軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

墓前にて

「……おう」

ハイロは、微かに小さく呟くように挨拶をする。僕が会釈を返すと、僕の横にいるレイトンに目を向けてまた小さく会釈をし、グスタフさんの墓に歩み寄ってきた。

横に避ける。ハイロはまっすぐにグスタフさんの墓の前まで来ると、しゃがみ込んで墓石に右手を置いた。

それから数秒。

目を瞑り、黙祷して、土についた鞄の底を払いながら立ち上がった。

僕の方を向いた顔はいつものような顔。

だが、わずかに唾を飲み込んだ。その感情はわからないが。

「ちょうど良いとこで会ったな」

「そう……っすね」

いつものように応えようとして、途中で言葉を切り替える。リコに言われたこと、今思いだしてよかった。

詰まったような言葉に怪訝な顔をし、噴き出すようにハイロは微笑む。

「……なんだよ、いつもと違う感じだけど」

「リコに許して貰う代わりに、口調を変えろと言われたから。少し違和感あると思うけど我慢してほしい」

……相変わらず、口調が定まらない。というか自分でも誰の真似かわからない。

「まあ、いいけど」

そんな内心を見透かしたように、ハイロは小さく地面を蹴って土を掘った。

ハイロがレイトンの方を向く。

また会釈すると、困ったように頭を掻いた。

「申し訳ないっすけど、……二人にしてもらえます?」

「唐突だね」

ヒヒ、とレイトンが笑う。だが嘲笑うようなその笑い声にもハイロは笑みだけで応える。

レイトンは横を見て小さくつまらなそうにため息をつくと、いつもの笑みでハイロを見た。

「はいはい」

それからポンと手を叩くと、煙のように姿を消す。

正直僕も見失ったが、近くにいた小鳥を見ると、意を汲んでくれたのか『あっちだよ』と教えてくれた。

ハイロは完璧にまだ見失っているだろう。

だが、人が突然消えるという目の前の不可思議なはずの現象に驚きもせず、ただ「やっぱりそっち側か」と僕にも聞こえないように呟いた。

レイトンは姿を一応消した。

ハイロのお望み通り、二人きりになったわけだがハイロは口を開かない。

ただ僕を見て、何かを喋り出そうとしているのだけは、ぐにぐにと動いている唇から伝わってくる。

わざわざ人払いまでしたのだ。何か話があるのだろう。

それも、ハイロからは切り出しづらいこと。ならば、先にこちらから口を開こう

「そういえば……昨日はありがとう。後始末をしてくれたみたいで」

「……後始末って程じゃねえよ」

「いや。後始末だよ」

僕が禁忌を喋ってしまったことに関しての、治療師への取りなし。……まあ正直、後でモスクに聞いた感じでは何も解決はしていない様子だけれど。

それよりも、僕が無意識に突き飛ばし、怪我をさせるところだった男への取りなし。そちらは確実に世話になった

「俺は、ちょっと話をしただけだ。あいつらみんな、気の良い奴らなんだ。本当は、お前が怪我を治せるって知ってたら、邪魔なんてしなかっただろう」

「…………」

知ってたら。その言葉で少しだけ頭のどこかが冷えた。

切羽詰まった状況だったとはいえ、モスクの言葉は聞かなかった奴らだと、僕は知っている。

だが、ハイロの言うこともわかる。

そして、なんとなく責めているのも。ハイロがその気がなくとも、無意識に言葉に込めている譴責が少しばかりわかる。

「な。あの後、どこ行ったんだ?」

「……それは……」

僕は答えようとして言葉に詰まった。

どこから話せばいいだろうか。どこまで話せばいいだろうか。

言葉に詰まる僕に構わず、ハイロは首を振り、そっぽを向く。

「言えないのか、言わないのか知らないけど、多分、俺の想像通りなんだろうな……」

「……だと思いますよ」

悲しそう……でもないか。多分、どちらかといえば残念そうな声。

その声に、僕も少し戸惑い、それから言えなかった自分が可笑しかった。

あのとき、グスタフさんの前で想像したのと同じ。

人を殺したと、胸を張って言えなかった。

あいつらを殺したことを考えても、未だに胸は一切痛まないのに。

ハイロが笑顔を作る。精一杯のアルカイックスマイル。

本当は笑えていないことがわかる。きっと、未だに笑顔が下手なのだ。

「あの後さ、俺、思ったんだよ」

「何をで……何を?」

「やっぱり、住む世界が違ったってことを」

ふとハイロがグスタフさんの墓を見る。

怯えているようにも見えない。だが、気にしていた。

「俺ははじめ、職場の人に『お前の知り合いが矢で撃たれた』って聞いた。そんときさ、俺はまずお前を想像したんだ。撃たれたのがお前とも誰とも言われてねえのに」

僕と目を合わせようとしない。言葉は明瞭で、震えもないのに。

「笑えるだろ。お前なら撃たれてもおかしくないって思ったんだ。リコが撃たれたって聞いてからも、お前の間違いじゃねえかなんて思ってたんだよ、俺」

「……はは……」

笑い話でもないが、僕は作り笑いを返す。

口にすべき言葉がわからなかった。

「リコが弓で狙われたなんて想像できなかった。お前とモスクの顔を見て、ようやくなんとなくわかった」

「……仕事の問題でしょう。リコは仕立屋。僕は探索者。弓……武器といって想像するのはどちらかといえば、間違いなく僕ですし」

「そうだよな。リコはもう、……多分俺も、そんなことになんねえんだよ」

そうだろう。

仕立屋と……ハイロの職業は未だによくわからないけど、多分小間使い的な役職。

きっと、本当はもう荒事になど関わらない。血を見ることなどほとんどないはずなのに。

それを、僕が関わらせてしまった。

責められているわけではないにしろ、改めて自覚してしまい、目の前が暗くなった気がした。

「……俺は、まだ死にたくねえ」

「ええ」

当然、と僕は頷く。

そうだろう。この前の話しの通りでは、まだハイロは長生きを望んでいるはずだ。

きっとそれが生物としては当然の話なのだ。

獣としても、人間としても。

ハイロの言いたいことがわかってきた。そして、予想がついた。この会話の結末も。

「お前は友達だよ。多分、ずっと」

「……そうだったら嬉しいけど」

僕の答えに、ハイロが困ったように笑う。

そして頬を掻いて一瞬黙って俯いた。

一瞬が、長い沈黙のように感じる。この街ではよく聞こえてくる誰かの叫び声が、耳に大きく響いた。

「でも、もうお前と関わっちゃいられない」

「…………」

僕は内心笑う。

自嘲だろうか。その内心の笑みの理由はわからないけれど。

だが、思った通りの言葉だった。多分、僕も薄々思っていたこと。

「お前は魔法使いで、腕っ節も強くて、凄い奴だよ」

「そんなこと……」

「でも俺は、魔法も使えないし腕力も弱い。頭も……まあ悪い」

ハイロの自虐。たまに聞いていたはずなのに、今日は真に迫って聞こえる。

上げた顔には清々しい笑顔が浮かぶ。もう大人のハイロが、また大人びて見えた。

「住む世界が違うんだよな、やっぱり。俺たちと、お前は」

「……同じ場所に住んでますけど」

「お前の話、面白かったよ。違う国の違う場所の話。変なものとか綺麗なもの見て、いろんなところ歩いてきたんだろ?」

ざ、ざ、とハイロの靴が土を掘る。

掘り出された瓦礫が蹴飛ばされ、僕の足の横を通っていった。

「でも俺には、それは出来ない」

「出来る人のほうが……」

「俺のほうがよく知ってることもあるよ。今売り出し中の酒場の踊り子。お前は一人も言えねえだろ。……それと同じだ。同じところに住んでたのに、俺らが道をのろのろ歩いている間に、お前は馬車に乗ってどっかにいっちまった……鳥みてえに、飛んでいっちまった」

言葉を切り、ハイロが周囲を見回す。

視線と仕草から、多分レイトンを探しているのだろう。今更ながら。

「お前と同じ場所に行けるのは、たぶんさっきいた男みたいな奴だけなんだろうな」

だが、当然見つからない。

実際には石ころ屋の玄関の辺りで待っているようだが。店一軒の距離。レイトンの腕前も相まって、ハイロにはわからないのだろう。

ハイロは、諦めたように首を振った。

「初めて見たけど、爺さんの知り合いだろ?」

「部下……っていえばいいのかな? そんな感じの人」

「どうせ、俺なんかじゃ手も足も出ないような人だろうな」

……まあ、そうだろうけど。

多分、ハイロが武器を持って、レイトンが素手で、といっても敵わないと思う。目隠しをして貰っても無理だと思う。

そしてそれこそ、レイトンも僕も、きっとハイロにとっては似たようなものなのだろう。

「お前はきっとこれからも、そんな場所で生きていくんだろ?」

「……さて、どうだろう」

僕は目を瞑り、ため息をつく。『そんな』場所。その言葉の意味を思い浮かべて。

魔物や人を殺し、その日のご飯を食べる。求められ、魔物や人を殺し手を血で染める。そんな生活。

僕とて、そんな生活を望んでいるわけではない。ただ、歩き回るのに便利だからしているだけだ。

畑を耕し生きていくことは出来ると思う。他にも何か、出来ることはあると思う。

けれど今のところ定住を望んではいない。それだけの理由で、続けているだけだ。

そして、定住したくない場所も出来た。

他ならぬこの副都。皆綺麗な顔をした街。綺麗なフリをして暮らしている街。

……それはきっとこの街に限らないことだけど。

「俺は命は惜しい」

目を開けば、それを待っていたかのようなハイロの真面目な顔が正面に見えた。

もう笑顔はない。

そして一度閉じた口を開く。

「だから、さよならだ。今日限り、お前とは会わない」

……予想に違わぬ言葉。結末。

負け惜しみのように、僕は苦笑した。

「そう、ですか」

それだけ言って、何も返せず口を閉ざす。

咎めることは出来ない。リコが僕と関わることを選んだように、ハイロも選択したのだ。

その行動は、リコと正反対だったようだが。

その意図も、理由もわかる。

僕に痛みはないのに、痛いほど。

「この街にいるときには、多分道で会うこともあるだろう」

「…………」

「でも、もう話しかけるな。俺は、お前に話しかけたりしないから」

…………。

なんと言ったらいいかわからずに、僕は立ち尽くすように黙る。

その意図も理由もわかる。理性で、否と言うことが出来ない。

……いいほうに考えれば、これでハイロ相手の口調を迷うこともないのだけれど。

それでも。

口をわずかに開き、絞り出すように言葉にする。

「……努力します」

「頼む。……じゃあな。俺、仕事あるから……」

ボソリと呟いて、グスタフさんの墓に一礼して、ハイロは踵を返す。

そして後ろを向いたまま手を振ると、振り返らずに歩いていく。薄暗い石ころ屋の陰から、表の通りへ。

僕はどうすればいいのだろう。

昔読んだ本のように、べートオフェンのマスクでも叩き割り、涙を流して嘆けばいいだろうか。

僕とハイロの道は、これから行き会うこともないかもしれないのに。

……すると、僕は淋しさに、これからもずっと一人で耐えなければならないということになるけれど。

ハイロの影が消える。

入れ違いに戻ってきたレイトンの顔に、どこかほっとしている自分がいた。