やはり難しい。クロードが左手から右手に槍を投げて、即席の盾を作る。

合わさった槍の木の柄と石剣が、その材質に見合わない金属のような硬い音を立てた。

動きが止まる。

きちんと切り結んだ。この演武では珍しい。

鍔迫り合いの形。本当ならば、一呼吸以内に離れなければならない。

だがそれは、一呼吸の間ならば良いということ。

ミリミリと音を立てているのは、僕の腕だろうか。それとも、他の何かだろうか。

コツはわかっている。剣では初めてだが、蹴りでは既に可能なことだ。

膝を抜き、重心を落とす。体全体を連動させて、大地にそのまま引かれるように。

「…………!?」

ズ、とクロードの足が地面にめり込む。

月野流の鍔迫り合い。そしてその衝撃を剣の向こうまで届ける動き。本物はこの程度ではないが、それでも一応は有効らしい。

クロードが槍をそのままに、体を反らす。

その動きは、さっき見た。

「ッ……!!」

鍔迫り合いもここまでだ。体を捻るようにしてクロードの膝蹴りを躱し、そのままの動きで右斜め前、地面に倒れ込む。

体とは便利だ。足が動くとは素晴らしい。そのまま左足を振るだけで、蹴りとなる。

腿と下腿にまとめて当たった僕の攻撃は、初めてクロードの顔を苦痛に歪めた。

倒れた状態の蹴り。そしてそのまま起き上がるように回転してもう一撃。腕の力が必要だが、闘気を使える今ならば左手だけで充分だ。

空中での回し蹴り。打点が低く胴までしかいかないが、クロードはそれに槍の柄を合わせて、距離を取った。

しかし、僕でも蹴り折れないほど硬い。木製でも、闘気を帯びれば強くなるものだ。

ビキビキと音を立てるように痛みが走る右腕。それを堪え構えつつ、口元の笑みを消したクロードに笑いかける。

「格好はつけないんですか」

口だけで、呟くように僕は言う。挑発というか軽口だが、挑発という意味では取らなかったらしい。

噴き出すように息を吐くと、クロードも口元の笑みをまた作り応えた。

再開だ。

また先ほどのように、一進一退の剣戟を何度か繰り返す。思った通り、やはり剣はクロードには届かない。

当然だろう。僕は不得意な武器で。多分、クロードは得意武器で。その有利不利もあるが、やはり白兵戦の練度も天と地の差がある。

だが打ち合える。

打ち合ってやる。たとえ攻撃が凌げず、多少僕の体に当たろうとも、骨が折れる痛みが走ろうとも。

鎮痛は使えない。

視界の中、中央に置いた剣の先が白い光を放ってぶれて映る。

闘気を込めた石の剣。これを維持するために、魔法は今は使う余裕がない。

だが打ち合える。

闘気なしの並の剣ならば簡単に折られてしまう闘気を通したクロードの槍を相手にしても、僕の今のこの剣ならば。

鍔迫り合いはしまい。

しかし、その前段階まではいけると知った。

僕の横薙ぎ。それも、しなる腕を全力で振りかぶり、鞭のように剣先を当てる攻撃。

クロードは問題なく槍を構えてそれを防ぐが、それだけでは終わらせない。

スティーブンと打ち合った。ムジカルの魔物相手に、幾度も試した。それで一応習得したと思っている、僕の似非月野流。弾かれるだけでは終わらせない。

胴から肩、肘から先に至るまで鞭から硬質の丸太に変えるイメージ。更に、股関節と肩甲骨の旋回で、それを振り切るように……。

ふわりとクロードの足が宙に浮かぶ。

スティーブンから受けた印象では、本来は多分弾き飛ばす攻撃のはず。しかし、それでもそこまでか。

よろけるように反応したクロードも、剣をいなしながら僕へと踏み込んでくる。

ならば、と剣を合わせるようにしながら、僕は膝の力を抜いた。

これは躱せるか。

右からの槍の薙ぎ。それに合わせて剣を当て、右脚を軸に体を回転させる。

受けた槍と、僕の左の踏み込み。その勢いを乗せるのは、左膝から下。先ほど指導された膝蹴り、その応用だ。

しかし次の瞬間、僕の足の甲に鈍い痛みが走る。

合わせられたのは、槍を左手で保持した結果、空いたクロードの右肘。叩き落とすようにして逸らされた蹴りは功を奏さず、そしてまた次の瞬間には……。

「…………っ!!」

崩れた重心を吹き飛ばされるように、僕の体が浮く。力の出所は、合わせている剣と槍の接点。使われているのは大火の型、だけではないだろう。

右手、左手、右手、と攻防の間にも何度も持ち替えられていたクロードの槍。今は右手で保持されているその動きは、先ほど僕が使ったのと同じ。

今の動きだけで模倣したのか、月野流を。

堪えきれずに倒れ込み、左手と背中で受け身を取って跳ねてまた体勢を整える。

右腕の痛みが増す。

折れている上に、無理をして闘気を使っている代償だろう。

だが、その痛みを表には出さない。出せない。

格好をつけなければ。乱れた息を整えつつ、さりげなく視界の中の焦点を、クロードから違う場所に移す。

先ほどは目を瞑っていたルル。

彼女にまた、目を瞑らせるわけにはいかない。瞑らせたくない。

腕の痛みを無視して、もう一度。

月野流が通じないわけではなさそうだが、それでも僕には他に出来ることがある。

葉雨流……と思ったが、もうわかった。ちょっと難しい。

クロードの瞬きに合わせて左横に跳ぶ。正確には跳ぼうとした。

しかしその視界が塞がれているにも関わらず、クロードの槍の穂先は正確にこちらを追尾してきていた。その隙を突こうとした僕の片手の剣の突きが、回転させた槍に弾かれる。

剣を手放しそうになる。これを手放してしまっては台無しだというのに。

髪を靡かせ、追撃をしようと体を傾けるクロードの笑みが、無理をするな、と僕に訴えてきている気がする。

しかし、それは出来ない。

石や木に闘気を込める。

それは一般的にいえば無理なことで、僕も『出来る』とは言い切れないものだ。

感覚的にいえば、金属の物質に闘気を込めるのは、ストローに息を吹き込むようなもの。しかし闘気の通らない石や木などに闘気を込めるのは、当然膨らまないはずの硝子瓶に息を吹き込んで膨らませるような感覚だ。

石剣を取り落としてしまえば、もう一度闘気を込めるのに時間がかかる。数秒程度で終わるのだろうが、今のこの状況では難しい。

負担はある。硝子瓶に息を吹き込むと、頬や喉、肺に焼け付くような感覚が起きるように、今の僕の体にも負担がかかっている。

右掌の接触面を中心とした焼け付く痛み。筋肉が軋み、骨が食い破られ、丸められるような。

まるで、ローラー式洗濯機の絞り器に手を突っ込んでいるような痛み。いや、実際に体験したことはないけれど。多分、そんな感じの。

手を離したい。今でも手から葡萄酒を搾り取られているような感じがする。鉄のワイヤーを肘から下に向けて骨を砕きながら巻き付けていくような、鈍くて鋭い痛み。

意識して表情を作っても、無意識に頬が引きつる。思い切り叫んでのたうち回りたい程度の痛みが、今でも鈍ることなく鮮烈に感じられる。

だが、手を離すわけにはいかない。

それは、闘気を込め直すのに時間がかかる、というだけではない。

クロードの攻撃を凌ぎながら、僕も当たらない攻撃を繰り返す。

全力で剣を当てにいっても、クリーンヒットしないのはもはや信頼できるくらいだ。

『格好をつける』というのは、『我慢する』と同義だと思う。

何度も思った。

剣を手放して、拳を握ればもう少し善戦できる自信はある。

やはり剣は苦手だ。重心も変わるし、衝撃を肩代わり出来る便利な道具とは思っても、時には動きの邪魔にすらなる。

拳では出来ない『切断』という用途があるために、僕も携帯は必要だと思うが、それでも昔使っていた山刀以上に役立つことはあるまい。

剣を手放して、無手で。そうしたいと思った。

けれど、それをするわけにはいかない。

蹴りはお互い使っているので今更という感もあるにはあるが、それでもこれは『剣』と『槍』の演武だ。

関節技や投げ技などの組み打ちが忌避されるように、素手の攻撃も忌避される。

もちろん、剣を捨て、なりふり構わず拳を使い、勝利を。それもまた一つの選択だろう。

だが今周囲が見ているこの状況でそれをすれば、どうなるだろう。

探索者だ。そうするのが当たり前なのかもしれない。貪欲に利益を求めて、あらゆる手段を使う。それが当然だとも思うし、そうするのが自然だと思う。僕もそうしたい。

でも、それを観客はどう思うだろうか。

約束演武だと周囲に伝わっていればいい。そうする予定だったと皆が承知しているのならば、なんの問題もない。でも、そうではなかったら。

もしも僕が、『負けたくないから、なりふり構わず剣を手放し、認められていない拳を使用した』と思われたら。

極端な話、意地汚い、と思われたら。

僕はともかく、僕を雇っているザブロック家も嘲笑の的になる。

関係がない、というのも簡単だろう。

実際、僕には関係がない。ザブロック家が笑われようが、僕を除く探索者の信用が下がろうが。

だが、嫌だ。

クロードの振り下ろす槍を下から支えるように、僕は剣を合わせる。

震える剣先を鎮めるように左手にも力を込めれば、その衝撃を受け止めた足が地面に食い込んだ。

僕に攻撃が当たりそうになる度に肩が少し震え、そして怪我をしそうな一撃がある度に目を瞑るルル。

荒事に怯えているのではない。多分。

自意識過剰かもしれない。そうでないとも願うが。

しかし彼女は、心配しているのだ。僕を。

怪我をするなと先ほど言った。それは彼女の本心で、嘘ではない。

僕が簡単な怪我をすれば良いと僕は思っていた。

軽い怪我をして、負ければ全て解決だと思っていた。今でも半分そう思う。

でも多分違うのだ。

僕が無様な姿を見せればそれもまたザブロック家に迷惑がかかる。

僕が怪我をしないようにと心配する人がいる。

ならば、怪我をするわけにはいかない。

負けるつもりで戦うわけにはいかない。

演武は舞のようなもので、芸だ。勝負を決めるものではない。

しかし負けたと周囲に思わせるわけにもいかなくなった。無様な姿を見せて、実力も劣っていると思われるわけにはいかなくなった。

オトフシは、それをきちんと指摘してくれていたのに。

かといって。

また二度切り結び、蹴りを当てて離れる。当然ガードの上からだが。

かといって、勝てるとも未だに思えない。

相手は聖騎士団団長。それも、第二位聖騎士団〈旋風〉の。

聖騎士団は魔力使いを除いて国中の強者を集めた組織であって、現在その位階は団長同士の試合の順位で決まる。

在野にもデンアやレイトン、プリシラのような異能、スティーブンのような古強者もいようが、公式には聖騎士団の評価の方が高いだろう。何せ国王直属だ。

つまり、第二位聖騎士団の団長といえば、公式では国家第二位の強さを持っていると言っても過言ではない。

百万人以上が暮らすといわれるこの国で、二番目の強さだ。

僕が何番目かは知らないし、そのランキングに魔法使いは含まれていないが、それでも公式順位二位のその脅威は今現在目の当たりにしている通りだ。

側宙をしてクロードの槍を躱す。

しゃがみ込んで着地したその左手が、無意識に土を掴んでしまい、それを慌てて離した。

なりふり構わず戦えば、いけるのかもしれない。

焦熱鬼の熱波。通らないかもしれないが、一瞬の隙くらいは作れるだろう。……周囲の被害もまずいことになり、ザブロック家の評判などどうでもいいくらいになってしまうが。

距離を取って山徹し。隙が大きすぎるし、焦熱鬼の熱波と合わせて明らかな攻撃魔法だ。

闘気を使った山徹しの模倣。……このまま剣を投げても、山徹しのように闘気を石剣に維持することは出来ない。

闘気を込めたままの矢を飛ばすのは、改めて神業だと思う。

土に穂先が突き刺さる。いくつもの下段突きを転がるように躱して、下段蹴りでクロードの足を取る。

それ自体は功は奏さなかったが、脛を蹴られたクロードが、崩れた重心をあえてさらに崩すように前へと転がるように跳ぶ。

本来ならば、その間にも僕に向けて槍を振るえるはずだが、それはしないようでクロードは前回りに受け身を取りすぐにこちらを向いた。

手加減。

愚弄されているわけではないだろう。見栄えをよくするためというのと、やはりこれは演武だからだ。

しかし、加減をされているのは確かで、まだまだ向こうには余力がある。

僕はこれで精一杯だというのに。

何となく可笑しくて、少しだけ噴き出して、笑みがこぼれる。声を潜ませていたが、周りにバレていないだろうか。

未熟な水天流は完成された水天流に敵わず、見様見真似の月野流はすぐに模倣され、自己流の葉雨流に至っては通用しない。

魔法が使えれば、と思う。

もしも魔法が使えれば、こんな事は考えないのに。

もしも魔法が使えれば、と考えていたと気づいて、更に可笑しくなる。

まるで、魔法使いではないようなことを。

だが、精一杯だ。

精一杯、悔いのないように。全力なんて出してやるものか。

どれだけ追い詰められようとも、ここで魔法など使ってやるものか。

せめて、顔に一発入れてやろう。魔法もなしに、僕の未熟な技術で、意地汚いなど思われないように余裕を見せながら。

格好をつけながら。

もしも当てられたら、万に一つの偶然だろう。

もしくはクロードの手加減によるものだろう。

けれども、後悔させてやる。言い訳などさせない。この演武の場を用意したのはレイトンだが、招いたのはクロードだ。

聖騎士様の権威を失墜させてやる。

与えてやりたい。魔法使いに、魔法なしの白兵戦で一撃を与えられたという不名誉を。

クロードは槍の穂先を僕に向けたまま静止する。額に汗が垂れた険しい顔、もはや笑みもない。

立ち上る闘気は密度を増し、光ではなく炎を纏っているかのような姿だった。

踏み込めば、見えない速度で僕の喉下に槍が迫ってくるだろう。もしくは拳でも、僕の骨が破砕するだろう。内傷も負うかもしれない。

一挙手一投足を見逃せない。右手に力は入っているか。肩はいつ下がる。足はどちらを向いている。膝の曲がり方は、重心はどこに……。

表情を変えないように、それでいて食い入るように見つめていた僕。

しかしクロードはまた、表情を緩めた。

「……?」

僕が訝しみ、剣を改めて握ると、それに対してクロードは穂先を天に向ける。

何を? そう思った僕に向けて、促すような視線を向けた。

戸惑いつつ見つめていると、クロードの闘気が消える。明らかな臨戦態勢の消失。

それで、ようやく気が付いた。

終わりか。

動揺を隠しながら僕も闘気を抑え、剣を下ろす。その石剣を左手の逆手に持ち替えれば、ようやくクロードが納得したように目を閉じる。

お互いに頭を下げてから、横に振り向き勇者を見据える。

勇者へと、頭を下げる。

そんな僕たちを包んだのは、令嬢たちからのささやかな拍手と、場外の聖騎士たちの踵を揃えて鳴らす微かな音だった。