軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

次々と

「それで? 言い訳は?」

焦りと全力疾走で息を切らせて、待ち合わせ場所に僕が走り込むと、モスクが開口一番笑顔でそう口にした。

「ないです、ごめんなさい」

腰を折り、息を整えてから顔を上げる。すると、やや下からモスクにその両耳を掴まれた。

それから顔を近づけてくるが、笑顔に若干の迫力がある。

「……俺、六の鐘って言ったよな? 言ったよな? なのに、なんで誰もいねえの?」

「そちらはさすがに……ねぇ……?」

へへ、と宥めるように半笑いで答えるが、モスクも半笑いで更に耳を引っ張る。他が誰もいないこともあるだろうが、あまり怒ってはいない様子だった。

いや、呆れが混ざっているのだ。本当に今回は、ササメと一緒に歩いている最中に鐘の音を聞き逃した僕が全面的に悪い。

それから、苛ついたように地面を蹴り、頭を掻き毟る。

「ったく。早く行かねえと席埋まっちまうのに」

「人気店なんですか?」

「予約しようとしたんだけど、確約出来ねえって断られた。客層も荒っぽいしなぁ」

実は行こうとしている店の名前はまだ聞いていない。正直詳しくない上に、酒場について僕が覚えたのは三年以上前なので、名前を聞いてもわからないと思うが。

「空いている席があんのに入れないと怒るらしいし」

「そういうこと聞くと怖いんですけど」

噂で『客が怒る』という単語が出る。そうなると客層が荒っぽい程度の話ではないと思う。単なるクレーマー気質が集まる店ならば、他の店にしてほしい。

そんな僕の表情から、まずいと思ったのだろう。モスクは取りなすように細かく首を横に振る。

「まあ、そんな怖いところじゃねえよ。料理は美味いし、独創的だし、何せあのレシッドさんの行きつけだ」

「……そういうことなら」

僕の反応が変わったのを見て取り、モスクが軽く息を吐く。まあ、僕が選り好み出来る立場でもないと思うけれど。

それにしても。

「……他の二人遅いですね」

「どっちも忙しいらしいしなぁ。場所伝えてあるし、先行っちまうか?」

並んで共に人通りに視線を漂わせながら、僕らはぼやく。だがどちらの足も動かず、やはりどちらとも先に行くという選択肢は持っていない様子だった。

「そういえば、全く違和感なく聞いてましたけど、二人と知り合いだったんですね」

今ふと思った。そういえば、ハイロとリコ、どうしてその二人をモスクは知っているのだろう。モスクにとって二人は、時間も場所も隔たって育っていたはずなのに。

「んー……」

僕が話題を振ると、モスクは苦笑いのような表情で遠くを見つめる。遙か昔を思い出しているかのように。

それから、ふと頬を掻く。困ったように。

「そうだな、初めはリコさんと知り合ったんだけどさ。ほら、あの髪の毛を石ころ屋に持ち込んだときに、爺さんが呼んでた」

「グスタフさんが」

「そう、あの爺さんが。後学のために見せておきたかったんだと」

「魔物の素材ですが……ああ、繊維として」

コクン、とモスクが頷く。

なるほど。たしかに、リコにとっては未知の素材だろう。先触れの手紙でそれを得心していたグスタフさんが、リコにそれを見せておきたかったと。

……話からすると、わざわざ呼びつけてまでか。

リコが焦熱鬼の髪を検分した、モスクがリコと会っていた、そんな事実よりも、グスタフさんが彼を呼びつけていたことが驚きだった。

街で働いている人間を、ただ勉強のために呼ぶ。それはきっと重要なことで、リコはそこまでグスタフさんに評価されるほど成長していたのだ。

「で、その後五番街で飯食っている二人を見てさ。声かけられて知り合った」

「あいかわらず、二人で行動してるんですか」

今はもう二人の職場もそれぞれに離れ、業種も全く違うはずだが。

それでもたまに集まってご飯を食べる。生まれてから多分二十年近く一緒にいて、それでも飽きずになお。

……終生の友。きっと、二人はそういうものなのだろう。

「嫌われませんでしたか? ハイロさんとか、多分初対面だと喧嘩腰ですけど」

僕も昔を思い出す。

たしか、ハイロとは初めて会ったときから険悪だった気がする。それまで一方的に僕が知っていた彼と僕が知り合ったといえるのは、彼に石か何かを投げつけられたのが始まりだった。

あの頃の貧民街。懐かしい。もう十年近く前になるのか。

今も昔も、貧民街は子供が育つのに適している環境とはいえないけれど。それでもよく、彼ら二人も僕もそこで生活していたと思う。

僕が尋ねた言葉に、モスクは言葉を詰まらせる。その感情の意味はわからないが、多分、言い辛いことをいわなければいけないというように。

「そうでもなかった、気がするなぁ。あの人馬鹿だけど、まだぼろは出してなかった気がする」

「ぼろ、ですか」

もう取り繕うだけの知恵もあるのか。……まあ、あるだろう。ここ五番街を中心に、そういった一応の礼儀も身についているのだろう。

とりあえず、業種にもよるが彼やリコのような一般人は初対面の相手に愛想がいい方が大抵の場合上手くいく。グスタフさんやレシッド、僕のような業種だとそうでもない気がするが。

「……それでもやっぱり、何回か話したら『ああ、やっぱり俺たちと同じ種類の人だ』ってわかったもん。リコさんも多少はあるけど、飯食う仕草とか、言葉遣いとか見てるとさ、あの人は」

「やっぱりまだそんな感じですかねぇ……」

「それでも、あの人もまだ上手くやってるよ。最初に喧嘩腰ってのは俺にもなかったし、他にもないと思う……多分」

「それを聞いて安心しました」

上手くやっている。それは、『社会生活を』という言葉が省略されているのだろう。

ならばいい。安心した。彼らが貧民街以外の場所で上手くやれるのはきっと喜ばしいことだ。

「むしろ俺の方が心配だなぁ。俺、ちゃんと出来てっか心配なんだよね。ほら、最近は職人系の人だけじゃなくて事務系の人とも付きあってっからさ」

「気苦労も多そうで」

「ほんと、ほんと」

職人系……と一纏めにするべきではないだろうが、まあわかる。どちらかといえば、職人系と呼ばれるような人は僕らと同じような人か、もしくは僕らのようでも気にしない人が多いという印象があるから。

本当はそうでもないと、一応知ってはいるけれど。

僕が感覚で捉えられる範囲の端で、誰かが歩いている。

いや、ここは往来で、僕たちが今見つめているのは通行人。多くの人が歩いているけれど、一人特に気になる人物がいた。

明らかに僕らを気にして歩いており、そして歩幅と吐息からして急いでいる。

そちらに目を向けると、モスクも反応してそちらを見て、そして隠して溜め息を吐いた。

近付いてきたその男性は、見たことがある。

見たことがあるのに、やはり少しだけ様子が違い、ほんの少しだけついた筋肉が細い体を大きく見せていた。

「カラス、久しぶりだな、まだそんな服着てんのか」

「お久しぶりです、ハイロさん」

ニコリと笑った顔は日焼けしており、線が細いのに何故か健康的に見える。平均よりも細いはずの腕も、一般人と同じ程度に見えるくらいに。

ハイロの服装は長袖のシャツに緑色の細身の貫頭衣。見た目的には確かに僕の方が浮いている気がした。

僕は外套の胸の辺りを引っ張りながら、弁解するように言葉を紡ぐ。

「少し前までこの種類の外套手に入らなかったんですけど、今日また買ったんですよ。せっかくイラインに戻ってきたんですし」

「はは、まー、お前といっちゃそれらしいし、そんなんでもいいかもな」

特徴的だった灰色の髪の毛は少し短くなり、清潔感を演出しているように見える。もっとも、枝毛の多いその髪質で、演出出来ているかは知らないが。

「……遅いんですけど」

「悪い悪い、緊急でいくつか仕事が入っちゃってさ」

モスクの文句にも軽く謝る。威圧感は全くないようだ。

「待たせたみてえだな、じゃ、行こうぜ」

「まだです。リコさんが来てないっす」

「…………珍しいよな?」

ハイロが周囲を見回すが、やはりリコはいない。あまり約束事をしたことはないが、やはり珍しいことなのだろうか。

「時間と場所は伝えたんだろ?」

「ええ。文章ですけど、来るって返事も貰いました」

「なら、来るって。俺だけ待ってようか?」

ハイロが主に僕に向けてそう問いかけるが、どうしようか。

モスクの話であれば、行く店は客がそこそこ集まるそうだし、店に入れなかったらそれも困る。

……いや、だが、そもそも四人分の席を確保出来なければ一緒だろう。

それに、モスクが予約を取ろうとしたときのことを考えれば、席を取ることも出来まい。

「待ちましょうよ。予約も何もないんでしょう?」

モスクに向けて問いかければ、こくりと頷きが返ってきた。

「まあいいか」

ハイロも了承し、首を鳴らして周りを見る。その度に、凝っているのかゴキゴキと関節から音がしていた。

「……そういや、お前は誰か連れてきてねえの?」

「ええ、別に誰も」

誘えるほどの人もいないし。

僕が答えると、ハイロは露骨に肩を落とす。なんだいったい。

「まあ、いいけどよ……。男四人で集まるって寂しくねえか?」

ハイロがモスクを振り返りそう尋ねるが、モスクは鼻で笑って目を背ける。

言葉からすると、男四人で、が不満なのだろうか。そう言われても、誘える人はやはりいないが。

同年代であればオルガさんくらいだろうか。連絡先知らないし、どこにいるかも知らないし、……そして、もしも知っていても呼べるような人ではない。

あとは、ここイラインで知っている女性だったらエウリューケかオトフシか。どちらも多分同年代でもないし、そこまで親しいわけでもないし……。一応、エウリューケなら呼んだら来そう。

「僕が誘える人なんていませんし。そういうのでしたら、ハイロさんこそ誰か連れてくればよかったのでは?」

別に、僕としては誰か増えても別に構わないし。怖い人とかだったらさすがに嫌だけれど。

「誘えたら、な……」

ハイロが乾いた笑いを発する。背後のモスクも、忍び笑いをして見守っている。

あれだろうか。この反応からすると、ハイロは所謂、モテない男という感じで……。

「なら、仕方ないんじゃないですか」

「そうだけど……そうだけど……!」

地団駄を踏むように悔しがるハイロ。……女性と接点がないのは、そこまで嫌なことなのだろうか。きっと、まだ僕にはよくわからない。

「ごっめーん! 遅れた!!」

そんな話をしている最中、僕らに走り寄ってくる影。

先程のハイロよりも軽やかで、体重はきっと輪をかけて軽い。

そして、よほど急いでいたのか、僕らのところに飛び込んできてから顔を伏せて息を整えて続けている。

茶髪の後頭部を見下ろしながら僕がかける言葉を迷っていると、横からハイロが叱るように叫んだ。

「遅えって!」

「これでも急いだんだって! 作りかけを残したくなかったからさぁ! 縫製ってすっごく時間かかるんだよ!? あれ!!」

汗を浮かべて腰を折り、そこから見上げるように顔を上げたリコがハイロに抗議する。当然、口喧嘩などが始まる様子ではない。ただたんに、大声でじゃれているだけ。そんな、険悪になりそうにもない雰囲気に、なんとなくまた昔を思い出した気がする。

「だからって、おま……」

「久しぶり、カラス君! 元気だった!?」

「ええ。リコさんも、お元気そうで」

ハイロの怒声を無視しつつ、リコが下から僕に笑いかける。息を整えるのに手間取っているようで、紅潮した肌が若干震えている。

やや長めの前髪をヘアピンで左右に分けたような髪型はお洒落のように見えるし、その服装も僕らとは違い少しだけ独創的だ。それも、悪い意味ではない。

丈の違うチュニックや袖のなく丈の短いワンピースを何枚も重ねたような服。だが、広がった袖から見える素肌は白く、そこは以前と変わりない。

ハイロもモスクも、気を使っているのだろうとは思うし、実際上手くやっている。

だが彼だけは、やはり業種的にもだろう、『お洒落』というものをしているように見えた。

僕がその服を見ているのを見て取ったのだろう。

大きく深呼吸をして息を強制的に整えてから、リコは笑う。

「これ? 最近流行ってる服を少し改良した新作なんだよ!!」

見て見て、とくるりと回る。

「つなぎ服とかだとそのまま寸胴に作ったりするんだけど、これ腰の辺りに紐を仕込んで絞れるようにしてあるからお腹の辺りが細く見えるでしょ? それに、黒い下衣で白い上半身の方に視線を向けさせて……」

「リコ、リコ、おい!」

流れるように商品説明を始めたリコを、咳払いを含めながらハイロが止める。

ちょっと続きが聞きたかったのに。

「早く、とりあえず店行くぞ。積もる話は後で、な?」

「まだ話し足りないけど……まあ、そうする?」

ハイロの視線にモスクが頷く。それから、モスクが一歩踏み出した。

「んじゃ、行きましょう。とりあえず、『雪の小さな鍋』で」

「あれ……?」

僕が続きながら、小声を発すると、モスクが心配そうに振り返る。だが、すぐに勘違いだと思ったのだろう、また視線を前に戻した。

「カラス君はまだこの服着てんの? 何か利点でもあるの??」

リコが、僕の服の背中を引っ張る。つんのめるようでもないが、引き留められている感覚が少し変な気分だった。

「あ、いや、別に深い意味はないんですけど、これだと楽なので」

「楽? 動きやすいってこと?」

「いえ、ただ、下に着る服を決めるのが」

そもそも、この国の庶民はあまり服を持っていない。下着はそれでも多いが、外に着る服は多い者でも十枚を超えることはないだろう。

それでも、僕としてはこの外套を着れば何とかなるというのは大きい。その下を決める手間を省ける。

「それに、野外でも街中でも着ていられる服ですし」

さすがに一番街ではおかしなものではあるが、他の街では別にどこにいても不自然ではない。他にも鎧を着るという手もあるが、鎧は立てる金属音が何となく嫌いだ。

リコやハイロたちが着ている服は普段遣いではあるが、耐久性や機能性を考えれば野外に出られるようなものではあるまい。

僕は考えなくてもいいとはいえ、枝や崖の岩、汚損、その他の脅威から身を守るのはこちらの方がいい。

「ええぇ? 勿体ないって! 今度、服一式仕立ててあげるから着てみなよ!」

「……まあ、たまにはいいと思いますけど」

服を仕立てて貰うのに否はない。それはむしろお願いしたいくらいだけど。

特に、靴が。

「リコ、俺にも」

「お前、前売ってやった服三日で駄目にしたじゃん」

モスクと話していたハイロが放った申し出を冷たい目で落とし、リコがペタペタと僕の背中を触る。この手つき、……採寸……かな……。

歩きながら、白い手が僕の体を後ろから這い回る。

「背中の筋肉もやっぱりあるし、胸板も厚い。でも、がっちりした筋肉を誇示するような服にするのも似合わないし、お腹周りに贅肉もないから」

「街中ではやめましょう。くすぐったいですし」

僕が身を引いて接触を切ると、リコは残念そうに唇を尖らせた。

「採寸の道具今持ってないし、くすぐったいのは我慢してよ」

「出来れば作るならちゃんと作ってくれるとありがたいです」

「はーい」

不承不承とリコが頷く。それからも、ぶつぶつと何か考えているようだったが。

「んじゃ、ここだけど……」

モスクが先陣を切って、目的の店の扉を開く。中から聞こえてきていた笑い声が、また強くなった。

僕はその姿を見ながら上を見上げる。上にあった看板、その名前、やはり。

「空いてっかなぁ?」

「机の方がいいよねぇ」

モスクとリコが店に足を踏み入れる。その後ろ姿を見ていた僕に、ハイロが声をかけてきた。

「どうした? 入らねえの?」

「世間て狭いもんですね」

「??」

僕の呟きの意味がわからないようで、ハイロが首を傾げる。まあ、わからないだろう。僕と、中の看板娘以外は。

「この店、さっき来てるんですよ」

「え? ここに?」

「ええ」

背中でハイロを促し、僕も店に上半身を入れる。少しばかり混雑していそうな店内で、モスクが少し歳上の女性とテレテレと話している。

そして、その視線の先には、空いている机。

よかった、空いていたらしい。

「大丈夫そうです」

「……お、おう」

ハイロを促し、僕も足を踏み入れる。気まずくて、中のササメと目を合わせることが中々出来なかった。