軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

渡すものがある

「たしかに、いくらでもいいとは言ったけれども……」

朝。僕は、窓辺に鵲が運んできた手紙を見てそう呟く。そこに並んでいたのは、おおざっぱな材料の表。そして、それらを組み合わせて出来上がるであろう衣類の名前、概略。

そして、それに必要な材料費や加工料金。全て含めた、リコの店からの見積書数枚だった。

しかし、その金額があまりに高い。

靴一揃えに金貨三枚。それは一般的に売られているものと比べても高いが構わない。

だが、それ以外のもの。外套や下衣、下着なども同じような水準だった。

とりあえず一式纏えば形になる衣装に、総額金貨十五枚。

一般家庭の年収が金貨十枚と少し程度なので、それよりも高い。

何故こんなに高いのか、と明細を見るが、そこに僕は少しだけ首をひねった。

下着や布に含まれている綿や絹はわかる。品質は高いものを使っているようだが、それでも安価で一般的なもの。

だが、そこに組み合わされて使われるとされる素材。魔物からとれる素材や、聖領でとれる素材を組み合わせて使うのだろうが、中に知らない素材がそこそこある。

いや、知らないものもあるが、その使い道があっているのかどうかわからないものが多い。

この前の話の通り、外套には一部竜の鱗が使われるようだ。そうしたものや、魔物の腸を撚ったものを糸として使ったりする。その辺りは頑丈さを得るために使うのだろう。

外套の染色液に 飛魚(ひぎょ) の血を混ぜるのは僕も知っている。乾けば防刃効果があるためにたまに使われるという。しかしそこに 瑶草(ようそう) を混ぜる……? 美肌効果のある薬草だけれど、まさか布の美肌効果を狙ったものではあるまい。

他にも、僕なら心臓病の者に砕いて飲ませる石を靴に使っていたり、涙を止める草を下着に使っていたりする。

不可解な使い道だ。

僕には考えのつかないというか、知らない使い道。

それが無意味だとは思わない。リコが考え、使おうとしている以上何かしらの意図があるのだろう。だがやはり、どうしてそれを使うかがわからない。

……僕の知識は本草学に寄っていると改めて思う。僕がそれを望んだから当然だとも思うし、グスタフさんもそういうものとして使うことが多かったからだとも思うが。

グスタフさんならば、そういった使い道にも精通しているだろうと勝手に思っている。元々、知識や経験で勝てるとは思えない。

だがリコにも僕は、そういう知識は既に負けているのだ。

僕は明細を丁寧に折りたたむ。

もとの折り目に戻るように、鵲の背にくくりつけられていたそのままに戻るように。

負けている。なのに、何故だろう。悔しいともあまり思えない。

むしろ、何故か誇らしい。僕の知らないことを友が知っている。道は違えど、僕よりも前にいる。そんな事実が。

目の前で待つ鵲も、首をひねって僕を見る。彼に関してはただの癖のようなものだろうが。

添えられていた契約書は二枚あった。全く同じことが書かれており、了承または拒否の旨を明細に書き加え、片方を鵲に持たせて送り返す。そういう決まりらしい。

僕もそれに倣い、明細にサインをする。

もちろん、返事は『了承』だ。

リコの作る服。……まあ、気に入らなければ着ないけど、そうなることもあまり想像できない。了承だけではなく修正の注文も出来るようだが、王都からも依頼される一流の職人の作品だ。その着想や発想を邪魔することこそ損だろう。思い切りやってほしい。

それに、材料代は高いが加工費の方はリコの気遣いだろう、手間賃程度についてはいるが、僕から見てもかなりの安値だ。そこまでしてもらっているのだ、無駄な注文はつけまい。

ただ……。

「……金貨十五枚もあったっけ……」

声もなく飛び立つ鵲を見送ってから、僕は鞄をひっくり返す。いや、多分あると思うんだけど、ないかもしれない。自信がない。底から出てきたムジカル金貨も含めて数えれば、……ある……かな……?

足りない場合は、適当に働いて貯めなければ。

そうは思ったが、ぎりぎり足りた。よかった。

そうなれば、今度は今日のご飯とかが心配になるんだけれど。

それでも銀貨も銅貨も残っているから大丈夫か。足りなければ適当にネルグの森で食べてくればいいし。

ムジカルから戻ってきてからというものの、朝に適当な食事の準備をしておくという習慣がなくなっていることに気がついた。

ここイラインでも食堂はあるし、朝開いているところもある。それでも前は、一応朝の簡単な食事は事前に準備していた。干し肉しかり、パンしかり。

けれども、ムジカルの便利さに少々慣れてしまったようだ。美味しい料理が、朝っぱらから屋台で気楽に食べられる便利さに。

別に急ぐこともないが、全くの準備なしに朝ご飯を朝用意すると、朝の余裕ある時間が潰れる気がする。それこそ、急ぐことも何もないので潰れてもどうということもないのだが。

イラインで朝開いている食堂というと、夜の仕事をしている人向けの大衆料理屋が多い。……まあ、今日はそこでいいだろう。あまり質が良くない傾向にあるが、食べられないよりはましだ。

「…………?」

完全に日が昇り、朝というよりも昼に近くなってきた頃。食事を終えて、家に帰ってきた僕だったが、家の前が見える場所で立ち止まる。

見慣れない顔があった。僕の家の前で、誰かが待っている。

背が僕と変わらないが、多分体重は向こうの方が重い。それも、筋肉で。

全体的に筋肉質だが、上腕から前腕にかけての筋肉が特に発達している。作務衣のような紺色の服の袖から半分見える前腕と、筋張った大きな手の甲を見るだけでその剛力が想像できた。

僕が歩み寄っても、門のところで微動だにしない。

だが、もう少し近く。視界に入らないようにそっと家に入ろうとした僕が門の前まで歩くと、ようやくゆっくりとこちらを向いた。

正面から見れば、見覚えがある顔だ。

……えっと、たしか、レシッドの……。

「お久しぶりです。カラス殿」

悩んでいる間に、向こうが頭を下げる。よく大きな声を出しているからだろう通る声。それに、背筋の伸びた感じ。どこかの道場などで正式に武術でも学んでいるのだろう。

この街で『道場に通う』というと、もう答えはほとんど二択に絞られるが。

ようやくはっきりと思い出した。

体型が傾向は変わらずとも大きくなっているのでよくわからなかったが。

「バーン・テシオさんでしたっけ」

僕も会釈を返す。

覚えている。道場は二択のうちの一つ、月野流。そして彼は、レシッドの飲み友達の息子、バーン・テシオだ。

昔レシッドに連れられて遺跡探索をしたときに発見した遺体と魔剣。まだ魔剣は大事に取ってあるだろうか。……あるだろう、レシッドじゃあるまいし。

その顔を見ても、成長している気がする。

髪の毛はサイドテールにまとめられて、肩まで垂らされている。顔は少年らしさが消えて、どちらかといえば無骨な青年となっていた。無精髭などはないが、もしも生やせば『流浪人』という言葉が当てはまる風情だ。

もう一度、バーンが軽く頭を下げる。

「突然の不躾な訪問失礼します。今日は先生からの言伝をと」

「言伝?」

先生、とは誰のことだろうか。月野流で先生といえばスティーブンだが、他にもクリスが次期当主候補に挙がっているとか聞いたことある気がする。……すると若先生呼びになるから違うか。

では、スティーブン? イラインに帰ってきていたのか。

「……とりあえず、上がります? 何のもてなしも出来ませんが」

それどころか何にもない家だけど。言ってから気がついたが、上がると言われるとそれも困る。

少しだけ心拍数を上げながらバーンの返答を待つと、幸運にもバーンは首を横に振った。

「いえ」

「そうですか」

胸を撫で下ろしながら僕は視線で先を促す。言伝というが、なんだろうか。

「それで、どういったご用件でしょうか」

「カラス殿に渡したいものがあるから、屋敷まで来てほしいと」

「屋敷まで……」

スティーブンの屋敷。たしか、月野流当主の家は道場の横にあったはずだが。とすると、九番街か。

まあ、渡したいものがあるというのであれば行こう。

「わかりました。いつ頃お伺いすれば?」

「午後の二の鐘以降であれば、いつでも」

「ではその頃に」

「お待ちしております」

僕の返答に満足したように、バーンが会釈する。それから踵を返して歩いていく。

きびきびとした動作。安定感のある柱が体にあるような立ち姿。

体格が良くなっている以上、運動能力が上がっていることは一目瞭然だ。だがそれに加えて、その後ろ姿に、以前よりもだいぶ腕前を上げていることがよくわかった。

未だに探索者を目指した訓練もしているのかどうかはわからないが、それでも彼は武芸者。そして僕は探索者。そもそも腕前を比べられるものではない。

しかし、考えてしまう。

今の僕は、魔法なしで彼に勝てるだろうか。以前の手合わせでは、一応まだ勝てていたけれど。

彼は今、僕と比べてまだ後ろにいるのだろうか。

それとも、前だろうか。

今のリコと同じように。

スティーブンの屋敷は、道場の横にある。

というよりも、道場がスティーブンの屋敷の一部らしい。スティーブンの屋敷の練武場を道場として使っているという言い方が正しいらしく、その辺りの言い方の機微はよくわからないがそういうことらしい。

改めて見てみれば、屋敷自体が広い。剣の道一筋で築き上げてきた財産としては上出来なのではないだろうか。

塀に囲まれて外部からは中は覗けないが、それでもちらりと見える限りでは、芝生も敷かれていない庭に、貴族の館にありがちな噴水や彫刻などの華美な装飾もない。それでいて貴族や王族の館にも負けない広い敷地。

家屋はよく手入れされており、軒下を見ても蜘蛛の巣一つない。若干石畳が水に濡れているけれど、これは掃除の跡だろうか。

練武場の方からは威勢のいいかけ声が響く。素振りの時間か、師範代の声に合わせて何度も数を数える声が揃えられて聞こえてきていた。

僕が邸内に足を踏み入れると、練武場の中の何人かが僕に気がつく。十人以上いる内で気がついたのが数人らしいがその数人は気配に敏いのか、それとも稽古に身が入っていないのだろうか。

端におり、素振りの動作を見て指導していた男性が、練武場から出てくる。

「……なんすか?」

「スティーブン先生にお招きいただいたカラスと申します。お取り次ぎ願えるでしょうか」

向こうは礼をしないが、それは僕がしない理由にはなるまい。とりあえず会釈をしながら様子を窺うと、何度か屋敷の方を見てから男性が鼻を鳴らす。

「……こちらに」

「では」

ぶっきらぼうな男性に案内され、僕は練武場ではなく屋敷のほうへと向かう。

玉砂利が敷かれた道。僕もではあるが、目の前の男性の足音もほとんどしない。その態度とは裏腹に、一応心得はあるらしい。指導する側でもあるようだし当然か。

屋敷といっても、スティーブンが暮らす家屋ではなく、ここは応接や集会に使う場所のようだ。入ってすぐの玄関から放射線状に部屋がいくつか繋がっており、多分それぞれの部屋も繋がっている。

そのうちの一つ、右側の小さな部屋に通された僕は、その高い天井を見上げた。

……この部屋だけで僕の家よりも大きい。

端から端まで二十歩から三十歩ほどの長方形の部屋。板張りの床の擦れ具合から、何度も使われていることが読み取れる。摩耗の具合から見れば、集会か何かで歩いて入ってくるなどした日常動作で削られたように見える。

何度も塗り直しているようだが、その年季の入り方が見て取れた。

「ここで待っていろ……てください」

「わかりました」

慣れていないような言葉に笑顔で頷くと、男が出ていく。

お茶の一つも出てこないのかとも思うが、そこまで客から望むのは厚かましいだろう。

僕は、中央の机を囲んで置かれた椅子に腰掛け、じっと待った。

遠くで、誰かが叱られている声がする。

叱られているのは女性。……女中かな? 叱っているのはさっきの男性だろう。やはり、怒りっぽいというか荒っぽいらしい。物が壊れるような音がしないのは幸いだった。

やがて、扉を叩いて女中が入ってくる。怒られていた女中よりも少し年上に思えるし、声も違う気がする。ならば違う人か。

薄い桃色の着物のような物を着た女性が、僕に向かって笑いかける。

「大先生がお会いになられます。こちらへお願いいたします」

「ありがとうございます」

さっきの男性と違い、こちらの女性は応対の態度がきちんとしている。多分これが普通なんだろうけれど、さっきの男性を見ていたせいか、とても丁寧な人に見えた。

連れられて歩き出すが、正直案内もいらないと思う。

向かう先はこの部屋の隣の隣。スティーブンが暮らしているであろう母屋に繋がっている場所に近い部屋だ。多分、この建物で一番大きな部屋。

歩いていく。ほんの数十歩の距離だが。

僕の足がピチャリと何かを踏んだ。

「…………?」

見てみれば、小さな水たまり。板張りの床に、僕の足と同じ程度の大きさの薄い水が貯まっていた。

足下を気にしている僕に、女性が立ち止まり困ったように笑う。

「……ああ。申し訳ありません。新入りの女中が、まだ少し不調法で」

「先ほど怒られていたのはこれですか」

「ええ。お恥ずかしい」

よく見てみれば、所々にナメクジが這ったように水の筋が残っている。水拭きの失敗というか、わざとでなければ不器用にもほどがある気がする。

まあ、靴で歩くところだし何の支障もないけれど。

「すまんのう。呼び立てて」

「いえ、お久しぶりです」

僕が部屋に入ったとき、そこには三人の男性がいた。

出入り口から右に進み、もっとも遠い場所にあぐらをかいて座っているのは僕の知っているスティーブン・ラチャンス。今日は銀の鎧ではなく、他の二人と同じ作務衣のような紺色の道着だ。

そして、その脇に二人並んで正座しているのが、僕を呼びに来たバーン・テシオと先ほどの男。板張りに何も敷かずに正座はきつかろうに。

「まあまあ、そうかしこまらずに座られい」

わはー、と明るい笑顔でスティーブンは笑う。その様子は、三年前、リドニックで別れたときとほとんど変わらない。

というか、ここ椅子はないのか。

そうすると、一応目上だし、僕も正座しなければいけない……んだっけ?

まあ仕方ない。僕は正座し外套と荷物を傍らに置いた。

「久しぶりじゃのう。元気そうで何よりじゃわい」

「スティーブン殿も」

その壮健さも前と変わらない。年齢に比して元気に見えるし、実年齢は七十代後半くらいだったと思うが、見た目はそこから十歳は引いてもいいと思えるくらいだ。

「いつ頃こちらに?」

「儂も最近じゃよ。お主よりも一月ほど前かな」

「それまではずっとリドニックに?」

「いや、リドニックを拠点にしとったけど、ちょくちょく別の場所にも行っとるよ。道場を建てる計画もあったからのう」

「それはそれは」

忙しそうで何よりだ。リドニックにも道場を建てる計画があったそうだが、たしか会ったときにはミールマンにも立てる計画があったと聞いた気がする。

「しかしまあ、大きくなったのう。マリーヤ殿やグーゼル殿が見たらどんな顔するか」

スティーブンが、僕の姿を見て、上から下からと何度も視線を上下させる。

「成長期ですからね」

「いいのう。若いっていいのう」

羨ましそうにため息をつく。若さへの執着はまだ消えていないのか、それとも諦めがついたのか。それはわからないが、以前のような強い感情は見えなかった。

「それなら、どうじゃ? 月野流の剣術を極めてみんか? 若さ溢れる今ならば成長も見込めるし、何より道場の宣伝に」

「お断りします」

本音がダダ漏れだ。笑顔で断ると、スティーブンがシュンと静かになる。髭もペショッとボリュームがなくなった気がする。

だが逆に、僕の言葉にいきり立った男性もいた。

「貴様! 師父に失礼な口を……!!」

「やめんかエース!」

立ち上がりかけた先ほどの男性。エースというのか、正座から立ち上がり腰に手を回していた。剣があれば掴む位置だが、剣を今持っていないのに。

そんなエースも、スティーブンの一喝でおとなしくなった。

「儂の招いた友人に失礼な真似をするでないわ!」

「……申し訳ないっす」

これは、僕が口を出していいものだろうか。それはわからないが、エースとやらがスティーブンに頭が上がらないのはよくわかった。

それよりも。

スティーブンには、僕を呼んだ理由があったのではなかったか。

「……それで、渡したい物とは?」

「おお、そうじゃった、そうじゃった。いや、急ぐもんではないんじゃが、の」

僕が促すと、今思い出したかのようにスティーブンは着物の襟の中を探る。

その、取り出された一冊の本がそれだろうか。

よっこいせ、とかけ声をかけて立ち上がり、スティーブンが僕に歩み寄る。

その少しだけ厚めの本を受け取り、僕はパラパラとページをめくった。

「これは……」

そこに書かれていた文字。それらを掻い摘まんで読んだ僕は、その中身を察する。

しかし、中身に書かれている情報を知ってはいたが、しかしこの文字は別人の物だ。

「アブラムさんの、研究資料……ですか?」

「そうじゃ」

元の場所に座り直したスティーブンが頷く。しかし、僕の頭上に、その言葉への疑問符が飛んだ。

文字が違う。あの角張った文字は忘れられない。それに、もっとあれは分厚かった気がする。

それに、文字がずいぶんと整理されている。文章の区切りで改行されていたり、見出しの大きさが変化していたり。

ああ、そうか。

「写本ですね」

「そうじゃよ。さすがに、原典は持ってこられんからのう」

ならば納得だ。

読みやすいように編集が入っている。そして、多分いくつかの文章が省かれている。

「だから、アブラムさんの言葉が……」

たしか、そちらの方が顕著だったはず、と後ろの方をパラパラとめくってみるが、やはりそこには僕が覚えている文章はない。

白紙だったページに殴り書きされたり、文章の途中で書かれていたアブラムの嘆きが全て削除されている。

たしかにそれは、この資料に書かれている情報には関係のないことだけれど。

「仕方あるまい。恥は、本人が晒す場所を選ぶほうがいい。今際の際にグーゼル殿にだけ明かした本音を、残しておくべきではないじゃろ」

「そうですけどね」

たしかに、人に見せるためではない愚痴のような情報は、きっと本人も人には見せたくないものだろう。

それを隠すような温情は理解できる。

その実、そのアブラムの言葉がとてもあの国にとっては重要な物だったとも思うけれど。

「でも、何故これを僕に?」

「マリーヤ殿の勧めじゃ。お主に、もしくはお主の側にいる青髪の治療師に見せてやったほうがいいことがあった、とな」

「マリーヤさんが?」

それも、僕か、エウリューケに?

「グーゼル殿の研究に関わることなんじゃがな」

「へえ……」

何だろうか。少し気になる。

僕がもう一度適当に開いて眺めるのを見て、スティーブンは口を閉ざす。

視界の外で、唾を飲んだような音が聞こえた。

「もう一つ、いいかの?」

「…………?」

重々しい声に、僕は顔を上げる。そこにあったのは、スティーブンの真面目な堅い顔。

「それとは関係ないんじゃが、お主も関係があったようじゃし、聞かせておいた方がいいかもしれんと思ってのう」

「何の話ですか?」

また、持って回った話し方を。

僕は、ぱたりと本を閉じる。古い紙の臭いが鼻に届いた。

「お主も関係があったのじゃろう。メルティ・アレクペロフの……」

スティーブンが言い淀む。

一瞬の静寂。遠くの剣の素振りの声がよく聞こえる。

「メルティ・アレクペロフの……最期についてじゃ」

次、乱取り、という練武場からの声が、部屋の中でもよく響いた。