軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

もう一回

砂粒のように溢れた蚤が、ざわざわと山を作る。

その裾は木の床をパチンと弾く音を立てて跳ね、広がり続けた。

フード付きの外套が蠢いているが、中にまだ相当量の蚤がいるのだろう。老人はいなくなったが、襲われたというわけでもなく、ただの擬態だったらしい。

うねるような蚤の山。

それが渦巻きのように丸まったかと思うと、火山口のように一部へこむ。

蚤の足音などという本来小さなもので騒がしくなった馬車の中で、残りの母子と大柄の男は未だ大きな動きは見せなかった。その足下は、ともすれば砂浜のような質感に覆われているというのに。

「……か、かか……」

火山口のようにへこんだ蚤の山が音を立てる。

明らかな人の声、だが、ザラザラとした感じのノイズに阻まれて、どう考えても肉声には聞こえない。

聞いた感じ、老婆の声っぽい。

僕は指先に火を灯し、その蚤の山を牽制する。火を放っても良いが、この馬車は木製らしい。出来れば出てから燃やしたい。

僕の指先から熱を感じたわけでもないとは思うが、広がりつつあった蚤たちが、僕から一定の距離を開けたところに留まった。

「……カラス殿……このような形で 見(まみ) える非礼を詫びよう……」

未だに走り続けている馬車の外を見れば、明らかに先ほどまでとは天候が違う。

先ほどまでは、雲がないわけでもないが晴天だったのに、今となってはそれは見えない。

五歩先も見えない濃霧に覆われて、真っ白に染まっていた。

「……承知していたようだが、我らはフラム様の部下……カラス殿をムジカルに連れてゆく任を受けてこの地に参った……」

「まるでオトフシみたいだね。あれよりもずっと程度が低いけど」

蚤から発せられる言葉を耳に入れていないような雰囲気でレイトンが笑う。その言葉には同意するが、あの紙燕と原理が同じなのかはわからないのでなんともいえないとも思う。

まあ、まだ会話をしているわけでもないので、なんというか、テープレコーダーを前にしているような気分なのだが。

「……もしもおとなしくついてきてくださるのであれば、手荒な真似をする気はない……、……フラム様の下へ辿り着くまでは、意図的な加害はしないと約束しよう……」

「…………」

僕はレイトンと顔を見合わせる。

多分意図は違うが、半笑いということは、レイトンの方は『心揺らいだのか』といったところだろうか。

無論、そんなことはない。

というか今の言葉で、ついていく気は完全に失せた。戸惑いも大きくなったが。

「フラム様の下へ辿り着くまでは、ということは、辿り着いたら何かされるんですか?」

僕はからかうようにして尋ねる。好奇心からの質問だが、おそらくその答えは好ましいものではあるまい。

「……返答は、いかに……」

だが蚤たちは応えない。会話をする気がないのか、それとも会話の機能がそもそもないのかわからないが。

こちらに問答しているということは前者かな。

「何か怖いことされるような場所に、わざわざ行きたい人がいると思いますか?」

いや、まあ、いるかもしれないけど。

「…………」

今度は蚤の口が黙る。ただ、蚤が床を叩く音が響く。

「ですので、お断りします。今度はもう少し、交渉の手段を考えて……」

「……もしも抵抗されるなら……、……生死も問わずと言われている……、それでもか? ……」

「余計駄目に決まってるじゃないですか」

生死も問わない。つまり、死んだ僕でもいいということだ。先ほどの言葉と合わせれば、ついていけば明らかに殺されるような目に遭うだろう。

ムジカルについても構わないと未だに思ってはいる。だが、それでもこいつらについていくのはお断りだ。

「…………残念…………」

蚤の口が閉じる。それと同時に、一瞬また丸まって小さな山になった。

隣を見れば、……あ、レイトンがもういない。

次の瞬間、蚤たちが弾け飛ぶ。

まるで砂嵐にでも遭遇したように、僕の障壁に細かな粒が当たる。その勢い、僕が受け止めていなかった分の蚤で、馬車の後ろの扉が吹っ飛んでいった。

さすがに異常を感じたのだろう。馬たちが嘶き、馬車の速度が緩くなる。

そして僕は、障壁に突き刺すように伸びてきた甲殻のような質感の腕に突き飛ばされるように、馬車から追い出された。

突き飛ばされたといっても、軽く押された程度だ。

体勢も崩れることなく、後ろ足でふんばり地面へと降り立つ。視界の向こう側で、霧の中に馬車が消えてゆく。気配からすると、ただ立ち止まっただけのようだ。使えるならそのほうがいいかな。

周囲に魔力波を飛ばして索敵する。

後方に二人。一人は動かずに、もう一人はやたらと足下が騒がしい。魔力が通らないということは、騒がしい方が相手の魔法使い。もう一人はレイトンか。

他には。

飛ばした魔力波から得られた情報を精査する。

緑の木々、戸惑いながらも逃げない獣たち、雑草や虫に至るまでの情報が脳内を駆け巡る。

そういえば、この技能も以前王都へ向かうときに身につけたものか。懐かしい。それまでも出来ないわけではなかったが、熟達したのはその時だったと思う。

周囲に人影はと探せば、馬車の中から一人と、そこに合流したような一人。いずれも魔法使いで、前の情報からすると残りは一人だが……。

「…………?」

おかしい。魔法使いか何かすらわからない影が周囲に無数にある。

闘気使いではないが、魔法使い……でもない……? 正体不明の敵影が、いくつもいくつも僕らを囲むように蠢いていた。

「…………!?」

そのうちの一つ、恐らく男性のような影の手が僕へと伸びる。

霧の中から現れたその気配を身体を沈めて躱すと、頭上で太い腕のようなものが、僕の頭を刈る感覚で通り過ぎていった。

「ほう。よく躱したな」

感心したような声が、前方の霧の中から響く。

女の声。先ほどの老婆の声を若くすれば、こんな感じだろうか。

また一つ、僕を襲う人影。

刃物ではないようなので今度は躱さず左腕で受け止めてみれば、腕に鈍い痛みが走る。地面に足が食い込む。普通の人間ならば原形をとどめないほどの衝撃が、僕の身体を動かした。

だが、捉えられないものではない。

かさかさとした葉っぱのような何かが重なっているような腕の先、胴体の辺りに横蹴りを加える。

意外にも軽く突き抜けた僕の攻撃の衝撃は、人型の腹部を貫いて大穴を開けた。

しかしそれでも攻撃は緩まない。

かさかさとした音と共に、もう一撃。今度は霧の中からではなく、姿を見せた『それ』が、大きな腕を束ねて僕に叩きつける。

「…………っ」

張った障壁が揺れる。そうしながらも、僕は『それ』を見た。

人間の形をしている。だが明らかに人間ではない。

表面は、枯れた葉っぱのような何か。かさかさと蠢くそこには、目のような模様が連なりこちらを見ている錯覚すらある。

指や顔などの細かいパーツはない。ただの人型に重なった……これは、蛾だろうか?

一瞬の観察。しかしそれも大きな隙だったらしい。

もう一匹が僕の背後から腕を薙ぐ。障壁に衝撃を与えるというよりは貼り付けるような攻撃。

それから張り付き続けた蛾の群れが、障壁に沿って僕の視界を塞ぐ。

「……うっとおしい」

念動力を作用させ、その蛾の群れをはじき飛ばす。指向性を持って蛾たちは障壁に押しつけられていたようで、その勢いで潰れて落ちた。

水分のなく、乾いた音がなる。この蛾の特徴だろうか。

そして、開けた視界のその目の前で、大きな熊が喊声を上げて、僕よりも大きな樹木を僕に向けて振り下ろしてきた。

「っ……!!」

耐衝撃の障壁を張りなおしながら僕は身構える。

おかしい、こんな気配はなかったはずだ。先ほどまでいた人影に紛れていたようなサイズではない。

しかもこれは魔物!

打ち付けられた樹木が折れて、激しい音を鳴らす。それを待たずに狂ったように僕に齧り付こうとするその熊の涎が、僕の障壁を滴り落ちた。

「…………ガフッ……!?」

熊の頭を殴りつける。頭蓋骨の、硬い岩を殴ったような感触と共に、恐らく数トンは越える巨体が跳ねるように後方の樹木をなぎ倒しながら霧の中へと消えていった。

青嵐熊。

ネルグの浅層から中層にかけて生息する魔物で、旺盛な食欲を誇る。

常に水に濡れたようなその青い毛皮は魔力を帯びており、頑丈で刃物に強い。

身体も柔らかく、細い木のうろに畳まれるようにして入り住む性質がある。自分よりも小さな樹木の中のような、驚くほど小さなスペースで生活できる。その柔らかさは打撃も吸収してしまうために、頭や内臓などの急所を一撃で捉えなければ反撃の爪がこちらを裂く。

鬼ほどではないが、そうそう人里では見ないほどの大物だ。

明らかに、連れてこられている。……しかも、今となってはわかるが、先ほどまでは気配がさっぱり掴めなかった。これは、魔法の霧のせいだろうか。

まだ霧の向こうで静かになった熊がこちらを狙っているのがわかる。

だがそれよりも気になるもの。馬車の方から、足音が響く。

そちらを見れば、うっすらと人の輪郭が見える。そして姿を現したのは、やはり二人。

「アパガドス、先ほどの男は」

「捕捉してますよ。二十歩ほど後方、身を潜めている感じ」

霧の中から一歩踏み出した母子の母親が、先ほどまで消えていた御者のちょび髭に声をかける。

ちょび髭が軽く応えると、女が鼻を鳴らした。

「逃げたか。先ほど、勇ましい言葉を吐いていたくせに」

「さて、どうですかな……目はまだ死んでいない感じで」

「ふん……まあいい。助けを呼ばれると厄介だ。そちらはラピードルに任せて、カラスは私とシャードでやる」

「おお、怖い怖い。ではでは、私はいつものように……」

ちょび髭が笑うと、霧が濃くなる。そして煙に巻かれたように、二人の姿が一瞬消える。

姿を隠したか、そう思ったが、女はそのままそこにいた。

僕は指先で霧を弄ぶように撫でて調べる。一応霧には毒はないらしい。まあ、あったらレイトンはその中に入ろうとしないだろうけれど。

それでも不可思議な効果はある。『向こうにある何かを霧に巻いて隠す』とでも言おうか。既に存在がわかっているものは隠せないようだが、意表を突くような効果はあるようだ。

さて、どうしようか。

問題は目の前の一人と、未だどこに潜んでいるかわからない一人。僕らを囲む無数の敵影。敵影は、蛾で作られた人形と、青嵐熊。……他にもいるかもしれない。

そして、その全てが油断ならない。青嵐熊や蛾の人形程度に遅れを取る気もないが、まだ他に手がありそうで。

魔力圏を伸ばして探ればすぐにわかるかもしれないが、相手も魔法使いならそれもすぐに気づかれて対策されてしまうかもしれない。まあ、やってみても損はないかな。

幸いすぐに飛びかかってくるようではないので、索敵も兼ねて、レイトンの方が片付くまで時間稼ぎといこうか。

「……せっかく四人で来たのに、僕には二人ですか?」

煽るように言うと、女が得意げに目を瞑った。

「それでも充分だ。我らフラム様のお側役、四人揃えば聖騎士団一つに相当する。お前には充分だろう」

「それはまあ」

……聖騎士団の戦力と僕個人を比べたことはないので、正しく見られているのかそれとも見くびられているのかはわからないが、否定はしまい。

もっとも、とてもではないが充分とも思えないが。

「話を聞いていたならわかると思いますけど、僕今一人じゃないんですよ」

「知っているが、だからなんだ。先ほどの男もついでに消すさ」

「ついでに、ねえ……?」

僕は振り返り、レイトンのいるであろう方を見る。

正直五感ではレイトンの気配は掴めないが、これは霧の効果ではあるまい。そして、それとは違う感じの素早い影が、哄笑とともに縦横無尽に動いているのは感じられた。

「……もう、死んでなければいいですけど」

「命乞いならばそう言え。お前の身柄さえ手に入れば、先ほどの男は捨て置いてやってもいい」

ぽつりと呟いたが、その意味はやはり汲まれない。

「そうではなくて……今立ち向かってるもう 一方(ひとかた) の話です」

さっき、目の前の女が名前を言っていた気がする。覚えてないけど。

「ラピードルが?」

そんな名前だったっけ。まあ、多分もう会わないし覚えなくてもいいと思うけど。

「ありえないな。この濃霧の中、雷速で動く奴を捉えられる者がいるはずが……」

霧の中、また背後から影が現れる。

いや、影、ではない。実体があった。それも現れたどころではなく飛んできた。一抱えもない大きめの球状の黒い塊が、ドッという鈍い音を立てて土の上を跳ねて僕と女の間に落ちる。

ぐわんぐわんと揺れて動く。それに合わせて、細かなビーズのようなものが散りばめられ、細かく編まれた髪の毛が短くちらちらと光った。

女の顔色が変わる。

何が落ちてきたのか僕もわからず覗き込むが、すぐにそれが人の頭だということがわかった。

「……ソ……、……ソンテ……」

切り口を地面につけた生首が声を発する。

空気など吸えないだろうし、そもそも声帯など……は位置的に残ってるか。それでももう既に死んでいるはずなのに、やはり魔法使いはしぶとい。スヴェンほどではないが。

「ラピードル、お前……!」

「……逃げ……あいつ、当たら……ねえんだ、魔法使……消え……」

言葉を言い切る間もなく、くす玉が割れるように、男の頭がパカリと分かれる。

大脳が溢れるように地面に零れ、半球状になった側頭部がゴロンと地面で一度揺れた。

それを見ながら僕は索敵を終える。

敵影は十六。だが、ほとんどが魔力を持たない塊だ。それも人や何かではない。

「……魔物使いですか」

警戒のために身構えた女に僕は問いかける。

先ほど僕を襲った影の正体。周囲の敵影を読み取った結果、それは全て虫。

話していた蚤と同様、小さな芋虫や蛾などの羽虫が塊となり、人の形をとっていた。

それぞれが強化され、おそらく常人を殺すにはそれで充分すぎるほどの力があるだろう。それに加えて、数。今まさに、二つ増えた。集まった虫を使っているのだろうが、増えつつある最中だった。

熊は一頭だけ……かな? 本来は一頭でも騎士団が出るようなものなので、だけと言ってしまうのもあれだが。

僕は推測の言葉を続けてゆく。

「とすると、手としては……先ほどの男の作ったこの濃霧に紛れて、虫や魔物を嗾ける。仲間……あと二人は、その霧に紛れて僕らを襲う」

どうだろうか。どちらかといえば、個の強さよりも集団の強さを発揮するようなタイプか。

濃霧の中で正体不明の怪物に襲われて隊列を乱した人間が消えてゆく、となればたしかに集団にとっては脅威だ。聖騎士団に通じるかはわからないが。

だが、彼らは一つ失敗をしている。致命的なものを。

「……姿を見せたのは失敗でしたね」

油断していたのか、それともその程度しか考えていないのか。それはわからないが。

魔物使いの女。霧を使う男と共に、この四人の部隊では裏方に属する人間だろう。先ほどの雷の速度で動くという言葉を考えれば、既に死んだ男は武闘派。直接戦い、命を奪う係。

まだ一人残っている魔法使いはどういう魔法を使うかはわからないが、バランスを考えればそちらも同じだろう。係としては、多分霧に紛れて敵を狩るというもの。

ならば、彼女は裏方に徹するべきだった。指示を出していたということはリーダーなのかもしれないが、それでも魔物を使い、一方的に僕らに嗾け続けてくるほうが余程怖い。

レイトンも僕も、体力は無限ではない。彼女の魔力が潤沢にあるという理想論を採用すれば、兵たちを無限に出してくる彼女には消耗戦では負ける。

……もちろん、そんなことになったら僕はこの周囲を霧ごと焼き払うし、レイトンはレイトンでなんとかするんだろうが。

「……くっ……、……来い!!」

僕に言ったわけではあるまい。だがその言葉に合わせるように、霧の中から再び青嵐熊が姿を現す。影が踊り、押しつぶすような圧力とともに、僕へと飛びかかってくる。

それに合わせるよう、その頭部に回し蹴りを入れる。歯が砕け、頭蓋骨がひしゃげる音とともに、勢いをなくした熊が地面に落ちる。

転がって痙攣を始めた熊は、もう起き上がれまい。

「っ……!?」

「まず、一人……」

一人は相手をしてくれ、ということなので、この女だけでいいだろう。

頭蓋骨を歪めて首を締め上げるように念動力を作用させる。

「ふっ……あ……!」

だが、固い。まるでクッション越しに締め上げているような感覚で、頭を砕こうとしているのにそれ以上動かない。固定は出来ているのに。

……これは、スヴェンの時と同じか。魔力の反発。軽くやる程度では、固定は出来ても押しつぶすまではいけない。

魔法使い。やはり、魔力量はそれなりにあるらしい。

圧力を強めてゆく。それと同時に、酸素を遮断。これで、一呼吸する間に……。

「!?」

視界の端に現れた金属のきらめき。

それを躱すように身体を翻せば、視界の中で何度も突きが繰り出される。これは、細剣!?

突然現れた鎧姿の敵。その続く攻撃を、舌打ちをしながら避ける。しつこい連撃。まるで呼吸の間も置かないような。

地面を転がるように避けて距離を取り、その鎧の格好を確認した僕は、違和感に首を傾げた。

「ソンテ 姉(ねえ) ! この男はおいに任せるでござる!! ソンテ姉は、アパガドス兄と一緒にラピードル兄の弔い合戦をば!!」

「いけるか!?」

「任せい!!」

僕へ牽制の剣を向けながら、鎧男が魔物使いと話す。

その姿は別段おかしなところはない。……だが、この違和感は何だろうか。

霧の中へと女が消えてゆく。追おうとしたが、それを邪魔するように目の前の男が剣を振るう。その鈍い剣を避けながら……思い出した!

「……この前の……」

ええと、この前の。名前が思い出せないが、この前僕へと向けて決闘騒ぎを起こした男。

「覚えておられたか。ふはは、今度は不覚は取りませぬぞ!!」

名前は思い出せないが、この前の鎧の男が僕へ向けて見得を切る。

「さあ、勝負は二本目、決着をつけまょ……」

この前と同じく、その呼吸に合わせて酸素を遮断する。その見得のまま俯せに倒れていった男を見下ろすように、僕は立ち上がった。