軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

見当違い

コホン、と咳払いをしてから紙燕が僕の腕を駆け上る。

折り紙の体に咳払いなど必要ないだろうに。しかも鳥はしないであろう仕草をとらせるなど、オトフシも驚いたのか。

レイトンと反対側、僕の左肩にオトフシが上ると、耳元で紙がひしゃげる音がするように鳴った。

透明化を解けば、レイトンの目が僕たちに焦点を合わせる。それからレイトンは笑顔を強めてにこりと笑うと、音もなく一歩僕らに歩み寄った。

「久しぶり。その様子だと、二人とも元気だったみたいだね」

「ええ。お久しぶりです」

「……フン」

社交辞令的に僕が応えるが、オトフシは鼻を鳴らしてそっぽを向く。そんなに険悪な仲だったっけ。

いや、多分この仕草は恥ずかしがっているだけだ。この鳥の動きが本物を模しているのならば、おそらく。

「よく、僕たちがここにいると」

「むしろそれはぼくの側から言いたいことかな。なんで、ぼくがいることに気がつかなかったのさ」

気がつきましたね、と続けようとした言葉を遮り、ケラケラとレイトンは笑う。

彼も三年前と比べて一切変わってはいない。肌の艶もそのままに、相当な年齢であるだろうにも関わらず目尻の皺も髭もなく、まるで少年のような青年。

外見年齢だけを見れば、追いつきつつあるのではないだろうか。まだまだ僕の方が若いというよりも幼いが、それでもあと十年もすれば、おそらく同じくらいに見えると思う。それまでに、僕の成長が止まらなければ、の話だが。

「オトフシの紙燕が不自然に消えた。そこに誰かが介在していることは一目でわかるし、その誰かだって簡単にわかることだろ?」

「そこからでしたか」

僕は感心する。レイトンは今現れたのではない。最初からいたのだ。

僕のそんな態度を無視して、レイトンは僕の肩の先を見て、それからまた僕を見る。

「オトフシが来ることは予想してたけど、きみがいるとは思わなかった。それで? きみは何をしにここへ来たのかな?」

「見物です。何か起こると、昨日オトフシさんに教えてもらったので」

「ヒヒヒ、見物ねえ? なら楽しかっただろ? 他者の人体の強制的な変質、あれも魔法の再現らしいけど」

「へえ……」

僕はもう一度地面で崩れ去った死体の跡を見る。それに合わせるよう、レイトンも屋根から身を乗り出して眉の辺りに手をかざして目を細めた。

強制的な変質……。レヴィンの《魅了》や、それに対する僕の修復作業のようなものだろうか。僕の方は元の形に戻すだけだし、《魅了》も脳の変成だけだからちょっと違う気もするけれど。

《魅了》ではないが、ムジカルにも何人かそういう魔法使いがいた。

指先を向けるだけでその先にいる生物が塩に変わる魔法使いや、指で触れた皮膚の色を好きなように変える魔法使いなど。よく考えてみれば、今回エウリューケが使ったのはそれらの亜種か。その作用が過激で、劇的なだけの。

「特等治療師エンバー・スニフクスの《形質崩壊》。本物はもっと強烈らしいけどね」

「……どこかで聞いたことあるんですが……」

レイトンの言葉に、僕はその名前の人物を思い出そうとする。どこかで聞いたことがある気がするが、誰だっただろうか。……と思ったが、すぐにわかった。

魔法使いで治療師。それはこの国でもかなり珍しいはずだ。

紙燕が生命を取り戻したかのように口を開く。

「この街で唯一の魔法使いの治療師だな。今は一番街の治療院院長を務めているはずだ」

「多分、昔見たことがあります。すごく不健康そうな顔色の……」

病人のように青ざめた肌だった気がする。たしか、内臓破裂の子供の治療をするのを目の当たりにしたと思った。その時も、その場にいた他のどの患者よりも不健康そうに見えた。

「奴は昔から あ(・) あ(・) だよ。それでいて、あれでこの街の誰よりも優秀な治療師なのだ」

「……エウリューケさんよりも?」

「そこは比べるべきではないね。どちらかといえば、彼女は治療の業を使う魔術師、エンバーは治療師だ。治療師としてはエンバーの方が有能なんじゃないかな」

優秀、という言葉に反応して僕は思わず反論する。だが、レイトンはそれを一笑に付した。

「エンバーは理想主義の実践派、エウリューケは現場主義の理論派。そう言ってもいいね。研究ではもちろん、我らが石ころ屋の誇る彼女の方が有能だよ。彼女びいきなきみには、そう言っておいてあげる」

「それはどうも」

後半のからかうような口調に、僕はそれ以上のことは言えず口を閉ざす。比べられるものではないのだろう、それは了解した。

「それで? 見物? きみは今日もただの傍観者だというのかな」

レイトンが振り返り、僕を嘲るように笑う。僕の言葉が嘘だと断じている口調で。

「そうですね。何もすることはなく、ただ見にきただけの観客です」

だが、やはりそれは事実だ。僕はオトフシに石ころ屋で何か騒動があると聞いて、ただそれを見物に来ただけの観客だ。

演目は石ころ屋への襲撃。それも終わり、僕のような無関係な者は、もう拍手でも残して立ち去るべきだろう。

「観客、ねえ。劇でもたまに、即興で観客を巻き込むこともあるけど」

「……何の話ですか?」

意地悪く笑うレイトンに僕は聞き返す。なんか嫌な笑みだ。

「今回のは即興というわけでもないよ。石ころ屋に、エウリューケ。それに連なる襲撃先は、それだけでは終わらないということかな」

「僕が関わることになると?」

レイトンの言い方的にはそうだろうが、それは何故……。

だが僕の問いには答えず、レイトンは視線を外す。

「復讐っていうのは嫌なものだよね。何も生まない間違った行為だ」

「…………」

「きみは大きく育って帰ってきた。やはり子供はいいね、少し見ない間に大きく成長する。とても、とても好ましい」

ふと気配を感じて、三人揃って空を見上げる。そこから降り立った一羽の鵲は、僕をまっすぐに目指していた。

その鵲を指先で受け止めるように止まらせると、その足にはまた書簡が結びつけられていた。これは、探索ギルドからの連絡か。

「でも、変化というものは同時に恐ろしい。変わってしまったものは、以前と同じには受け取られない。それだけで恐怖になるかもしれないし、そしてその恐怖は簡単に人を誤った道に導くんだ」

レイトンが、手振りでその手紙を見ろと示す。小さく筒状に丸められたそれを開くと、オトフシの紙燕も僕の肩に乗ったままそれを覗き込んだ。……一応、僕への手紙だと思うんだけど。

『注意せよ。本日朝方放たれた、二人の猟師あり。』

文面はそれだけ。もともと、探索ギルドからは必要最小限の情報しかこないけれど、これは……。

「猟師……」

誰を、とはいえない。その狩猟の対象は多分僕。そして、猟師というのもそのままの意味ではあるまい。

「……なるほどな」

オトフシが小さく頷く。耳元が少しこそばゆい。

「さて、きみはこれからどうするのかな? きみも観客席から舞台に上げられた。役にのめり込んで、ただの観客を本物の敵だと思い込んだ哀れな犠牲者役によってね」

「どこで……。……あのエウリューケさんの犯行現場でしょうか」

「だろうな。見当違いも甚だしい。悪意すら感じるよ」

あまりのことに僕がため息をつくと、オトフシの吐息が耳にかかる。……この紙燕、どこから息してるんだこれ。

「まあ、探索ギルドを通さない闇依頼だろう。金額次第だろうけれど、それでもギルドを通せばこんな馬鹿なことは出来ない。それに、色付きのきみを狙わせる愚策もないだろうし、依頼できるほどのそんな財産も残ってはいないさ」

「狙われているのはグスタフさんの他に、エウリューケさんと、僕……ですか」

「それにニクスキーもぼくもだよ。安価で雇える馬鹿な奴らしか来ないけどね」

レイトンから血の臭いはしない。それでもその言葉を聞いたとたん、少しだけ生臭い気配を感じた。気のせいだろうけれど。

「強盗団壊滅時に目撃されているエウリューケ。それに、石ころ屋の子飼いとして有名なニクスキー。彼ら二人と交流があるとされているぼく。そして、……きみ」

ゆっくりと指さされた僕は、頭を掻いて視線を逸らす。それもまた楽しそうにレイトンは笑った。

「かわいそうにねえ。ぼくらとは全く関係のないきみも、馬鹿な奴らの感じた恐怖から、標的になってしまった。かわいそうに」

「まったくそんなこと思っていないでしょう」

楽しそうな笑みは消えない。

しかし、本当に迷惑な話だ。たった一度、エウリューケと話しているのが目撃されただけの僕が、狙われているとは。

「まあ、本当のことを言うと、多分それだけではないよ。きみが狙われた理由はエウリューケと話していたことだけじゃない。小さな悪意と羨望の積み重ねさ」

レイトンがまた空を見上げる。一羽の鳥が頭上を通り過ぎた。

「ぼくと初めて会ったあの日から、これは決まっていたのかもしれないね」

くるりと回って、レイトンは屋根から飛び降りる。一階建ての屋根は、ただの小さな段差のようなものだ。

「魔法使いはいつだって羨望の的だ。みんながきみに注目して勝手な想像をするんだ」

「…………」

「そして、悪意ある者は人の心にも悪意を見た気になる。噂話は広まるよ。何かをするかもしれない。きっと何かをするのだろう。何かをしたのだろう。したに違いない」

「僕が、何か事件を起こしたに違いない。あの惨殺に関わっているに決まっている」

その言葉を補足するように僕は呟く。その言葉に、レイトンは頷いた。

「きみがエウリューケと一緒にいるところを目撃されたのはきっかけに過ぎない。ただ、今みんな怖がっているよ。きみが帰ってきたことをね」

「迷惑な話ですね」

本当に、迷惑で勝手な話だ。誰かの明確な悪意すら感じるほどの。

「昼に飛ぶ烏は、鳥たちのもとへ向かってはいけなかったのさ。石に打たれて無残に殺される。それが、昼に飛ぶ烏の末路だよ」

ヒヒヒ、とレイトンが笑う。

昼に飛ぶ烏。久しぶりに聞いた言葉だ。

「今回のことは単発的なことじゃない。この街にとどまり続ける限り、きっと起こり続けることだろう。本心から忠告をするならば、そろそろこの街から巣立つべきだね。きみにとっての森を探して拠点を移しなよ」

「……まだその時じゃありません」

「へえ?」

レイトンの……多分善意からの言葉を僕は断る。その言葉に、形のいい眉を上げた。

「今回は追い出される気はないです。この街を立ち去るときは、僕が選ぶ」

今まで過ごした街の多くは、追い出されるように外へ出た。だが、ここは。

「今の僕の森はここ。出て行くときを決めるのが僕ならば、留まることを決めるのも僕です」

誰に嫌われようが、どう嫌われようが。

「死人が出るよ?」

「何を今更」

今度は僕が笑う番だ。僕の命を狙ってきた者の命を取ることを、僕は躊躇うことはない。

たとえその命を狙うのが、善良で哀れな者の微かな願いであっても。

「もう 少(・) し(・) の間だけです。忠告どうも。身辺には気をつけましょう」

多分、留まるのはもう少し。

親離れできない僕ではあるが、それでもあと少しの間だけは。

「それならば、グスタフからきみへの暗殺者へ対処させることもないね」

「ええ」

これは無関係な話だ。ぼくは彼らの一派ではなく、金を払わなければ彼らから支援を受けることもない。ならばこれから支援されるべきではないだろう。

僕を狙った暗殺者は彼らとは関係ない。ただの僕の敵だ。

それもいつものことではあるが。

「じゃあ、気をつけて。もしきみが死んでたらその死体見て大笑いしてあげるよ」

「笑顔で見送ってくださいね」

ヒヒヒ、と笑うレイトンに僕も笑顔で返す。

本当に、笑顔で見送られたいものだ。

きっと、そうじゃない人もいるのだろうけれど。