軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

負けるに足る相手

「そういえば、この前の場所と違うんです?」

僕は歩きながらモスクに尋ねる。

この前、この街に戻ってきた直後に訪ねた場所は僕も知っている。

商工会議所。あそこであれば案内なども不要だし、モスクがわざわざ言うということは何か違うのだろうけれど。

言うとモスクは指先をこめかみに当て、少しだけ目を逸らしながら口を開いた。

「あー、まあ、爺さん死んでから、衛兵とかの手入れが入るとまずいと思ってな」

「……ああ」

そういえば。僕とは違い、モスクもグスタフさんの死の影響を受ける一人だった。

先ほど返金があったと話を聞いたのに、思い至らなかったとは。

「前にいた工房にとりあえず事情を話して籍を置いてもらってる。また新入りだし下っ端みたいなもんだけどさ」

「それで、現場監督?」

ちょっと印象が違う気がするが。下っ端が監督などしないと、現場で働いたこともない僕はそう思う。

どちらかといえば、現場で……恐らく何かを建築しているのだと思うが、その作業をして指示を受ける者のことを下っ端というのではないだろうか。

「何年か勤めてたところだし、気安く仕事回されんだよ」

モスクが髪の毛をかきむしりながらぼやく。

溜息交じりだが、辛くはなさそうだった。

「ちょうどよく、一昨日から建築始まった現場があってな。手が足りないってんで設計図と資材表と予定表を見せられて任された。実際はもう職人たちに指示通ってるし、俺見たところで特に指示出すこともないんだけどさ」

「やっぱり、建築系も仕事増えてるんだ」

鍛冶師や仕立屋と同じく。

建築系が増えるとなると、防壁や大がかりな兵器を作るということだろうか。カタパルトのような投石機はあると聞くが、平原の少ないそれを使うともなればこの辺りが戦場となる場合を想定するはずだけれど。

そう思ったが、モスクは首を振って否定した。

「も、じゃねえな。うちの……今の工房じゃ特に何も増えてるわけじゃねえし。ただの家の増築だよ」

「偶然か」

「全体的には増えてるんじゃね? 一番街じゃ矢除けの鎧戸をつけるって注文も増えてるらしいしよ」

モスクは何か言葉を続けたそうに口を開く。

だがなかなか言葉が出ずに、数歩の後にようやく声が出た。

「親方……俺がいたときの親方が現役なら、そういうのにも手え出したと思うけどな」

「へえ」

だが、言われても反応に困る。

僕はその親方とやらを知らないし。代替わりしたのは事実だろうが、以前のその親方の考えが柔軟だったのだろうか、それとも新しい親方が保守的なのか。その程度すら知らない。

「息子さんが新しい親方になったってんで、なんか上手く回ってないらしくてさ。仕事量は変わってないのに、仕事の振り方まずくて無駄な配置ばっかしてるし」

モスクは不満げに唇を尖らせる。

僕が聞いた限りでは珍しい、愚痴だった。

「慣れてないだけじゃ?」

「そうなんだろうけどな。でも、俺がいたときにいた人がもう二人辞めてた。だから余計忙しくなるし、そうするとまた仕事が詰まってくし、誰かまた辞めるんじゃないかって思うとなぁ……悪循環だよ」

「…………」

それはたしかに辛い。

今、モスクのいた工房は沈み行く船なわけだ。鼠が沈む船から逃げ出すように、人が逃げ始めている。……そんなところに身を寄せていて、大丈夫なのだろうか?

「……前の親方? に相談とか出来ないの?」

「隠居してるから出来ないわけでもないんだろうが……もう現場に戻る気が本人にないらしい。なんせ、もう目がほとんど見えないらしいから」

「眼病……年齢は?」

「六十過ぎだったかな? よく覚えてねえけど、もう年寄りだよ」

なんだろう。

年齢的に、白内障か緑内障か。網膜剥離とかも可能性はあるし、脳障害もある。これだけでは何もわからないけど。

だが、どれにせよ。

「それなら」

ふと考えて、声に出す。

「治せるかもしれない」

僕の言葉にモスクが立ち止まり、少しだけ目を見開いて僕を見つめる。

だが、僕は言ってから後悔した。その原因も、すぐに気がついた。

脳裏に、老人の微笑みが浮かぶ。

今の今まで若者だった男が、急速に老けていった光景が目に浮かぶ。

「…………」

モスクが黙る。しかしふと笑うと、力なく首を横に振った。

「いや。あの親方なら、治ってももう現場には出ねえよ。多分」

「そう……」

内心で、僕は笑う。

モスクの話の中で断片的にしかわからない親方の人柄だが、何故だかアブラムと重なる部分が見えた気がする。

いつもなら、嫌がらせに治すところだけど。

本人が望むのならば、と治療するのに。

今回は違うらしい。

もう、終わっているのだ。その親方の中で、仕事の人生は。

「ここだな」

モスクが立ち止まり、僕に一つの工務店を示す。

資材を運び出すためだろう、間口が広く、そして天井が高い建物。その中では三人の職人が黙って木材や石材を加工していた。

一人がこちらに気づき、腰を上げる。

手ぬぐいを頭に巻き、長袖の分厚いつなぎとエプロンと手袋を身につけた職人。石粉が入ったのか、左目が充血していた。

その彼が金槌片手に立ち上がったときに、モスクが半歩下がったのがよく見えた。

そして職人が、威勢良く啖呵を切るように食ってかかってくる。

「ごら、モスク、お前午後から現場の監督だろうが!?」

「すんません」

ぺこりと頭を下げるモスクがなんだか少し新鮮だ。

……いや、僕が考えるべきはそうじゃない。今モスクが謝ってるのは、僕のせいでもある。

「申し訳ありません。道案内してもらってるんです」

「あん?」

矛先が僕に向く。だが部外者だからだろうが、一段だけトーンが下がって見えた。

「……困るんすよ、今うち忙しいんで……」

「ああ、俺、今から行くんで……!」

その職人の矛先をまた逸らすように、モスクが叫ぶ。その様に、職人が溜息をついた。

それから、手拭いをずらすように頭を掻く。手袋越しで掻きにくそうだ。

舌打ちの音は、僕にまで届いた。

「しゃーねえ。時間には遅れんなよ?」

「わかってまっす」

ペコ、ともう一度頭を下げて、進行方向に向けてモスクは進む。それから振り返って僕を見た。

「んじゃ、俺はここでな! また今度!」

「うん。じゃあ」

僕も手を振り替えし、走ってゆく姿を見送る。

職人はまた溜息をついて、店の中へと戻っていった。

僕は一応その職人に会釈してからまた道を歩き出す。

まあわかった。ここにまた来ればいいわけだ。家が不要になった段階で。

早いところ片付けて、家を売りに来よう。

もっとも、片付けるようなものはもう家にないのだけれど。

本は頭の中に入れた。数着の着替えもいつも持ち歩いている。

いつも持ち歩いている背嚢にもう少しだけ荷物を増やせば、薬も薬の調合器具も持ち運べる。

……あとは、レイトンの都合だけど。

まだ出発の合図は出ない。もう先に行ってしまおうか。

そんな風にも、もう思えていた。

少し後。

道を歩き、家へと向かう最中。僕の背後から、大きな声がかかった。

「〈狐砕き〉と音に聞く! 探索者カラス殿とお見受けする!!」

僕ではないと思いたい。だが、明らかに僕の名前を口にしている。

周囲にいくらかいる人の視線が僕と、背後で声を発している男に集まる。男は注目されて当然だが、その言葉の指している対象が僕だとも知れ渡ってしまっていた。

僕は振り返る。

そこには、名も知らぬ男が、剣を手に板金鎧を身に纏って立っていた。

石畳に鞘の先をつけ、腰よりも高い位置に鍔がくる長くて細い剣。顔は見えているものの、頬当て付きの兜まで装備した重装備。

少なくとも、探索者の装備ではない。どこぞの騎士か。

僕が黙って視線を向けていると、男はニカと笑う。

肌の調子を見れば、僕よりも少しだけ年上だろうか。二十歳前くらいだとは思うが。その顎を覆う濃い無精髭が、より一層年上に見せていた。

「おいは西方より来たりてこの地で羽を休める一介の剣士! シャードと申す! カラス殿! ひとつお手合わせ願う!!」

元気のいい啖呵。体型は鎧に隠されて見えないものの、この分では鍛えられてはいそうな気がする。

だが、あまり相手にしたくなくて、僕はただ黙って見つめていた。自分が嫌そうな顔をしているのが自分でもよくわかった。

「…………」

「この街で最も強き者は誰か。その口に上る名前は様々でありましたが、その一つに貴殿の名がござった。おいは腕試しのために方々を旅してござる。是非ともその腕前、拝見しとうございますれば!!」

握りしめた拳で、シャー……シャード? という男が自分の胸を叩く。籠手と胸の鎧がぶつかり、金属質の鈍い音がした。

「……お断りします」

「何故か!!」

「僕は別に最強を目指してるわけでもないので……」

手にした剣で突かれ、ごつんと石畳が鳴る。

威嚇か、それとも拍子でも取っているのか。

身に纏った鎧はスティーブンと同じようなもので、迷惑度合いも同じようなものだ。

ごつごつと、剣が地面を叩き続ける。その度に周りの視線も僕に集まっているような気がして、思わず姿を隠したい気に駆られた。

「戦いを生業として、最強を目指さぬ者ありや? 否、断じて否!!」

「戦いも生業じゃないですし」

探索者は本来戦うことが目的ではない。そういう者もいるが、僕は違う。

「お帰りください。僕以外にも、強い人は大勢いますので」

レシッドでも勧めておこうか。酒場を巡ればどこかに必ずいるはずだ。他の色付きでもいい。オトフシの話では対人間専門もこの街に残ってはいるそうなので、きっと他にもいるだろう。

「挑まれた勝負から逃げると申されるか」

「お断りしてるだけです」

そもそも、いきなりの比武の申し出とは何だ。

武者修行中で、この街に来て僕に勝負を挑んだ。……何で?

いや、僕が噂に上っていたから。それはわかるけれど、それならスティーブンの道場へ道場破りでも行けばいい。僕とは違い、彼らは天下無双を自負しているのだから。

もう少しじっと見つめていると、男はちらりと周囲を見る。

ほんの一瞬。そして唇を少しだけ緩めた。

それでようやく、意図に気がついた。

武者修行は本当で、腕試しに僕に挑んでいるのも本当かもしれないが。

「重ねて問う! 勝負から逃げたととってもよろしいのか!」

なるほど。

「よろしいです」

その言葉が欲しかったのだろう。

男はまた少し唇の端を吊り上げると、もう一度地面を突いた。

「かの暴虐なる竜を打ち倒し、かの勇名ある〈猟犬〉レシッドを打ち倒したカラス殿とあろう者が! いや、仕方あるまい」

クフクフと笑みがこぼれている。僕に勝つことが目的ではない。『僕に勝った』という噂話が欲しかったのだろう。

「我が武名に恐れをなしたか! ……仕方あるまい。誰が呼んだかこの《 三孔(さんこう) 》、負けを知らぬ故な」

「そうですか」

納得してくれているのならば何よりだ。

僕の無駄に肥大化した武名も少々邪魔になってきたところ。この辺りで手放すのもいいだろう。

僕は頭を下げる。

「それでは、納得していただけたようなので」

振り返ると、僕らを取り囲んでいたような人々。数人残念そうな者がいるが、血でも見たかったのだろうか。

一歩踏み出せば、隙間だらけの群衆が割れる。物見遊山、楽しいだろう。

開けられた道を歩いて行く。囃し立てる声もないが、そうしたいような笑みも見つけた。

「しかし、この分では疑いは晴れぬまま。いや、もはや確定ではないか!」

楽しそうに先ほどの男が叫ぶ。

「かの魔法使いレヴィン・ライプニッツを打ち倒したという噂。偽りでござるな!」

僕はその言葉に足を止める。

何故だかわからないが、肩に誰かが手を乗せた気がする。

僕がまた振り返ると、勝ち誇ったように男が僕を見返した。

「何か」

「……武名を売るんですか? それとも義者として名を売りたいんですか?」

「知れたこと。正しい行いをしていれば、どちらの評価も世の者が決める筈。おいはそのようなもの、どちらも求めてはおりませぬ」

求めてないような行動でないから言ってるのに。

穿ちすぎかもしれないが、この時期、有名になろうとする者の理由は大抵決まっている。

近々起きる大きなイベント。戦争。

そこに好待遇で関わりたいのだ。彼は。

「僕が勝負から逃げたから、自分は強い。それだけ言えばいいのに」

なのに、レヴィンを倒したという僕の業績はないものとした。どちらかといえば、嘘つきだと貶めている。

それは僕の強さの否定であり、そしてこの茶番劇の効力をなくす行為だ。

欲張りすぎだ。

僕の嘘を暴いた正義のヒーローの立場まで求めるなんて。

正直、嘘ならもっと上手い人がいっぱいいると思う。

「嘘つくの、やめたほうがいいですよ」

ゴ、と男の剣が石畳を割る。もう先ほどの笑みはなかった。

男に睨まれるが、見回してみればまばらにいる群衆も半々といったところだろうか。

半分はどちらかといえば僕が悪いと思っている。そしてもう半分はよく理解していない顔。

まあ、元々アウェーだ。仕方あるまい。

「……嘘でも、僕に勝つんだったらもっと良い人がいいですね」

僕は引き返すように一歩踏み出す。その行動にたじろいだように、男は剣の柄を両手で握りしめた。

「気が変わりました。お相手します」

石ころ屋の気持ちが少しだけわかる。

負けるなら、それに相応しい人がいい。どんな人がいいのかもわからないが、とりあえずこいつではない。

「…………。お相手つかまつる」

「貴方の望みは半分叶えてあげます。僕を相手にして、戦う」

考えてみれば、この行動もムジカルにいたときにしていたことだ。

戦いの場に出た者に、きちんとチャンスを上げたい。

ランメルトを姉の下に連れて行ったように。

男が剣を構える。

構えから見れば、エペ……だっけ? まあ、フェンシング、あのような突き主体の剣術らしい。

僕は武器はないが、構わない。眼鏡を少しだけ持ち上げて位置を直し、両手を下ろす。

もとより剣を交える気はない。

「見事、掴み取れるといいですね」

上から目線。だが、彼はどう見ても格下。その鎧の重みに負けて下がった剣の先が、そう告げている。

男が一歩すり足のように踏み出す。

闘気もなしに、使えないのか、使わないのか。

半身(はんみ) にしながら突き出された剣は、まっすぐに僕の心臓へと向かってくる。

半歩退き、その剣を躱す。リコの作ってくれた外套。この程度で穴が空くことはないが、それでも念のため。

男が剣を引く。

そして、もう一撃。それを繰り出す前に、男が剣を取り落とし、剣を引いた勢いで後頭部から地面に激突していた。

観客から小さな悲鳴が上がる。一つの怪我もさせてはいないはずだが。そう思い、声の方をちらりと見れば、中年女性がそれでまた小さく引きつったように声を上げた。

歩み寄ってみても、地に倒れた男は白目を剥いたまま呼吸以外微動だにしない。

魔法による酸素の遮断。

相手が呼吸をするまで待たなければいけないが、効果は覿面らしい。

僕はそれを確認し、また振り返って歩き出した。今度はここから離れるために。

だが、そこに立ちふさがる影が一つある。

大きな男。僕よりも少しだけ。

見下ろすようになった男の顔を見て、僕は首を傾げる。

「……何ですか?」

「…………」

僕が尋ねても、口ごもるように男は何も言わない。そして、じっとその顔を見つめていると、目を逸らして道を空けた。

男に呼びかける声。治療師を呼ぶ声。

そんな声や、僕に突き刺さる視線を背に、僕はその場を立ち去るべく歩き出す。

急に、周囲から人が消えた気がする。落差でそう感じるだけだが。

そんな景色を見ながら、僕はぼんやりと歩いていく。

そういえば、この前服に使っていた飛魚。

あの血は防刃効果もあるが、頭には母乳の出を良くする他、眼病への効果もあったはずだ。

手に入れて、モスクの親方の薬でも作ろうか。

血だけではなく丸のままの魚は生では厳しいが、乾燥させたものならば取り寄せることが出来るだろう。頭を使った後、体も煮出せば良い出汁が取れるし。

そうだ。そうしよう。

レイトンの残務整理を待つ間、まだ数日あるだろう。

まだ背中に伸びている視線を忘れるように、僕はそんなことを考えていた。