軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

あんまり俺を

千切ったパンくずを掌に乗せて差し出すと、律儀にも一羽ずつ一口啄んで持っていく。

頬の赤い小鳥たちが三羽、四羽と来て、もはや先ほどあの男の捜索に当たってくれた鳥たちよりも多いようだがまあ構わない。今度また何か頼むかもしれないから。

口にパンを咥えたまま、器用に『またねー!』と元気よく鳴くと、雀たちは思い思いに散っていった。

僕が買ったパン屋では、朝昼夕と三回パンを焼く。今回買ったものは、雀たちには申し訳ないが朝の売れ残りだ。

そのおかげで安く鉄貨一枚で買えたバゲットのようなパンだが、元々固い上に昼過ぎということで更に少しばかり固くなってきている。

半分ほど残ったそれを僕も口に入れて千切ると、皮が裂けてバリバリと音がした。

水分もないが、咀嚼し強引に喉の奥に押し込んでいく。

固いスポンジのようなものが食道を通り、噴門を越え、胃の中で解けていくような感覚を感じてから、僕は歩き出した。

そこまで動転していたのか。

リコが今どこにいるのか僕は知らない。治療院か、それとも商店か、自宅か。

見舞いに行くと言った。それなのに、どこにいるかも聞いていないとは。

立ち止まって、流れていく人の動きを少しだけ眺める。

人が今まで歩き続けて、傷み不規則にへこんでいる石畳。その上を、人の群れが何かの規則性のもと歩き続けている。

ここ副都イラインはその人口もあってか、昼に外に出ている人が多い。先ほどの雨が上がったからだろう、消えていた人混みもすっかり元通りだ。

大通りでは、通り雨だとわからずに早々に荷物を片付けてしまった露店が、また再開しはじめている。

わずかに残っている水たまりを避けるように、ぽつんぽつんと。

とりあえず訪ねたリコの服飾店。

その工場に、もうリコはいるらしい。手近な職人に尋ねると、その自分のスペースにいるという。先ほど訪ねたことを覚えていたようで、忙しそうにしている職人は案内することもなく『どうぞ』と中へと僕を促した。

道中の職人たちは僕を気にすることなく作業に没頭している。

手元の布を裁断し、チャコペン代わりの白墨……語源からするとそのままチャコペンでよかったんだっけ、その線に沿って針が動く。

機械でもないのに綺麗に縫い目が揃い、瞬く間に布が繋がっていく。

服一枚でも、多くの布が使われる。前後の身頃に袖、襟、裏地、表地、それぞれ違った変わった形のものが縫い合わされて、一枚の衣服になる。

僕にはそんな技能はない。けれども、目の前で数枚の布が形になっていくのを見ていると、それが魔法の技能のような気がした。

リコのスペース。

先ほど僕が訪れた場所だが、ほぼ変わりはない。

ただそこにいる人物が二人になっており、そしてそのうちの一人を見て、僕の足が一瞬止まったのが数少ない違いなのだろう。

椅子に座って談笑していたリコが、僕を見つける。

いつもと変わらない微笑み。だがその血色は、少しだけ悪くなっていた。

「あれ、カラス君、来てくれたんだ」

「……もちろん」

いつもと変わらない言葉。その心中は推し量れないが、きっと僕に気を遣ってくれているというのは僕にもなんとなくわかる気がする。

一緒にいたモスクも、僕を見て「おう」と一声発した。

「体の具合は、どうですか?」

「もう全然平気だよ。倒れるときには、『死んだ?』と思ったけど」

ふふ、と笑う。男性だと思っていたときにも柔和な顔だと思っていたが、女性だと思えば更にそれなりに女性的な柔らかい笑顔に見えた気がする。

「傷跡も残ってないし、起きたら全部元通りになってて、逆にちょっと違和感」

「……よかった……」

それでも、とりあえずほっと一息つく。

後遺症はないはずだ、とは思っていても、やはり心配にはなる。自分にしかわからない類いの身体の不調は、僕には読み取れない。

「君が治してくれたんだって? 二回目だね、俺を助けてくれたのは。ありがとう」

「……お礼を言われる筋合いなんてありません。今回は、僕のせいです」

モスクが黙って小さくため息をつく。

今回の事故は、全て僕のせいだ。それを元通りにしただけで、しないほうがきっと道理には適わない。

「ま、仕方ねえわな。つーか、目の前にいたならまだしも完全に間違われちゃどうしようもないし」

モスクが頭の後ろで両手を組み、のんきな声でそう口にする。僕を庇うような発言。リコの表情からしても、それに異を唱えたりはしないらしい。

けれど、異を唱えたい人物は他にいる。

他でもない。この僕が。

リコが、何かに気がついたように僕の後ろに視線を向けた。

「ねえ、リコちゃん。さっきも言った仕事の割り当ての調整なんだけど……」

リコのスペースに近づいてきた人間がもう一人いる。

僕の後ろから、ゆっくりと。僕もさりげなく振り返る。だが、少しだけ違和感を覚えた。

口調からして女性かと思ったが……。

「ああ、大丈夫です、全部予定通りで……!」

「……そう? 無理しなくていいのよ? 稼ぎ頭を無理して潰しちゃあたしの沽券に関わるもの」

僕とモスクを通り過ぎて、リコに歩み寄る。少しだけきつい香水の匂いだった。

細身で長身の美丈夫。短い髪をいくつかの房に分けて立たせたような派手な髪型。濃いめの口紅、頬紅。……多分、身体的には男性だこの人。

持っている書類をちらりと見れば、詳しくはわからないが内容は各職人が提出する生産物のノルマといったところだろう。

「あら?」

そんな、多分上位職らしい人物を見ていると、目が合った。

僕を見て、顔を見て、それからほんのわずかに身を引いて焦点をぼかすようにして。

一瞬で終わった作業だが、値踏みのようなものは済んだらしい。

「……素材は悪くないのに、台無しね」

「…………」

なんと答えて良いかわからず戸惑っていると、職人はフンと鼻を鳴らした。

それから興味を失ったようにリコに視線を戻すと、確認するように書類を捲った。

「じゃあ、頼んだけど……本当に無理しないようにね。 土手っ腹を撃ち抜かれてんだから、あなた」

「もうすっかり元通りですし……」

「ほんとう、一途なんだから。なのに、災難よねえ……人間違え……なん……て……」

しなを作り、頬に手を当てて嘆くように言う職人。

だが、その言葉が止まった。

目を見開く。

空気が少し緊張したのがわかった。

職人が僕の方を向く。鋭い目つきに、歪んだ唇。

「あら、そう。そうなの」

言葉はリコに向けて。だがその敵意は明らかに僕に向けて。

踵を返す。勢いで、書類がバサリとめくり上がったのも気にせず、わずかに肩を震わせた。

「仕事はきちんとしなさいよ。それから……付き合う友達は選ぶことね」

「あ、あの……?」

リコが何か言いかけるのに聞く耳を持たず、つかつかと職人が歩き去って行く。

静かな説教の言葉は、他の職人の耳にも届かなかったらしい。

「……すまんな」

モスクが突然謝罪する。何に謝っているのか、すぐにわかって僕は首を横に振った。

「本当のことです」

「口を滑らせたのはハイロだし、気にしないでいいよ。カラス君も」

「いいえ」

リコの補足に、大体の事情を察する。

僕とモスクを間違えたという理由。それをモスクがハイロに話し、そしてハイロがあの職人に伝えたのだろう。口を滑らせた、ということは不可抗力だろうが。

だが、本当のことだ。

リコは僕との付き合いがあったから被害に遭った。僕と関わらなければ、……。

リコの方を向く。ようやく真正面から目を見られた気がする。

「ごめんなさい。僕のせいで、迷惑をかけました」

頭を下げる。

本当は足りないだろう。頭を地面にこすりつけて、泣いて許しを請うべきだろう。

「撃ったのはどこの誰かも知らない奴でしょ? カラス君が謝ることじゃない」

「……それでも、僕がいなければ」

その僕にももう素性がわからない『どこの誰かも知らない奴』は、僕がいなければ現れなかった。

「戻ってくるべきじゃなかったんです。僕は、ムジカルにいればよかった」

「そんなことはないって」

「僕が来たから、もう三人が死んだ。いいえ、僕が二人殺した。そして一人死ぬところだった」

全て事実だ。僕はそこにいるだけで争いを蒔く。僕の意識的な行動に、無意識の行動により。ならばやはり、いっそのこと。

「でも、俺は生きてる。無傷で、普通に」

「それも、僕が……」

「そうじゃないよ」

一転した、断固たる否定。強い口調に僕は顔を上げる。

とても真面目な顔だった。

それからニ、と笑うと、手近にあった引き出しから何か布の固まりを取り出す。

編みかけの……アームウォーマーだろうか。ただし、毛糸などではなく伸縮性のある細い糸を使っているようだが。サポーターに近いか。

その編みかけの何かから繋がる糸の玉。その間に伸びた糸を軽く指で弾き、リコは言う。

「ねえ、この糸、引っ張るとどうなると思う?」

「……まだ止めてないので……解けると思……」

「そう」

ビー、と勢いよく引っ張れば、筒状の構造物の断端が三周分ほど解れて伸ばされる。

癖が付いて縮れた糸を引き延ばして、何度か強さを確かめるように弾いた。

「繋がってるんだよ、全部」

「…………」

「俺が生きてるのは君のおかげだよ。……もう十年くらい前?」

「……三日熱、ですか」

その時のこと。そんな昔のこと。

「あのとき俺は死ぬところだった。ハイロには薬は手に入れられないし、グスタフさんからも力を借りれなかった」

懐かしい。薬となる魚を集めるのも、僕の生業の一つだった時期だ。

そうだ、あのときから……。

「君がいなければ、俺はあのとき死んでた。君と俺が今関わっているのは、俺が生きているから、もっと言えば、君がこの街にいてくれたからだよ」

机の上に置かれた編み物が、音もなく形を崩す。

「俺は貧民街の生まれだ。君と関わって、俺はここまでやってきた。君が俺に関わったんじゃない。俺が、君と関わることを選んだんだ。今回はその結果。だから今回のも、君のせいじゃない」

リコはため息をついて、深く椅子に腰掛ける。それから場違いな不敵な笑みを浮かべた。わずかな怒りも感じるほど、堂々とした態度で。

「あまり俺をバカにしないでよ。君と関わったのが間違いなら、俺が間違えたことになるし」

「詭弁じゃないですか」

「あと」

指が僕に向けられる。笑みを崩さぬまま。

「あまり、俺の友達をバカにしないでくれると嬉しいな」

「…………すみません」

リコの、多分嬉しい言葉。その言葉に何かしら心が反応する。

だが、それが何かは上手く言えない。そして返せない。

とりあえず謝ることしか出来ず、僕はもう一度頭を下げた。